本当は怖い。過食症と過食嘔吐ブログ

過食症の体験談がまとめられたブログです。

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カテゴリ : 過食症での人生歴

過食症、誰のために治すのか

女性 自営業 45歳 A型 大阪府

21歳のとき、彼氏と上手くいかなくなり、ダイエット。58キロ→45キロ。結局、彼氏には、ふられました。1年くらい生理もとまり、病院に行きました。
両親にたくさん心配を、かけました。
色々あって、27歳のとき、その彼氏と結婚しましたが、過食嘔吐は、止まりませんでした。2人の子供に恵まれ、子供が小さい間は、症状も軽くなり、半年くらいでなかったこともあります。
でも、なにかストレスが貯まると、過食嘔吐していました。

子供に手がかからなくなった今、又、症状が悪化して、2年前くらいから、心療内科に行ったり、行かなかったりを繰り返しています。髪の毛が薄くなり、歯がボロボロ。これ、自傷行為っていうんですよね。40を超えてから、目に見えて身体を痛めつけてるのを実感しています。いつも、これが最後!と決心しては、又、過食嘔吐。なんて意思が弱いんだろう!と自己嫌悪。
でも、子供のためでも旦那なためでもなく、自分のために治さないといけないと治らないことに気付きました。

過酷な職場で過食嘔吐が悪化

女性 主婦 25歳 A型

摂食障害になって10年ぐらいたちました。
初めて出たのは高校生の頃、親元を離れて一時的に止まりました。

働き始めて4年目、環境にも恵まれ、責任のある仕事も任せてもらいました。
充実した毎日を送っていた矢先、刑事事件の被害者になり、尊敬していた職場の方にも迷惑をかけ、白い目で見られ、煙たがれるようになりました。

仕事が終わったあと上司に辞職したいと泣いて訴えたけど、上司の意向(噂では上司の評価が下がるから)で辞職できませんでした。仕事だけでもしっかりしなければと思い 前向きな気持ちを持っていたつもりでしたが、ストレスが身体に出てきて、前髪がはげて、人間不信、血尿、食欲不振、拒食、過食嘔吐になりました。

周りの人は私が過食嘔吐している事知らず、ふさぎ込んで、痩せて、目付きがキツくてなっている私を職場の方達は同情していたと思います。

そんな中、夫からプロポーズされ、寿退社という形でその職場から離れることが出来ました。

当時、そんな自分が嫌いで、強がって平気なふりをしていましたが、辛くて悔しい気持ちでいっぱいだったと思います。
結果、もっと注目されたいから病的な身体になろう、辛い気持ちを過食嘔吐でなんとかしようと思っていたかもしれません。

結婚したあとも、妊娠、出産、子育て中も過食嘔吐が一時的に治ったと思ったら再発、前は過食嘔吐してもなんとかなるだろうと思っていましたが、ここに相談して日に日に過食嘔吐が恐ろしいという認識が強くなってきました。

今は過食嘔吐を止めたい、過食衝動をどうにかして無くしたいですが、また再発したらどうしよう、もうあの時の気持ちは思い出したく無いという弱い気持ちも持っています。

10年後、29歳の私

女性 自由業 19歳 B型 京都府

19歳、フリーター、過食嘔吐3年目。母、姉、私の三人家族で、みんな過食嘔吐をしているのを知っています。ですが、一緒には今現在住んでいないので、ほとんど治ったと思っているようです。過去は、やはり関係がこじれて喧嘩もしましたし、無理矢理入院もさせられました。ずっと過食嘔吐に関しては良くなったり悪くなったりを繰り返していて、今は我慢していた反動で量も回数も増え、毎日1日2~3回の過食嘔吐をしています。
このまま10年経過して、29歳になる頃には単純計算しても1日2回3000円、1年で1,095,000円。無駄にしてしまうことになります。今でさえ恋人は作れずにいて、家族にも過食嘔吐が治っていないために会えないのに、10年後はもっと過食嘔吐が悪化して人間関係も崩れます。私は過食嘔吐のせいで家族も健康も時間も何もかも失いました。
毎日過食嘔吐をして何をしているんだろうと自分を責めますし、自己嫌悪に陥ります。一刻も早く過食嘔吐を治して、家族とも仲直りし、幸せな家庭を持ちたいです。

