本当は怖い。過食症と過食嘔吐ブログ

過食症の体験談がまとめられたブログです。

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タグ : エステ

止まっていた過食が再発

女性 主婦 31歳 B型 神奈川県

高校1年の時何気なく始めたカロリー制限ダイエットがキッカケでした。
体重が減ると周りから、特に異性からとてもモテる様になりました。体重が目に見えて減るという達成感もあったんだと思います。それからはもうカロリーが気になって気になって常にネットでも調べてしまう毎日が15年続いてます。

専門学生になると忙しく睡眠時間もとれず、常に課題のストレスがあり一気に過食で20Kg近く太ってしまいました。その頃から過食が酷くなり、暇を見つけては何か買って食べてました。電車の中でも、自転車に乗っている時も、外を歩いて移動している時も常にです。

専門学生の時100万もローンを組んでエステにも通っていました。
しかし過食があるので結局は数キロ減量しただけで、莫大なローンだけが残りました。
更には寂しさや虚しさからか誰かにすぐ頼りたくなり、異性とも健全ではない上っ面の関係になってしまいました。

この頃、もともと良くなかった家族関係も悪化、私母妹対、父となり、いつも暴力まではいかないにしても、そういう危機迫ったいざこざで揉めていました。家では全く安らぐ事が出来ませんでした。

就職後、少しは過食が落ち着いたものの、上司のキツさと新社会人としてのストレスで、休憩中トイレで一人過食していた事もあります。

就職してから1年後、今の主人と付き合う様になって、少しだけ過食の頻度は減ったと思います。
その後結婚し仕事をやめ長女出産、ママ友も沢山でき、毎日遊んで過食は時間的にもする余裕もないし、そういう過食を考える暇もないくらい楽しく過ごしていました。

しかし去年引越し、知らない土地へ…
今1年経ち、引越し先で二人目を出産。産後3カ月たちますが、一人目の時と違い、思うように産後の体重が落ちないのと、慣れない二児の育児から過食に走ってしまう日が少し増えてきてしまいました。
今はとにかく産後の体重が落ちない事に焦り、数百g増えては自暴自棄になり過食に走ってしまう毎日です。
起伏の激しさに伴い過食してしまう事に疲れてしまいました。

下半身の脂肪吸引、海外への渡航、それでも過食は止まらない

女性 会社員 35歳 A型 海外

私の過食衝動の始まりは14歳中学二年生の時でした。信頼していた友人たちからある日突然イジメをうけたことが恐らくきっかけだと思います。登校拒否が始まり、その頃から食べる事が始まりました。

暫く経って登校を始めましたが、そこに待っていたのは同級生達からの太った私に対する心無い言葉たちでした。太ったな、デブ、別人、などです。

そこからは太っている私がいけない、太っている人間に価値はない、とにかく嫌われないように、日に日に自分を抑えて生活するようになりました。そして、そのストレスを埋める為に過食を繰り返しました。

高校へ進学してからも一向に良くなる気配はなく、むしろひどくなっていくばかりでした、
下剤の服用は毎日になり市販の下剤は麻痺して効かなくなり、病院の下剤なども処方してもらい飲み続けるようになりました、体重も今までで最高で70キロを超えました。

私の場合は大体8キロから10キロを行ったりきたりします、
食べては太り 服が着られなくなったり鏡に映る自分の体型が醜すぎて、しばらく絶食と毎日3~4時間の運動(水泳、縄跳び、走る)をして、無理やり落とします。

同じ摂食障害でも拒食症のように、痩せていけばみんなから心配もされるだろうし、太っているよりはマシ、過食でも、嘔吐できれば少なくとも太らずには済むのに、どうして私は吐けない過食なんだろうと、辛く、悲しく、虚しく、ただただ情けない、そんな感情が毎日毎日続きました。

24歳になった私は痩せ続けなければいけない場所にいればいいんだと無謀にもエステの会社に入社しました。同僚や先輩はみんな細い、また太っていては、お客様に説得力がない これで痩せられると思いました。
しかし、現実は厳しく始めの数ヶ月はダイエットに励んだもののストレスは日に日に大きくなり、でも太るわけにはいかない私は、とうとう休みの日に美容整形外科にきていました。下半身の脂肪吸引をする為です、

痩せなければ続けられないエステの仕事、でも過食は止められない 手術するしか方法がないと思いました。
半日の入院で帰宅できる、2~3日は筋肉痛のような痛みがでるが普通に生活はできると言われ、決意しました。
ローンを組んで140万くらいでした。

