本当は怖い。過食症と過食嘔吐ブログ

過食症の体験談がまとめられたブログです。

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タグ : 入院

治療機関の過食症に対しての現状

女性 会社員 30歳 北海道

続きを書きます。
しつこいようですが病院名は控えさせて下さい、お願いします!

4.トラウマを本能の方から治していく、という一回一万のセラピー
ただ座って、体の何を感じますか、熱いとか重いとかって部分はありますか?
…いーえ、さっぱり。
でも無理やり集中して、喉のあたりに石みたいのがあるきがします、くろくてかたくてーとかいったら、詳しくきかれて、もっと感じて下さい、はい、終了。

私はとにかく話を聞いて、トラウマをどう克服したらいいかアドバイスが欲しかったから、合わないし、なんか変な暗示かかりそうで怖くて一度きり。

5.カウンセリングセンターみたいなとこ。
受けたのは一度だったけど、熱心に聞いてくれて、ああやっといいとこにたどり着いたって思った。
でも泣いてくれてハンカチで拭かれた時は、プロの涙だなって冷めてみてたけど。

でもこの後出会う病院を選びました。
カウンセリングって2つ別に受けない方がいいんだって。
ここは話だけで、検査したり病名をつけるとこじゃない。
私はちゃんと自分の病名つきつめて、徹底的に治したかったから。

6.カウンセリングを安く受けれる精神病院。
もうこのとき私は観念して、親には連絡しないでください!って職場に必死にたのんで、なんとかオーケーしてもらい、カウンセリングを受けれる病院に行きたい、と言ったら紹介してくれたのがここ。
ここのお医者さんは今までと違って目がやさしかった。

紹介状もなしに飛び込んだ私の話を熱心に聞き、カウンセリングを希望するとその場で心理士さんをよんで、私の目の前で心理士さんに私の状況を説明してくれたんだけど、それを聞いて、ああちゃんと伝わってるなって。

でも一度カウンセリングで傷ついてたから、ここではなかなか話せなかった。
話す恐怖でおかしくなっていって、閉鎖病棟へ入院。

でもここの先生は、俺から親に連絡しないように言おうか?とか、入院でやむなく親に連絡するときも、直接あわないようにしてくれた。
そして閉鎖病棟へ…

ここは重傷の人が多くて、変な悲鳴とか、いるだけでこわかった。
でも看護士さんは親切で、何度も勇気づけられた。

でも一回目と違ってみんなとわいわい楽しく、とはいかずとにかく暇だった。
症状が軽くなり解放病棟へ。
ここも怖いヒトが多かったし、看護士さんは仕事するだけで相談はしないってかんじで、自由は増えたけど居心地は悪かったな。

カウンセリングは、おかしくなってた時は一方的に話したいことが多くてよかったけど、アドバイス的なものはほとんどしないしくみみたいで物足りなかった。最後の方は話すこともなくなり沈黙…

話すまで時間がかかったから、十分時間とってくれる、っていうのは必要だったな。
話を聞いてほしい、それにはやっぱり普通の診療じゃ無理でした。
良くなかったのは、お医者さんの診察の少なさ。ぜんぜん捕まらない。

退院してからわかったんだけど、全く違う病名疑われてたから薬が全くあってなくて、副作用で薬漬けの人みたいな目になってたみたいだしすごい具合悪かった。

でも先生はよくなったでしょ?仕事いっていーよって…イヤ、もつと思えないんですけど。上司も不安顔。

サイトで自分が飲んでる薬調べて、副作用いっぱいでてるとかこの病名じゃないとかわかって、頼み込んで2つ減らしてもらったら突然体調回復。
入院中に気づいてよー、しんどかったんだからー、と思いつつお医者さんまかせじゃいけないと思ってしまった。
でも薬減らしてください!とかって全く聞いてくれない先生も多いみたいだし、信頼…というか相性がいいかな。
今もここに通院してます。

過食症で治療受けたのは大学病院だけだったけど、根本的な治療を受けられるほど、まだ医療はすすんでないんだろうなって思う。
食べるな、はい薬。
終わり。

体の中に合併症がでてないかの検査とか、こういう症状がでるんだよって知識とか、あの時教えてもらえていたら…
もっと都会には進んだ病院があるのかもしれないけれど。

※摂食障害の患者さんは良い治療を受けてもマイナスな受け取りをする傾向があります。
あくまで参加者の感想であり、センターの立場とは一切関係ありません。

病院の対応に愕然

女性 会社員 30歳 北海道

申し訳ないけど、病院名は控えさせて下さい。
聞かれてもお答えできないので、許して下さい!

