本当はこわい。過食症と過食嘔吐

センターの相談を受けた方に過去の体験を綴ってもらいました。専門スタッフによる「過食が止まる無料相談」も行っています。

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過食が無ければ出来ていたはずなのに

女性 学生 20歳 A型 埼玉県

過食が無ければ、お肌の調子も良いはずだし、
私は運動が好きなので体型だって維持出来てるはずだし、
私が叶えた夢、叶えたい恋、今やらないといけないことときちんと向き合って積極的に頑張ろうと思えたり、毎日充実しているはずなのに、

過食症になってから食事に操られて変わっていく自分、自分に自信が持てなくなり、
ずっと掲げていた夢に近づくところまでいったのにモチベーションだけでは過食には勝てず叶えられなかったり、
過食のせいで自分のコンディションが悪いとドタキャンしたり大学を休むこともあります。

逃げてばかりで自分と向き合うことすら出来ないし、今の自分は頑張れていないです。
過食症になってから嫌な思いをしてしまって苦しいということ改めて分かりました。
でもこの病気に負けたくないです。過食症で変わっていっている自分を認めたくなくて色々なことから逃げてきました。
今は認めることで以前とは違って外に頻繁に出れるようになったりなど変化を少し感じているのが分かるので良いことに目を向けて生きていきたいです。

過食嘔吐、治らないなら死を選んでしまいそう

女性 会社員 36歳 O型 東京都

摂食障害であることで失ったこと、ものはあげだしたらきりがない。

中学、高校から始まった病気のせいで周りの子みたいにデートだとか付き合うとかできなかったし、友達同士で遊びに行くとかできなかったし、そもそも学校に行けなかった。キラキラした青春時代は私にはなかった。

食べ吐きのせいで仕事なんてきちんとできなくで就職もできないから、お金もないし家族ともうまくいかないし。食べ物のためにバイトする毎日。掛け持ちでバイトしても足りない過食費用。しまいに倒れて頭蓋骨にヒビ、内部出血して大手術。運よく後遺症もなく、でも過食嘔吐がやめられず、入院中の病院でも過食嘔吐…

親の手前通った精神科では自助グループを勧められて参加するけど形だけ。なんだか馴染めなかった。
そんな状態で10年以上過ごすうちに借金が返しきれず自己破産。食べ物を買うお金が無くなって盗る行為が始まって、何度も窃盗で逮捕されあっという間に刑務所行き。刑務所にいる間は過食嘔吐なんてできないからしなかった。出てきたらもう止めれるなんてのは大間違いですぐに再発して、また再び刑務所に行くのはあっという間だった。

人生やり直そうと実家を離れて一人暮らしを始めたけれど、お金も余裕もない毎日…もう過食費用の心配をする毎日に疲れた。人生初めての彼氏ができたけど、こんなんじゃ結婚なんてできない。かといって1人で生きていくお金もチカラもない。
治らなかったらなんて考えると恐ろしすぎて、死を選んでしまいそう。

摂食障害、私の人生に必要な試練だけど、このままでいいとは思わない。

女性 自由業 31歳 B型 奈良県

どうして、摂食障害になったんだろう。
10年も、苦しむことになるなんて、想像もしてなかった。

高校に入学したころ、家族の秘密を知った。私は、両親にすごく愛されて育ててもらったけど、私が生まれたことで、すごく傷ついた人がいる。そんなことないのかもしれない。でも、15歳の私は、そういう風にしか受け取れなかった。自分が生まれてきたことを、責めた。どれだけ両親が愛情を注いでくれても、それは、ある人の犠牲の上に、私の幸せがあったんだと思うと、もう、それからは、素直に愛情を受け取れなくなってしまった。私なんて、生まれてこなければ良かったと、常にそう思っていた。
それまでは、活発な性格だったが、それ以来自分に自信がなくなり、消極的になった。高校に入ってから、少し太り出す。5キロくらい。この頃は過食とかじゃなく、年頃特有の体型の変化だと思う。でも、男子から、急に体型についてからかわれたり、自信がなくていつもオドオドしていたせいか、気の強い子には「下」とみなされ、その頃から人の顔色を伺うクセがついてしまった。なんでも、自分のせいだと思ってしまう。今でも。
思えば、このぐらいから「マグマ」が蓄積されていたのかもしれない。

