本当は怖い。過食症と過食嘔吐ブログ

過食症の体験談がまとめられたブログです。

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タグ : 過食症再発

過食をコントロールできると思う幻想

女性 会社員 27歳 AB型 愛媛県

コントロール幻想の話は、とても実感する。
私も、大学生になったらダイエットして痩せよう、働き始めたら痩せよう、と何度も決意しダイエットに成功したり挫折したりしてきた。

一人暮らしを始めたら家に食べ物が置いてないから過食が止まって痩せるはずだと1年前、一人暮らしを始めた。
最初の1か月は過食しなかった。食事を自分で自由に決められたから、気持ちが楽だった。食べる量はコントロールできた。4kgくらい痩せられた。

でも、やっぱり長くは続かなくて、過食衝動が起こったときコンビニで菓子パンをひとつ買ってしまった日がきっかけで、買って家で食べる習慣がついてしまった。
1度食べ始めるとその習慣がついてしまって食べる。一人暮らしは親にも見られないから、余計外でケーキやドーナツを大量に買ってきて食べた。過食した次の日は絶食して体重をコントロールできた。でも、過食一人暮らしの生活は無理だった。

過食症再発とリバウンドの経験

女性 会社員 27歳 AB型 愛媛県

過食症再発は、何度も何度も経験している。
ダイエットとリバウンドの繰り返し。

これは一例だけど24歳のとき、過食症後のダイエット開始。
強い意思で、食事はコントロールできた。

1日甘いものを我慢できたら、達成感が出て、2日、3日、1週間、と食べない日数を積み重ね、食事をコントロールできた。
ダイエット中は、毎日食べる予定のものと食べたものを記録し1日1000kcal以内に抑えるようにした。お菓子は食べない。食べたくなっても我慢できた。

ダイエットと食べ物のことは常に考えていたが、それは女なら当たり前のことだと思っていた。
ダイエットすることで過食を3か月も我慢できた。今度こそ過食症は治った、と思った。

しかし、そのとき彼氏ができたことにより、週一ペースでの彼氏との外食が苦痛だった。
私の場合、定期的に人と会うことがストレスで心のバランスを崩すのか、過食衝動が再発した。

デートの後、家に帰ると必ず過食衝動が起きて過食する。
過食症が1度再発すると、毎日、週7ペースで過食してしまう。
我慢していたもの全部食べたくて、さだから、まともに恋愛もできない。

自分よりも子供への影響が心配で。

女性 主婦 34歳 A型

摂食障害になって…もう19年目で、どこか自分の一部という感覚もあって。例えば「世の中完璧な人なんかいない、自分のマイナスな部分の1つに摂食障害がある」くらいに考えていました。
それは、幸い打ち明けた友人や恋人が皆肯定的に捉えて親身になって考えてくれた事や、私自身がカウンセラーになる為に自分にずっと向き合って生きてきて、止まる時期も多くあったからかもしれません。

治したいと本気で思った事も何度かあったとは思うけれど、私の人生にとってそこはそんなに重要ではないという感覚でした。この病を抱えて生きていこうという覚悟みたいなものが逆にありましたね。

その考えが変わったのが妊娠・出産。
自分より大切な存在ができた事で、自分の為には本気で治す気になれなかった摂食障害を本気で治さなければならないという気になりました。「いつ死んでもいいや」くらいで生きていたけど、「自分にこの子から親を奪う権利は無い」と感じた時に元気で居なければならない義務感を強く感じました。

妊娠・出産期も一時的なストップだったんだと思います。毎日幸せな気持ちで、自分の過去にも素直に向き合え素直に泣けて、心に澱が溜まっていない、そんな感覚が強かったです。
お腹の子どもを失わない為に、もちろん食べ吐きはほとんどしませんでしたし、胎盤を伝って栄養を吸収する子どもの事を思って、元々料理が好きなのもあるので栄養士さん顔負けくらいの食事を日々心がけていました。

子どもが産まれてからも、授乳があるので食べる物にはとても気を遣っていました。
おっぱいが出なくなって、ずっと我慢していたお酒を飲み始めてから過食嘔吐がかなりのペースで出るようになり、最近では頻度も増えて自分でもちょっと怖くなっています。

「歯止めが効かない」今はこの感覚がとても強いです。そのせいで自信をなくしたり、不安になる事が増えました。
1番思うのは、そんな自分を娘に見せたくないという事です。

私は摂食障害になってから今まで失ってきたものに対しては自己責任だし仕方がないと思っています。完璧に生きていける人なんて居ないんだし。

ただ、これから先の人生で摂食障害によって何かを失うのは嫌だと強く思うようになりました。それは私自身が失うのではなく、娘が未来を失うという事だから。。。

19年で1番、調子乗らないで本気で頑張ります!!