1.小さい心療内科
鬱を一年我慢して悪化して、症状話して信じてくれるんだろうか。
そもそもこんなの治るの?
精神科なんて行ったってばれたら仕事クビにさせられるんじゃないか…

精神的治療の敷居は高くて、でも本当に限界が来た時、電話かけまくってその日すぐに診てもらえるとこに飛び込んだ。
症状を信じてくれたこと、しっかり休めば治りますよって言われて、感激のあまり涙が止まらなかった。
そして休職の診断書を書いてもらう。

でもこの時処方された薬は全く効かなかったな。
過食より鬱の方が重傷だったから、この時は鬱をどーにかしたくて行った。

2.職場に大学病院を進められ、入院。解放病棟。
私、親のトラウマで苦しんでたから、ここなら救ってくれるんじゃないかって期待でいっぱいだったけど、問診時間は少なくて、先生の冷たい目に、ああ話せないな、と諦めた。

鬱、過食で入院したので間食禁止。
薬と、不安定になったり食べたくなったら飲んで、と頓服わたされた。
頓服は何度変えられても効かず、薬なんてきかないじゃんて思い込んだ。

鬱は結構早く治ったし、偏見あったけど普通の人がいっぱいいて、皆仲良くなって楽しく過ごした。

でも過食衝動はどーしてもだめで、1日外泊してみるたびボロボロ。

ある日拒食症の子に、「なんであなただけ間食禁止なのかなー、私過食になってると思うんだけど、先生食べろっていうんだよねー。」って言われ…

その子は初めて見た時、全くご飯に手をつけない子だった。
すごく細かった。
でもいつのまにかちゃんとご飯食べるようになって間食もしまくるようになり、その話を聞いた時、細いその子は妊娠したみたいにお腹が膨れてた。
明らかに異常な膨れ方。
え…
本人も、私も、過食に転じてるってわかる位なのに先生食べろって言ってるって?
ここじゃ過食は治らない、と確信。
治りましたーって嘘ついて退院した。

退院後も飲み会開いたり連絡しあってたけど、皆入院繰り返してて、調子いいとか治ったって子はひとりもいなくてここじゃ治らないなって思いながら、相性の悪い冷たい目の先生のところに2~3年通ってた。
でも薬は信用してないからいい加減に飲んでたし、会社に診断書書いてもらうため、それ以上期待してなかった。

3.カウンセリングを安く受けられるという心療内科へ職場に隠れて通院。
また、目が冷たい先生。
カウンセリングは若い女の心理士さん担当で、時間が長かったから家族内であったトラウマ、やっと話せた。

もう鬱で仕事大変な失敗する前に休職しなきゃって位追い詰められてて。
でも、休職すると何度も親を呼ばれて、私は家族が死ぬのと同じくらいこわくて、会うのが恐ろしくて、お医者さんがそれをわかってくれて診断書に親に会わせるなって書いてくれれば呼ばれないで済むんじゃないかって必死で思い出すだけで狂いそうになる記憶、話したんだけど…

私からは親と連絡しないでという診断書は書けないし、上司が来ても一切言えない。
鬱は嘘じゃないから、診断書が必要なら書きますよ。
いらないんですね、そしたらまた二週間後来てください。
冷たい目。ものすごく傷ついた。

親のこと考えるだけで狂いそうになる、死ぬのと同じくらい怖い、もう鬱が限界で、毎日明日行けるかわからない状態、そう話したのに二週間後って…もつはずないのに!