高校卒業後、就職した。もういじめられることはなかったけれど、仕事だけを支えに生きていた。結構な激務だったけど、他には、何にもなかった。自信もない、得意なこともない、趣味もない。やりたいこともない。可愛くもないし太っている。仕事しかなかった。ある日、仕事上の、ほんの些細な出来事がきっかけで、体調を崩し胃腸を悪くした私は、ほとんど食事を摂ることができなくなる。3か月くらいそんな状態が続き、体調が悪化して入院。気付くと、15キロくらい痩せていた。フラフラなのに、生理も止まったのに、痩せてたことが嬉しいと思った。その頃には、身体が全く食事を受け付けず、24時間点滴。体調不良の原因は不明。医師にはストレスかなと言われていた。退院後、心も身体も限界だった私は、仕事に戻ることができず、辞職した。私は本当に、何も無くなってしまった。仕事もせず、親に世話になり、誰にも必要とされず、明日私が消えても、誰も困らない。自分は何のために生きてるのか?生きている意味はあるのか?食事すら、苦痛な時間になって。楽しいことも、何ひとつなかった。何も無い自分に残ったのは、痩せた身体だけ。細くなると、周りが優しい。もう、体型をからかわれることはない。何としても、太るわけにはいかなかった。次第に、体調不良からの食欲不振に加え、太りたくない恐怖が加わる。5年ほどは、拒食だった。

ある時、猛烈に食べたい気持ちに襲われる。コンビニで、ずっと我慢していたお菓子やパンを買い込む。大量の食べ物を前に、どうしようか焦った。「そうだ、噛むだけ噛んで味わって、出しちゃえばいい」夢中でチューイングした。まだ、チューイングなんて言葉も知らなかった。それから始まってしまった。拒食だけだった頃よりはるかに辛い。出してるとは言え、少しずつ増える体重。見た目だけは元気そうに見える。周りの、「元気になったね」の言葉が辛い。親にも、分かってもらえない。チューイング後の罪悪感。常に疲労感。欲しいものも買えず、ただ食べ物に費やす日々。毎日、1日中食べ物のことばかり考えてる。やりたいこともできない。

摂食障害に振り回された20代。友達も、どんどん減っていった。周りは仕事に結婚。キラキラしてるのに、私は・・・楽しいことも、殆どなかった。お金も、社会経験も。他人を避けて、閉じこもる。人に会うのが怖い。社会に出るのが不安で、怖くて。
30歳を前に、転機が訪れる。支援を受けながら、働き始めた。そこで、身体障害があり、車いすでも明るく生きてる人に出会った。その人と過ごすうちに、私の中で、少しずつ何かが変わっていった。長年止まってた生理も、戻った。

今もチューイングをしてるし、食べる恐怖もある。ちょっとしたことで悪化してしまうし、情緒不安定だけど、少しずつ、確実に変わっている。本当にやりたいと思える仕事にも出会えて、支援を受けながらであっても今、それができていること。友達は少ないけれど、摂食障害になっても変わらずに居てくれた友達だけが残った。だから淋しくない。友達は数じゃない。こんな私を昔から支えてくれて、一緒に居てくれる人が居る。本当に大事な人がわかったり、なんでもないことが嬉しかったり、感謝できたり、人の気持ちを考えられるようになったりしたことは、やっぱりこの病気になったからこそかなと思います。

だけど、このままでいいとは思わない。摂食障害も、私の人生に必要な試練だったのかなと思えるぐらいにはなれたけど、これからの私の人生に、摂食障害は必要ないから。病気は治さなくてはいけない。治したい。そして、「食」に支配されず、やりたいことができる人生を送りたい。時間もお金も有意義に使って、好きな人と、穏やかに生きていきたい。