本当は怖い。過食症と過食嘔吐ブログ

過食症の体験談がまとめられたブログです。

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カテゴリ : 育児と子供への影響

今治さなければ・・・今度こそ・・・

過食嘔吐になり、悲しかったことは、子供に対する自分の気持ちです。症状がでたときの、今すぐにどうにかしたい!!という時に、それができない原因が子供の存在だったりすると、イライラしてしまう。
言い方もきつくなったり、早く寝させようと怖い母親になっていたり。
過食嘔吐が気が済むまで、し終わった後の罪悪感と、その時に思いだす子供の悲しい表情。
翌日の顔の浮腫みを見たときに、何をやっているんだろうと悲しくなります。
今治さなければ、治さなければ。。
治せると思っていたのに治らなかった。

だから今回は本当に治したい。これが最後のチャンスかもしれない。治らなかったら、有名女優さんにもいるように自傷行為とか万引きとか、なぜあの人が?と思うように、何か表にでるようなことをしでかしてしまうのかもしれない。。。

摂食障害の私が母親になって良かったのだろうか。

女性 主婦 27歳 A型 東京都

結婚出産を経て現在に至りますが、一旦軽減していた症状も、妊娠期の悪阻をきっかけに嘔吐することが増え、産後も授乳にともなって食欲が増して過食嘔吐に拍車がかかりました。娘はどんどん大きくなってだんだん物事がわかり始めていると思います。
摂食障害になって周りの友達が経験する辛さや大変さ以上に、自分が大変だったことを客観しした今通感しています。お腹の中の赤ちゃんに対する罪悪感。増え続ける体重と大きくなるお腹への恐怖感。命に対する責任。出産後の子育てに対する恐怖感(世代間連鎖ということを私は知っていました)。

周りの妊婦友達は命に対する喜びばかり実感しているのを横目に、なぜ自分は素直にこの子の命にたいして喜べないのだろう。なんてひどい母親なのだろう。生まれてからも、普通の子に、ちゃんと育てていけるのだろうか。私なんかが母親になって大丈夫なのだろうか。それしか頭にありませんでした。今も、その恐怖と隣り合わせで毎日過ごしています。
治療も今まで受けてきましたが、誰も助けてはくれません。医療従事者であっても、適切な対応をしてくれる信頼できる大人に出会えなかった、と当時の私は思っていました。誰も助けてくれないなら、自分がなんとかするしかない。
でも、本来そうなのかもしれません。自分自身が本気で治りたいと思わない限り、誰も治してくれはしないし、治らないのかな。と最近思っています。

ただ、一人の力では絶対に治せないことだけは明らかです。
時間。お金。人生。大切な人。失ってきたものが多すぎて、私の人生はいったい何だったんだろう。摂食障害にならなければ180度違う未来があったのかもしれない。と何度思ったことか。
でもそんな私の周りには素敵な家族や友人がいます。これからその人たちを失いたくないし、大事にしていきたい。失ってはいけないと思います。
負けずに戦いたいです。
そしてこれから先の未来は、明るいものだと信じて進みたいです。

脂肪に苛立ち、子供に八つ当たり

女性 会社員 34歳 A型 広島県

摂食障害になって、色々変わりました。
友達と遊ぶ事がなくなった。体のラインを見られたくなくてオシャレをする事もなくなった。頭の中は常に食の事ばかりで他の事はどうでも良くなり、掃除すらしなくなった。食の事ばかりだから、何も楽しめなくなった。仕事をしていても子供といても何をしていても常に頭の中は食の事ばかり。辛い。しんどい。

やりたくないのにしてしまった過食。翌日は後悔と自己嫌悪。鬱状態になり仕事もはかどらず、子供に余裕を持って接する事ができずに八つ当たり。増える体重、脂肪に苛立ち、焦りばかりで自分にも余裕がなくなり悪循環。
毎回毎回、もうしない!したくない!これで止める!
…何度思い、誓い、破ってきたか。