もう、二度と行かなかった。

カウンセリングは一方的に根ほり葉ほり聞かれて、自己嫌悪が高まっただけだった。

※摂食障害の患者さんは良い治療を受けてもマイナスな受け取りをする傾向があります。
あくまで参加者の感想であり、センターの立場とは一切関係ありません。

入院での規制が退院後の悪化原因?!

女性 会社員 33歳 茨城県

もう14年も摂食障害が続いている。
始まりは14年前(19歳)の頃の無理なダイエットがきっかけ。

その後過食と過食嘔吐の地獄のような日々が続き、治したい一心で、とある地元の大学病院に大学の夏休みの1ヶ月間を利用して入院。

薬物療法・食事療法・自助グループなどの行動療法を組み合わせた治療方法だった。
確かに入院している間は、この3つの治療法で驚く程過食がピタッと止まった!
そして、「もう自分は過食症ではない」という疑似高揚や完治幻想になった。

しかし、ここが落とし穴!!
良くなったと自分も医者も思い、外泊をしてみる…
すると家でまた過食が始まる。
そして自己嫌悪に陥り鬱状態に。

1ヶ月の入院は完治したのかしてないのか
自分でも分からないまま終わることとなった。

しかし、退院してからのほうが症状が酷くなってしまった!

病院では自由に買い物にいける環境でなく、三食きちんと食事をし、余計な物を食べることは全くないのだ。

しかし、家に帰れば自由な状態…
いくらでも過食はできる環境。

病院で規制されていたせいか、余計
過食が入院前よりも酷くなってしまったのは事実。

入院での治療は一時の効果はでるものだったが、私には合わなかったのだと思った。

人によってはこれで完治する人もいるかもしれないが、私には余計過食を助長させるものだったのかもしれないと今ではそう思う。

※摂食障害の患者さんは良い治療を受けてもマイナスな受け取りをする傾向があります。
あくまで参加者の感想であり、センターの立場とは一切関係ありません。

32kgでも太ってると思ってしまう病気の心

女性 20歳 静岡県

中学、入学から半年で、登校拒否。
ある子との関係が悪くなった。
小学校高学年から、一緒だったその子。
何故自分を執拗にいじめてくるのか分からなかった。
今思えば、家庭環境の問題の腹いせだったんだと思う。
離れたかった。でも、クラスが一緒になった。
登校から下校まで私に、これでもか、これでもかってぐらい
執拗に攻撃してくる日々が続いた。
1日だって、止まることはなかった。

そんな生活に耐えられなくて、心身が故障したんだろう。
学校へいけなくなってしまった。

自分の存在を呪った。
産まれたくて産まれたわけじゃない。
生きたくて生きてるわけじゃない。
誰か私を殺して。死にたい。

3年の終わりに、相談室へ行きはじめ、なんとか、高校へ入学した。

高校。
変わろう。頑張ろう、そう思った。

でも、人が恐かった。
今まで、一人で、いたのに、急にたくさんの人の中にいる自分に戸惑った。
何を話していいか分からなかったし、何て答えればいいのかも分からなかった。
どんどん、グループが出来ていき、私もとりあえず一つのグループにいた。

でも、周りに合わせて必死で、外されないようにしている自分を感じてた。
常に、何かに怯え、ビクビクして、自分を良く見せようとする、偽善者の私がいた。

そんな私を評価されても嬉しくなかった。
こんなの私じゃない。
でも、やっぱり、普通じゃない私はなんか浮いてた。
心からリラックスして話てない。
いつも緊張でガチガチしてる。
どうして私は普通に慣れないだろう・・・
でも、頑張った。部活も勉強も。
でも、燃え尽きた。空が灰色に見えた。
意欲が低下して何にも手につかなくなった。
いつも虚ろで抜け殻のようになっていた。
高校も中退…。

周りからも冷たい目でみられた。
何にも出来ない自分。
何のとりえもないし、自分なんて誰の役にもたたない。
周りから評価されることでしか自分の価値を見出せない自分。
自分で自分を評価してあげられない。
自分を否定する言葉はたくさん思いつくのに、自分を認めてあげられる言葉は出てこない。

