本当は怖い。過食症と過食嘔吐ブログ

過食症の体験談がまとめられたブログです。

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タグ : 過食嘔吐

太っている自分が本当に嫌です

女性 会社員 27歳 A型 神奈川県

私は昔から太っていて、いじめられたこと、陰口を叩かれたことが沢山あり、人に気を使い、嫌われないように嫌われないように生きてきました。嫌われるのが怖くて不安で仕方なくてどんどん過食は増加していきました。

ある日、過食した後に吐くということを覚えました。煙草を覚えました。お酒も覚えました。人にも依存しました。
嫌われないように嫌われないないように、すればするほど止まらない。太っている自分が本当に嫌。全部太っているせい。

訳がわからないまま今も過ごしています。

たくさんの大切なものを失ってしまう過食症

女性 会社員 35歳 O型 埼玉県

18歳の頃、初めて彼氏が出来ました。恐らくその頃からだったと思います。
今まで成功したことのなかったダイエットが成功したかな見えたのは…

幼い頃から太っていることでいじめられたりすることも少なくなかった私ですが、はたから見れば、何を言っても傷付かないような明るい子供だった、そう装ってた自分がいました。本当は人から言われること、人の思っていること…普通の子より敏感に感じ取っていたはずでした。それは愛されたい、ただその一心だったように思えます。嫌われたくない、そんな気持ちから自分の本当の気持ちを表に出すのが怖くなっていたのだと思います。

中学生の頃から、心に問題は抱えていました。リストカットもその頃からしていました。嘔吐はなかったにしても、過食の症状は少なからずありました。
18歳、痩せると色々なことが変わりました。
好きな服が着れる、褒められる、彼氏ができる…プラスなことがたくさんありました。
太ることは今後あり得ないと思いました。

痩せて、まずは脈が少なくなりました。
やる気や気力がなくなり、ぼーっとすることも多くなりました。

母が心配し、循環器内科や色々な病院へ行き、色々な検査をしました。しかし、どこへ行っても原因不明。
症状が酷くなるにつれ、最初は心配していた母も、軽蔑するようになりました。
意志が弱いだけと…父や兄には理解はなく、居場所がなくなった私は家を出ました。それから水商売を始めました。痩せているからお客さんからチヤホヤされ、それが心地よかったのかもしれません。そこでお酒を覚えました。男に依存するような時期もありました。

幸い数人の親友とは今でも付き合いはありますが、人との関わりを絶った時期があり、多くの友達を失いました。それと同時に、人を大事にする心も失った気がします。人を信用したら頼ったり…それが今も出来ずにいます。仕事もながく続かず、それが仇になり、今も転職活動がうまくいきません。何より自信がありません。自分に何ができるのか、また過食に翻弄され、逃げ出したくなるのではないか怖くてたまりません。

失ったものは、友達や大切な時間、青春、親や親戚との関係。一番リアルなのはお金です。1日1万円使うことも少なくありません。それが18年…考えただけで恐ろしいです。万引きこそ経験はありませんが、それに近い感情がないわけではありません。むしろあって抑えるのがやっとなくらいです。お金を稼ぐために風俗でも働きました。この病気になって、失ったものしかありません。自分の本当の気持ちすらもうよくわからなくなってしまっています。これが最後のチャンスという気持ちで、今回は本気で治したいと強く思っています。

同じ経験ありませんか?過食嘔吐の影響

女性 主婦 29歳 B型 岡山県

体重が減る一方で,顔がむくんでパンパンに。
胃の中を空っぽにしようと,ひたすら吐き,苦しくても吐き,なかなか出てこないせいで力を入れてしまい,目の血管が切れてとても痛かった。
休みの日は,1日中食べては吐いての繰り返し。
食べ物を買わなかったら服など好きなものをもっと買えるだろうにと思いながらも食べ物に消費されていくお金。
吐き終わったらやってくる倦怠感。
それでも食べずにはいられない。
自分が嫌になる。
誰か助けてと叫びたい。
でも,できない。
痩せたい が支配していく。
いったい自分のベスト体重は何キロなんだろう。
いったいどれだけ食べるのが普通なんだろう。
わからない。
なにもかもわからなくて,ぐるぐるぐるぐる。
太るぐらいなら死んでしまいたいと思った。
全然幸せじゃない毎日を過ごしていた。

