本当はこわい。過食症と過食嘔吐

センターの相談を受けた方に過去の体験を綴ってもらいました。専門スタッフによる「過食が止まる無料相談」も行っています。

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一度止まったけどやっぱり再発

女性 主婦 33歳 O型 千葉県
出産前3ヶ月間、出産後1ヶ月間は過食嘔吐の症状が止まっていました。
それ以外は、11年間、毎日過食嘔吐していました。
妊娠中の過食嘔吐には、多くのリスクが伴います。私は妊娠9ヶ月の時、切迫早産で1週間入院をしました。
「切迫早産」とは、早産の危険が高い状態をいいます。
「早産」は、お腹の赤ちゃんが未熟児で生まれる可能性が高く、それは単に体重が少ないというだけでなく
身体機能が完成されないまま誕生するということを意味します。
特に肺機能などの重要な器官は、完成されるのが最も遅いため、障害をもって産まれてくる可能性があるのです。
妊娠7ヶ月頃に、病院の定期検診で「切迫早産ぎみ」との診断を受けました。
先生には言えませんでしたが、私は自分で過食嘔吐が原因だと思いました。
それまで、「こんな事をしていたら、絶対に赤ちゃんに影響がある」と分かっていながら
大きなお腹がパンパンになるまで食べて、お腹が張るのもかまわずに全て吐ききっていました。
吐く時には、子宮が異常に収縮します。子宮の激しい収縮というのは、お産が始まっている状態と同じです。
日常生活ではあり得ない収縮を、毎日繰り返していた為、赤ちゃんを危険にさらしてしまったのです。
「切迫早産」という診断によって、私はやっと我に帰り、その時から過食嘔吐の症状が止まりました。
「赤ちゃんが産まれる」という嬉しさもあったからだと思います。
症状が止まっても、一度下に下がってきた赤ちゃんは、元には戻りません。
結局1週間入院をして、その後も絶対安静を守り、本当に運が良く、無事に出産できました。
本当に運が良かった、としか言えません。子供と、主人と、病院と、全てに感謝しました。
子供が産まれてからは、本当に子供が可愛くて仕方がありませんでした。
しかし、赤ちゃんが小さい頃の24時間育児は大変です。
睡眠、食事、家事の時間も思うように取れません。
夫も子育てに全く参加せず、自分でも「自分で完璧にやらねば」との思いから、全てを背負い込み、ストレスが溜まっていきました。
泣きつづける子供を、ずっとベランダであやしながら
可愛くてたまらないこの子供を、ベランダから投げてしまいそうで怖くなりました。
自分がプツッと切れてしまった時に、何をするか分からない自分、子供を投げてしまいそうな自分がいて、怖かった。
「投げてしまったら、自分も飛び降りるしかない」そう思いました。
それ程張りつめていても、そんな自分の気持ちを主人には言えませんでした。
出産後1ヶ月ほど経った頃、「1度だけ・・・」と思って過食嘔吐した日から、また過食嘔吐を毎日するようになってしまいました。
衝動が起きれば、子供が泣いても放っておいて食べるし、吐ききるまで泣いている子供の所には行けません。
子供の精神面に良いわけがなく、私も自分を責める毎日でした。
子供が自分のこんな姿を見て、意味が分かったら・・・子供への影響が心配でした。
実際、依存症の子供への世代間連鎖の可能性は、大変高率なのです。
私は子供が1歳を過ぎた頃に、インターネットでここを見つけ、今は、症状も完全に止まり、衝動に振り回されずに楽しく育児と生活が出来るようになりました。
ずるずると過食嘔吐を引きずっての、妊娠・出産・子育ては本当に危険です。
若い皆さんは、是非今、この病気と決別して、これからの人生を楽しんで、結婚、出産、子育てをして欲しいと思います。

怖い過食症人生

女性 学生 20歳 O型 神奈川県
おはようございます。

わたしの過食は、今考えてみると中学生頃から始まっていたと思います。
わたしは中学受験をし、中高一貫の進学校に入学しました。
当時、バスケットボール部に所属しながらも あまり部活には出ず 家に帰って 誰もいないときには必ず何か食べていました。
そんな私はみるみる太っていき、中学校入学当初より8キロも体重が増えたのです。
これはマズイ!!と思った時に【下剤】に出会いました。
下剤は食べたものを全て流してくれると思っていました。
それから、わたしは食べては、下剤を飲むというのが習慣になっていました。