止まっていた過食が再発

女性 主婦 31歳 B型 神奈川県

高校1年の時何気なく始めたカロリー制限ダイエットがキッカケでした。
体重が減ると周りから、特に異性からとてもモテる様になりました。体重が目に見えて減るという達成感もあったんだと思います。それからはもうカロリーが気になって気になって常にネットでも調べてしまう毎日が15年続いてます。

専門学生になると忙しく睡眠時間もとれず、常に課題のストレスがあり一気に過食で20Kg近く太ってしまいました。その頃から過食が酷くなり、暇を見つけては何か買って食べてました。電車の中でも、自転車に乗っている時も、外を歩いて移動している時も常にです。

専門学生の時100万もローンを組んでエステにも通っていました。
しかし過食があるので結局は数キロ減量しただけで、莫大なローンだけが残りました。
更には寂しさや虚しさからか誰かにすぐ頼りたくなり、異性とも健全ではない上っ面の関係になってしまいました。

この頃、もともと良くなかった家族関係も悪化、私母妹対、父となり、いつも暴力まではいかないにしても、そういう危機迫ったいざこざで揉めていました。家では全く安らぐ事が出来ませんでした。

就職後、少しは過食が落ち着いたものの、上司のキツさと新社会人としてのストレスで、休憩中トイレで一人過食していた事もあります。

就職してから1年後、今の主人と付き合う様になって、少しだけ過食の頻度は減ったと思います。
その後結婚し仕事をやめ長女出産、ママ友も沢山でき、毎日遊んで過食は時間的にもする余裕もないし、そういう過食を考える暇もないくらい楽しく過ごしていました。

しかし去年引越し、知らない土地へ…
今1年経ち、引越し先で二人目を出産。産後3カ月たちますが、一人目の時と違い、思うように産後の体重が落ちないのと、慣れない二児の育児から過食に走ってしまう日が少し増えてきてしまいました。
今はとにかく産後の体重が落ちない事に焦り、数百g増えては自暴自棄になり過食に走ってしまう毎日です。
起伏の激しさに伴い過食してしまう事に疲れてしまいました。

家族も巻き込む摂食障害

女性 会社員 46歳 O型 神奈川県

過食症になったのは、およそ16年程前の30歳の時?ハッキリいつからとはあまり覚えてないです。
小学生の頃は暗くてあまり喋る事も出来ず、いじめられていました。
短大は出たけど学力も無く、特技や資格も無いし、これといって将来の目標も無くて自分に自信が持てず、仕事に行っても毎日同じことの繰り返ししで、ただ何となく生きているだけでした。

20代の時に彼氏ができてダイエットに興味を持ち、食事制限したり運動したら痩せることができました。
周りからは「痩せたね」とか、「キレイになったね」と言われるようになり、生まれて初めて自信が持てるようになりました。
結婚したのは29歳の時で、夫と二人で暮らしてもダイエットしてはリバウンドの繰り返しで、年々痩せるのが難しくなってきました。
リバウンドする時も段々食べる量が増え、スーパーからお菓子を沢山買い置きして暇さえあるといつも食べていました。この時はまだ過食症という感じではなかったのですが、ある時炊いてあったお釜いっぱいのご飯を貪り食べたのです。その後胃がムカムカして吐き気が止まらなかったので病院に行きました。先生から「暴食した?」と聞かれ、ドキッとしてつい、「いいえ」と答えてしまいました。
今思えば、あれが過食症の始まりだったのかもしれません。

色々あって5年後に離婚し実家に戻りました。
36歳の時に外国人と再婚しました。夫との2人暮らしは、そこでもやはりダイエットしながら過食していました。
夫は優しく、夫の分のパンやお昼のお弁当のために作ったおかずを食べてもあまり怒りませんでした。そんな夫に甘えていたのでしょう。過食して気分が落ち込むと、何か注意されてイライラして喧嘩になってしまうのです。そんな生活が7年間続き、夫が私に見兼ねてついに別居を言い渡されてしまいました。

そしてまた実家に戻り、ショックと寂しさから、母の目を盗んではお菓子やおかず、パンなどを母の分まで食べていました。母はパン教室を開いていて、パン作りに使う材料としてクルミやアーモンド、チョコチップがあるのですが、食べるものが無くなると、材料にまで手を出し初めて無くなるまで食べてしまうのです。