精神が病んでいき、精神病院に1ヵ月入院した。

ある日、食堂にいくと、私の隣に、新しい人がくるという。
どんな人だろう?楽しみだった。

食事がくると、その人は、「えっ!こんなに食べきれない」と言って、半分以下しか食べなかった。
私は、全部たべきっていて、周りの人もそうだったので、それが当たり前だと思っていたのにショックを受けた。
急に、自分が卑しい人間に思えてきた。
その人は、痩せていたし、優しかった。
私もそんな風になりたかった。
痩せれば自信が持てると思った。

退院後、家で、ダイエットが始まった。
カロリー計算して、肉、油もの、お菓子は徹底して食べなかった。
炭水化物の量も減らし、体重はみるみる落ちていった。
グラフをつけたり、食べたものをノートに書いたり、体重が落ちていくのが楽しくて楽しくてたまらなかった。
パンパンで入らなかったジーパンぶかぶかになり、細いジーンズがピッタリになった時には、今まで感じたこともないような高揚感を感じていた。

周りからも痩せたね、スリムだね、とか言われて、そんなことないよとか、言いつつも、内面、嬉しくて嬉しくてたまらなかった。

でも、そんな幸せも長くは続かなかった。

じわりじわりと過食の地獄が近づいていた。

私は、次第に食べたら、止まらなくなる自分に気づいていた。恐怖だった。
いつも体重を気にしてた。
1kgでも、太ったらダメ!!
また、醜い元の私に戻っちゃう。
神経キリキリ状態。
過食→後悔→罪悪感→絶食→過食・・・
無限地獄に落ちていった。

周りは、痩せてきた私を、心配してた。
でも、私は「どこが、痩せてるって!?太ももだって、まだ太いし、私はまだ太ってるの!もっと痩せてきれいにならないと」と思ってた。

ある日、お父さんから、「頼むから、1回病院行ってくれ、それで、なんともなければ俺はもう何も言わない」
そう言われて、病院へ行った。
痩せてるとかそう言われるのが癪に障ってた。
私はまだ太ってるの!
1回病院にいけば、もう、そんな馬鹿げたこと言われなくて済む。

検査の結果、なんともなかった。
「ほら言った通りじゃん!なんともないって!馬鹿じゃないの!」
私は反発し続けていた。
でも、過食は、続いていた。

半年そんな状態が続き、私自身耐えられなくなってきた。
そこで、病院に予約をとり、そこから、紹介され、市立病院に・・・。

即入院。
この時、32kgだった。
それでも、まだ痩せたかった。
その状態を維持したかった。
1kgでも増えたくないし、増やしたくない、もっと痩せたい。減らしたい。

頭は、常に食べること、食べ物のこと、体重のこと、それ以外なかった。

でも、退院後から、過食地獄。
絶食も出来なくなり、食べ続けるだけになってしまった。

ダイエット時に、禁止していた、炭水化物も油ものも肉も
お菓子もジャンクフードも全て食べて詰め込み続けてしまう自分が嫌だった。

吐きたいのに、吐けない。
食べないようにしようと思っても食べてしまう。

頑固な便秘症の私は下剤を飲んでも思うように効かず、苦しむだけ。
体重は増え続けるだけ。
毎日、胃は悲鳴をあげてる。
それでも、止められない。

何か他の事で、自分に自信を持てたら良かったのかなぁ・・・。
痩せることに自分の価値を見出してしまったから、今も強烈に痩せることに執着してる自分がいる。

痩せていなくちゃ、ダメなんだ!
痩せていない自分は自分じゃない。
こんな、デブで醜い私は価値がない。
もうダメだ。嫌だ。死にたい!!
人の目を気にして生きていて、自分を認めてあげられないこと、自分に自信がないこと、自分に価値がないと
思ってしまうことが一番の原因なのかな・・・
分からない。

他にも、家族関係とかいろんな原因があるのかもしれない。
まだ、暗くて長い闇のトンネルにいます。
長々と申し訳ありません。
私もまだ自分の気持ちが整理できません。
早く原因を解明して、1日も早く回復に向けて歩けるようにしていきたい。