過食嘔吐をするために摂食障害の男性と…

女性 自由業 19歳 B型 京都府

私はダイエットの延長線上で過食嘔吐になり、拒食や非嘔吐過食を経験して今は過食嘔吐と戦っています。摂食障害になってからの3年間でたくさんのものを失いました。健康な体や思考力を失い、お金や友達も失いました。でも、私が1番失って辛かったものは「家族」です。健康的な思考回路を手放した私は、過食嘔吐が生活の軸になり過食嘔吐をするために43歳の摂食障害の男性と17歳の時に知り合い、家出をしました。
今まで一生懸命私と姉を育ててくれたお母さんには、酷いことをたくさん言ってしまい、お父さんの遺産を持って飛びだしました。でも43歳の男性とは上手くいかず、過食嘔吐も酷くなるばかりで、いろんな人の家を転々とするばかりで安定もしませんでした。家族に会いたくて、後悔で気持ちはぐちゃぐちゃでした。もう大切なものは失いたくない、正常な思考を取り戻して健康に生活したいです。早く治したい。

今気づいた「これは病気だ」

女性 主婦 45歳 B型 奈良県

摂食障害になっているということ、最近自覚した。
そして相談をしている中で、さらに恐ろしくなってきた。
食べて、吐いて。
吐いているときには、「なんで食べたのだろう?」といつも思う。
なんで食べるのか。
ただ口に入れるだけ、そして胃にいれるだけ。
それだけのために食べるという事は、「病」以外に意味を見いだせない。
本来であれば人間は、体が欲して「食べる」のであろう。
しかし私は、ただ口に入れたい、何かの衝動におされ食べ物を詰め込む。
そして吐く。
無意味な、しかし収まらない事。これは「病」だ。
摂食障害は病であること、これを自覚したのは、つい最近だ。
怖くてたまらない。
これは治っていくのだろうか。

過食嘔吐で人生がめちゃくちゃに。

女性 会社員 43歳 AB型 香川県

20歳の時の恋愛で自分の容姿に自信を無くしダイエットを始めました。食べた物を吐くと体重が落ちていく事を知り、過食嘔吐が始まりました。体重が増えるのが不安で過食嘔吐は続いていました。

結婚を期に夫の両親と同居する事で吐けない環境になり、一時的に症状は出なくなりました。出産と育児の為、仕事をセーブしていたのですが、育児も一段落したのでフルで働き始めました。生活のリズムが変わったせいか、夫の両親との関係が悪化。そのストレスから過食嘔吐が再発。久しぶりの嘔吐は上手く出来ず、体重は増加。太った容姿と夫の両親と上手くやっていけない自分に自信を無くし、毎日死にたいと思っていました。結局、関係は修復出来ず、夫と娘の3人で家を出ました。

その頃、人事異動があり、異動した部署に馴染めずに居ました。仕事が上手くいかない事で自信を無くす一方でした。痩せれば自信を取り戻せると思って下剤を飲むようになりました。過食嘔吐と下剤乱用で体重は落ちましたが、仕事中も食べ物の事ばかり考えていました。ミスも増え、仕事に行くのが怖くなり、夜も眠れなくなりました。
心療内科で安定剤と向精神薬、睡眠導入剤の処方をして貰いましたが症状は悪くなるばかりでした。
仕事を辞め自宅療養を始めました。

収入が無くなった事で過食嘔吐が出来ない不安から再就職をしました。今の職場は人間関係も良いのですが、食事に誘われても過食嘔吐が不安で参加出来ません。
家族は私が過食嘔吐している事を知っています。食べ物の事ばかり考えて育児を疎かにしている私に、娘はいつも「大丈夫?」と声をかけてくれます。後悔と罪悪感でいっぱいになります。夫は何も言いません。
過食嘔吐をしたくない気持ちから、食べ始めると過食のスイッチが入るので食事を一緒に摂る事が出来ません。
心配してくれる娘と一緒に普通にご飯を食べたい。過食嘔吐に費やす時間を家族と一緒に過ごす時間にしたい。普通の生活を送れるようになりたいです。