パン教室で使う材料が無い、とひどく怒られました。いつも申し訳ない気持ち、後悔、母に対する後ろめたさがあるのに、過食には歯止めが効かず、太っていく一方でストレスになり、夜も眠れませんでした。そして夜中の2時、3時頃起きて家中の食べ物を貪り食べるようになり、母に気付かれて起きてしまうのではないかとビクビクしていました。

それからは、ある程度台所で食べてから、自分の部屋に持ち込んで食べるようになりました。
布団の上で隠れるようにコソコソと、およそ普通の人が食べるとは思えないようなものを。
パンの材料の業務用の餡子1kg、アーモンドプードル、胡麻やレーズンなど全て袋ごと、あるいは冷凍したパンをそのままかじったり。
そんな私を見て母はとても悲しそうでした。

過食の頻度は3日に一度程度でしたが、翌日は胃もたれがひどく、むくみで顔がパンパンに膨れ上がり、だるくてとにかく辛い。かといって会社を休むわけにはいかず、辛い身体を引きずって会社に行く日がしばしばありました。このまま太るのは嫌で、一日一食にしたり、何日か断食したこともありました。
自分の中では「痩せてる人でなきゃいけない、少しでも太ったら会社にも行かれない」という思い込みがあり、過食しては断食の繰り返しでした。

一番過食がひどかったのは今から4年前、断食の反動でほぼ毎日会社帰りに外食してお腹いっぱいにも関わらず、お店を3、4件はしごして苦しくなるまで食べ続けていました。
貯金も全く出来ませんでした。
心療内科に行きましたが、あまり効果がありませんでした。
カウンセリングを受けて、先生に過食出来ない環境作りを教えてもらい、母に協力してもらって食べ物を隠したり、台所のドアに鍵を付けたり、台所へ行かれないように塀を作った時には、半年程過食が治まっていました。
三食食べるようにして、それからは以前程ひどくはないが、また過食するようにはなっていきました。

今年の4月に離婚し、マンションを購入して一人暮らしを始めました。お菓子は本当は大好きだけれども一切買わず、食事も作り置きはしません。今は家には調理しないと食べられない材料が少しあるだけです。それでも土日や平日の夜中に起きて電子レンジで加熱して食べてしまいます。

発症して28年。子供にも気になる兆候が

女性 会社員 44歳 A型 東京都

はじめて過食嘔吐したのは16歳の時だったと思います。
食べることが大好きだったわたしは、よくお小遣いでおやつを買って全部使ってしまうことも。。

子供時代から人間関係が苦手でいつも悩みが尽きなかったので、甘いものを食べることで自分を慰めていました。
ある時食べ過ぎてしまって、胃が苦しくなった時に吐いてしまえば気持ち悪いのが治るかも・・・という軽い気持ちで吐きました。
それからは時々気晴らしに嘔吐するようになりました。

たまにトイレを長時間使用することが難しそうな場合は、お風呂で吐いたこともあります。
マンションの排水管清掃の後、母に「うちが一番汚れていた、と業者さんに言われたよ!」と言われたので、母も知っていたのかもしれません。

過食嘔吐がピタッと止まる時があります。
それは真剣な恋愛をした時です。
アドレナリンがでるのか、その時は食べなくても平気になりました。
結婚後も一度好きな人ができ、不倫関係になってしまいました。
このときは、主人より、子供より、食べることより、夢中になってしまい、破局を迎えてからあっという間に12キロ太りました。

ダイエットも何度も何度も試しては失敗しています。
いったい いくら使ったのか・・・。
高校生の頃からサプリメントを飲んだり、マイクロダイエット、耳つぼ、精神科への通院、カウンセリング、スポーツジム、ダイエット講座、エステ・・・。
全てある程度結果が出てくると途中で「今日だけ食べて吐こう。そしてまた明日から頑張ろう」と思って一気に過食。
そしてコントロールできるはずもなく、また毎日過食嘔吐の日々でした。

どうして自分はこんなに意思が弱いんだろう、最後までやりきれない自分はダメだ・・・と、ダイエットを繰り返すたびに失敗するのでどんどん自分の評価を下げています。
もともと自己肯定感が低かったのに、さらに低くなっていきました。

