本当は怖い。過食症と過食嘔吐ブログ

過食症の体験談がまとめられたブログです。

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タグ : 入院

過食嘔吐の治療

女性 無職 35歳 B型 東京都

大学病院(2ヵ所)心療内科にて通院治療及び入院治療
精神病院閉鎖病棟にて過食おう吐を無理矢理止める治療
内観療法
催眠療法
カウンセラーによる心理療法
精神病院にてデイナイトケアー
心療内科クリニック通院
一般病院心療内科通院
自助グループ参加
カウンセラーによるサイコセラピー

これでも過食おう吐は治りませんでした。情けないです。

※摂食障害の患者さんは良い治療を受けてもマイナスな受け取りをする傾向があります。
あくまで参加者の感想であり、センターの立場とは一切関係ありません。

閉鎖病棟での治療体験

女性 会社員 35歳 O型 埼玉県

心療内科、精神科。地元の病院はもちろん、良いと言われる病院にあちこち足を運びました。
過食が原因で救急車で運ばれる事が続くと、受け入れを断られる事もありました。
どこへ行っても軽視か軽蔑か…薬を処方されて効いた試しはありません。
意識が朦朧としたり吐き気がしたり、眠くなったり。薬の量ばかりが増えていきました。

私が入院施設に入ったのは、家族や親戚からも見放され、行く場所がなくなった時でした。
鉄格子、オートロック。夜には奇声を上げる声が聞こえました。
ただ朝ごはんを食べて、昼ご飯を食べ、夕飯を食べて寝る。
何のために生きているのか…という生活が数日続きました。

過食衝動が止まることはなく、人の残したものを書かれて拾い食いしました。
温かいお茶を飲んで、たくさん飲んでお腹を満たそうとしました。
それでも足りず、鉄格子の中から通りかかる人に声を掛け、何か買ってきてもらおうとさえしていました。
そしてとうとう…私は夜中に冷蔵庫にあった他人の食べ物に手を出してしまいました。
少しならバレないかな、そんな甘い考えでした。

翌日、医者との面談がありました。その事について問われ、気が動転しました。
両親には言わないで欲しいと必死で頼みました。お医者様の計らいもあり、警察沙汰にはならずに済みましたが、その日で強制退院と言うことになりました。
行き場を失った私は、知人の男性宅に身を寄せるしかありませんでした。
入院してもダメなんだ…一体どうすれば私の病気は治るの?そこから私の諦めが始まった気がします。

※摂食障害の患者さんは良い治療を受けてもマイナスな受け取りをする傾向があります。
あくまで参加者の感想であり、センターの立場とは一切関係ありません。

病院に入院しても過食嘔吐は止まらなかった

女性 20歳 O型 神奈川県

毎日食事のことを考えて疲れます。

外食も楽しめません。
むしろ不安しかありません。
食べだしたら止まらず、外食してもトイレで吐いたこともあります。

死ぬ夢を見ました。
家族に嘘ばかりついていた為、とても怖かったです。
「いつかこうなると思ってたよ」
と夢で言われました。
死にたくなかったです。
その内容は今でも鮮明に覚えています。
目が覚めて、親を呼んで何時間も号泣しました。

それでも治らず、筋肉がなくなり自分では立ち上がれなくなりました。
首も上がりません。

そこで栄養不足で意識を失い、救急車で運ばれました。
救急病棟後、精神科へ。
閉鎖病棟は窓もなく地獄でした。
体力が少し戻っても自分ではトイレへも行かせてもらえませんでした。
面会は先生付きで10分です。
とてつもなくつらかったです。
二度と入りたくはありません。
開放へ移ると、体重が上がるたびに少しずつ制限が減っていきました。

体重が戻り退院。
今まで我慢していた分が爆発し、過食嘔吐が悪化しました。
再び体はボロボロに。
その時に肺炎にかかり病院へ。
同じ病院へは死んでも行きたくなく、泣きながら訴えて違う病院の内科へ。
そこではたくさんの素敵な患者さん、看護師さんに救われました。

退院後、午後のみの高校へ。
そこで出会った友達のおかげで大分回復しました。
なにを見ても、何をしても笑えなかったのですが自然に笑えるようになりました。しかし、過食嘔吐、食べ物のことをずっと考えてしまうのは治らず。

卒業後、大学へ進学しましたが半年で中退。
行くのがつらかったです。
その後、バイトを2つやり、今は3つ目です。
今のバイトは1年以上続いています。
バイト先で恋人もできました。