私がこんなだから子供が約束を破っても、表上では叱るけど、私には言う資格ないと実感している。
過食は負のループ。分かっているのに抜け出せない。とても怖くて、恐怖でしかない。
だって、過食している時の自分は自分じゃない、もう1人の違う自分が出て来る。
”過食”という悪魔に囁かれて流された自分。
食べたい食べたいしかない愚かな自分。

夫よりも過食が優先

女性 主婦 34歳 B型 千葉県

もともとスタイルよくて綺麗な人に憧れがあった!!いい人に見られたい親からもいい子に思われたいそんな子だった。
12年くらい前にダイエットきっかけに拒食症になり…38㎏
それでも普通に働き生活はしてたけど親からも心配され病院へ。
カウンセリング…でも一度でなぜか行かなくなった。
今の夫はスタイルがいい方が好きで年下好き。それもあり太らないように気にしてた。それが過食嘔吐の始まりかも知れない。

結婚して赤ちゃん欲しくても生理がこなくて不妊治療…ゃっとできたのに過食嘔吐は止まらずにぉ腹に負担かけずに嘔吐する毎日…だからか出血し入院…また退院しては過食嘔吐し出血…その繰り返し。
原因が過食嘔吐だとは話せないしそうなのかも分からなかったけど今となればそう思える。

育児しながらの過食はサイトのように子が寝てる時、旦那が夜勤や留守のときが幸せすら思えた…コンビニに行き買っては食べてを繰り返す。今までいくら使ったのだろう…今、思えば恐ろしい。
日曜も過食したくて夫に出かけてきてほしく…行かせて子達は暇になり自分は相手せずにひたすら食べてる、そんな事すら何も考えずしてきた。
2人目、3人目の妊娠のときも思ってたこと…それは赤ちゃんに異常がないか。
結果、こども病院へ通ったり、リハビリ、言葉の教室、低体重児これは全て自分のせいかも。

こんな恐ろしい自分に子達は似てほしくない。ほんとに10年以上、自分がしてきた過食嘔吐の生活が見苦しい。
でも、まだ食べたくなったり止まらなくなったり食の興味が止まらない気がする。夜ご飯の残ったおかずを捨てずに食べてしまうなどの行動治るのだろうか…
肺炎になり色々あり救急車で運ばれて始めてそれをきっかけに前向きに過食を治したいと話し、心療内科の紹介状も書いてもらってある、今は薬で治療中もあり行ってないしこちらの相談で自分の過食嘔吐を改善したいと思っています。

子供をだっこしながら

女性 主婦 31歳 AB型 北海道

相談を受けるまで病気だという認識はなかったが、思い返すと発症したのは12年前。
忙しい仕事のストレスと自分の外見へのコンプレックス、痩せたいけど食べるのが好き、甘いものへの執着から深夜毎晩、家族が寝静まってから甘いものを気持ち悪くなるまで食べていた。

途中やめたいのに歯止めがきかなくなり、口に入れたばかりの飴をすぐにゴミ箱に吐き出してはまた新しい飴を放り込み、また吐き出すなんてことも。泣きながら食べる、甘いものがなくなり気持ちが収まらないときは、夕飯の残りのおかずを鍋から素手でつかんで口に放り込む。お腹がはちきれそうになるまで、スイッチが切れるまで食べていました。

つねに体がだるく、気分も落ち込みがち。着たい服も着られずにいつも同じような服ばかり。やせたい!やせなきゃ!と思えば思うほど、普通の食事を減らし、反動で甘いものを過食してしまうという行動をとってしまい、結局太っていくばかり。
意を決して体重計に乗ってみた時は59キロというみた事ない数字にまでなり、今度は無理なダイエット。

その後好きな人が出来たこと、就職して充実していたことで過食はだいぶおさまっていた。
たまにやってしまう時もあったけど、病気だとは思っていなかった。自分の意志が弱いだけだと思っていた。