今は、思春期の子供たちへの対応で苦労しています。
高校生の子供は、毎日のように体調が悪い、と言っています。
学校は休むわけではないので、本当に具合が悪いのかはわかりません。
万引きしていることもわかりました。
表向き進学校に通っていて、明るく人間関係も良好な子です。
中学生の子供は、何に対してもやる気がなく、世の中を斜めから見ているようなところがあり、まったく前向きなところがありません。

わたしは本当の子供のことをわかっていなかったのです。
わたしのせいでこんな子供たちに育ってしまったのか、と後悔でいっぱいです。
小さなころもっとかまってあげればよかった、向き合えばよかった、と本気で思います。

今から間に合うかはわかりませんが、努力して信頼を取り戻したいです。

もう自分を下げることはやめたい。
自分の心も体も大切にしたい。
そういう気持ちです。

家族の協力があっても、隙間を見つけて出てくる過食衝動。

女性 会社員 46歳 O型 神奈川県

以前、母が過食出来ないように色々と協力してくれました。
すぐに食べられるお菓子やパンを箱に入れて毎晩母の寝室に置いたり、台所のドアに鍵を付けたり、台所に行くまでの通路に突っ張り棒を何本も張って行けなくしたり。毎日毎日寝る前に箱に詰めたり突っ張り棒を張る作業を行っていました。
半年間続き、その間は過食が嘘のようにピタリと止まっていました。

もちろん台所には行かれないし、食べるものにも手が出せないという安心感もありますが、一番の理由は、母が協力してくれたことが嬉しかったからだと思います。
母の「助けてやりたい」という気持ちが伝わり、勇気が出て、前向きな気持ちになれました。
その時自分は、「もう大丈夫。過食は治ったんだ。」とか「これからも毎日これを続けていけば過食しなくて済む」と思い込んでいました。

ところが半年を過ぎた頃、治ったと思っていた過食症が再発したのです。
お正月実家に姉夫婦が来た時のことです。
おせち、その他のおかず、お菓子など久しぶりに見る色とりどりのご馳走が並べられ、それを食べている時何かが音を立てて崩れ始めました。頭の中で「こんなに美味しいのすごく久しぶり!たまにだから、今日ぐらいいいか。」という思いがよぎりました。

姉達がいる前では皆と同じくらいの量しか食べませんでした。
夜中は台所に鍵を掛け、突っ張り棒も張って過食はしなかったのですが、朝は母が太極拳に行く為その間に冷蔵庫を開けてお正月料理の残り物を物色していました。ちょっとぐらいならいいかなと、お皿に少し乗せて食べてしまいました。

そして美味しくて2つ、3つ・・・と止められなくなり、全部食べたらマズいので残ったお菓子にも手を出し始めてしまいました。そろそろ母が太極拳から帰って来る頃なので、お菓子は部屋に持って行って食べました。

お正月休みの期間と土日の休みの朝は、母のいない間に食べてしまうということが続きました。
治ったと思っていたのにどうして?!とショックで目の前が真っ暗になりました。

半年間過食が止まっていた時は、根本から治っていたわけではなく、過食の元となるエネルギーがまだある状態にも関わらず、過食のスイッチが一時的にOFFになっているだけでした。

そして過食が治ったんだという思い込みをし、このまま自力で止められるという大きな勘違いをしていました。
根本が治っていなかった為に、お正月で気が大きくなり、再発を免れなかったのです。
その後はもう治す手立てを失いどうすることもできず、半ば諦めていました。もう過食症を治すことは出来ないんだ・・・と。

くり返す過食ストップと再発。出産後も止まらないチューイング

女性 主婦 37歳 A型 海外

私の結婚生活は、端から見ても順調な方だと思います。
1歳年下の夫は優しく誠実。結婚して4年後には、2人で待ち望んでいた元気な娘を授かり、夫や義父母に助けてもらいながら育児に奮闘する毎日。それなのに、過食衝動にかられ、チューイングを止められずにいます。

そもそもチューイングは、14年も前に無理なダイエットの穴埋め手段として思いついたものでした。
その時は、すぐに止めたこともあり、摂食障害の症状だなんて思ってもいませんでした。

私のチューイングが最も深刻だったのは、夫に出会う前のことです。

失恋がきっかけでチューイングをするようになり、気がつくと、毎日1000円ぐらいのお菓子や職場の厨房からもらった余った料理をチューイングし、トイレに流し続けて下水管を詰まらせたこともありました。

