本当は怖い。過食症と過食嘔吐ブログ

過食症の体験談がまとめられたブログです。

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タグ : 万引き

夢を諦め、過食にささげた20代と30代

女性 会社員 38歳 AB型 愛知県

過食嘔吐17年。
20・30代を、過食嘔吐のために費やしてしまいました。
私にはずっとダンスや舞台で表現をし続けたい、大きな舞台に立ちたいという目標があって、そのために高校の頃からお金を貯めレッスンに通っていたのに、過食嘔吐のせいで体を壊し、ステージに立てなくなりました。
過食のせいで後ろめたく、もともとよい方ではない親子関係がもっと悪くなりました。

私は、父から虐待を受けていました。
気に入らなければ無言で顔面に拳がとんでくる。
中学のころ、夜に父が私の部屋に忍び込み、体をさわられることが何度もありました。

怖くて誰にも言えなかった。
そんな父と別れない母は、世間体や祖父母を気にしていました。そして、私達娘に父の愚痴を言っていました。

私のマグマは、この頃から蓄積されていたのかもしれません。

家族に、過食嘔吐がばれたのは、過食費用のためにコンビニでパンを盗んでつかまったためです。

本当はやめたくて、でも誰にも言えなかった。
止めてほしくて、捕まってホッとしたのを覚えています。

寝静まった夜に、一人暗闇のなか冷蔵庫をあさって叱られる。
過食嘔吐を夜3回して、4時に眠り6時には起きて仕事にいく。本当にギリギリでした。

それからは、病院へ行ったり、自己ルールを決めたり色々試しても止まらず、「共存するしかない」と、治すことを諦めていました。

体も悲鳴をあげ、毎年健康診断で胃腸が再検査になります。

結婚なんてする資格はない、子どもなんて責任がとれないことは出来ないとも思っていた私を変えてくれたのは、今の夫です。
過食嘔吐する私に寄り添い、理解しようとしてくれます。
子どもたちも、毎日「お母さん大好き!」と抱きついてきます。

両親とも、結婚を期に関係は良くなりました。
母も本当は辛かったんだ。
母なりに、愛してくれていたのだと。
赦せた、というのでしょうか。

大切な私の家族のために、絶対に治します。

過食嘔吐、治らないなら死を選んでしまいそう

女性 会社員 36歳 O型 東京都

摂食障害であることで失ったこと、ものはあげだしたらきりがない。

中学、高校から始まった病気のせいで周りの子みたいにデートだとか付き合うとかできなかったし、友達同士で遊びに行くとかできなかったし、そもそも学校に行けなかった。キラキラした青春時代は私にはなかった。

食べ吐きのせいで仕事なんてきちんとできなくで就職もできないから、お金もないし家族ともうまくいかないし。食べ物のためにバイトする毎日。掛け持ちでバイトしても足りない過食費用。しまいに倒れて頭蓋骨にヒビ、内部出血して大手術。運よく後遺症もなく、でも過食嘔吐がやめられず、入院中の病院でも過食嘔吐…

親の手前通った精神科では自助グループを勧められて参加するけど形だけ。なんだか馴染めなかった。
そんな状態で10年以上過ごすうちに借金が返しきれず自己破産。食べ物を買うお金が無くなって盗る行為が始まって、何度も窃盗で逮捕されあっという間に刑務所行き。刑務所にいる間は過食嘔吐なんてできないからしなかった。出てきたらもう止めれるなんてのは大間違いですぐに再発して、また再び刑務所に行くのはあっという間だった。

人生やり直そうと実家を離れて一人暮らしを始めたけれど、お金も余裕もない毎日…もう過食費用の心配をする毎日に疲れた。人生初めての彼氏ができたけど、こんなんじゃ結婚なんてできない。かといって1人で生きていくお金もチカラもない。
治らなかったらなんて考えると恐ろしすぎて、死を選んでしまいそう。

