本当は怖い。過食症と過食嘔吐ブログ

過食症の体験談がまとめられたブログです。

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カテゴリ : 50代~

過食嘔吐で2回の離婚。半分が入れ歯に。

女性 自由業 50歳 O型 神奈川県

私は32才から
18年もの間過食嘔吐
拒食も1度しています。

まず
息子が8才の時から
その姿を見せ
それだけが原因じゃないかもしれませんが
登校拒否
引きこもり
転職ばかりの現在です。

そして2度目の結婚から8年で
拒食になり
気持ち悪いからと
離婚してほしいと言われ
40才から
息子と二人。

私の体は
半分が入歯になり

仕事はフルタイム出来ず
転々とし
週2から3日が限界。

息子の大切な時期に
ちゃんと向き合えず
息子の人生狂わせてしまった事。

配偶者をはじめ
外出時食事がとれず
旅行も行けず
友人を、失い
妹二人から
疎遠になったこと。

精神的病気も抱え
お金も多額に
かかっていること。

何もかも
無くなる
失う事だらけです。

43年間の過食嘔吐、人の人生も奪ってしまった

女性 無職 62歳 A型 東京都

18歳から過食嘔吐になった。最初は、食べても痩せられる!と、喜んで自分から意識してやっていたが、止めようとしても止められなくなっていた。

家の事情で結婚、一男をもうけた。
しかし、酒と食べ吐きで毎日が地獄の日々が続いた。
妊娠中は、飲まなかったし吐かなかったのを思い出し、再度の妊娠を計画し、すがる思いで病院に薬を注射する為に毎日通った。
薬代は高く生活は大変だった。
しかし、もう過食嘔吐はしたくなかった。10ヶ月でもいい、過食嘔吐を止めたかった。
考えてみれば冷めた夫婦間で、妊娠なんて出来る訳がなかった。
私の酒と食べ吐きに、耐えきれなくなった夫は、借金を残して蒸発した。

私24歳子供と2人の生活が始まったが、このころから、考え方がおかしくなっていった。
子供への虐待が始まった。
酒や食べ吐きと同様に、虐待も止めようとしたが、止められなかった。
子供を殺さないだけ良かった。
酒と食べ物を買うお金をどんな事をしても作ろうとして、危ない事もやった。
酒を飲んで、食べ吐きして、子供を虐待する15年余りつづいた。
子供が大きくなり、家を出てからが大変だった。
酷い酒と嘔吐の毎日が続いた。
立つことも出来ないぐらいに、吐きまくった。
食べて吐かずにいられなかった。
そのうちに、吐く為に食べるようになった。
頭は狂っていった。
善悪もつかなくなった。
酒は、止まる事が出来たが食べ吐きは止まらず入退院も繰り返したが、食べ吐きはどうすることも出来なかった。
そして、地獄の43年が経ち嘔吐が止まって1年経った。
よく今まで生きていたと思う。
私人生は、酒と食べ吐きに始まり、青春、育児、結婚生活、などお金で買えないものを失った。
子供は、今どこでどうしているのか分からない。
酒と食べ吐きの為に自分の物を失うのはいいが、人(夫、子供)の人生を奪った事は、立派な罪になると思う。

私には、生きて行くのに、過食嘔吐が必要だったのかもしれない…
それを手放す時、新しい生き方が出来ると思う。

5時間も6時間も食べ続ける

女性 会社員 51歳 O型 北海道

3年位前から過食を繰り返しています。
突然スイッチが入ったように手当たり次第、食べ物を口に運びます。

5時間も6時間も食べ続けます。

冷凍庫にストックした家族の一週間分の食料も、全て食べつくしてしまいます。

あぁ、またやっている。
助けて!助けて!誰か助けて!って心の中で必死に泣き叫んでも、手が震えソワソワが止まらない。

冷蔵庫が空っぽになったら次は炊飯ジャー。

明日の息子のお弁当に入れる、ご飯なのに…
分かっているのに止まらない。
手づかみで、ご飯を口に詰め込みます。
食べながら、これが無くなったら次に何を食べようかと考えてソワソワしている自分。