心の病や摂食障害はあるものの、体はいたって健康な自分でした初めての手術、初めての麻酔、しかも健康な体に自分で決意してメスをいれる。でもそこまでしてでも過食で太った自分が許せません。
手術台に乗った時涙が止まりませんでした、でもこれしか方法がありませんでした。

結果ほぼ寝たきりが2週間は続き、脂肪を取った下半身の腫れや激痛は1ヶ月続きました。会社は退職せざるをえませんでした。そこから1年は自宅でひきこもりました。

再就職した、脱毛やフェイシャルのエステの仕事の管理職を任されることになり
ストレスのはけ口がないこと、管理職になったプレッシャーと自尊心の低さ 2年経った30歳の頃、頭が再度パンクしました。躁鬱病になってしまい、退社。結婚を考えていた彼氏とも別れ 私には何もなくなりました。

鬱だけではなく躁の状態も続いた為、もうこのままでは自分で自分を殺してしまうと思い始めました。また家族も私の介護に付きっ切りの為 疲労がきているのは目で見ていてもわかりました。家族にもそろそろ愛想を尽かされ、こんな娘はいらないと夜中に刺しにくるんじゃないか、殺されるんじゃないかと思うようになりました。

それからODをまた2度ほどし、入退院を繰り返した頃、死にたいけど死ねない、でも居場所がないと思った私は躁状態のままチケットを購入し海外に逃げました。

結局場所や環境を変えてもそこに慣れてしまうとストレスや根本の自分を認められない、という部分は変えられないので過食が止まることはありませんでした。半年前勇気を出してストレスを減らそうと彼と別れを決意、しかしそこからの半年(現在)は埋められない部分をやはり過食で満たしています。

もう自分ではどうすることもできない、でもそれでも生きてかなくちゃならない、過食が止まれば痩せられればそれだけでも心のストレスは減らせる、少しなら自分に自信がつくかもしれない、そんな時ここのセンターを見つけました。20年と長い月日、もう生きている人生の半分以上を過食の苦しさで支配されてきました、また年齢が重なってきたことにより体にどんどん無理がきかなくなってきました。まだ体の動くうち、やり直しがきくうちに治したいです。やれるところまで試したいと思っています。

人生の半分以上を過食症で。

女性 会社員 40歳 O型 埼玉県

過食症になって、22年経ちました。
数字にして表すと、人生の半分は過食に苦しみ続けてきたことに気づき、愕然としています。

心療内科などを受診しようと思ったこともありますが、自分の意思が強ければ治せる、人より少し大食いなだけかもしれないと、病気とは認めたくない自分がいました。
もともと人づきあいが苦手で、友達も少ない私でしたが、過食の症状がひどくなるのに比例して、ますます人と接するのが嫌になりました。イライラすることが増え、当時付き合っていた彼に当たり散らし、最終的には振られてしまいました。とても理解のある、優しい彼だったのに、ひどいことをしてしまいました。

また、私は長時間ダラダラと過食してしまうので、何か趣味を楽しんだりすることがありませんでした。
食べることが何よりも好きで、それを超えるほどの趣味があるとは思えませんでした。
休みの日は前日の夜から過食して、翌朝後悔するのに、その夜にはまた過食して、自己嫌悪に陥る…。この繰り返しです。
私の場合は過食のみなので、みるみるうちに太り、周りの人に太ったと言われるのが本当に辛かったです。

思えば、過食症発症のきっかけは、軽い気持ちで始めたダイエットだったと思います。
その時は絶食に近い状態だったので、かなり体重を落とせました。でも、すぐにリバウンドしました。

それから、あらゆるダイエットに挑戦しては失敗し、過食症もひどくなっていったように思います。
今までエステに二回通い、総額100万近くは使いました。
でも結局リバウンドしてるので、このお金はすべてムダになりました。

そして現在、一番症状がひどかった22年前の自分に戻りつつあります。健康診断では腎機能の低下と、高コレステロールが判明し、何としても過食症を完治させたいと思っています。もう、大切な人やお金、時間を失いたくありません。

発症して28年。子供にも気になる兆候が

女性 会社員 44歳 A型 東京都

はじめて過食嘔吐したのは16歳の時だったと思います。
食べることが大好きだったわたしは、よくお小遣いでおやつを買って全部使ってしまうことも。。

子供時代から人間関係が苦手でいつも悩みが尽きなかったので、甘いものを食べることで自分を慰めていました。
ある時食べ過ぎてしまって、胃が苦しくなった時に吐いてしまえば気持ち悪いのが治るかも・・・という軽い気持ちで吐きました。
それからは時々気晴らしに嘔吐するようになりました。