すべてを失う過食症

女性 無職 35歳 B型 東京都

過食症、
大切な友達を失う
丈夫な歯を失う
万引き、窃盗をするようになる。
職場を失う。
青春、人生の節目にあたるお祝い事ができずに過ぎていく。
自信、希望、前向きな姿勢、信頼すべてを失う。
嫌なこと、失ったものがあまりにも多すぎて喪失感しか感じられない。それでも過食おう吐はいなくならない。
なんで、どうしてだろう。
ただ私は普通に生きたかっただけなのに。普通にご飯を食べて普通に仕事して、普通に楽しいことをして、普通に人と接することがしたいと思っていたのに。
ただただ悲しい。

バケツを横に置いていつでも嘔吐できるようにしていた

女性 無職 26歳 A型

過食嘔吐が始まってから7年になろうとしています。きっかけは、浮気した彼氏を見返してやろうと一念発起した食事制限ダイエット。
結局食事制限は持続できず、普通食嘔吐が日課に。

気が付けばダイエットにはまり、
毎日4,5回体重計に乗り、
100g増えただけで鏡に映る自分を罵倒し、暴れ、発狂するようになりました。
その後1年半ほどあまり記憶がありません。

覚えているのは、
毎日バケツを横に置いていつでも嘔吐できるようにしていたこと、
世間に自分の醜い体と顔を晒さないよう外出時は長袖・長ズボン・マスク・帽子で全身を覆い、肌の露出を異常に恐れていたこと、
一日中食べ物のことが頭から離れず仕事も勉強も一切手につかなくなっていたこと。

将来の目標や生きる意味を完全に失い、自分の存在価値に疑問を抱き、死にたいと何度も思いました。
しかし、自殺は出来ず、自分の存在価値は「女性として美しくいること」と意識転換し、さらにダイエットと美への執着が強まりました。

そして、見た目を褒めてくれて、自分を必要としてくれる人と触れられる環境を求めて、水商売、風俗の世界に身を置きました。
そして気づけば、お金に困っているわけでもないのに無意識のうちに万引きを繰り返すように。
盗んだもの自体には興味がなく、家に帰ってほぼ捨てていました。ある日、警察に捕まって初めて目が覚めました。

現在はOLを経て、実家で静かな生活を送っています。
家にいる時間はほとんど過食嘔吐しています。食事会もありますが、吐きたい衝動で会話に集中できません。また、顔がむくんでいることが嫌でドタキャンすることもあり、友人には迷惑をかけています。

摂食障害は本当に怖いです。
目の前の欲求にしか興味がなくなります。
一過性の欲望だけのために生きるので、何をしていたか一日を振り返る作業ができなくなり、気がつけば本来の自分の意思とは真逆のことを行っていたりします。
ふと我に返ったとき「こんなの自分じゃない」と一気に自己嫌悪に陥り、現実逃避のためにまた過食嘔吐を繰り返すのです。

とにかく、普通の生活が送りたいです。
本能と理性のジレンマから解放されたいです。
情緒を整えて、自分の本能中心の生活ではなく、人の幸せに寄り添えるような人間になりたいです。
どうか、この相談が改善への一歩になりますように。

発症して28年。子供にも気になる兆候が

女性 会社員 44歳 A型 東京都

はじめて過食嘔吐したのは16歳の時だったと思います。
食べることが大好きだったわたしは、よくお小遣いでおやつを買って全部使ってしまうことも。。

子供時代から人間関係が苦手でいつも悩みが尽きなかったので、甘いものを食べることで自分を慰めていました。
ある時食べ過ぎてしまって、胃が苦しくなった時に吐いてしまえば気持ち悪いのが治るかも・・・という軽い気持ちで吐きました。
それからは時々気晴らしに嘔吐するようになりました。

たまにトイレを長時間使用することが難しそうな場合は、お風呂で吐いたこともあります。
マンションの排水管清掃の後、母に「うちが一番汚れていた、と業者さんに言われたよ!」と言われたので、母も知っていたのかもしれません。

過食嘔吐がピタッと止まる時があります。
それは真剣な恋愛をした時です。
アドレナリンがでるのか、その時は食べなくても平気になりました。
結婚後も一度好きな人ができ、不倫関係になってしまいました。
このときは、主人より、子供より、食べることより、夢中になってしまい、破局を迎えてからあっという間に12キロ太りました。