カロリーと体重に縛られ続けた半生

女性 会社員 27歳 AB型 愛媛県

13歳、身長151㎝体重45㎏、痩せたい願望は、小学生の時からずっとあったが、その時は普通に食事ができていた。
14歳、中学2年の春、所属していたバレーボール部を辞めたことをきっかけにダイエットを始めた。
中学2年の5月には49㎏あった体重が、中学2年の2月には36㎏まで落ちた。
その時の食事は、お菓子は一切食べないのは当たり前。

朝→昨日の夕食、昼→給食の小さいおかず+大きいおかず少し(牛乳は飲まない)、夜→夕食のおかず少し。
停滞期になるとさらに食事量を減らしていき、最終的には一日700kcal目安の食事を半年は続けていた。
中学2年の2月、バレンタインでクラスの仲良し6人でお菓子を交換し合った。

私は、自分でクッキーを作ったが試食もしなかった。
友人にクッキーやチョコをもらったが、太りたくなくて全部捨てた。
私は、他の人と違って太りやすいんだから、普通の人と同じ食事をしたらダメだと思い込んでいた。
私は、元々恵まれていない体型なんだから、人一倍努力しないと皆と同じ体型にならないと思っていた。

中学3年になると、担任の先生が変わった。最悪なことに給食を残してはいけない先生だった。
給食は800kcalあるから、朝と夕食をほとんど食べないようになければならなかった。
自分で食事を決められないのが苦痛だった。このころから過食が始まった。

給食は、中学3年の夏ごろまではよく残した。「好きじゃないから。体調が悪いから。」と嘘をついた。
毎日言い訳を考えたり、先生にわがままだと思われるのが嫌だったから、給食を口に詰め込んだ後すぐにトイレに行き、出すようになった。
授業が終わり、15時ごろ家に帰ると、過食衝動が爆発した。
一度食べ始めると止められない。美味しいというより、カロリーを食べている感覚。すごい勢いで、よく噛まずに食べる。自分じゃないみたいに、家にあるもの全部食べる。夕食がいつも18時ごろ。帰宅してから18時の夕食が終わるまで過食衝動が続いた。
どうせ家に帰って食べてしまうなら、給食をちゃんと食べた方がよかったと後悔。
衝動が落ち着いたらうつになり後悔。過食した翌日は、絶食して体重を減らした。

過食と絶食を繰り返すのも辛かったため、過食した後、外を1、2時間ジョギングするようになった。
そうして中学3年の夏までは過食しても体重38㎏をキープできた。中学3年は受験勉強をしないといけないのに過食で時間を取られて勉強に集中できなかった。
受験勉強のせいで運動する時間もなくなり、秋ごろから体重がどんどん増えた。すると、もうどうでもよくなり、毎日家に帰ったら過食。行き詰った。そして42㎏の時、心療内科に行くと、「そんな痩せてないよ、そんなに食べてたら太るよ。」と言われた。
「そんなの分かってる。」と思った。薬をもらった。薬を飲んでも全く効かなかった。
これ以上痩せたいとは思っていなかった。少しダイエットを休憩したかった。
少しくらい体重が増えてもいいから普通に食べたい。
例えば、クッキー10枚あるうちの2枚だけ食べようと思ってもそれができなくて、全部食べるか全く食べないかになる。
過食衝動が怖い。拒食症の時の方が良かった。辛いのは過食。

※摂食障害の患者さんは良い治療を受けてもマイナスな受け取りをする傾向があります。
あくまで参加者の感想であり、センターの立場とは一切関係ありません。

見て見ぬふりで、時間だけが経ってしまった

女性 会社員 23歳 A型 東京都

過食症の自覚は比較的はやくからありましたが
ここ数年見てみぬふりをしていたので
改めて9年目とはぞっとしています

過食症の怖さについて書こうと思います(私の場合ですが)