結婚して退職し、妊娠、出産。
身体や環境が大きく変わり、専業主婦のため外に出ることが少なくなり、孤独感、虚しさ。
私の生きがいってなんだろう。生きてるのが面倒。なんのために今私はここにいるの?また過食が徐々に再発していった。

夫が帰るまでにお菓子、菓子パンを過食し、夫が帰ってきた時にはだるくてソファに横になって夕飯も作っていない。
夫のためにかった食べ物や、夫が自分で食べようと買っていたお菓子、頂き物のお菓子を一人で全部食べてしまい驚かれることもしばしば。自分が怖い。優しい夫に心配され、自分が情けないと涙を流す。そんなことがなんどもあったような気がする。

出産してからは子供が寝ている隙に、我慢できない時はだっこしながら。
買ってきたお菓子を少し楽しむとかじゃなく、全部食べきってしまわないと気が済まない。
母乳のために甘いものは控えなきゃと分かっているのにやめられない。どうしよう、どうしたらいいのか。気力がなくなり、笑顔のない私に、夫は元気になって欲しいと…

こんなふうになっても病気だとは本当に思ってなく、でも自分でコントロールできなくて。
子供のためにこんな母親じゃだめだ、この先すっとこのままだったらと思うと…どうにかしなきゃ。
ネットで調べ、この無料相談に勇気を出してかけてみました。
今書いていて客観的に見るとほんとに異常。でも気づいていなかった、認めたくなかった。そこが怖い。

発症して28年。子供にも気になる兆候が

女性 会社員 44歳 A型 東京都

はじめて過食嘔吐したのは16歳の時だったと思います。
食べることが大好きだったわたしは、よくお小遣いでおやつを買って全部使ってしまうことも。。

子供時代から人間関係が苦手でいつも悩みが尽きなかったので、甘いものを食べることで自分を慰めていました。
ある時食べ過ぎてしまって、胃が苦しくなった時に吐いてしまえば気持ち悪いのが治るかも・・・という軽い気持ちで吐きました。
それからは時々気晴らしに嘔吐するようになりました。

たまにトイレを長時間使用することが難しそうな場合は、お風呂で吐いたこともあります。
マンションの排水管清掃の後、母に「うちが一番汚れていた、と業者さんに言われたよ!」と言われたので、母も知っていたのかもしれません。

過食嘔吐がピタッと止まる時があります。
それは真剣な恋愛をした時です。
アドレナリンがでるのか、その時は食べなくても平気になりました。
結婚後も一度好きな人ができ、不倫関係になってしまいました。
このときは、主人より、子供より、食べることより、夢中になってしまい、破局を迎えてからあっという間に12キロ太りました。

ダイエットも何度も何度も試しては失敗しています。
いったい いくら使ったのか・・・。
高校生の頃からサプリメントを飲んだり、マイクロダイエット、耳つぼ、精神科への通院、カウンセリング、スポーツジム、ダイエット講座、エステ・・・。
全てある程度結果が出てくると途中で「今日だけ食べて吐こう。そしてまた明日から頑張ろう」と思って一気に過食。
そしてコントロールできるはずもなく、また毎日過食嘔吐の日々でした。

どうして自分はこんなに意思が弱いんだろう、最後までやりきれない自分はダメだ・・・と、ダイエットを繰り返すたびに失敗するのでどんどん自分の評価を下げています。
もともと自己肯定感が低かったのに、さらに低くなっていきました。

今は、思春期の子供たちへの対応で苦労しています。
高校生の子供は、毎日のように体調が悪い、と言っています。
学校は休むわけではないので、本当に具合が悪いのかはわかりません。
万引きしていることもわかりました。
表向き進学校に通っていて、明るく人間関係も良好な子です。
中学生の子供は、何に対してもやる気がなく、世の中を斜めから見ているようなところがあり、まったく前向きなところがありません。

わたしは本当の子供のことをわかっていなかったのです。
わたしのせいでこんな子供たちに育ってしまったのか、と後悔でいっぱいです。
小さなころもっとかまってあげればよかった、向き合えばよかった、と本気で思います。

