本当は怖い。過食症と過食嘔吐ブログ

過食症の体験談がまとめられたブログです。

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タグ : 万引き

8年後の再発

ふとした環境の変化で過食嘔吐が止まることがあります。

しかし「過食をしないといられない心」がそのままの状態では
いつか再発してしまうことでしょう。

(以下相談者の方の体験談です)
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女性 会社員 23歳 O型 茨城県

部活の部長になったあたしに言った母親の言葉は
「お父さんが倒れて大変な時になんで部長になったの?!もっと家族を大切にしてよ!!」でした。
あたしは何も言えませんでした。

数日後、練習のし過ぎで疲労骨折をしてしまい暫く部活を休むことになりました。

部活に行けず家にいるしかなくなったあたしは激しい食欲に襲われ、
部活で走っていた時間をすべて食事につぎ込みました。
家に箱買いしてあったカップラーメン、冷凍ピザ、アイスが次々となくなりました。

すごい勢いで太っていき、太ももやお腹に肉われができました。
太っているのがわかり怖くて体重計に乗れませんでした。

2ヵ月後、太ったあたしを見つけた部活の顧問に嫌々体重計に乗せられたとき、
体重計の表示が壊れたのかと思いました。15キロも太っていました。

顧問に「部長が体重管理もできなくてどうする」と怒られました。

何とか痩せなくては・・・と思いテレビで嘔吐している細い女性をみて
単純に「吐いちゃえばいいんだ!!」と思い、早速トイレで指を口に突っ込み吐きました。

「これでチャラになった♪」とすごく安心しました。
「こんなに食べて太らないで済むなんてすごい!」とも思いました。
その時は・・・

その後過食嘔吐が癖になっていき、朝ごはんは学校のトイレで。
お昼の給食は友達の目を盗んで学校のトイレで。

夜ごはんはお風呂で。親が寝てから万引きしたパンや菓子を食べてトイレで嘔吐。
当時何をしているのかよくわからなかったです。

高校で寮生活が始まり、部活も軽くなると過食嘔吐は何事もなかったかのようになくなりました。
飲み会等で食べ過ぎて気持ちが悪くなってしまった時はたまに吐いていましたが、8年間すっかり過食嘔吐のことを忘れていました。

就職して地元を離れて1人暮らしを始めて3年目、
半年前に新しい仕事を任されたプレッシャーからなのか突然酷い食欲に襲われました。

少し痩せたいなーと思っていたあたしは食べ過ぎてしまったことに焦り、
急いでトイレに駆け込み吐きました。

最初の日のような安心感がありました。

その後職場でストレスを感じた日は仕事後に過食嘔吐するようになりました。
週に2~3回だった過食嘔吐が気がつくと半年で毎日になっていました。
休日はダラダラと1日中過食嘔吐を繰り返す日もでてくるようになりました。

支出が収入を追い越し、貯金が減っていることに気づきました。
英語の勉強をしようと思っていたのに全く進んでいないことに気づきました。

今日で最後・・・今日だけ・・・何度も思いましたが止められませんでした。

勇気を振り絞って地元の友達に
「食欲が止まらなくて困っている。」とだけ話すと
ここのサイトを紹介されました。

初めて自分が心の病気なのだと気づきました。
完治させないと何年も引きずってしまう病気なのだと知りました。
莫大なお金と時間を浪費してしまう病気なのだと知りました。

楽しい自分の未来のために完治させます。

過食嘔吐の大き過ぎる代償

女性 無職 31歳 O型 石川県

13年間、隠れて過食。隠れて嘔吐。
部屋で吐き、部屋に嘔吐物をためた。嘔吐物臭かった。
お風呂で吐き、トイレに毎日顔をつっこんで吐いた。

お母さんに見つからないように。
お父さんに見つからないように。
彼氏に見つからないように。
大量に買い物する姿を知り合いに見つからないように。
見つからないように、ビクビクするようになった。