たまにトイレを長時間使用することが難しそうな場合は、お風呂で吐いたこともあります。
マンションの排水管清掃の後、母に「うちが一番汚れていた、と業者さんに言われたよ!」と言われたので、母も知っていたのかもしれません。

過食嘔吐がピタッと止まる時があります。
それは真剣な恋愛をした時です。
アドレナリンがでるのか、その時は食べなくても平気になりました。
結婚後も一度好きな人ができ、不倫関係になってしまいました。
このときは、主人より、子供より、食べることより、夢中になってしまい、破局を迎えてからあっという間に12キロ太りました。

ダイエットも何度も何度も試しては失敗しています。
いったい いくら使ったのか・・・。
高校生の頃からサプリメントを飲んだり、マイクロダイエット、耳つぼ、精神科への通院、カウンセリング、スポーツジム、ダイエット講座、エステ・・・。
全てある程度結果が出てくると途中で「今日だけ食べて吐こう。そしてまた明日から頑張ろう」と思って一気に過食。
そしてコントロールできるはずもなく、また毎日過食嘔吐の日々でした。

どうして自分はこんなに意思が弱いんだろう、最後までやりきれない自分はダメだ・・・と、ダイエットを繰り返すたびに失敗するのでどんどん自分の評価を下げています。
もともと自己肯定感が低かったのに、さらに低くなっていきました。

今は、思春期の子供たちへの対応で苦労しています。
高校生の子供は、毎日のように体調が悪い、と言っています。
学校は休むわけではないので、本当に具合が悪いのかはわかりません。
万引きしていることもわかりました。
表向き進学校に通っていて、明るく人間関係も良好な子です。
中学生の子供は、何に対してもやる気がなく、世の中を斜めから見ているようなところがあり、まったく前向きなところがありません。

わたしは本当の子供のことをわかっていなかったのです。
わたしのせいでこんな子供たちに育ってしまったのか、と後悔でいっぱいです。
小さなころもっとかまってあげればよかった、向き合えばよかった、と本気で思います。

今から間に合うかはわかりませんが、努力して信頼を取り戻したいです。

もう自分を下げることはやめたい。
自分の心も体も大切にしたい。
そういう気持ちです。

どこに行っても過食嘔吐からは逃げられない

女性 無職 43歳 AB型 神奈川県

20歳頃に食べた物を吐いてみたらどんどん痩せて、キレイだねと言われるのが嬉しかったです。

とにかく太りたくなくて、無理なダイエットをしては、過食に戻り、嘔吐するの繰り返しだったと思います。

友達の家に泊まりに行っても、ご飯を食べると、ダメだと思っても吐かずにはいられず、こっそりトイレで吐いてました。
一緒に旅行に行ってもそう。

ちらっと聞かれたことがあって、それからはその子と会うのが怖くなっていき、そうやって、友達が減っていきました。

20代の頃は、過食嘔吐の怖さよりも太ることの方が怖かったです。

過食嘔吐は仕事や恋愛が上手くいけば治まるのではないかと思って、占いにはまってました。

エステにも80万円くらいの契約をしたのに、過食のことがバレたりしたら嫌だと思って、結局通わず無駄にしました。

家を離れてみようと思って、北海道の牧場に住み込みでバイトに行ってみたりもしました。
最初のうちは治まってましたが、やはり食べたい衝動が起き、朝と午後の仕事の合間に食料を買い込み部屋で食べ、牛舎の下水に吐いてました。

30歳の頃、見てもらった占い師に、仕事が合ってない、家を出た方がいいといわれ、一人暮らしを始め、仕事も事務から営業職にし、朝から晩まで働きました。
時間がなくなれば過食もしなくなるかもと思ってましたが、そんなことはなく、睡眠時間を削ってでも過食嘔吐しました。
なので、毎日睡眠不足で、朝のテンションは低く、周りにも感じ悪かったです。
夕方になると元気になるねと言われてました。
この頃は毎日顔もむくんでました。
過食嘔吐しても痩せれず太っていくばかりです。
仕事と食べること以外何もやる気がしなく、疲れ切っていたので、部屋も散らかって酷い状態でした。