※摂食障害の患者さんは良い治療を受けてもマイナスな受け取りをする傾向があります。
あくまで参加者の感想であり、センターの立場とは一切関係ありません。

副作用?幻覚症状と薄い記憶

女性 主婦 28歳 山口県

紹介された山口市のクリニックへ、投薬無しのカウンセリング通院しました。

この頃の事は思い出せません…

その後、眠れない等、症状が酷くなり大きな病院へ

2週間の入院、その間は良かったのですが、家に帰ると普通にもどりました。

その後 興奮すると注射を打ってもらったり、安定剤を朝飲んで登校すると 幻覚を見て飛び降りようとしたらしく… 

相談室にメールでいろんな事を送りました。 

熱も出ていて 2週間くらい近所の方、同級生を
びっくりさせてしまって…

ちょこちょこ想い出す事もあるのですが 
大分忘れたかったのかなぁと…

結婚式の時 何事も無かったように語ってくれた時は 
涙がなかなか止まらず 何も知らない人達をびっくり
させてしまったかもしれません… 

それがきっかけで、幻覚を見る事ももうないし、あの頃よりは 全然良くなっています。

ただ、何かに依存する事無く、強くなりたい

ただ今でも腸が弱く、抜け毛、貧血、生理不順…

妊娠できたことに、笑って生きていることに感謝します。

※摂食障害の患者さんは良い治療を受けてもマイナスな受け取りをする傾向があります。
あくまで参加者の感想であり、センターの立場とは一切関係ありません。

過食症を治す入院治療、薬はないと実感

女性 無職 29歳 神奈川県

約3年前にダイエット入院をしました。
これは過食症を治すための治療ではなく、食事制限と運動によってダイエットして行くものでした。

食事は朝昼夕の3回と午前午後のおやつ、栄養士さんが
作ったもので、メニューはみんな一緒だったけど、個人個人にあった摂取カロリーのものでした。

ゆっくりよく噛むように教わりました。

そして運動、とにかく歩くこと、歩いて歩いて歩きまくる。
でも、内緒で毎日走っていました。
だいたい1日30キロ位。この生活を1ヶ月半続けて、12キロ痩せることが出来ました。

金銭的なものがあり、ハイペースで落としました。

出来るならもっと時間をかけて落とすべきです。

退院してから、しばらく頭痛が続いたけど、やりとげたと言う充実感からなのか、やる気に満ち溢れていました。

もう一度あの自信が欲しいです。

今は入院生活で学んだ、3度の食事、決してバランスなど
良くないけど、全く食べないダイエットをしなくなりました。

クリニックを4か所かえました。

過食症の完治を夢見ていますが…なかなか。

でも、どの先生からもはっきりした病名は聞いていません。

しかしはじめて今の先生に、‘うつ病ではなく成人型AHDH’と診断されたのです。

12月最後の診察日で、帰ってから自分で調べてみたけど、症状が自分とあてはまるところが少ないので納得していません。

次の診察の時相談してみます。

後、以前にリタリンという薬を処方されたことがありました。

痩せたいと言ったら出してくれました。

でも、覚醒剤みたいなものと知り…

周りに反対されたけどそれでも内緒で飲んでいました。

覚えてないけど、すぐにやめました。

※摂食障害の患者さんは良い治療を受けてもマイナスな受け取りをする傾向があります。
あくまで参加者の感想であり、センターの立場とは一切関係ありません。

入院治療体験

女性 自由業 28歳 O型 東京都

東京都三鷹市の長谷川病院の閉鎖病棟、東京都調布市の青木病院の閉鎖病棟に入院を計4回ぐらいしました。

入院生活中は閉鎖なので外には出れず病院内ももちろん
その病棟に閉じ込められてました。

過食が入るとうつ病。
うつ病になると余計に過食→躁鬱病。
の繰り返しでした。

脳波等のひととうりの検査をします。

飲み物は病棟に置いてあるヤカンのお茶(ノンカフェイン)か水道水。
自販機にあるのもお茶か水だけ。

面会の時も飲食禁止。

食べた量をチェック。
夜、朝、昼の合計で病院の基準に達してないと点滴。

体重測定。

でも私は毎回、入院すると過食が治まりうつ病も良くなります。
勿論、入院中の間だけのもの。
入院中は仲間がいるし、食べる時も皆で一緒だから寂しくない。
だから私はいつもゆっくり少しづつ食べれていた。
仲間とも病気について話しあえたりして普通の会話したり楽しかった。