今から間に合うかはわかりませんが、努力して信頼を取り戻したいです。

もう自分を下げることはやめたい。
自分の心も体も大切にしたい。
そういう気持ちです。

くり返す過食ストップと再発。出産後も止まらないチューイング

女性 主婦 37歳 A型 海外

私の結婚生活は、端から見ても順調な方だと思います。
1歳年下の夫は優しく誠実。結婚して4年後には、2人で待ち望んでいた元気な娘を授かり、夫や義父母に助けてもらいながら育児に奮闘する毎日。それなのに、過食衝動にかられ、チューイングを止められずにいます。

そもそもチューイングは、14年も前に無理なダイエットの穴埋め手段として思いついたものでした。
その時は、すぐに止めたこともあり、摂食障害の症状だなんて思ってもいませんでした。

私のチューイングが最も深刻だったのは、夫に出会う前のことです。

失恋がきっかけでチューイングをするようになり、気がつくと、毎日1000円ぐらいのお菓子や職場の厨房からもらった余った料理をチューイングし、トイレに流し続けて下水管を詰まらせたこともありました。

家族が寝静まった後、テレビの前でバケツを抱え朝方までチューイングし、早起きの母が起きてくる頃にベッドに行くという生活でした。気分障害の投薬治療もしていましたが、全く改善しませんでした。それどころか、オーバードーズなどの問題行動を起こし、家族に迷惑をかけていました。

そんな症状が、元々興味のあった分野の専門学校に通うことになりピタリと止まりました。
以来、毎日好きな勉強に打ち込む日々で、過食衝動を感じることもありませんでした。気分障害の症状も収まり、充実した毎日。自己判断で薬も辞めました。

それから4年後、チューイングが再発しました。また失恋が原因でした。
その頃実家暮らしで勤めており、毎日勤め先からの帰り道にコンビニやスーパーで大量の菓子パンやお菓子を買い込み、トイレにこもってチューイングをしました。精神疾患の症状も出て、リストカット、急性アルコール中毒、自殺未遂も起こしていました。そのように家では廃人同然の生活をしつつ、なんとか仕事を続けていました。仕事だけが心の支えでした。
それでも服用していた抗鬱剤のために仕事に遅刻したり、ミスしたりということが続き、やがて契約を打ち切られました。
その後、夫に出会いました。

結婚する前に、夫に自分の精神疾患の経歴や自殺未遂のことを話しました。
非常に勇気の要ることでしたが、夫は優しく受け止めてくれました。それでもチューイングのことは話すことはできませんでした。どんな精神疾患のエピソードよりも恥ずかしく感じたのです。それにチューイングは失恋がきっかけで起こっており、生涯の伴侶を得た今、再発することはないという確信がありました。

国際結婚をして夫の母国に暮らすことになり、ビザを申請中の結婚当初は専業主婦として生活しました。
何のストレスもない幸せな日々。それにもかかわらず、徐々に鬱の症状が出てきて、怠惰に過ごしてしまう自分を責めるようになっていました。その時から、どうしようもなく食べたい衝動に襲われました。
怠惰な生活で、ただでさえ体重が増えていたので、チューイングに走りました。食品アレルギーのある夫のためにお菓子を手作りしていたのですが、その材料や焼く前の生地、焼き上がったものまで噛み吐きしました。夫が家にいる時はひたすら我慢して、1人になるとこっそりしていました。

結婚前のような深刻な状態に陥る前にビザが下り、幸運にも今までのスキルを活かせる仕事が見つかりました。仕事と家事を両立する毎日が始まると忙しくて、気が付いたら食べたい衝動も止まっていました。

それから3年後、待望の娘を妊娠。この国では妊娠期の体重増加は注意されず、体重測定もありません。
悪阻もなく、健康そのもののマタニティライフを過ごしました。ところが産休に入る直前、職場から人員削減のため職場に復帰できる可能性が低いことを告げられました。大好きな仕事だっただけに相当のショックでした。
臨月にもかかわらず、鬱状態になりました。それでもチューイングに走ることはありませんでした。