胃がパンパンで心臓がバクバクしているのに食べるのが止まらない。

なんて情けない自分。
涙がポロポロ流れても止まらない。

こんな生活が何時まで続くのだろう、早く脱け出したい。

家族と穏やかに笑ってテレビを見たり話をしたり…。
そんな自分になりたいです。

本当に過食を治したい。

命にかかわる合併症を患っても、過食嘔吐は止まりませんでした。

女性 主婦 50歳 O型

過食嘔吐による身体への負担は、大変なものです。
過食嘔吐の行為が辛く苦しいことがわかっていてもやめられません。食べたい欲求、嘔吐しないといられない気持ちは、矛盾していると思われるかもしれませんが、やめられません。
胃酸の影響で、虫歯も増え、奥歯は殆どの歯の神経をとり、折れた歯はブリッジという状態で治療しています。
前歯の差し歯もよく取れてしまい、治してもらう時も自己嫌悪に陥ります。
現在は、背中や腰など身体中が痛く、食事の飲み込む時の違和感は、逆流性食道炎の影響でもあります。
咽頭部を嘔吐する時に傷つけて大量出血したことも、何回もあります。
痛くても食べたい欲求が抑えられず、胃薬や炎症剤、鎮痛剤などに頼りながらも、過食嘔吐がやめられません。
肺にも負担がかかって気胸にもなりました。肺に直接管を通す治療は、とても辛いものです。
下剤の大量服用も、胃腸にはもちろんダメージが大きく、胃炎の症状や、大腸ポリープでは手術と入院が必要となりました。

センターの存在を知り、自分と同じように苦しんでいる人がこんなにたくさんいるのだと知りました。
多い時は、1日10回も嘔吐してしまい、上手く吐けた時にはスッキリしますが、必ず鬱々とした気分ですごしています。
身体はとても疲れているのに、夜寝る前には安定剤を服用しないと眠れない状態です。

このように、過食嘔吐の合併症によって命を落とす危険がかなり高いことがわかっていてもやめられず、自分を責めます。

今は、家事も疎かで食事も作れなくなり、家族にも出来合いの惣菜を購入してきたり、まともな生活を送ることができていません。
家族の幸せを思うと、一刻も早く治したいです。

センターに出会い、このような自分にも未来の生活の希望が湧いてきました。
少しずつですが、前向きな自分がいることに気づくことができました。

過食のみ16年。体重は80kgを超えました。

女性 会社員 50歳 O型

自分がもしかして摂食障害かも、とたまに思った事はありましたが、本当に摂食障害だったことを今になって知りました。

摂食障害が難病に指定されているという事も、初めて知りました。

過食症歴16年だと思います。ひょっとしたらもっと前に始まっていたかもしれません。
でも、頭がカーっとなってドカ食いし出したのは16年前だと思います。

元は163cm45kg痩せ型でした。
細いねと誰からも言われて羨ましがられ、どんな服も似合ってたのに、まさか自分が80kg超えてしまうなんて想像もしませんでした。

入るとしたら3L4Lの大きいサイズ、お洒落よりも少しでも痩せて見える服、入る服、と探すようになりました。

痩せてた時は結構チヤホヤされたので、太り出して本当に辛い日々を送っていました。
絶対に前みたいに痩せてやる、といつも思っていました。

何度か10kg位の減量をしたことがあります。
置換えダイエットや炭水化物抜きダイエットなど。
何度か成功してるので、太ってもまたあの方法なら痩せられると思って安心して過食しました。

そのようなダイエットの繰り返しで、いつも食べ物のことばかり考える脳になってしまったようです。
いつもダイエットして痩せたいと思ってるのに、頭の中は食べる事ばかり。
摂食障害とは本当に恐ろしい病気です。

体型のことばかり書きましたが、見かけだけでなく食費も今まで莫大にかかっていたんだろうなと思います。
太り過ぎで膝痛が出てきたり健康診断でもたくさんの項目でひっかかったり。

なんとか食欲と戦って朝昼は少食にしても、夜は我慢出来ずドカ食いするパターンが増えて、情けなく泣きたくなる日々でした。

ギリギリの状態でなんとかたどり着きました・・・。

50代で過食嘔吐。

過食症は若い人だけがかかる病気だと思っていませんか?
ある程度の年齢を重ねれば自然と治ると思っていませんか?

それは全く違います。

過食症は比較的若い年齢で発症しやすい病気ではありますが、
時間とともに自然と治る病気ではありません。

センターには50歳を越えた人の相談メールも多数来ます。

20代、30代の人は過食症を甘く見がちです。
50代になって、事の重大さに気付いても、失った時間は取り戻せません。

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女性 会社員 51歳 O型 北海道

今日で4回目の相談を受けました。
今のところ過食嘔吐はピタリと止まっています。
心穏やかですし過食をしたいともおもわないのです。
でもどうでしょう 28年も続いてきたことが簡単に止まっているのです。
まるでいままでのことが嘘のように・・またあの感情が突然やってきたらどうしよう。

今過食は止まっているものの・・嘘でも錯覚でもない、私が28年やってきた過食。
1日1000円、1カ月31000円、1年370000円、28年10360000円
逃げていましたこの数字からもストレスからも。1千万円何度も何度も数えました。驚愕の数字です。現実なのですね。涙が出てきました 何かが サーっとひいていきました。
もう二度と戻りたくない。でも熱しやすく冷めやすい私・・大丈夫だろうか