その時に一時過食嘔吐は止まりましたが、再び出てきました。
1日1回です。

朝、昼は食べたいものを我慢して少しの量を食べています。
夜に爆発し、過食嘔吐をしています。

※摂食障害の患者さんは良い治療を受けてもマイナスな受け取りをする傾向があります。
あくまで参加者の感想であり、センターの立場とは一切関係ありません。

通うたびに信用できなくなった治療経験

女性 自由業 41歳 A型 東京都

病院、クリニック等の治療体験は15件ほど。入院体験はない。

食べ吐き大鬱で、明日どうやっていきて行けばいいのか
明日から働く自信も限界を感じて診察を受けてるのに、様子を見ましょう。とか、暫く薬を飲んで見てください。だけで3000円とか取られる。

別の病院では愛想のいいカウンセラーが
根掘り葉掘り過去の惨めな話を書き留め、話すのは本当に嫌だったが救われる為ならと
苦しくなりながらも正直に話したのに、後から院長直々の診察で、一週間後に来てください。だけ。

4000円と大量の薬。15件中一人だけ、君は大変だ!
すぐに精密検査をしなければ!といってきた医者がいたが、頭はお茶の水博士みたいなアフロで、目が飛び出ていて、どちらが異常者か疑う様な人物。

もう、ぐったりして精神病院はそれきり行かなくなった。

カウンセリング体験は学校内の雇われ専門員に一回受けた。
なんの苦労もしてなさそうな若い女の子で、穏やかな口調だが心の温かさは感じられず、分析されて終わった気分。

ロボットで家畜が使えるか使えないか分析されてる気分だった。

どこも、利益の為に動いてるだけか?
行かなきゃよかったという気分になり後悔して終わる。

断食道場は食養協会の宮島裕美さんという所で4万近くはたいて行ったが、本性が食養で注目を浴びたいメンヘラ女子みたいで後悔した。

催眠治療は京都の八幡市、ドルフィンリングこつがいけいこさんという所で受けた。

最初は良かったものが、自分の妹に相談事情を話された事が
守秘義務違反でショックだったのと、領収書もきれず売上計上もしない
いい加減な自営の現実感覚の人とわかり、真面目に働いている自分がこの人から分かった様にアドバイスしてもらっても、こういった当の本人が社会ではみだすしかない、いい加減なモラリティでもって、特殊能力だの天使だのといってる人だったんだと分かると、それまで、信じてきた自分も相手もなんだったんだろうと混乱し始めた。

一番最近で、もう、病院もカウンセリングもやめようと思った酷い経験は、ひだまりという無料傾聴電話に相談したときに出たカウンセラーが、私、広尾のASIMカウンセリングルームをしているから受けにいらっしゃいと相談の後で勧誘してきた。
(後日苦情を入れ、ひだまりが言うには勧誘は違反だそうだが知らなかった)ので、藁を掴む思いで行った。

ここがそれだ。http://acim-jip.com

岩本令子上級臨床催眠療法士。行くと気の弱そうな息子が案内してきた。
臨床心理士の教科書は、上層部で私が米国から調達してきて、それを臨床心理士達が学んでるんだ。と。

「日本の大学はバカだから、最先端の情報が書いてある教科書は残念だけど扱えないのよね。」と自慢げに話す。

この2LDKマンションも、もっとリッチなとこなら良かったけど、手軽だから安かったし買った。
空いてる部屋には、海外で勉強してるカウンセラーを自分が買って調達してきた。と言う。

他の部屋を覗くとあまり掃除してないのか埃っぽかった。
ちょっとおかしいなと思った。とにかく価値観がミーハーで品がない。
しかもそんな話、どうでもいい。そして私はカウンセリングの中で、勇気を出して過食の為に大鬱病で1時期風俗もし話を言うと、隣の部屋に自分の息子が筒抜けの環境で、大きな声で「まぁ、私は風俗はしてないけどね!」と平気でいう。

私はそれ以上心を許すのをためらった。

そして、話が弾んでこないと不安になったのか料理を作って食べていけと、作り始めた。
定食屋に来た覚えはないが、カウンセリングで自分の過去を話し、頭がボーっとしていたので、はいと言った。

お友達になりましょうといいだし、カウンセラーになる前は在日朝鮮人で働く場所がないから
ニッセイ保険の営業マンになり、自分はブランドもので身を固めて年商かなり2000万稼いだんだと、イイ鴨は奥の部屋にいて、受付にはたいした者はいないから見た目で決めとけばイイという。