彼が出来て同棲し始めると、一時は治まりましたが、やはり衝動が起きました。
彼が先に家に帰ってる時は、ファーストフードをハシゴしたり、コンビニで買って、駅のトイレとかで食べて吐いてました。
だんだんと彼が家にいて過食出来ないことにイライラするようになり、何時に帰ってくるのか気になり、連絡が取れないとキレてました。
自分も一秒でも早く家に帰りたいので、終業間際の職場でのイライラは異常だったと思います。

嘔吐の時は胃の中が空っぽにならないと気が済まないので、外ではペットボトルの水を買って、飲んでは吐くを繰り返しました。

家でも同じです。水を飲んで吐く、最後に胃液が出ないと気が済みません。
喉が切れて、血が混ざることもしばしばあります。
歯もボロボロで、差し歯や銀歯だらけです。

イライラが抑えられないことも多くなっていき、心も狭くなっていきました。
どんな時でも食べ物のことはがり考えるようになってしまいます。

最初はいい顔をしていられるのですが、だんだん我慢が出来なくなり、人間関係が煩わしくなって、仕事も3~5年で転職を繰り返すという感じです。

何度もリセットしてる感じなので、積み上げてきたものがないという虚しさだけが残ります。
本当に心から話せる友達もいません。
結婚や子供がいて幸せに暮らしている人が羨ましいです。
親にも、こんな娘になってしまって申し訳ない、期待通りになれなくて…と思います。

でも何も言わない親に対して、本音を言ってよと言いたいですが、なんだか分かり合えそうにないと諦めてもいます。

貯金もありません。2千万以上、過食に費やしてきてしまいました。
マンションが買えてる金額です。

本当に何の為に生きているのかと悲しいです。
私が描いていた理想とかけ離れすぎてしまいました。

もう私には時間がない~片っ端からやっても止まらない過食

女性 自由業 37歳 B型 神奈川県

15歳で拒食症になった。

中学の保健室経由で聖マリアンナ医科歯科大の診療内科を受診した。
食事指導、カウンセリング、抗精神薬物治療。
体重生命危機、不眠にて閉鎖病棟入院となる。
反動で即過食状態に陥る。

強い抗精神薬物で意思を伝えることも難しかった。

体重減少が生命危機的なこともあり食べ方がおかしいと訴えるも、処方薬が増え、伝える意欲も麻痺し、体重は戻ったと退院させられ、そのまま50キロ増していった。

そのまま過食、囚われの食事制限を繰り返し、嘔吐を試みる結果となった。

その後も短期的に大学病院、精神科、心療内科、開業クリニックを梯子するが、鬱、パーソナリティ障害、双極性鬱、適応障害、統合失調などなど
あらゆる病名と大量の薬を出されるだけだった。

母も私も食事の問題はおいておいても、病院処方薬での私の感情鈍麻の不信感と危機感を感じ、副作用がでないよう少しずつ薬物は最低限にやめた。

PCなどはまだメジャーではなかった時代、私はクリアになった頭で、ひたすら精神医学、精神薬物、カウンセリング、摂食障害についての書物を読みあさった。

実費でしか受けられない高額なカウンセリング、催眠療法、エステ、針、気功、整体、漢方、親もどうしていいのかわからなく、良いと言われるものは片っ端からやらせてくれた。

でもどれも根本の摂食障害の症状や衝動、反動は解決できなかった。

自助グループや嗜癖の問題を取り扱う場所は私を孤独からは救ってくれたが、家庭環境や、親子間の家族機能不全とされるのは、一緒に情報を探し、お金を切り崩し、家族会勉強会に出席して
必死になって支えてくれた母ばかりが責められているのがとても辛かった。
仲間同士のパワーゲーム、共依存、不幸自慢にうんざりしてしまった。

2年前、最新医療保険適用外の光トポグラフィを受けた。
もはや自分の病が何なのかわからなくなってた。
脳波は鬱部分、燥鬱部分、全く正常部分があり断定はでき兼ねると言われた。