娘を出産すると生活が一変。仕事に復帰できないことがあれ程悲しかったのに、可愛い娘を見ていると、どうでも良いことに思えてきました。
ところが仕事の契約が切れる12月を3ヶ月前に控えた9月辺りから、どうしようもない不安に襲われるようになりました。このままずっと娘と2人、家にこもりきりになるのではないか。

時間がたっぷりあるはずなのに、娘の服を作ったり記念日をお祝いしたり、母らしいことができていない。
これからだって怠惰で不器用な自分にできそうもない。鬱々とするうちに、食べ物のことが頭を離れなくなりました。
きっと授乳のためにお腹が空くのだから食べれば良いと思う自分と、これ以上ダラダラ食べ続ければ体重がどんどん増えると恐怖に怯える自分が絶えず葛藤していました。

やがて過食衝動はイライラするほど強烈になり、食品をストックした棚のドアを開けて乱暴に閉めることを繰り返したり、炭酸水を異常な勢いでがぶ飲みしたりしていました。イライラの矛先は娘にも向けられるようになり、ついにはチューイングに走りました。最初は娘が寝ている間に。

やがて娘が起きている間は抱っこ紐で娘を抱きながら、食材を噛んではビニール袋に吐き戻すように。
食べカスをかぶった娘を見たとき、涙が出ました。

しかし怖いもので、それも段々当たり前のようになっていき、今はおんぶでキッチンに立ち、チューイングを続ける有様です。

今回無料相談を受けることにしたのは、娘の前でもチューイングをしてしまう自分を今のうちに何とかしたかったためです。
相談を受けるうちに、摂食障害の重篤度は過去最悪の時期が基準となることを知りました。

つまり私の場合、家庭を持った今になっても、12年前や7年前のような廃人同然の頃と同じマグマを潜在的に抱えているということになります。ゾッとしました。

そして世代間連鎖のことも知りました。可愛い娘に、生きていくことが辛いという思いを味合わせたくはありません。
放っておけば蓄積され続けていく過食衝動のマグマ。発症して14年になる今、真剣に向き合って小さくしていこうと思います。

43年間の過食嘔吐、人の人生も奪ってしまった

女性 無職 62歳 A型 東京都

18歳から過食嘔吐になった。最初は、食べても痩せられる!と、喜んで自分から意識してやっていたが、止めようとしても止められなくなっていた。

家の事情で結婚、一男をもうけた。
しかし、酒と食べ吐きで毎日が地獄の日々が続いた。
妊娠中は、飲まなかったし吐かなかったのを思い出し、再度の妊娠を計画し、すがる思いで病院に薬を注射する為に毎日通った。
薬代は高く生活は大変だった。
しかし、もう過食嘔吐はしたくなかった。10ヶ月でもいい、過食嘔吐を止めたかった。
考えてみれば冷めた夫婦間で、妊娠なんて出来る訳がなかった。
私の酒と食べ吐きに、耐えきれなくなった夫は、借金を残して蒸発した。

私24歳子供と2人の生活が始まったが、このころから、考え方がおかしくなっていった。
子供への虐待が始まった。
酒や食べ吐きと同様に、虐待も止めようとしたが、止められなかった。
子供を殺さないだけ良かった。
酒と食べ物を買うお金をどんな事をしても作ろうとして、危ない事もやった。
酒を飲んで、食べ吐きして、子供を虐待する15年余りつづいた。
子供が大きくなり、家を出てからが大変だった。
酷い酒と嘔吐の毎日が続いた。
立つことも出来ないぐらいに、吐きまくった。
食べて吐かずにいられなかった。
そのうちに、吐く為に食べるようになった。
頭は狂っていった。
善悪もつかなくなった。
酒は、止まる事が出来たが食べ吐きは止まらず入退院も繰り返したが、食べ吐きはどうすることも出来なかった。
そして、地獄の43年が経ち嘔吐が止まって1年経った。
よく今まで生きていたと思う。
私人生は、酒と食べ吐きに始まり、青春、育児、結婚生活、などお金で買えないものを失った。
子供は、今どこでどうしているのか分からない。
酒と食べ吐きの為に自分の物を失うのはいいが、人(夫、子供)の人生を奪った事は、立派な罪になると思う。