下品だ。感謝もなく舐めてるし、大体カウンセラーが話す話し方じゃないと思った。
そして、私、この仕事向いてるかしら?と聞いてくるので、彼女に、弱ってる女性相手じゃなく、稼ぎたい経営者相手の講習とかのほうが向いてんじゃないですか?と言ったらむっとしていた。

そしてさらに身体で医者とセックスして麻布十番にクリニックを立ち上げたが、中に自分が任命して入れた院長らが自分を追い出したんだと言う話など品が無い自慢話を始める。

私は韓国人の考え方と価値観が合わないと言った。
例えば、歴史を平気で捏造したりとか理解できない。というと、歴史なんてものは強いもんが作るんだ!という。

私ははぁ?と思い、日本の為に生きよう働こうという心意気は無いのか?と聞いたら、日本に住んでるからって日本人にならないといけない考え自体がおかしい。と。

こんなのが臨床心理士の教科書を選抜して上層に君臨し、調子のいいこと言って稼いでるのか。
そして、私が誰にも言えず相談しにいらっしゃいと言ってもらったし、あちこちで個人情報をいうのは嫌だから頼ってるのに、こんな、歴史は強いものが作る。事実なんか、身体を使おうとなんだろうと稼いで目立ったもん勝ち。
みたいな価値観の人に私が分かってもらえるわけないし受け止められるわけない!と思い、やめた。

さらに余談の中で私、もっと稼げるかしら?どう思う?と聞いてくるので、私はグッタリきて、すいません。もう、時間も長くなるので帰ります。といって帰った。

それ以降、臨床心理士は信用しなくなった。みんな金儲けだもん。と。

※摂食障害の患者さんは良い治療を受けてもマイナスな受け取りをする傾向があります。
あくまで参加者の感想であり、センターの立場とは一切関係ありません。

もう私には時間がない~片っ端からやっても止まらない過食

女性 自由業 37歳 B型 神奈川県

15歳で拒食症になった。

中学の保健室経由で聖マリアンナ医科歯科大の診療内科を受診した。
食事指導、カウンセリング、抗精神薬物治療。
体重生命危機、不眠にて閉鎖病棟入院となる。
反動で即過食状態に陥る。

強い抗精神薬物で意思を伝えることも難しかった。

体重減少が生命危機的なこともあり食べ方がおかしいと訴えるも、処方薬が増え、伝える意欲も麻痺し、体重は戻ったと退院させられ、そのまま50キロ増していった。

そのまま過食、囚われの食事制限を繰り返し、嘔吐を試みる結果となった。

その後も短期的に大学病院、精神科、心療内科、開業クリニックを梯子するが、鬱、パーソナリティ障害、双極性鬱、適応障害、統合失調などなど
あらゆる病名と大量の薬を出されるだけだった。

母も私も食事の問題はおいておいても、病院処方薬での私の感情鈍麻の不信感と危機感を感じ、副作用がでないよう少しずつ薬物は最低限にやめた。

PCなどはまだメジャーではなかった時代、私はクリアになった頭で、ひたすら精神医学、精神薬物、カウンセリング、摂食障害についての書物を読みあさった。

実費でしか受けられない高額なカウンセリング、催眠療法、エステ、針、気功、整体、漢方、親もどうしていいのかわからなく、良いと言われるものは片っ端からやらせてくれた。

でもどれも根本の摂食障害の症状や衝動、反動は解決できなかった。

自助グループや嗜癖の問題を取り扱う場所は私を孤独からは救ってくれたが、家庭環境や、親子間の家族機能不全とされるのは、一緒に情報を探し、お金を切り崩し、家族会勉強会に出席して
必死になって支えてくれた母ばかりが責められているのがとても辛かった。
仲間同士のパワーゲーム、共依存、不幸自慢にうんざりしてしまった。

2年前、最新医療保険適用外の光トポグラフィを受けた。
もはや自分の病が何なのかわからなくなってた。
脳波は鬱部分、燥鬱部分、全く正常部分があり断定はでき兼ねると言われた。