現在も精神科に通っている。

確かに長年の過食嘔吐生活で鬱や引きこもり、感情コントロール不能はある。
でも根深いところにいつでも食べ物が在るし、精神科医は、摂食障害の方が附属だと思ってる。

もし精神疾患が発症してたとしてもそれは摂食障害からの副産物だと私は思っている。
それを主張し続ける気力も意欲も体力もなくなりかけた今ここに辿り着けた。

もう私には時間がない。

※摂食障害の患者さんは良い治療を受けてもマイナスな受け取りをする傾向があります。
あくまで参加者の感想であり、センターの立場とは一切関係ありません。

過食症は食べ物への依存。常に何かに依存していた人生でした。

女性 会社員 34歳 AB型

16歳の頃、軽はずみなダイエットで簡単に5キロ痩せた。
でも貰い物のお菓子を異常に食べ、すぐリバウンド。
そこから、ありとあらゆるダイエットを試してはリバウンド。
高級なダイエット製品やエステなどで100万は軽く使いました。
18歳で就職してからは憧れのブランドの服にはまり、給料入っては1週間程で15万ほど使い、一瞬で給料は無くなっていました。
男遊びも激しかったです。
17歳から覚えたタバコは23歳には1日2箱。
さすがに頭痛もひどくなり、タバコは身体に良くないから止めようと、禁煙の本を読んで禁煙に成功しました。
その間もダイエットリバウンドは繰り返してましたが、
禁煙後からだんだん酷くなったのは過食嘔吐です。
タバコを吸ってた内は口寂しさが紛れてた。
ダイエット中で、1週間の内1回は沢山食べてオッケーな日を作ったら、
だんだん週に1回が足りなくなり週に2回、3回。
食べれる日に山ほど食べよう!明日からまた食べれないから…。
でも、食べたことを無かった事にしたくて吐きました。
私の過食嘔吐は、ダイエットが成功しないからだ、という認識しかありませんでした。

32歳で嘔吐するから過食が治まらないとネットで見つけ、嘔吐は止めて現在は過食のみ。
センターに相談する内に分かった事は、私は「常に何かに依存していた」ということです。
ただ対象が変わってるだけ…。
その時々で私は一切気づいていませんでした。
買い物依存性、セックス依存性、ニコチン依存性、摂食障害。

父がアルコール依存性だったので、私はアルコールには絶対のまれない、むしろ依存しないちゃんとした人間だ!と思っていましたが、私の行ってきた行為は…と思うと、とても怖くなりました。

34歳になって、初めてここまで自分を見つめる事ができ、私はなるべくして摂食障害になったということが分かりました。
ここでちゃんと治さないと、私の依存は続いて行くのでしょう。

精神的にも肉体的にもボロボロになっていく過食症

女性 会社員 27歳

大学でチアリーディング部に入部し、過度なダイエットを始めて、拒食症になりました。

母の作る料理はいらないと言い、作ってくれる弁当に入っていた揚げ物は衣をはぎ取って食べていました。置き換えのダイエットドリンクが主食になっていました。

その頃は食事をしている姿が恥ずかしく思えて、人前で食事をすることが出来ませんでした。
だから大学では食堂でみんなと食べられず、誰もいない教室を探したり、屋上の方の階段で1人で食事をとっていました。
4ヶ月で10キロ近く痩せ、下着も胸の骨が当たって痛くなりました。

体力も使うスポーツなので、身体はボロボロで、精神的にも肉体的にも、もう部活ができなくなってしまいました。

大学を中退し、専門学校へと進路変更をしました。

相変わらず食事は自分で内容を決めていましたが、体重は元に戻りました。
戻っただけなのに、太ったとすごく焦りました。

そして痩身エステに70万近くをかけ、また痩せていたころの体重へ戻しました。
高いサプリメントをたくさん飲みました。
高い化粧品も買いました。
太りたくないから、ご飯を食べずに食べたいお菓子を食べて空腹を紛らわせました。
時々どか食いをしていましたが、エステの力でなんとか体重はキープしていました。

痩せて彼氏もでき、一人暮らしを始めました。
地獄はここから始まりました。

今まで無理していた身体と心は、過食へ向かいました。
誰も見ていない部屋で、コンビニやスーパーで買った菓子パン・お菓子・アイスクリームをどか食いする日々が2年続きました。
理想で期待をいっぱいに始めた一人暮らしなのに、理想と現実のギャップに苦しみ、食のコントロールもできず、全然楽しめましんでした。
異様にブクブクと太る私をみて、親が心配し、一人暮らしを辞めさせようとしました。

それから2年で実家へ戻った今、
最悪の症状からは軽減したものの、家族の買ってきたお菓子を盗み食いしたり、
どか食いしたくてそわそわしたり、過食症は治りません。

過食症でなければ、大学生活はもっともっと楽しめて、友達もたくさんできたはずです。
一人暮らしだってもっともっと楽しめたはずです。

摂食障害は本当に怖いです。
私は頑固だし、意思は強い方だと思っています。
けれど、この過食症だけはどうにもなりません。はっきり言えます。
この相談で、もともと意志でなんとかなる病気ではない難病なのだと知りました。