むくんだ顔、においのする指、尿意もなく出ても少し、動悸、トイレットペーパーもすぐなくなる。いくらあっても足りることのないお米、吐いているくせにお米にこだわり、出来合いのものから時間をかけて作ったものお構いなしに食べつくす。

今は心から一日一日大切にしたいと思えています
過食嘔吐をしていたときは思えなかったのです。こんな年齢になって気づけました。
41才の時にこの相談センターに電話をかけていたら 今この苦しみの51才をむかえていなかったでしょう。どうか勇気をだして電話をかけてみてください。
長くなってすみません。

ずっと続いてきた過食

女性 自営業 50歳 AB型 長崎県

過食嘔吐が発症したのは、18歳。
就職した先でなれない環境、人目が気になり食堂でご飯が食べれず拒食状態、仕事は肉体的にハードで58キロの体重が半年で47キロになりました。
でも体は食べ物を要求し、寮で誕生会かなにかで食べたときにお酒ものんでとても気持ち悪く楽に吐いてしまってから、過食嘔吐が始まりました。

19歳で結婚。
寮をでてからも主人に隠れて食べては吐いていました。
初めての妊娠が5ヶ月でだめになり自分のせいと思いつつやめられず、2度目の妊娠中もこわごわ続けてしまいました。
でも子供の事を第一に考えることが出来ず食べ物を買うためキャッシングにまで手を出す始末。いけないと思っても出かけてはゲームセンターで遊び惣菜やファストフードを買って帰りたべていました。

娘が生まれてからも、主人は仕事柄夜勤が多く、いつも母子家庭のようで寂しかったです。
子供のころからいつも寂しくて胸にぽっかり穴が開いていてそのせいで食べちゃうのかなと思っていました。娘が1年生になったころ、アダルトチルドレンの本を見つけ、自分はロストチャイルドであることを知り、それから、ずっとなぜ自分はこんなに生き辛いのか、理由を探していました。
いつも死にたい、自分が生きているために経済的にも環境的にも負担をかけて、良い妻にも母にもなれず、自分がゴミのように思えました。

30代になって家計が破綻しそうになっても食べることをやめられない、主人に話して何度もお母さんに助けてもらいました。でもまだやめられない。
40代になっても。仕事も半年ぐらいで転々と変わり、ご近所付き合いとか親戚付き合いとかがまったく出来なくなって、うつ状態になっていました。
友達と呼べる人もいない、自分のやりたいことでさえ続けられないこの病気さえなければもっと違う本当の自分を生きられるのに、と思うようになっていました。

25年、過食症だったんだ

女性 主婦 53歳 愛知県
短大卒業後すぐ20歳で結婚。
大好きな人と結婚できるから、なんでもできるって飛び込んだ結婚生活。
それまでは父と母と兄たちに愛され、甘やかされ、何不自由なく暮らしてた。
舅・姑・義弟が自営で小さな工場をやっていた。
広い家と庭の掃除。
工場の手伝い。
3度の食事におやつに夜食。
そして子供たちが3人生まれた。
自分の美容院、買い物はもちろん、病院に通うことさえ制限され、怒鳴られ・・。
自由なんてまったくなかった。
夫が見かねて連れ出してくれても、帰りが遅くなろうものなら、私にだけ怒る。
何度、土下座して謝ったか。
お金も自由にはならなかった。
生活費もすぐ滞るし、それなのに自分たちは贅沢三昧。
家にいても、工場の機械音が絶えず聞こえ、その音で気が狂うかと思えるほどの嫌悪感が走った。
つねに「やせてやつれて病気になりたい」って考えていた。
健康だから、大丈夫と気づかれない。
ふっくらしているから夫は気づいてくれないと。
拒食から過食に移行したのはすぐ。
食べると一時的に救われた。
けれど太ることが恐ろしかった。
醜くなるようで恐ろしかった。
だんだんエスカレートして、贈答用に買った箱入りのお菓子を食べつくしたことも何度かある。
ちゃんと渡すんだと思っても、それを食べつくす。
その繰り返し・・・。
隠れて食べて、隠れて吐く。
地獄だと思った。
それでも吐ける時は良かった。
吐けなくなると、気が狂うほどに錯乱する。
子どもたちをどんなふうに育てたのか記憶がない。
子どもたちは「お母さんは忙しかったから」と笑って言ってくれるが。
私の頭の中は、食べること、そしていかに吐くかばかりを考えていた。
25年前は過食症という言葉も知らなかった。
何かの本でブリミアという症状を知ったとき、「これだ!」と思った。
しかし回復にはつながらかった。
一度その当時の新聞の人生相談に投稿した。
人生相談の答えに、きちんと字数を考えた内容に「あなたの頭のいいところ」とあった。
結婚してから初めてだった。
自分が誉められたこと。
嬉しかった。
でも、回復にはつながらない・・・。
そして25年もの歳月・・・。

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