最初は菓子パンで満足できたのが、それじゃ満足できなくなった。
美味しいお肉が食べたくなって、あたたかい料理が食べたくなって、自分で大量に作って食べるようになった。
ごはんを我慢してたから、ごはんを食べたくなった。
6合炊いて、カレーを作って、肉を焼いて、シチューも鍋に一杯作って、ケーキを買って、和菓子屋さんで季節のお菓子を買って、食べて吐いて食べて吐いて、最初はおいしい。
そのうち食べたいのか美味しいのかどうでも良くて、ただ、口に入れた。
毎晩、お腹は生まれる寸前の妊婦さんのように丸くふくらんだ。

太るのが怖くて、必死で吐いた。
吐けない日もたくさんあった。
どれだけ指を入れても吐けない。
お腹にはいってるのに、ちっとも吐けない。
怖くて、怖くて、泣いた。

毎日私はむくんでた。
毎朝、二重が、一重になった。

すごい後悔が襲っても、夕方にはスーパーへ自転車を走らせる毎日。

万引きをするようになった。
毎日万引きするようになった。
食料品ばかり。

万引きが見つかった。
五千円くらい、肉団子やお惣菜、お弁当、お菓子、菓子パンなんかを万引きしようとした日だった。
警察に連れていかれた。
実家に電話させられた。
お母さんに泣きながら、謝った。
北海道で一人暮らししていた私は、迎えにきてくれる知り合いがいなくて、アパートの大家さんが迎えにきてくれた。
大家さんとふたり、万引きした袋一杯の荷物を持って、警察からアパートまで歩いた。
その日も、わたしは、その万引きしたものを過食した。

後日、警察署で、しもんをとられた。
しもんをコンピューターに記録させられて、思った。
私は犯罪者だ。

情けなかった。

たくさん、ウソをついた。
過食している途中に電話がくると、電話に出なかった。
気付かなかったと、ウソをついた。
遊びにくるという友達や先輩や彼氏、すきな人に、いつもウソをついた。
誘ってくれる友達に、いつもウソをついた。

太っている人をみて、見下していた。

過食の為にお金が必要だった。

私は、ヘルスで働いた。
実感がなかった。
自分の堕落っぷりが「ドラマみたい」と笑えた。

デリヘルでも働いた。
お金をもらい、その足でコンビニでたくさん惣菜とお菓子を買って、食べて、デリヘルの待合室に使ってたマンションのトイレで吐いた。
デリヘルでは、優しくしてくれる男性をみつけた。
もちろん不倫だった。
優しくしてくれる、可愛いといってくれる、痩せてて完璧だねって褒めてくれる人に甘えて、「好きになった」とウソをついた。

優しくしてくれる人、可愛いといってくれる人なら、誰でも良かった。
いとんな男の人とBARで出会って、寝て、別れた。

さみしかった。

好きになっても、求めるばかりで、相手を束縛して、そのうちすぐにダメになった。
男性に依存している。

アルコールにも依存している。

過食嘔吐に依存している。

食べること、酒を呑むこと意外に時間を使えない。

趣味がない。

食べることしか考えてない。

会社で、人の顔色ばかり気にしていた。
女の先輩に嫌われるようになった。
頑張って笑った。
毎日の過食1万円を超えるようになり、生活は破綻した。
うつ病になった。
会社へ行かなくなった。

実家に強制送還になり、ひきこもりになった。
父親には、「こうなったのは、あんたのせいだ」とののしった。
毎日泣いた。
手首を切った。
ウイスキーに焼酎を入れて飲むようになった。
毎日泣いた。

誰かに優しくしてもらいたくて、がんばって、むちゃなダイエット。
絶食に加えて、毎日プールで3キロ泳いだ。
プールでは、毎日足がつった。足がつっても、サポーターをして、毎日3時間泳いだ。
20日ほどで、15キロは平気で落ちた。
やせて、男と寝た。