家族が寝静まった後、テレビの前でバケツを抱え朝方までチューイングし、早起きの母が起きてくる頃にベッドに行くという生活でした。気分障害の投薬治療もしていましたが、全く改善しませんでした。それどころか、オーバードーズなどの問題行動を起こし、家族に迷惑をかけていました。

そんな症状が、元々興味のあった分野の専門学校に通うことになりピタリと止まりました。
以来、毎日好きな勉強に打ち込む日々で、過食衝動を感じることもありませんでした。気分障害の症状も収まり、充実した毎日。自己判断で薬も辞めました。

それから4年後、チューイングが再発しました。また失恋が原因でした。
その頃実家暮らしで勤めており、毎日勤め先からの帰り道にコンビニやスーパーで大量の菓子パンやお菓子を買い込み、トイレにこもってチューイングをしました。精神疾患の症状も出て、リストカット、急性アルコール中毒、自殺未遂も起こしていました。そのように家では廃人同然の生活をしつつ、なんとか仕事を続けていました。仕事だけが心の支えでした。
それでも服用していた抗鬱剤のために仕事に遅刻したり、ミスしたりということが続き、やがて契約を打ち切られました。
その後、夫に出会いました。

結婚する前に、夫に自分の精神疾患の経歴や自殺未遂のことを話しました。
非常に勇気の要ることでしたが、夫は優しく受け止めてくれました。それでもチューイングのことは話すことはできませんでした。どんな精神疾患のエピソードよりも恥ずかしく感じたのです。それにチューイングは失恋がきっかけで起こっており、生涯の伴侶を得た今、再発することはないという確信がありました。

国際結婚をして夫の母国に暮らすことになり、ビザを申請中の結婚当初は専業主婦として生活しました。
何のストレスもない幸せな日々。それにもかかわらず、徐々に鬱の症状が出てきて、怠惰に過ごしてしまう自分を責めるようになっていました。その時から、どうしようもなく食べたい衝動に襲われました。
怠惰な生活で、ただでさえ体重が増えていたので、チューイングに走りました。食品アレルギーのある夫のためにお菓子を手作りしていたのですが、その材料や焼く前の生地、焼き上がったものまで噛み吐きしました。夫が家にいる時はひたすら我慢して、1人になるとこっそりしていました。

結婚前のような深刻な状態に陥る前にビザが下り、幸運にも今までのスキルを活かせる仕事が見つかりました。仕事と家事を両立する毎日が始まると忙しくて、気が付いたら食べたい衝動も止まっていました。

それから3年後、待望の娘を妊娠。この国では妊娠期の体重増加は注意されず、体重測定もありません。
悪阻もなく、健康そのもののマタニティライフを過ごしました。ところが産休に入る直前、職場から人員削減のため職場に復帰できる可能性が低いことを告げられました。大好きな仕事だっただけに相当のショックでした。
臨月にもかかわらず、鬱状態になりました。それでもチューイングに走ることはありませんでした。

娘を出産すると生活が一変。仕事に復帰できないことがあれ程悲しかったのに、可愛い娘を見ていると、どうでも良いことに思えてきました。
ところが仕事の契約が切れる12月を3ヶ月前に控えた9月辺りから、どうしようもない不安に襲われるようになりました。このままずっと娘と2人、家にこもりきりになるのではないか。

時間がたっぷりあるはずなのに、娘の服を作ったり記念日をお祝いしたり、母らしいことができていない。
これからだって怠惰で不器用な自分にできそうもない。鬱々とするうちに、食べ物のことが頭を離れなくなりました。
きっと授乳のためにお腹が空くのだから食べれば良いと思う自分と、これ以上ダラダラ食べ続ければ体重がどんどん増えると恐怖に怯える自分が絶えず葛藤していました。

やがて過食衝動はイライラするほど強烈になり、食品をストックした棚のドアを開けて乱暴に閉めることを繰り返したり、炭酸水を異常な勢いでがぶ飲みしたりしていました。イライラの矛先は娘にも向けられるようになり、ついにはチューイングに走りました。最初は娘が寝ている間に。

やがて娘が起きている間は抱っこ紐で娘を抱きながら、食材を噛んではビニール袋に吐き戻すように。
食べカスをかぶった娘を見たとき、涙が出ました。

しかし怖いもので、それも段々当たり前のようになっていき、今はおんぶでキッチンに立ち、チューイングを続ける有様です。

今回無料相談を受けることにしたのは、娘の前でもチューイングをしてしまう自分を今のうちに何とかしたかったためです。
相談を受けるうちに、摂食障害の重篤度は過去最悪の時期が基準となることを知りました。