ダイエットも何度も何度も試しては失敗しています。
いったい いくら使ったのか・・・。
高校生の頃からサプリメントを飲んだり、マイクロダイエット、耳つぼ、精神科への通院、カウンセリング、スポーツジム、ダイエット講座、エステ・・・。
全てある程度結果が出てくると途中で「今日だけ食べて吐こう。そしてまた明日から頑張ろう」と思って一気に過食。
そしてコントロールできるはずもなく、また毎日過食嘔吐の日々でした。

どうして自分はこんなに意思が弱いんだろう、最後までやりきれない自分はダメだ・・・と、ダイエットを繰り返すたびに失敗するのでどんどん自分の評価を下げています。
もともと自己肯定感が低かったのに、さらに低くなっていきました。

今は、思春期の子供たちへの対応で苦労しています。
高校生の子供は、毎日のように体調が悪い、と言っています。
学校は休むわけではないので、本当に具合が悪いのかはわかりません。
万引きしていることもわかりました。
表向き進学校に通っていて、明るく人間関係も良好な子です。
中学生の子供は、何に対してもやる気がなく、世の中を斜めから見ているようなところがあり、まったく前向きなところがありません。

わたしは本当の子供のことをわかっていなかったのです。
わたしのせいでこんな子供たちに育ってしまったのか、と後悔でいっぱいです。
小さなころもっとかまってあげればよかった、向き合えばよかった、と本気で思います。

今から間に合うかはわかりませんが、努力して信頼を取り戻したいです。

もう自分を下げることはやめたい。
自分の心も体も大切にしたい。
そういう気持ちです。

摂食障害の日々はまるで二重人格のよう

女性 会社員 34歳 A型 兵庫県

摂食障害になって、食べること以外に興味を持てなくなりました。
四六時中、何かを食べようとして仕事にも集中できず、家族とも距離を置くようになりました。
食べたらいけないと思えば思うほど、食べ物を求めていました。
自分が自分でなくなるような気がして怖くなりました。
まるで二重人格のように、もう一人の自分に乗っ取られる気がしました。

お金もどんどん使ってしまい、貯金は一気に減っていき、これでは生活できないと思いました。
このまま摂食障害を放置すれば、症状はあっかして私の身体はぼろぼろになってしまうでしょう。
働けなくなりお金も無くなり、食べ物を得るために万引きして、刑務所に入ることになるかもしれません。
もしくは栄養失調で早死にしているかもしれません。

考えるだけで恐ろしいこの病をなんとかしたいと思います。

どんなに幸せでも止まらない過食嘔吐

女性 主婦 28歳 O型 千葉県

摂食障害の過食嘔吐を患って、9年になります。
大学2年生の時に初めて症状が出ました。

授業がない時間の枠は、コンビニのパンを紙袋一杯盗んで食べてひたすら吐いて過ごしていました。
過食嘔吐の後の睡魔でまともに、授業は受けられませんでした。

食費を稼ぐために、アルバイトはコンビニ。
廃棄のものを袋いっぱいもらって家に持ち帰って隠れて過食嘔吐。
それだけでは足らず、夜のアルバイトをして、はじめはガールズバー、次にキャバクラ、スナックで働き、アルバイト代はほとんど夜のアルバイト用の服と食費で消えました。

万引きもしてしまい、大学時代に4回万引きGメンにつかまったことがあります。警察を呼ばれました。チョコレート、袋いっぱいの菓子パンを、盗みました
母は4回目には、警察官に、娘を捕まえてくださいと泣きながらお願いしました。そうでもしないと、この子は万引きする癖が治らないと。もう親にも見離されたと絶望しました。それからいかに楽に自殺できるかということしか考えられない日々を過ごしました。

大学卒業後なんとか一社ありつけて就職して、飲食業界で接客をしました。
お店の賄いは必ず過食嘔吐。
仕事が終わっても、独り暮らしの家の近くのコンビニで大量に買って過食嘔吐。
次第に新入社員のためお金が足りず、また食べ物を万引きし、2回警察に捕まり、指紋を録られました。
初めて就職した会社も過食嘔吐で身体がボロボロで疲れきって、精神的に追い詰められて、全身顔まで蕁麻疹がでるようになり、辞めました。また夜のアルバイトに戻りました。