高校生になっても8キロ太ったときと大して変わらない自分が大嫌いで、わたしはダイエットを始めました。
1日2食をダイエットフフードに変えるというダイエットでした。
そのダイエットを始めてから、わたしは1日1食しか食べれない【普通の食事】のことで頭がいっぱいになっていました。
そして、だんだんその【普通の食事】は普通ではなくなっていきました。

結局そのダイエットは失敗し、逆に過食は酷くなって家族に隠れて夜中に色々なものを食べるようになりました。
パン、アイス、お菓子、夕飯の残りのシチューetc.. いくら食べても満たされることはなくて 食べつづけました。
 そして、食べたあと10錠~20錠くらい下剤を飲み、現実逃避するかのように寝ました。

わたしの体重は減ることはなく、また5キロ増えました。

過食をした翌日の気分は最悪でした。

死にたいと、ほんとう毎日考えていました。
朝リストカットをして、何もなかったような顔をして学校に行く。
けれど、わたしは毎日、今日帰り何処で死のう・・とか考えていました。
世界が灰色に見えていました。

そんな生活をつづけながら、わたしは高校2年生になりました。
わたしは、精神的にも辛すぎて どうしてわたしはこんなに辛い気持ちになるんだろうと考えていました。
精神科の本を読んだりして自分なりに勉強しました。
そのときに、わたしは【過食症】だと気づきました。
このときの気持ちは、ショックと言うより自分が辛かった原因が分かって安心したことを覚えています。

高校2年生が終るころ、わたしに彼が出来ました。
同じ学校の同じ学年の男の子です。
こんな醜いわたしを好きになってくれる人はいないと思っていたので、とても驚きました。
彼はとても優しい人で、たくさんの愛情をわたしにくれました。
すると、わたしの過食は少しづつなくなっていき、体重もみるみる落ちてきました。
周りからも痩せたねと言われて、とても嬉しかったです。

そして受験期を向かえました。
受験で体力を消耗したせいか、わたしの体重は中学入学当初と同じか、少し少ないくらいまで落ちました。
しかし受験の結果は、彼だけ大学生になり、わたしは予備校に通うことななったのです。

予備校に入って2ヶ月ほど、私は彼の近くに行きたくて勉強を頑張りました。
しかし、彼との別れが来ました。
それから、わたしの過食はまたはじまり、体重は7キロ増えました。

そして、また受験期。
わたしの体重は7キロ落ちて元に戻りました。

晴れて大学生になり、ひとり暮らしが始まりました。
それから、わたしの過食がまた始まりました。

今月の2日に、身体測定がありました。
去年の4月から6キロ増えてました。
体重を量ってくれる人が、「普段からこの体重ですか?」と聞いたほどです。

2日の夕方、わたしはまた過食をしてしまいました。
その後に、このセンターの存在を知りました。
センターにメールをし、相談をしてから もうすぐ2週間になります。
一昨日、以前より少ない量ですが過食をしてしまい、下剤を10錠飲んでしまいました。

しかし、過食する間隔が明らかに開いてきています。
以前は週に2、3回程度でしたが、今は2週間に1回の間隔になりつつあります。
このまま良くなっていきたいです。

長くてごめんなさい↓

怖い過食症人生

女性 会社員 27歳 B型 長野県

過食嘔吐になったのは今から5年ほど前だったかな。
学生から社会人になり、男勝りな仕草と、姐御肌な性格で
男らしさ持ち味(?)だった為、
特に化粧とか服装とかで、女らしい事もせずにきました。
社会人になり、さすがに何処へでもGパンで行く訳にも行かず、
化粧をするようになり、スカートやスーツも着なくちゃならない
場面にも出るようになり、逞しかった体型も社会人の
時間規則の中で、徐々に徐々に10㌔位痩せてきました。
それでも普通よりだいぶ逞しいですけど。(笑)
それでも、着れる服のバリエーションが増えたり、
女らしい格好をしても不似合いじゃなくなってきたのは
やっぱり嬉しかった。