嘔吐はないので食べれば食べるほど
体重は増えて、最大では元の1.9倍までなりました
拒食症からではなく通常の体重からです

急激に体重が増えていくので体中に肉割れができます
できる過程は皮膚が痛いし、何より見た目が汚いです
(妊娠線は汚いと思いません)
異常な状態なのに過食をとめられず、どんどん肉割れができました
ここ一年ほどは肉割れは増えていませんが、
一年中長袖しか着られないし
誰にも肌は晒せません、出来るだけ自分でも見たくありません

過食をするまで肌荒れに悩んだことがありませんでした
(年齢的なこともあるかもしれませんが)過食をはじめてから
年中無休で肌荒れです
肌に悪いものを食べ過ぎてる自覚があるので当たり前ですね

心理的なことではなく、事実?現状?のみかいてみました
過食がはじまったばかりの人に
こうはなりたくない、止めたいと思ってほしいです

過食とは長い付き合いになっていますが、
一生の付き合いにはしたくないし、克服したいです

夢を諦め、過食にささげた20代と30代

女性 会社員 38歳 AB型 愛知県

過食嘔吐17年。
20・30代を、過食嘔吐のために費やしてしまいました。
私にはずっとダンスや舞台で表現をし続けたい、大きな舞台に立ちたいという目標があって、そのために高校の頃からお金を貯めレッスンに通っていたのに、過食嘔吐のせいで体を壊し、ステージに立てなくなりました。
過食のせいで後ろめたく、もともとよい方ではない親子関係がもっと悪くなりました。

私は、父から虐待を受けていました。
気に入らなければ無言で顔面に拳がとんでくる。
中学のころ、夜に父が私の部屋に忍び込み、体をさわられることが何度もありました。

怖くて誰にも言えなかった。
そんな父と別れない母は、世間体や祖父母を気にしていました。そして、私達娘に父の愚痴を言っていました。

私のマグマは、この頃から蓄積されていたのかもしれません。

家族に、過食嘔吐がばれたのは、過食費用のためにコンビニでパンを盗んでつかまったためです。

本当はやめたくて、でも誰にも言えなかった。
止めてほしくて、捕まってホッとしたのを覚えています。

寝静まった夜に、一人暗闇のなか冷蔵庫をあさって叱られる。
過食嘔吐を夜3回して、4時に眠り6時には起きて仕事にいく。本当にギリギリでした。

それからは、病院へ行ったり、自己ルールを決めたり色々試しても止まらず、「共存するしかない」と、治すことを諦めていました。

体も悲鳴をあげ、毎年健康診断で胃腸が再検査になります。

結婚なんてする資格はない、子どもなんて責任がとれないことは出来ないとも思っていた私を変えてくれたのは、今の夫です。
過食嘔吐する私に寄り添い、理解しようとしてくれます。
子どもたちも、毎日「お母さん大好き!」と抱きついてきます。

両親とも、結婚を期に関係は良くなりました。
母も本当は辛かったんだ。
母なりに、愛してくれていたのだと。
赦せた、というのでしょうか。

大切な私の家族のために、絶対に治します。

過食症再発とリバウンドの経験

女性 会社員 27歳 AB型 愛媛県

過食症再発は、何度も何度も経験している。
ダイエットとリバウンドの繰り返し。

これは一例だけど24歳のとき、過食症後のダイエット開始。
強い意思で、食事はコントロールできた。

1日甘いものを我慢できたら、達成感が出て、2日、3日、1週間、と食べない日数を積み重ね、食事をコントロールできた。
ダイエット中は、毎日食べる予定のものと食べたものを記録し1日1000kcal以内に抑えるようにした。お菓子は食べない。食べたくなっても我慢できた。

ダイエットと食べ物のことは常に考えていたが、それは女なら当たり前のことだと思っていた。
ダイエットすることで過食を3か月も我慢できた。今度こそ過食症は治った、と思った。

しかし、そのとき彼氏ができたことにより、週一ペースでの彼氏との外食が苦痛だった。
私の場合、定期的に人と会うことがストレスで心のバランスを崩すのか、過食衝動が再発した。

デートの後、家に帰ると必ず過食衝動が起きて過食する。
過食症が1度再発すると、毎日、週7ペースで過食してしまう。
我慢していたもの全部食べたくて、さだから、まともに恋愛もできない。