55キロの体重は、一ヶ月の過食で平気で75キロになる。
ネットで知り合う男の人が好きになれば、無茶なダイエットをした。

そのくりかえし。

彼氏とはいつも長くは続かない。

生理がこなくて産婦人科へ行ったら、妊娠はしてなかった。
ついでに癌検診もしてくれた。
子宮に腫瘍が見つかった。
悪性ではなかったけど、検診はかかせない。

性病にもなってた。
クラミジアだった。

全部、過食症のせい。

青春と、お金と、人格を、過食症のせいで失っている。

後悔、、、この一言

女性 無職 30歳 B型 静岡県

拒食症から過食症へ。。。生理も止まり、注射やホルモン剤を今も飲んでます。
体重は20キロも増え、そこからは運動で、ある程度の体重へ戻しましたが、やはり、苦しいし大変なダイエット。。

吐くことを知ってしまってからは過食が止まらない。。
万引きでつかまり、食べ物ばかり万引きする私に、親は相当辛かったと思う。。

その後海外で就職し、太りたくないだけで、過食は続く。。

そんな中、大切な人と出会い、その彼が私の嘔吐する姿を見てしまって。。。。
付き合って、1年半。。。

お互いに、将来を考えてお付き合いしてきましたが、それも今は、夢の話。。
家族には、結婚するよと伝えた後のこと。。

どうしよう。。。。と彼に嘘をつきながら過食嘔吐は止まらない。。。
人前では良く見られたい性格なせいか、格好をつけたい。

ここまで、心配して、裏切りたくない人がいるのに、直せない。
今は、彼の支えの元に普通の食生活に戻れるようにがんばります。

後悔、、、この一言。。

自分で犯してしまったことがどれだけ重いことか。。。

将来、彼と幸せになるため、そして、家族が作れるように、
太ることに負けません。

心が病んでいた

過食の為に感覚が麻痺して行ってしまう犯罪。

過食症という心の病気がさせている行為です。

体ばかりか心も蝕むことが、過食症の怖さです。

(以下相談者の方の体験談です)
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女性 主婦 30歳 O型 兵庫県

はっきり言ってご飯のために、風俗 売春 万引き みんなやった

病気のせいとは思ってなくて自分が悪いと責め続けてきた

万引きは何度もしたし風俗は何件行ったかわからない

売春は何百回も

性病になった

でももうやっちゃダメ

治して元気な心になる

家族までも巻き込んで

摂食障害の患者さんと暮らすご家族も
患者さんとの関係に悩み、精神的にギリギリになることも。

家族の方も巻き込むことが過食症の怖さの一つです。

(以下相談者の方の体験談です)
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女性 会社員 30歳 A型 宮城県

15歳の時に拒食症になり、食べても吐くを繰り返し、いつの間にか量が増え、過食症になっていました。

それまで、私は自分自身が嫌いでした。

絵が好きで小さな頃から絵を描いてばかりでしたが、学校の先生からたびたびコンクールに出すよう頼まれたりしているうちに、人に見られるための絵しか描けなくなりました。
自分の描きたいものがわからない。

学級委員や生徒会など推薦されるままにやっていましたが、本当はやりたくなかった。

ただいい子でいたいためだったと思います。
誰にも嫌われたくなかった。
自分らしいって何なのかわからず、いつも人に合わせて人の目ばかり気にしている自分が大嫌いでした。

一度先生に学級委員を頼まれたときに断ったことがあります。
また、絵のコンクール出品も断ったことがあります。
家に学校から電話が来ました。

ある時水を飲み過ぎて吐いたことがきっかけで、食べ物が入らなくなりました。
食欲を抑えられている自分に、何か高揚感を覚えました。
自分をコントロールしているという幻想に嬉しくなりました。
その頃から自分の中に二人の自分がいるような感覚にとらわれることがよくありました。

体重はどんどん落ちていき、小児科に入院しながら高校に通いましたが、
ほかの患者さんの残したものまであさって食べ、無我夢中で吐く私にお手上げで、とうとう高校を休学し、大学病院に一年入院しました。
精神科の閉鎖病棟でした。

両親は変わり果てた私の姿が理解出来なかったと思います。
母は何度も昔の元気いっぱいだった私に戻って、と泣き、周りの同じ年頃の女の子達と比べる日々でした。

父は…一番期待をかけていたのかもしれません。
なのでショックが大きかったと思います。

家の食べ物を食べ尽くす私に、家族の分がなくなるからと食べ物を隠しました。
一つ一つに名前を書いたり、冷蔵庫に『勝手に開けるな』と貼紙をしたりと、父もノイローゼだったと思います。
私の顔を見る度に罵声や暴力をふるうので、父の足音に怯えながら、家にいても部屋に引きこもり、部屋で必死に吐いていました。