どんなに病歴が長い人がいても、自分だけは意志で治せると考えていた

女性 会社員 25歳 B型 長野県

気が付けば早4年、これが病気だと知った当時は、病歴××年という方々が世の中に大勢いることを知っても、自分は数ヵ月で、自分の意志で治せると考えていました。過食嘔吐が病気だということを受け入れるまでに相当な時間がかかり、その後は、意思でコントロール出来ないのだということを自分に言い聞かせるのにかなり苦労しているという感じです。
未だに、自分が甘えているだけなのだという考えと、いや、病気だからコントロールは出来ないんだ、を行ったり来たりしています。
過食嘔吐になって失ったものは健康と時間とお金。そのかわり、親との関係性や抑圧されていた自分自身のことに気付けたり、その他得たものもありました。
ただ、もう必要なことには気付けたのだから、今度は失ったものを取り返していかなければと感じます。
過食に引きずり込まれて私のかけがえのない未来まで失いたくないと強く思います。

過食症の影響について

女性 会社員 27歳 A型 東京都

まず、体型と体重の急激な変動があります。
短期間に太ったり痩せたり、太れば当然見苦しいし、痩せたからといって綺麗になるわけではありません。
顔色悪くやつれるだけです。当然、周りからは変な目で見られます。
その上、体力が落ちて日常生活の何事もない事がとても体に響いて辛くなります。
そんなことが毎日続いて、心身共に疲弊してきいます。

次に、金銭と時間的な損失です。
有り金を全て過食に費やしてしまう為、食べる以外に何もできなくなります。
平日は深夜を過ぎても、休日は一日中。起きている時はとかく食べ物を胃に詰め込んでは戻すだけ……。

お金はなくなって、見た目はぐちゃぐちゃで、休日も心休まらない。
酷い自己嫌悪ばかりが募って更に症状を悪化させる。どうしようもない悪循環に嵌まってしまいました。

私は過食嘔吐するだけの機械なんじゃないか。吐瀉物まみれの汚れた床に倒れこんだまま、ずっとそんな風に考えていました。そこに尊厳はありません。ただひたすら惨めなだけです。

夢を諦め、過食にささげた20代と30代

女性 会社員 38歳 AB型 愛知県

過食嘔吐17年。
20・30代を、過食嘔吐のために費やしてしまいました。
私にはずっとダンスや舞台で表現をし続けたい、大きな舞台に立ちたいという目標があって、そのために高校の頃からお金を貯めレッスンに通っていたのに、過食嘔吐のせいで体を壊し、ステージに立てなくなりました。
過食のせいで後ろめたく、もともとよい方ではない親子関係がもっと悪くなりました。

私は、父から虐待を受けていました。
気に入らなければ無言で顔面に拳がとんでくる。
中学のころ、夜に父が私の部屋に忍び込み、体をさわられることが何度もありました。

怖くて誰にも言えなかった。
そんな父と別れない母は、世間体や祖父母を気にしていました。そして、私達娘に父の愚痴を言っていました。

私のマグマは、この頃から蓄積されていたのかもしれません。

家族に、過食嘔吐がばれたのは、過食費用のためにコンビニでパンを盗んでつかまったためです。

本当はやめたくて、でも誰にも言えなかった。
止めてほしくて、捕まってホッとしたのを覚えています。

寝静まった夜に、一人暗闇のなか冷蔵庫をあさって叱られる。
過食嘔吐を夜3回して、4時に眠り6時には起きて仕事にいく。本当にギリギリでした。

それからは、病院へ行ったり、自己ルールを決めたり色々試しても止まらず、「共存するしかない」と、治すことを諦めていました。

体も悲鳴をあげ、毎年健康診断で胃腸が再検査になります。

結婚なんてする資格はない、子どもなんて責任がとれないことは出来ないとも思っていた私を変えてくれたのは、今の夫です。
過食嘔吐する私に寄り添い、理解しようとしてくれます。
子どもたちも、毎日「お母さん大好き!」と抱きついてきます。

両親とも、結婚を期に関係は良くなりました。
母も本当は辛かったんだ。
母なりに、愛してくれていたのだと。
赦せた、というのでしょうか。

大切な私の家族のために、絶対に治します。

過食嘔吐、治らないなら死を選んでしまいそう

女性 会社員 36歳 O型 東京都

摂食障害であることで失ったこと、ものはあげだしたらきりがない。

中学、高校から始まった病気のせいで周りの子みたいにデートだとか付き合うとかできなかったし、友達同士で遊びに行くとかできなかったし、そもそも学校に行けなかった。キラキラした青春時代は私にはなかった。