今までは似合わないからと、諦めてただけで、
やっぱりあたしも女の子なんだな~って思い始めた頃・・・。
会社でやっぱり仲良くなりたいのにいじめか??って云う
先輩の態度にストレスを感じてたのかな~。
その先輩の態度に対して、
「負けてたまるか!」ってしおれる事もせず笑顔で
「休んでたまるか!」って会社も休まず
「どうしてかな~?私は仲良くしたいのに」と
恨む事も怒る事もしないでなんとか弱気にならない様に
元気な自分である事が何より大事だった。
今思うと、そんな事で凹む自分ではありたくなかったし、
そんな自分を母は喜ばないだろうって思ってた気がする。
いつもいつも前向きに、負けずに、力強く生きる私であって
欲しいと云う、多大な期待にいつも応えたかったんだな。
でも、現実は会社でもその職場に入る時から呼吸が浅くなり
何かの特別な気合が必要で、その気合によってなんとか
平常な、強気な私を演じられていた感じだった。(無意識)
そんな会社での時間が楽しい訳も無く、とにかくもう、
「帰宅したらお腹一杯味を付けたご飯を食べよう!」って
なんだかその言葉で自分の機嫌をとって定時まで居た気がする。
で、帰宅したら大盛り3人前位のチャーハンをたいらげて、
ふぅ・・・って落ち着くの。ちょっと幸せな気分になって。
その後、え、せっかく痩せてきた10㌔が戻っちゃたらどぉしよう
って、もうすでにお腹いっぱいの胃袋に、水を流し込んで
指を入れて無理やり吐き出したのがキッカケ。
後は、元々食べることが大好きだったし、
食べてもぶくぶく太らずに済むって思えば、
甘いものとか、油っぽいものとか気にせず食べれた。
人間関係で衝突して、真剣に切れ掛かってても
時の感情で人やモノに当たらない性格である事が
正しい生き方だと思い込んできた私は、笑顔ですまし
自分の車へ戻ると、泣く事も怒る事も全てを、
食べ物を食べているその幸せな快感で押し流した。
食べ物で、その荒れ狂った感情が薄れていくのが自覚できた。
吐きダコができ、そのもっと奥へ入れなきゃ吐けなくなり
もう一個吐きダコができ、口の脇がいつも引っ張られて切れた。
母親には、その手が汚い、吐きダコなんてみっともない。
トイレがが汚れる、掃除しろ。
定番ですが・・・もったいない、意志が弱い、吐くほど食べるな。
そんなん言われても、こんな手になっても、こんな口になっても
痛くても苦しくても辛くてもやめられないのがもっと辛いって、
母親に微妙にアピールしてた。
解る筈もなかったので、案の定悪化しましたが。(笑)
夕飯をお腹いっぱい食べた後、車に乗って見切り品ツアー。
吐くのもいつしか上手になって、胃を押せば出るし
吐きダコは消え、口も切れなくなった。
見た目にはアピールする傷は消えたけど、
簡単になっただけ、気軽にいつでもできる様になった。
要は悪化進行したって事なんだね。
私の過食嘔吐は、痩せる為ではなく、
胃が破裂する勢いで食べ過ぎたものでの体重増加阻止の為。
だから、通常の生活は支障が無い。
痩せたら尚結構って思ってるけど、
通常の生活や運動ができなくなるのは、困る。
私は病気の症状まで、母親に気を使ってるんだなー・・・。
母親が好きな娘を演じる為の、平常心を維持する行為なんだ。
お手伝いをよくして、
人に気遣いができて、
明るく元気で前向きで、
何があっても負けないで、
優しく思いやりがあって、
何を頼まれても嫌な顔もせずやりこなし、
・・・こんな娘で居るには、
吐いた30分後にヒ汗とめまいで倒れてる訳にはいかない。
また、吐いていることを知っていても、
目の前で食べてすぐトイレとか
何を思われるか、申し訳無くて行けれない。
私ね、母親に気を使わずに病気になってしまいたかった。
いっそ壊れてしまいたかった。
普通の一般社会人もできない位、潰れてしまいたかった。
なんで、病気の加減まで、人の顔色伺っているんだろうって。
それすら、できなかった。