現在も精神科に通っている。

確かに長年の過食嘔吐生活で鬱や引きこもり、感情コントロール不能はある。
でも根深いところにいつでも食べ物が在るし、精神科医は、摂食障害の方が附属だと思ってる。

もし精神疾患が発症してたとしてもそれは摂食障害からの副産物だと私は思っている。
それを主張し続ける気力も意欲も体力もなくなりかけた今ここに辿り着けた。

もう私には時間がない。

※摂食障害の患者さんは良い治療を受けてもマイナスな受け取りをする傾向があります。
あくまで参加者の感想であり、センターの立場とは一切関係ありません。

私の治療体験

女性 無職 39歳 A型 三重県

・臨床心理士の先生が開業されているカウンセリング
・精神科の閉鎖病棟への入院
・1次開業医の精神科、心療内科での受診

以上が、私の治療体験です。

現在は、1次開業医の精神科に通院しています。
私の症状によって、1ヶ月に1~2度と通院の頻度は変わります。

大まかに近況報告をして、薬を処方してもらっています。

※摂食障害の患者さんは良い治療を受けてもマイナスな受け取りをする傾向があります。
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投薬ばかりで改善しなかった病院治療

28歳 B型 香川県

私は18歳の時、バイクで交通事故に合い、生死をさまよいました。
何とか一命をとりとめたものの、酷い後遺症に悩まされる日々が始まりました。

激しい頭痛、首の痛み、肩の痛み、が激しく一日20錠ぐらい薬の力を借りて
体調を何とかコントロールしています。

社会復帰もして、普通に生活して行く中で
痛みのコントロールをする目的で初めて精神科を受診しました。

一年前に不幸にも高速道路で追突事故に合い持病の後遺症が悪化したのが原因で
去年の5月、6月に岡山大学附属病院に入院。

今思い返せば、入院中、ダイエット目的でほとんど食事を取りませんでした、
約二週間の入院を二回繰り返し、最後の3-4日ぐらいから、夜中に過食をするようになりました。

退院後毎日ではありませんが、不定期に過食が始まりました。

痛みのコントロール目的の為に、香川県さぬき市のずしメンタルクリニックへ大学病院から紹介がいき、最初は不適な過食の為、過食の相談はしませんでしたが、不定期きな過食が毎日になり

これではダメになる!と思いずしメンタルクリニックで相談しましたが、『過食を止める薬はない』
と言われました。

何回も過食を止めたい!と相談しましたが、『過食を止める薬はないんです。』と
言われどうする事も出来ませんでした。先生は物腰の柔らかい優しい先生ですが、投薬ばかりで
治る事はありません。

治らないし、鬱症状が激しくなってきて病院には行かなくなりました。

痛みのコントロールの関係で定期的に痛みを取る主治医に『最近過食が酷く困っている』と相談したら
大学生病院の先生がいいかな!って事で
香川大学医学部附属病院、精神科を紹介されました。

精神科の主治医に横井医師が決まり一回目の受診で
私は全く気が合いませんでした。

過食が酷くて困っています、どうにかなりませんか?
と訪ねても、「過食を止める薬はない、絶食なら治した事あるけど」と冷たく言われ
悲しさと、怒りを覚えました。

それから診察で、この過食の症状は何でなんですか?と
訪ねると、鬱病だね!と言われ薬を処方され
病院に行くのが嫌になり、父親に薬だけもらってきてもらったり、しましたが、本人が行かないと薬はもらえないので、父親に付き添ってもらい
何とか受診するものの、ほとんど会話はしませんでした。

確かに鬱症状も合併していたし、友人、家族の支えで何とか鬱症状も多少楽になり
薬を貰いに行く日々が数ヶ月経ち、過食の症状だけは変わらず酷いのでこのままでは確実に病院になるし、何とか治したいと思いここにたどり着きました。

無料相談では症状が止まらなくて、在宅治療に切り替え
過食率が減るにつれて、鬱症状も楽になり
病院の受診前に、香川医大に『精神科の横井医師とは気が合わないから、先生を代えて下さい』
と電話し、クレームを言いました。

香大は医師を代える事は出来ませんか、医師にうまく話しますので!
といった対応で、電話してから受診すると明らかに医師の態度が違います。
まぁ、先生の対応が良くなったので良いのですが、過食の相談は今後一切する事はありません。

あまりいろいろ書きたくなかったのですが、同じ症状の方が香川に居て辛い思いをして
香川で病院を探されているなら、ほんの少しですが参考になればと思い
勇気を出して書きました。