吐いているのはほとんど万引きしてきたものでした。
万引きがひどくて裁判になりました。
父は弁護士と意見が合わず、出席しませんでした。

父が私を怒鳴り、私も何とか反抗し、家はいつも泣き声と怒鳴り声がとびかっていました。

そんな家を出て、あちこちを転々とし、また3年前に地元に帰って来ました。

この先の合併症が怖い

女性 会社員 27歳 熊本県
14歳の頃ぽっちゃりしていたが痩せたらいいなぁと思うくらいだった。
ある日男子に体型の事でからかわれ、カロリーが少ない物しか食べなかったり、食事を抜くようになった。
食べたい気持ちが強く食べて後悔をした。
そのうち指を入れて吐く事を思いつき嘔吐。
体重が増えなくて嬉しかった。
学校では出来ず家に帰って繰り返すようになった。
15kgくらい痩せた。こんなに好きな物をいっぱい食べてラッキーとさえ思った。
夜に2~3回過食嘔吐。低血糖でアメをなめてもすぐ嘔吐したり、ツバも飲み込めず吐きたした。
吐いてる途中に母がドアを開けようとしたりした。
太ること、受験、思春期など色々な事が重なって止めさせようとする母に八つ当たり。
いっぱいけんかして刃物を向けた事もあった。
食べ物を買うため母の財布からお金を取ったり、万引きもした。
本当はこんな事したくなかった。女手一つで育ててくれた母にいつも心の中で謝ったが言葉で伝えきれなかった。自分がいなくなれば誰も嫌な思いしないのにと思って、大量に薬を飲んで死のうと思ったが出来なかった。
高校に受かり、嘔吐の回数が1~2回に減ったが嘔吐への罪悪感がなくなっていった。
専門学校は寮だった。みんなと一緒にご飯を食べたり、行動するのが苦痛で馴染めなかった。隠れて吐いていたが、みんな知っていたと思う。
今の職業についた。不規則で体力を使う仕事。
最近胃が痛かったり、きついとき不整脈もでる。食べ過ぎると背骨も痛い。
母も体が強くなく、年老いく母を見て申し訳ない気持ちと健康に気をつけるようになった。
前に比べると食べる量が減ったが、体重が増えるとスプーンを使って胆汁が出るまで吐いてしまう。今後併発する病気が怖い。
今付き合っている彼は過食嘔吐に気付いていない。結婚も考えてくれている。子供も欲しいと言ってくれた。でも今の私にはそれにこたえれない。

有給も使い果たし

あなたは過食症の苦しさをどれだけ知っていますか?

怖さをどれだけ想像できますか?

(以下相談者の体験談です)
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女性 会社員 36歳 A型 愛知県

まさか自分が過食症になるとは思ってもいませんでした。
過食症になる前は、誰もが羨むスリムな体型で、自分に自信を持っていました。

私は2度目の結婚でDVの被害に合いました。
私の意思は頭ごなしに否定されるので食べたいものも食べることができない、そんな状況でした。

病院から警察に通報され、互いの親の知ることとなり、精神科へ通うことになりました。
それでも夫は自分の暴力を肯定し、私がうつという病気患ってしまったことを認めませんでした。

逃げるように別居しましたが、見つかるのが怖く雨戸も開けることができない、シャッターの無い窓は段ボールで目張りするなど息をひそめて暮らしていました。

その時ぐらいから過食の症状が出てきたと思います。

誰にも咎められることなく、自分の好きな時に好きなものを好きなだけ食べることができる喜びに浸りました。
最初はインターネットでおいしそうなスイーツを注文しました。訪問者は怖いのでコンビニ受け取りです。