妊娠がわかり、好きな人と結婚しましたが、幸せなはずなのに何故か過食嘔吐は治りませんでした。
妊娠したため辞職させられたので、1日中過食嘔吐と睡眠しかしなかったです。
食費が足りず、でも結婚して万引きして警察に捕まりたくなかったので、小麦粉を大量に買って、ピザみたいなのをひたすら作って吐いていました。

出産して娘が産まれても、幸せなのに、過食嘔吐は止まりませんでした。

娘が大きくなって飲食業でアルバイトを始めて、娘が保育園にいくようになって、そこであったパパ友とお酒の勢いで不倫したり、娘をお姑さんが預かってくれる日は夜の待ちに繰り出し、お酒のせいで意識をいつも失って、朝起きたら知らない人とベッドにいたことが何回もあり、それで旦那とも離婚の話を一年ぐらい続けていました。
知らない人と知らない間に性交して性病にもかかりました。

旦那も私も精神的に、身体的にボロボロでした。

それで寝れなくて肩凝りも酷くて、自殺しか考えられなくて、
旦那に心療内科にいけときつく言われ、行くと、鬱病の中等症と診断され、
毎日飲んでいたお酒は断酒し、坑うつ剤と副作用止めの薬と精神安定剤と睡眠導入剤と睡眠薬というたくさんの薬漬けの毎日が始まりました。

でも過食嘔吐は治らず、自殺願望は止まず苦しみました。

たまたま挙式が当たり、憧れていた挙式ができると決まっても、自殺願望が止まらず、
過食嘔吐はなぜなったのだろうと興味をもち、本を読み漁りました。
読み漁れば読み漁るほど、私の両親を恨むようになり、
鬱病の薬も飲んでも効き目を感じないので飲むのを勝手に止め、
また、お酒を飲んで両親を電話で泣きながら私を産んだことを、家庭環境を責めるようになりました。
そして、家庭内暴力をしていた父の母親(祖母)にも電話をして責めました。
死にたくて死にたくて、本当にくるしい日々でした。

本を読めば家族を責めたい、死んで復讐したい気持ちがでて、気分が落ち込むので、
藁をもすがる気持ちでネットでこの相談を見つけ、
いま無料カウンセリングをさせていただいています。

極度の過食嘔吐患者ですが、治ってきている兆候があります!
毎度絶対治したい!という熱意が高まるし、
治れば明るい未来がある、と希望がぐんぐんわいてきて、

今日、なんと、始めて、過食嘔吐してません!
ますます、希望がわいてきています!!!
本ではまだ書かれていない過食嘔吐の病気の理解が進み、
自己否定感しかなかったのに、
自分を責めないでいられる新しい自分に出会えています。

私は、必ず、治ります!!
楽しみです!!!!

万引きで捕まっても過食嘔吐は止められない

女性 会社員 33歳 岡山県

たぶん二十歳。ケーキ屋でバイトしてた時。

体育会系の大学に通って毎日体を動かし食欲旺盛。
デブじゃないけど太ってた?156センチで53キロくらい。
痩せなきゃって感覚が普通の女の子なみにあった。

バイト先のケーキが食べたい。でも。。。
始めはチューイングだったように思う。
それが気付いたら吐けるようになってた。
でも初めて吐いた時の事を思い出せない。

それからは夕食後に吐けるようにお腹一杯食べるようになった。
パンなどを準備しておいたのだ。
トイレに吐き続けるが汲み取りなので親にばれそうになり、
大きなゴミ箱とビニール袋を用意して部で屋吐き、
親が寝静まったのを見計らって川に流した。

水かさが無くばれるのが嫌で嘔吐物を横に寝る日々もあった。
一度嘔吐物のはいっているゴミ箱を見つけられてしまったが何にも私はふれなかった。
親がそのゴミ箱の上に「どうしたの?よかったら話して下さい。」と手紙をくれたのに。
未だに伝えてない。