県内の同じ苦しみを持っている人に、病院でのトラブルでまた辛い思いをしてほしくないので
もし宜しければ参考にしてみて下さい。

※摂食障害の患者さんは良い治療を受けてもマイナスな受け取りをする傾向があります。
あくまで参加者の感想であり、センターの立場とは一切関係ありません。

病院に相談すればするほど悪化したわたしの症状

女性 会社員 31歳 O型

何度か別の心療内科を転々としたが、正直ほとんど一度で終わってしまっている。

結局、みんなわかったような深刻そうなふりして、自分自身は体験したことないから
どこか見下したような小馬鹿にされているような印象を受けて仕方がなかったからだ。

何時間もまたされるのに診察時間は最長でも10分以下。

単に薬を出して、大量におかねをとられるだけ、帰りには毎回余計イライラしてもう帰り途中にとたんに過食!
何やってるんだかと余計に惨めな気持ちにさせられた。

摂食障害専門機関にも一度行ったが全身検査をしたあと、栄養が足りないんです。栄養が行き渡れば治るんですと
何十万もする数ヶ月分のサプリを売りつけられたが
半信半疑ながらなんとかしたい一心で真剣に取り組んだが
1日たりとも症状はおさまらず
むしろ嫌なものを無理やり頑張るのでひどくなった。

これは一度きりで二度目以降お金が続かないと思って途中ですぐやめた。

入院したら治る、しなきゃ治らないと何度も説得されたこともあるが、結局、金だけ取るんだというにおいが先生の言動から見え見えで
嫌気がさし、無視してしまった。

心療内科、専門家に相談するたびに、すればするほどに症状はわたしの場合ひどく悪化していった。

※摂食障害の患者さんは良い治療を受けてもマイナスな受け取りをする傾向があります。
あくまで参加者の感想であり、センターの立場とは一切関係ありません。

入退院を繰り返しても・・・オーバードーズ、万引き、止まらなかった過食嘔吐

女性 主婦 31歳 A型 茨城県

初めて、病院にかかったのは発症して三か月くらいたってからでした。

自分で、この食べ方はおかしいと思い、長崎市立病院の心療内科を受診しました。

正直、その時の診察内容は覚えてませんが、私の中の気持ちの変化は全くなかったと思います。

それから一年くらい経って、祖母のお金を盗んだことが発覚し、親から強制的に大村共立病院というところに入院させられました。

その病院は主に、思春期病棟というところがあり、思春期の子供たちが入院していて、病院というよりは寮という感じでした。

私は個室で、自分の部屋と変わりないぐらい悠々自適な生活ができました。

摂食障害ということで入院していたので、食事制限、買い物には制限がありましたが、悪知恵が働き、あの手この手を使い、過食嘔吐を続けてました。

その時の主治医は野口先生といい、とても優しく、よく話を聞いてくれました。
その先生には、わりとなんでも話し、そして依存していってしまいました。

一日一回、主治医とカウンセリング、毎食後に抗うつ剤を服用するなどの治療でした。

また、その病棟は色んな精神病をもった、そして歳も近い子がたくさんいて、楽しかったのですが、駄目なことに、そういったつながりで、万引きやオーバードーズを覚えてしまいました。

二十歳も超えていたこともあり、水族館にアルバイトとして病院から特別許可をもらい、病院から通っていました。

ときどき、宮田先生という摂食障害専門の先生の話もありましたが、全く響くことなく、逆に反発したくなったりしました。

三か月ほど入院したところ、主治医の野口先生が佐世保の愛恵病院に転勤することになり、私はどうしても野口先生がよかったので、追いかけることにしました。

共立病院の退院が決まり、なぜか興味本位で、はじめてのオーバードーズをしました。

その際、宮田先生は退院させるべきではないと言っていましたが、母はこれ以上この病院にいたら、ますます悪いことばかりを覚えてしまうと思い、押し切って退院しました。

長崎市から佐世保まで約二時間…月1のペースで診察を受けました。

診療時間は一時間~一時間半。
そしてルボックスなどの抗うつ剤を処方されました。

先生と話すことがなによりも楽しみだったので
往復四時間の移動も苦ではありませんでした。

そして、長崎市の保育園に就職。

しかし、仕事のきつさや、人間関係で症状は悪化…
オーバードーズをを繰り返したり、左足の足首から下をカッターなどの刃物できるなど、過食嘔吐以外のことまでするようになりました。