夜中に変装して受け取りに行きました。食後にスイーツを食べました。
一人で食べないといけないので、毎食後食べるようになりました。

その辺りまでは過食という実感もありませんでしたし、食べることができる喜びの方が勝っていました。

その後も危険を冒して買い物に行かなくて済むネットのお取り寄せにどんどんはまっていきました。
1か月もたたないうちにスイーツや冷凍ピザが主食になりました。

いけないなぁと思いつつも食べたいものがどんどん出てきて次第に食欲も買い物も止まらなくなりました。

そのうち、DV夫との離婚が暗礁に乗り上げ、そのストレスで過食を実感するほどの食べっぷりになりました。
ピザだったらMサイズを5~7枚。焼けるのもままならず凍ったままたべることもありました。

米も5合炊き、炊けるのを待てず芯が残ったままのご飯をジャーを抱えて食べたこともありました。
吐こうとしても吐けないので苦しい気持ち悪いお腹がパンパンの状態で横になる、そんな毎日でした。

過食をしたあとは自己嫌悪に陥ります。横になったまま動けません。

精神科での診察でもしばらくは過食について言うことができませんでした。
食べることができなかったので「最近は食べれてる?」と聞かれるので「食べれてます」と答えてしまっていました。

本当は「過食しすぎて苦しいんです!」と訴えたかったのに。

過食している自分はモンスターの様です。
過食モードに入ると顔つきがキッと変わるのが自分でも分かります。

手当たりしだい冷蔵庫を空っぽにします。
冷蔵庫に食料が無くなると、小麦粉を水で練って焼いて食べたりもしました。

味も何も関係ありません。食べないではいられないのです。苦しくなるまで手は止まらないのです。

2ヵ月程で体重は激増。吐いていたパンツは履けなくなりました。

その頃ようやく主治医に過食のことを話せました。
でも私が苦しんでいる程の対応ではなく、「今は食べててもいいんじゃない?」「全然太って見えないよ」「過食は薬では治せないよ」との答えでした。

心底がっかりしました。そして即時4ヶ月の休職が言い渡されました。ゆっくり休みなさいと。

しかしゆっくり休んでなんかいられません。
会社に行かなくなったら食べるしかありません。

毎日毎日過食です。収入もありません。なのにカードの請求書は20万30万です。
どんどん薬も増えて行き月に1万5千円もかかるようになりました。

いいよと言われた気功にも行きました。でも翌日から過食です。1回でやめました。
耳つぼもやりましたが、翌日から過食です。

こんなに太ってどうしよう?
そんな焦りからエステで40万~50万の大金契約し、食事制限が守れなくなりストレスになり、行っては増えてると怒られ、結局解約。

こんなことを何回繰り返したか分かりません。

過食する毎日が嫌で嫌で家にいたくなくて会社復帰をお願いしました。
会社にいる方が食べなくて済むと思ったからです。

会社復帰はしましたが、一回りもふたまわりも大きくなった私に容赦なく「太った?」「元気そうになったね」「今ぐらいがいいよ」と言葉が突き刺さります。
太りたくて太ったわけじゃないし、1日でも早く過食をやめたいのに・・・。

会社に行く前に過食するようになりました。
最初はコンビニが混雑しない時間帯を狙って相当早くに家を出て朝ごはんと昼ご飯を買いました。

でも、車の中で全部食べてしまうのです。そして会社に行くまで何件もコンビニをはしごします。
そして何とも言えない嫌な気持で会社に行きますが仕事は手につきません。

そのうち会社でも机の下に隠れてパソコンの陰に隠れても食べるようになりました。

コンビニで朝ごはんと昼ご飯を買うのはやめました。前日の夜中に買い物をし朝食べることにしました。
コンビニのはしごはなくなった代わりに早朝から過食が始まり、過食するともう会社に行けない状態になりました。

ついに有給も使い果たしました。にっちもさっちもこの調子では解雇されてしまう。

そこまで行き詰った時ここにたどり着きました。

私は6カ月で体重が15キロ増えました。過食の量も金額も10倍になりました。
1日3000円~4000 過食の額が1日3000円~4000円、毎日続いていました。

思い切ってここに電話した日から過食はストップしています。
電話しなければ、1日3500円×30日×12か月=1年126万、いやもっと過食の頻度も量も増しているはずですので、自分ではもうまかないきれない額過食に費やしていたはずです。