つまり私の場合、家庭を持った今になっても、12年前や7年前のような廃人同然の頃と同じマグマを潜在的に抱えているということになります。ゾッとしました。

そして世代間連鎖のことも知りました。可愛い娘に、生きていくことが辛いという思いを味合わせたくはありません。
放っておけば蓄積され続けていく過食衝動のマグマ。発症して14年になる今、真剣に向き合って小さくしていこうと思います。

再び衝動に振り回される日々がやってきた

女性 自由業 27歳 O型 京都府

4月の下旬から19日間だけだけど、過食嘔吐が収まっていました。
過食嘔吐しないことでの、からだの楽さや軽さがひさしぶりで、気分も体調もいいし、顔も腫れてなくて怠くないし、ほんとに生きてるって感じだった。

でも、知り合いの寂しい素っ気ない態度にショックを受け、いてもたってもいられないあの過食衝動が出て1日1回は過食か過食嘔吐をしてしまってる。
人の行動で一喜一憂してしまう。今までもそれで過食や過食嘔吐していた。
仕事もしんどくて本当に大変。
休みたいけど、責任や周りの人の目が気になって休めない。

せっかく幸せだったのに、またあの過食衝動に振り回される日々に戻ってしまって絶望的。

どうしたら摂食障害は治るんだろう。
普通に食べたい。普通に生きたい。普通でいいから普通になりたいです。

おさまったと思った過食嘔吐が再発

女性 主婦 27歳 AB型 東京都

●初めて発症した17歳ころ
クラスになじめない、人の輪の中に入っていくことに苦痛を感じるようになったのはこの頃でした。
他人にどのように思われているかをとても気にするようになりました。
同時に大学受験の勉強、進路に関する両親との意向の食い違いが生じるようになりました。
この頃、塾から帰った後、家族が寝始めたころに深夜に冷蔵庫の食べ物を食べるようになりました。
ただ、この頃は過食のたびに嘔吐することはなく、また「食べた分全部便で出る」体質だったこともあり、体重が大きく変わることはありませんでした。
食べている時は無心でした。現在と決定的に違うのは、過食症状発症後に、後悔や卑しい気持ちにはならなかったことでした。現実逃避しているという意識がなかったのだと思います。

●再発した25歳頃
転職し、職場と仕事内容ががらりと変わり、新しい環境に戸惑いながらも、転職したてだから仕方ない、との思いから、新しい職場に慣れようと頑張っていました。
同じころに現在の主人からプロポーズされました。休日は式場見学や、結納、そして主人側の冠婚葬祭の行事に出席と、気分も体も休む間がありませんでした。
その頃、仕事からの帰り道にケーキを2-3個買い一気に食べ、吐き、それでも足りず近所のスーパーコンビニにアイスや値引きシールのついたパンを買っては食べ、吐いていました。
当然体調が悪化し、不眠症と自律神経失調症になり、折角慣れてきた職場をやめざるを得なくなりました。結婚式はキャンセルしました。
キャリアが途絶えたこと、自分自身をコントロールできなかったことへの自責の念から、精神的にふさぎ込んでいました。
その後、主人と結婚し、健康的な食事をしようと自炊を始めたので過食嘔吐症状はおさまったように見えました。

慢性的な胃炎及び逆流性食道炎と診断され、日々の食事を胃もたれしないような内容及び量にしていたら、体重がどんどん落ちていき、44キロまで落ちました。
正直な気持ち、ここまで痩せられたことにとても嬉しかったですが、体力が明らかに落ちており、夕方まで活動することさえしんどくなりました。久々に会う人からは心配されていました。
体力も落ち、精神面でも非常に不安定になり、また不眠症状が最悪でした。
主人も忙しい時期だったので、約1カ月、体調が安定するまで実家で生活しており、体重は50キロまで増えました。
体重が増えることに恐怖を感じながらも、体力を戻すためには仕方ない、との思いから、胃もたれしない程度に大量にご飯を食べていました。
しかし、実家から自宅に戻るタイミングで、大学院での勉強(入学前の準備など含む)が始まりました。
「授業の内容についていかなければ」「変な発言をして議論を乱さないように」「同級生に変な人と思われないようにふるまわなければ」という強迫観念から、
日中一人で授業の準備をしている際に不安と抑鬱感に襲われるようになりました。
そんな気持ちから逃げるように、最近では過食嘔吐をしてしまいます。
お通じも当然乱れがちになり、便秘薬を服用しています。