オーバードーズををするたびに、母や姉は泣き、救急車で運ばれ、胃洗浄、一日入院などしました。

足を切るときはわりと深く切るので、外科に行き何度も縫う羽目になり、そこの看護師さんが泣きながら、もうしちゃ駄目だよ。と何回も言われました。

それでも治ることはありませんでした。

そして、ついに職場に迷惑をかけれないということで、仕事を辞め、愛恵病院に入院することにしました。

ところが、その愛恵病院は重度の精神病の患者がたくさんいて、共立病院と比べると恐ろしいくらいに違い、奇声をあげたり、文句をつけてくる患者もいて、私の精神もすっかりおかしくなりました。

そして、オーバードーズをしました。

ところが、その薬が体に合わなかったのと、発見が遅れたことで、意識が混濁し軽い昏睡状態におちいりました。

その時初めて、死を感じたと思います。

そのオーバードーズのおかげ?で
オーバードーズ、足を切る行為は全くしなくなくなり、過食嘔吐もパタリとやみました。

愛恵病院を退院し、新しい職場に母のコネで働けるようになりました。
そこはこじんまりとした幼稚園ではありましたが、人間関係も良く、仕事も母がフォローしてくれたのもあり、とても働きやすかったです。

でも次第に過食嘔吐の誘惑に負けてしまい、再発…。

それまで週1で愛恵病院に行っていたのですが、このまま依存してはいけないと思い、長崎市の三和中央病院へ転院することにしました。

その時の先生が松本先生と言い、言い方はざっくばらんとした感じではありましたが、印象は良く、通院することにしました。
診察時間は10分程度でしたが、話した後はすこしだけ心が晴れました。

それから、過食嘔吐が日常化したある日、お金に困った私は、食料を万引きし、警察に捕まりました。

初犯であったことや、両親が近くにいたこともあり、職場に知らされることはありませんでしたが、あの時の母の顔が忘れられず、それは今でも私の心の中に焼き付いて離れません。

それでも過食嘔吐をやめることができなかったので、両親はもう二度と万引きさせないように、過食費を出してくれました。
それに甘え、毎日夕飯、夕飯後に3回過食嘔吐をしていきました。

昼は園児がいるので小さいお弁当を作りそれはどうにか食べていました。

しかし、体重が極端に落ち、春休み、冬休みをつかい三和中央病院に入院することになりました。

そこでは、体重増加が目的であったので、過食嘔吐は自由にできました。

新学期が始まると退院し、また通院の日々でした。
特に症状が変わることなく、10分程度のカウンセリング、抗うつ剤の処方…

それが三年ほど続いたのですが、一向に良くならないので、次第に通院から足が遠のき、行かなくなりました。

薬がなくても過食嘔吐ができれば、精神は安定していました。

過食嘔吐以外はすべて順調で私自身、過食嘔吐が当たり前のせいかつになっていました。

そして現在、やはり一人では何も解決できないとわかり、この無料相談に相談することにしました。

※摂食障害の患者さんは良い治療を受けてもマイナスな受け取りをする傾向があります。
あくまで参加者の感想であり、センターの立場とは一切関係ありません。

ストレスだった病院治療

女性 学生 16歳 AB型 愛知県

私は拒食症から過食症になりました。

私は全く食べない拒食症ではなく
野菜や海藻、きのこなどの低カロリーなものならいくらでも食べ、炭水化物や甘いものはほとんど食べない、食べ放題も大好きという変わった拒食症でした。

でも今考えてみると学校から拒食症ではと言われる前まで
私はレコーディングダイエットでカロリー摂取を抑え、日常的に運動をし、時には食べ放題に行ったり
友達と学校帰りにスイーツを食べに行ったりする
ダイエットをしているごく普通の女子学生でした。

学校から月に一回、病院に通わせるように
体育の参加など学校生活に制限をされる指導受けてからの
母、家族の反応が一種のストレスとなり
私を摂食障害にしてしまったのではないかと今になって思います。

病院では心電図検査などをし、摂食障害がひどくなったら入院治療も受けなければならなくなる…だから食べろ…というような一種の圧力をかけられる治療でした。

摂食障害は精神病で治療法はありません。
拒食症は周りからの圧力で
無理に食べるようにするしか病院では出来ないのだと思います。

過食症も拒食症と同じ自分の精神状態が病気を左右します。

過食症に負けずに頑張って治していきましょう

※摂食障害の患者さんは良い治療を受けてもマイナスな受け取りをする傾向があります。
あくまで参加者の感想であり、センターの立場とは一切関係ありません。