就職しても続いた。
ハードな仕事だから過食嘔吐しながらはかなり辛かった。
でも止められない。
原因不明の背中の痛みにも襲われた。

高熱がでても。
食中毒で入院までしても過食が頭を離れない。
あまりのお腹の痛さで過呼吸にもなった。
しばらく過呼吸でくるしめられ救急車で数回運ばれた。

27歳で奇跡的にも結婚出来た。
止められると思った。
止められない。

1人目妊娠。
止められない。
つわりか過食嘔吐かわけがわからない。

産後一年ほどストップ。

二人目妊娠時のつわりで再発。
8ヶ月で早産。1200グラム。
失明するかもしれないと告げられた。
幸い視野が狭くなるだけですんだ。
それでも止められない。

産後もずっと続く。
産休中で収入が自分になく、主人が働いた大切なお金を使うのに申し訳なく思い
偶然払い忘れた買い物がきっかけで万引きにはまる。

毎日毎日食べ吐き続ける。ずっと。1日に二千円はのぼる。
万引きで捕まる。
さすがに止める。一年8ヶ月止めることができた。

その間に三人目妊娠。
つわりにも敗けず過食嘔吐ストップ。
しかし臨月あまりのお腹の苦しさに過食嘔吐再開。
あっという間にぶりがつき8ヶ月がたった。
今にいたる。

毎日1日中。1日千円から二千円。
お米を五合炊き、それにカレールーを入れて混ぜて食べる。
安いしお腹にたまる。
または半額パンをスーパーをはしごして買いまくる。

小麦粉500グラムボールに入れて砂糖ベーキングパウダーをいれて
即席ドーナツやパンケーキを作って食べる。

何しろ三人子供を抱える主婦忙しい。
子供にもイライラが絶えない。
授乳中は片手で食べやすい柿ピーを七百グラムたべつくす。

とにかく子供が保育園にいってる時がチャンス食べまくる。
とにかく今しかないと言う思いが過食嘔吐に拍車をかけ家事の間中ずっと。

そう。
毎日ヘトヘト。
さらに産休中だから収入なし。
主人の収入のみ。罪悪感はひどい。
ゴミ人間にしか思えない。
なら、やめろよ。止められない。

むしろこのストレスから逃れたいために過食嘔吐はエスカレートする。

十キロの米も二週間ほどでなくなる。
過食費は二千円くらいだろう。
レシートが溢れかえり家計簿をつけたくない。

今回は偶然に割引シールが手元で離れたんでラッキーと思い肉に張り替えレジを通った。
その前日までは一杯食べれて太らないしストレスからも逃げられるから
上手く付き合っていこうとしていたが、
さすがに犯罪まで犯したらもんだから理性がフィードバック!

その日に過食症相談センターの方に電話。現在にいたる。
まだストップして2日だけど幸せのために!がんばる。

私がしたことだから自分が苦しいのはしかたない。
でも愛する人を苦しめてはいけん。
こんな私でも私を必要とし嘆いてくれる人も沢山いる。
子供からは愛を無償でうけている。
だから止める。

病気だろうがなかろうか、完治しようがしまいが止める。
愛する人に迷惑がかかるよりずっとましだ。
幸せが壊れるよりずっとましだ。
過食嘔吐したい気持ちより絶対的にこっちの方がおっきい。

贅沢病だ、わがまま病と言われたって止まらない過食

女性 主婦 32歳 O型 神奈川県

摂食障害だと気付いてから1年くらい経ちます。
今思えば食に対する歪んだ行動は20年近く経ちます。

私は摂食障害とは骨と皮しかないような身体の人か、極度の肥満体型の人を指すと思っていたため、まさか自分が摂食障害とは思っていませんでした。

私の食行動は変な癖というか、困った性格のせいだと思っていました。
なので今思えばっていう行動がいくつもあります。

1日1食で過ごせると気分が良かったり、1日5食でも満足出来ない時もあったり、食べている姿を見られたくなくて友達と食事が出来なかったり、体型が気になって外出出来なくなったり、食べ物を買う姿を人に見られないように帽子にメガネにマスクをしたり、食べる時は見つからないようにコソコソと急いで食べ、気づけば日に何度も台所にいたり、と常に食べ物と格闘していました。
面白いですね。
食べ物と格闘するだなんて。
食べ物は格闘するものではなく、栄養とエネルギーを補給するもの。
そして楽しく美味しく頂くものなのに。

徐々に悪化したのはパートに行くようになった6年くらい前からだと思います。
お昼過ぎに帰ってきて、お昼ご飯を食べます。
どうもそれがスイッチになっているようで、夕方まで食べ続けています。