どうにもならず万引きにも手を染めていたかもしれません。会社も行けなくて解雇されていたでしょう。
経年増加というのは本当に怖いです。甘く見ていると泥沼に引きずり込まれて抜け出せなくなってしまいます。

私の場合80歳まで過食をしていたら今のペースでも5600万円という大金です。家が買えてしまいます。
ただそんなお金はあるはずもありません。

どうしていたのかと考えるだけでもぞっとしてしまいます。

自分を好きになる事から遠ざかる

発症して何年経ちましたか?

失ったものは何でしょうか?

(以下、相談者の体験談です)
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女性 無職 埼玉県

発症してから12年です。
心から満たされる感覚を知らないまま、ずるずる、この年まできてしまいました。

発症当時が一番症状がひどかったです。

きっかけはダイエットした事で環境が一変し、自分の外と内面が追い付かなかった事へのプレッシャーや、
裏切りや虐め等により、自分は外見にしか価値がない(内面には価値がない)と思い込んでしまった事、
努力すれば幸せになれると思って努力したのに、心は[幸せ]にはなれなかった。
逆に神経過敏になりすぎて苦しくなってしまった事など、だと思います。

人間不信によって心が壊れてしまった私は自暴自棄になり、いつの間にか30キロ近く増えてしまいました。
自制がきかないというのは、本当に怖いですね。

脳みそを変えない限り治らないと、当時はずっと思ってました。

過食、拒食、過食嘔吐の人生の中で失ったものたちの事をふと思うと、悲しくて、廃人状態になってしまう時もかなりあります。
このままこの状態が続いてしまったら、喪失感の積み重ねで今よりもっと苦しくなるんだと思います。

言いにくいですが、私は万引きをした事があります。
自制が効かない事で、犯罪にまで手を出してしまう自分。

自分を好きになる事から遠ざかる事ばかりしてしまう。

失いたくないものまで失ってしまうこの病気、いつになれば消えるのか、わからないのは辛いです。

拒食で後過食で再入院

過食衝動は自分で抑えられません。

そういう病気だということを
周りの人が理解してい上げてください。

(以下相談者の方の体験談です)
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女性 自由業 32歳 東京都

半年間の拒食症を経て退院をしました。

そして…過食衝動が襲いました。

きっかけはたった一つの“みかん”
入院中も食事を拒みつづけていた私…
その時、脳内で何か弾けたような感覚を覚えました。

そして、冷蔵庫の前に座り込み、野獣のように次から次へと食べまくりました。
自分の座っている所は食べかすや袋の残骸…

調味料だけになると外へ走り出しスーパーへ行って、カートにいっぱい溢れるばかりの食料…
お菓子20個、お弁当10個、菓子パン10個、ケーキはワンホール、大きなバームクーヘン、アイスやプリンなど手当たり次第買ったと思います。

頭の中では、満腹感がないのが不思議たまらない。
我慢ができない。。。

母親はただただ呆気に取られてみていましたが、父親に見られた時は大変でした。
「いい加減!食うのやめないか!!」怒鳴られ、背中を蹴られ、ぶたれて窓から放られる始末…
容赦なく食べ物を捨てられた事もありました。
泣きながら、裸足で買い物へ行き万引きした事も…

そんな中で、庇ってくれたのが兄でした。
「怒っても、何も解決策にならないだろう!」
初めて、兄が親に対して反抗している姿を見ました。
そして、私に…
「もう一度、病院行って先生に相談しよう」
即日入院…

仮に兄が居なかったら私はとっくに自殺していたと思います。

また過食症になって心配してたまに訪ねてきたり、メールくれたりするけれど、一刻も早く回復し、元気を取り戻したいです。
それはきっとみんな同じ願いだと思うケド…

ご家族の方へ

やめたくても、やめられない。
それが過食症です。

ご家族が心配している一方で、
摂食障害の患者さん本人も罪悪感で苦しんでいます。

(以下相談者の体験談です。)
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女性 会社員 25歳 京都府