私には、生きて行くのに、過食嘔吐が必要だったのかもしれない…
それを手放す時、新しい生き方が出来ると思う。

食べ吐き、子どもにイライラ、怒鳴りつけるの悪循環

女性 主婦 36歳 A型 大阪府

子供2人の産後、それぞれ1ヶ月だけピタッと過食嘔吐が止まった。
両親が他界していて実家のない私は(旦那の実家は車で6時間の距離なので手伝ってもらわなかった)産後、新生児の世話で寝る暇もほとんどなく、仕事であまりいない旦那に頼れず、1人で家事育児していた。過食嘔吐する気力体力までなかったのだろう。というか、新生児を連れて過食嘔吐するための食材の買い物に行けなかった。食材の買い物だけは旦那に頼んでたから。
でも、産後1ヶ月過ぎて、赤ちゃんと一緒に外出できるようになって、スーパーにも行けるようになって、また過食嘔吐が再発した。
まだ産後の体力もきちんと治らずしんどいのに、眠いのに、赤ちゃんに母乳をあげながら、がむしゃらに食べ物をつめこんで、赤ちゃんの泣き声にイライラしながら、ビクビクしながらトイレに駆け込んで吐く。
育児のストレスでまた過食嘔吐。悪循環だった。
子供が大きくなってくると、吐きたいタイミングに邪魔してきて、イライラして怒鳴ったりもした。
子供はただ甘えたいだけなのに。ママが大好きだからそばにいたいだけなのに。
イライラ、怒鳴る、反省の毎日だった。
次男は牛乳アレルギーだ。妊娠中、毎日パンや甘いものばっかり過食嘔吐してた私のせいだ。
こんなママでごめんね。寝顔見ながら泣く。
世代間連鎖。怖い。この子達の未来の為に、必ず治したい。

体重や食事に支配される出産・育児

女性 主婦 32歳 A型 東京都

私は15歳の時に過食症(嘔吐なし、下剤乱用)になり17年目です。
1ヶ月半前(7月末)に出産しました。
過食症での妊娠、出産、育児について書き込みます。

まず、妊娠が分かった時、単純に嬉しい気持ちと別に不安がありました。
病院で体重増加は7キロから10キロくらいと言われ、やせ願望が異常に強い私は今から7キロも増えるなんて有り得ないと思いました。
既に太っているのだから、出産まで1キロも増やすまいと思いました。今ある脂肪で胎児に栄養が行くはずだと勝手に思いました。
しかし、つわりが終わると徐々に体重が増えてゆき焦り始めました。食生活は妊娠前と変わらず、食べないか甘いものをたくさん食べるかの2パターンを繰り返していました。
ただ下剤だけは飲むのを止めました。流産するのではと思ったからです。

臨月のときの血液検査でに妊娠糖尿病の可能性があると言われ非常に焦り、そこから出産までの1ヶ月はほぼ過食症状は出ませんでした。結果、臨月までに増えた体重は6キロくらいで、赤ちゃんは3000グラムと標準でしたが食事内容はめちゃくちゃでした。
無事、出産を終えれたことは、本当に良かったですが、自分の体重や食事に対する歪んだ考えはそのままです。
まず、産婦人科で同じ年齢の赤ちゃをん見て自分の赤ちゃんのほうが大きいと心配になります。赤ちゃんは普通ぷくぷくしているものだし、体重が増加するのは良いことなのに凄く気になります。
もちろん自分の体型も気になり、出産後も細いママを見るととても羨ましく思います。

育児に関してはまだ1ヶ月半なのですが、家にこもっているせいか過食症状が頻繁に出てきました。このままではまた太ってしまうと恐怖です。世代間連鎖も怖いです。娘には摂食障害になってほしくありません。