でも、おかしいとは思っていませんでした。
何故か夕方になると胸焼け、胃もたれ、微熱が毎日あるなと不思議に思っていましたが、それが過食のせいだとは思っていませんでした。
ネットなどでいろいろ調べていくうちに、過食のせいだと知りました。
それを受け入れるのに時間がかかりました。

精神科、心療内科、カウンセリングにも行きました。
ある精神科の初診で「食べなきゃいいんじゃない?」と言われ、2回目の診察で「もういいでしょ。次来てもまた同じ事の繰り返しなんだから」と吐き捨てられました。
ショックでした。
精神科医だからといって理解があるわけではないんだと知りました。

どこの病院でも機械と話しているようで、マニュアル通りの事しか言わないなと、患者の心を開かせるための心理術でも使っているのかな?と思う言葉しかなく、真剣に話を聞いてくれていると思えず通うのをやめてしまいました。

昨年かなり歳上の知人に話の流れでついポロッと話してしまったことがあります。
その時に
「ずいぶん(過食するお金や時間に)余裕のある生活しているね」
「自分は子供の頃(戦後)電気も水道もなくすごく苦労した。親から愛されていないと思っていた。でも世の中にはもっと劣悪な環境で生きている人達がいることを知って、自分の苦労は大したことじゃないと知った」
「だからあなたの行動は贅沢病だ、わがまま病だ」
と言われました。

確かにそうだと思います。
発展途上国には過食症はいないですもんね。
国民全体が乏しかった時代にもいなかったでしょうね。
お金も食べ物も時間も沢山あるから過食できるんだ。
お金がなくて万引きまでして過食する人もいるけど、万引き出来るほど沢山の食べ物があふれているから過食が出来るんだ。

でもそんな話聞いたって過食がやめられるわけじゃない。
そんな簡単なことじゃない。
他人の苦労話を聞いてやめられたらとっくにやめてる。
そう言いたかったけど、言えませんでした。
2度と人に話すもんかと思いました。
たぶん、心のどこかに¨もしかしたら助けてもらえるかも¨と淡い期待があったんだと思います。
そんなことあるわけない。
相手は無知の素人。
話した私がバカでした。

自分が摂食障害だと自覚してからは嫌と言うほど自分について考えました。
でもまだまだ分かっていない所が沢山ありそうです。

心にフタをして布でくるんで紐でグルグルに縛って、掘った穴に埋めて土をかぶせ、その上から頑丈な建物を建てたかのようです。

これを壊して掘り起こして紐をほどいて…大変ですね。
今は自分に心底呆れていますが、気長に向き合っていくしかないですね。

過食症27年。人生の半分以上が過食嘔吐で過ぎていきました。

女性 会社員 47歳 B型

摂食障害になり27年目になります。

55キロあった私は、40キロ代になりたくてダイエットを始めたのがきっかけです。
食品のカロリー表を買って常にカロリーをチェック。
食べるものの偏りがはじまり、会社での会食、お友だちとの約束もすべて断るようになりました。
当時は念願だったダイエットに成功し体重は37キロ。すごく嬉しい気持ちだったのを思い出します。
当時の思いでの写真にはやせっぽっちのシワだらけの私が残っています。
今見るととても痛々しいほどの姿。
ダイエットが成功したと思った数日後、過食がはじまり、その後過食嘔吐がはじまりました。
自宅にある食材では間に合わず買い出しに…。
お小遣いが足りなくて万引き。
あらゆるスーパーを回りました。
その間3回補導されました。
思い出すと体が震えます。
でも、当時は万引きすることさえも快感になっていたように思います。
両親に警察まで迎えに来てもらったこともありました。
今思い出すと胸のあたりが痛くなります。

友人との楽しい時間は過食嘔吐の時間のために断り続け、今はほとんど友達はいません。
日々の合間の過食嘔吐が私のストレス発散になっているように感じます。。。
軽い気持ちで始めたダイエット。そこから、私の人生の半分を、こんな形で過ごすことになりました。

この場ではじめてカミングアウトしました。

書き込みをしながら携帯電話の画面が涙で滲んでいます。
素直に正直に話せるこの機会を大切にしたいです。