皆で行うミーティング等もありました。
それは皆で題材を決め、議長を決め、意見をいいあう。
例えば『いかに入院生活を意味のあるものにするか』など。

あとはドクターから決められた少人数で行う会。
カウンセラー、ナース等がいてビデオ撮りをしていて
でもそこで話した内容はドクターにも、他の参加してない患者さんにも他言してはいけないルール。
自分自身の話しをして、周りの人の話しも聞く。
案外聞いてるだけって疲れるものだったり、共感できて涙がでたり。

治療内容はそんな感じです。

でも退院したら過食の始まり。
だって自由なんだもん。
怖かった。
退院して自由すぎる外が怖かった。
歯止めがきかなくなる自分が怖かった。

私は次に入院になったら最低3ヶ月は任意入院でも
出れない約束をさせられました。

私には愛犬がいます。
もぅ離れたくないし生活保護になりたくないから
(生活保護になったら飼えない)、ここで治してみせます。

※摂食障害の患者さんは良い治療を受けてもマイナスな受け取りをする傾向があります。
あくまで参加者の感想であり、センターの立場とは一切関係ありません。

入院体験

女性 会社員 47歳 東京都

私は過去に6回、精神科専門病院に入院したことがあります。
仕事(金融関係、正社員)と家事と育児に追われた上、夫と不仲になり、鬱、リストカット(死にたいと思ったことはありません)過食嘔吐が一気に悪化したのが原因です。
私が入院した新宿区の晴和病院、足立区のあやめ病院、台東区の土田病院の大部屋には仕切りのカーテンがありませんでした。
心の病気で入院するのですから本当は個室が良いのですが、個室は最低でも1日1万円以上の差額ベット代がかかります。初めての入院の時には、心身ともに衰弱していたため3週間程個室に入りました。治療費は1カ月約12~13万でした。
精神科の入院は最低でも1カ月以上になります。心はそんなに簡単には良くならないからです。私は一番短くて1カ月、長い時には3カ月以上入院していました。
6回の入院でどれほどのお金を使ったか、思い出したくないです。

出入りが解放されている病院でも、初めは外出禁止になりました。
勝手に外には出られません。何もせずに寝ているだけ、退屈なはずですが、苦痛ではありませんでした。それだけ休養が必要だったのだと思います。
退院の目安は、通常の生活ができるようになったかどうかです。
睡眠、食事が普通にとれることが第一優先でした。
当然、私も元気になって退院したのですが、自宅に戻るといつしかまた元に戻ってしまいました。規則正しい生活習慣を体に覚えさせてたとしても、入院中と現実の生活とは雲泥の差です。実際、入院生活で我慢していた部分もあり、一気に解放される訳ですから余程強い意志がないとなりません。過食嘔吐は入院治療をしても完治しないのです。強制的にストップさせていただけなのです。入院中にもトイレで嘔吐していた時もありました。何のために入院したのかわかりませんね・・・。
そして現在、どうしても過食嘔吐を治したくて、ここに来ました。
長くなってしまったのでこの辺で止めておきます。
作文が苦手なので分かりづらい文章ですみません。
ここに来たみなさんが1日でも早く過食嘔吐から解放されるように祈っています。

※摂食障害の患者さんは良い治療を受けてもマイナスな受け取りをする傾向があります。
あくまで参加者の感想であり、センターの立場とは一切関係ありません。

わずかな入院体験

43269 わずかな入院体験   2007/04/04 19:09
女性 主婦 30歳 A型 北海道

あまり思い出さないようにしてたけど、最近になって色々な事が思い出されます。

過食嘔吐がはじまってすぐに両親にばれました。
私、銀行関係の仕事してました。不似合い?(笑)
両親は精神科に行くのが絶対必要と強調。
私の過食嘔吐を責める毎日。監視する毎日。
母が勝手に私の上司に電話して、私の過食嘔吐の話をしていた。
「精神科の通院が必要だから。でも退職したくないみたいだから、
会社で通院を認めてくれないだろうか?」と。。。
かなり、ショックだった。
隠してることなのに。なんで、他人にまでそんなにベラベラ喋るのっ?!
母は親戚の叔父、叔母、自分の友達にも
「この子、過食症だから。そして吐いてるから」ってベラベラ喋ってた。