私の過食嘔吐が始まったのは約7年前です。私の8年間の事をこれから書きます。。。

私は中学3年生の時に好きだった男の子が自分より細いということが気になり、ダイエットを始めました。
だんだん、体重が減ってきてうれしくなり、ダイエットはどんどん過激なものになりました。
頭の中は毎日食べ物のカロリーばっかりで、周りの人の体系ばっかり目で追い、どんなに痩せても自分が1番太いと思い込んでいました。

気づいたら拒食症で入院していました。それから1年間、病院での辛い日々。
登校する友達が病室の窓から見え、1人取り残されるような孤独感が毎日こみ上げてきました。

でも、そんな病院生活でも唯一の喜びは、夕方の食事の時間に母が、夜の消灯の時間に父が来てくれることでした。雨の日も雪の日も毎日毎日来てくれました。

おかげで、私もちょっとずつ体重も増え、「食べる」という事に捕らわれる事がなくなり無事に退院しました。
高校にも無事に入学して楽しく毎日過ごしていました。

が、高校2年生のとき、急に体重が増えていくのが怖くなりました。
最初は、「食べなければまた入院になるし。体重なんて気にするな。」と自分に言い聞かせて普通に食べていたのですが、ある日友達に「最近ちょっと肥えてきたね!」って言われた時に私はとうとう自分に負けました。

夜食べたごはんを産まれて初めて自分で吐きました。涙はいっぱい出るしすごく苦しかったです。
何回かで止めるつもりでした。
でも食べたいものを食べても太らないし、逆に痩せていく!!と喜び、今までキライだと言って我慢してきた物を食べるようになりました。

最初はコンビニで菓子パンを1個買うぐらいだったのですが、だんだん揚げ物、大袋のお菓子と増えていきました。
吐くこともラクになり、1日1回が2回、3回となりました。

当然、お金もなくなっていき、最初は親の財布からお金を盗み、妹や弟のお金まで手を出しました。
家の貯金箱も全部使い、いろんな物を売ってまでお金にしました。それでも足りず、万引きを繰り返すようになりました。。。全部吐くための食べ物のために。

ある日いつも通り万引きしていましたが、初めて捕まりました。
父と母が迎えにきてくれて、父は私の顔を初めて殴りました。母は泣いていました。
その時やっと自分のやった事の重大さが分かりました。2人とも私の過食嘔吐には気づいました。
そして「みんなで治そう」と言ってくれました。その日から私はがんばりました。

でも、気持ちとは裏腹になかなか続けて過食嘔吐が止まりませんでした。
母はそんな私にだんだんキツい言葉になってきました。「いい加減にしなさい!」って。
私も分かっているけど、止められない。しまいには私が吐くなら母まで指を突っ込んで吐くと泣きながら言い出しました。。。

今から思うと私の体をかなり心配してくれてたのだと思います。
少し後で知ったのですが、この時母は過食嘔吐回復という本を何冊も読んだりして毎晩泣いてくれていたそうです。

そんな中、父も会社でリストラされました。
私が入院してる時が1番大変な時だったみたいで、毎日病院に笑いながら来てくれていたけど、本当はすごく辛くてしんどかったのです。

そして、中学3年の妹の髪の毛までが抜け始めました。
最初は本当に小さい部分だけだったのに1年位で全部抜けました。
1番楽しい高校生になったのにカツラ生活。原因はストレスでした。
妹の髪の毛が抜け始めたのは私が過食嘔吐が始まったぐらいからでした。

私が入院中も家のコトは中学になったばかりの妹が全部負担してくれてました。そして何よりも家のトイレは妹の部屋の前にあり、私が吐いている声が妹に聞こえていたのだと思います。。。

7つ下の弟はあまり家族には心を開かなくなり、家では前みたいな明るさがなくなりました。
私が過食嘔吐しているのを知ると「気持ち悪い!」と私を軽蔑するようになりもぅ直せない溝ができました。。。

私は、家族の生活やみんなの幸せを自分のせいで全部失わせてしまいました。。。