摂食障害になって失ったものは多いです。
取り戻せるものがあるなら、取り戻したい。

しんどくなっていった通院

会社員 25歳 A型 大阪府

大阪府の地元にある個人病院の心療内科に
少しだけ通っていた事があります。

最初は話をしていくだけで、自分の症状や気持ちを話したりしていました。

ですがあまり具体的に話も進まず、いつも同じ事しか言われずで、だんだん通っているのがしんどくなってしまい辞めてしまったんです。

その後も何件か心療内科に通いましが一向によくはならずでした。

たまたまかもしれませんが、どこの先生もあまり良いアドバイスなどもしてくれずで悪化していく一方でした。

その後エステにも行った事があります。

過食も止まって痩せられるのではないかと思ってしまってたんですが
高額なお金しか要求してされず信用が出来なかったので通うのはやめました。

私は心療内科など、病院に通う事は違うなと思います。
あくまで私はの一個人の感想です。

※摂食障害の患者さんは良い治療を受けてもマイナスな受け取りをする傾向があります。
あくまで参加者の感想であり、センターの立場とは一切関係ありません。

過食が止まらない

女性 会社員 27歳 B型 千葉県

初めて過食になったのは、20歳のとき。
お店に寄って着席して食べ、スーパーに寄って食べ、コンビニに寄って食べました。

なんで、こんなに食べ続けているのだろう。

そう思った気がします。

それから、しばらく経つと
本格的な過食が始まりました。

毎日、スーパーを2.3件往復し、
スーパーの袋2・3袋
菓子パンや菓子を両手一杯買い込んでいました。

それでも足りなければ、
その後コンビニへ行って
菓子パンを大量に買い込んで再び過食。

大学も、やめてしまいました。

当時は、絶対に太ってはいけないと思っていたため、
過食が連日続いた後日は、
サウナスーツのような格好でランニング。長風呂。
太ったら終わりだ。
そう感じてたから、本当に辛かったな。

痩せなければ終わり。
でも、過食は止まらない。
そんな感じだった。

その後、別の学校に入学。
依然、過食は続いた。

痩せていた時期もあって、
その頃は、自信に溢れていた。

太ると、世界が皆、太っていることを笑っているように見えた。

当時は、寮に住んでいて
共同の冷蔵庫があったが
そこから、他人の食べモノを盗んで食べた。

自分は異常だと思った。

せっかく別の学校へ入っても
過食すると、落ち込みや罪悪感、ひとに会いたくない気持ちから、学校を多々休み、
出席日数が足らず、担任には
卒業できないかもしれないと言われた。

なんとか、学校を卒業した。

嬉しかったなあ。

就職し、社会人になった。
入社し、人間関係の悩みがでるたび、過食をした。

たくさん太った。
会社を沢山休んだ。
会社を辞めた。

この頃から、どんどん将来が
不安になってきた。

私は、過食をして
会社に通えなくなって
会社を辞めて、、、
それを繰り返すのだろうか。

果たして、そんなふうに
すぐ辞めてしまう人間を
雇ってもらえるをんだろうか。

過食は一生続くんだろうか。

今は、過食して辛い気持ちを
電話などで話すと
「それは苦しいね」と
受け止めてくれる母親も
過食になった当初は、
「あんたはおかしい」と
私に言っていた。

物凄く傷ついた。

おかしいのは、自分が一番よくわかっていた。

それでも辞められなかった。

過食というアディクションの
ほかに、恋愛依存など
ほかにも沢山の依存症を
私は持っていた。

過食して太る。
恋愛依存なため、恋人に嫌われないようにしなければと
痩身エステに通った。
痩身サプリメントも、死ぬほど買った。

食べることと
やせることに
信じられない額のお金を
つかってきた。

結果、貯金ゼロ。

自分は職もなく
死んでいくのかなと思った。

好きでもない男性と寝たこともあった。

今は、転職し、
太ってしまったのが辛いが
会社はなんとか行っている。

休んでしまった日もある。

だけど、
いったい摂食障害で
どれだけの人間関係を
切ってきたのだろうと思う。

知り合いはほとんどいない。

何より、過食が止まらない
いまがとても不安だ。

摂食障害になって
辛かったことは
あればあるだけ
お金を過食に使ってしまう事

バーベキューや旅行など
食べモノが絡むイベントを
太りたくない気持ちから
絶対に断る自分であった事

親に申し訳ない気持ちで一杯なこと。

などがある。

金銭面の問題も、非常に大きい。