会社の上司はいい人だったから、「気にせず仕事の合い間みて、通院しなさい」
と言ってくれた。でも、過食嘔吐についてはやはり偏見の目を強く感じた。
そんな環境で、会社に行くことにも引け目を感じた。
上司は気を使って「今日、病院の日だろ。言って来い」と言ってくれる。
家に帰ればカウセリングを受けてるのに症状が止まらない事を怒られる。
母同伴のカウセリングで、子供の頃の話がでると「何でも私のせいにするな!」と怒られる。

病院に行っても、いつも先生のことを
「この人も精神、病んでるんじゃないか?」って思っちゃうような先生だった。
でも常に『入院』を勧められた。
両親も「入院しろ」とうるさかった。私も、もう会社にいたくなかったし、
入院したら治るかも。と思い、退職して入院をした。
入院して、すぐ周りの患者さん達をみて、話して、
「この人たち、安定剤、眠剤を服用しすぎてラリってる」って思った。
私もラリっちゃうのかなぁって不安になった。
入院しても、先生も看護師さんも「食べ方」は教えてくれなかった。
それなのに、食事はほぼセルフサービス状態。
食べるのが怖いのにどうしろというのか。。。薬だけはお決まりに飲まされる。
入院はほぼ監禁状態に近いものがあり、先生との面会も毎日あるものではないと1日目から知った。
入院1日目から夜に別室から発狂が聞こえる。別室の人が徘徊して私の部屋に入ってくる。
怖かった。私がここにいるのは違う!!と思った。こんなんで治るわけがないと即座に思った。

母は気にして病院にきてくれるけど、何もわかってないから、なにかしら差し入れをもってくる。
「食べるの怖い」とも言えず、食べては吐き~。の繰り返し。
「病院で食べては寝てをしてたら太る!!」と思い、ベッド周りのカーテンを閉めっぱなしにして密かに筋トレしてた。

たった3日、されど3日。
私、3日目で入院生活限界になった。「もうここにいるのは嫌だ!」と母に訴え、無理やり退院した。
病院を出る際に先生に言われたことは、「あなたは治らない。」
私は「あなたは治してくれない」って思ってた。
無理やり退院したから、治っていないの当たり前。
でも入院してても絶対治ってなと思う。
父は母に「お前がコイツ(私のこと)の言うこと聞いて、退院させてきたから治らないんじゃないか!!」と責める。
母は私に「あんたは我儘すぎる。我慢がたりない。あんたのせいで、お父さんにこうやって言われる。」って言っていた。
自分でもどうしていいかわからない迷路にいた。
ただ、もう両親とはあまり関りたくなくなっていた。だから治ったふりを一生懸命しようとした。

病院の先生が言った「あなたは治らない」は現状としては、あっているけれど、
私はセンターに出会えたから「治せる」って思ってる!!目指すは完治だよ。

過食症の治療

女性 会社員 30歳 A型 東京都

長野県上諏訪市 上諏訪病院 精神科:拒食のため入院、体重 増加が目標、カウンセリング、体重増加のみが目標だったので体重が増えたら退院。

武蔵小金井、斉藤(茂太)病院 精神科:カウンセリング・・効果はありませんでした。

静岡県 総合病院 診療内科:絶食治療希望で受診しましたが、
体重が不十分なため入院できませんでした。

横浜労災病院を紹介され、診療内科:先生が全くひどく、また摂食
障害用の個人病院を紹介すると、たらい回しにされ本当に悲しかった。

東京都、おぐらクリニック:2年カウンセリング・・過食症が治ることはありませんでした。

※摂食障害の患者さんは良い治療を受けてもマイナスな受け取りをする傾向があります。
あくまで参加者の感想であり、センターの立場とは一切関係ありません。