食べ吐きのせいで仕事なんてきちんとできなくで就職もできないから、お金もないし家族ともうまくいかないし。食べ物のためにバイトする毎日。掛け持ちでバイトしても足りない過食費用。しまいに倒れて頭蓋骨にヒビ、内部出血して大手術。運よく後遺症もなく、でも過食嘔吐がやめられず、入院中の病院でも過食嘔吐…

親の手前通った精神科では自助グループを勧められて参加するけど形だけ。なんだか馴染めなかった。
そんな状態で10年以上過ごすうちに借金が返しきれず自己破産。食べ物を買うお金が無くなって盗る行為が始まって、何度も窃盗で逮捕されあっという間に刑務所行き。刑務所にいる間は過食嘔吐なんてできないからしなかった。出てきたらもう止めれるなんてのは大間違いですぐに再発して、また再び刑務所に行くのはあっという間だった。

人生やり直そうと実家を離れて一人暮らしを始めたけれど、お金も余裕もない毎日…もう過食費用の心配をする毎日に疲れた。人生初めての彼氏ができたけど、こんなんじゃ結婚なんてできない。かといって1人で生きていくお金もチカラもない。
治らなかったらなんて考えると恐ろしすぎて、死を選んでしまいそう。

過食症の影響だと思うこと

女性 会社員 28歳 A型 東京都

辛かったこと、嫌だったこと、悲しかったこと
・外に出るのが嫌になった
・お金がかかった
・彼氏と会いたくなくなり、けんかになった
・自分をどんどん嫌いになった、みじめな気分になった
・顔や手足がむくんだ
・死ぬことを考え、ずっと暗い気分だった
・会社に行くことも嫌になった、普通の生活ができなくなった

治さなければどれだけ大変な人生を送ることになるか。
・人との食事やおでかけを楽しめない
・隠してばかりの人生で、自信をもてない
・卑屈になり、人と衝突する
・自分のことを受け入れてあげられない、毎日が億劫
・居場所や存在価値を見出すために、わざと自分や他人を傷つけるようになる

20キロ台になっても、自分が病気だと認めることはできなかった。

女性 主婦 38歳 B型 北海道

19歳の頃、摂食障害になった。
地元の田舎町から、専門学校に行くために上京し、姉と二人暮らしをしたが、上京してすぐにダイエットのために食事制限をしたことをきっかけに、拒食が始まる。
アルコール依存も同時発症。酒は空腹を感じないようにしてくれ、拒食に拍車をかけた。

みるみる体重が落ち、最初は、着たかった洋服を着れたり、痩せた自分が太っているよりずっと綺麗になれたように感じた。
姉は、食べなくなる私を心配して、色々な言葉をかけてくれた。でも、私にとってはプレッシャーとストレスでしかなく、姉が作ってくれた物も、食べているフリをして口から出していた。
夏休みに帰省した時、母親が私の姿にビックリし、帰省中の食事のおかしさにショックを受けて、私に精神病院に行こうと言ってきた。その言葉に私は逆上した。
“おかしい者”扱いされたと思った。
絶対に行くもんか!と思った。

専門学校の友達も、お弁当の時間にサラダやところてんしか食べない私に、最初は色々と心配して言葉をかけてくれていたが、私は聞かず(この頃既にところてんすら食べることが怖くなっていた)、体重は20kg代になっていた。

25kgをきる頃、私は学校のスポーツの時間で走ることもできなくなっていたし、強風が吹くとよろめく程になっていたが、やはり周りの心配を物ともせず、炭酸でお腹を膨らまし、夕方から酒を飲み続ける生活を送っていた。
友達は、どんどん私から離れていった。
学校に行っても、仲の良かった友達も、話をしてくれなくなった。
私以外の友達同士で手紙が回り、露骨に避けられた。

中学時代にいじめに遭った記憶とリンクし、人が、生きるのが、怖くなった。
学校に行かなくなり、過食嘔吐は更に更に酷くなった。
親の仕送りと、同時していたアルバイト代は、過食代に消えた。
洋服は何を着てもガボガボでみすぼらしく、顔も身体も骸骨のようだった。
ある日、ファーストフード店に過食の食べ物を買いに行くと、全く知らない女子高生が私を見て、「何あれ、キモチワルイ!」と言った。ショックだった。。
痩せて、綺麗になったと思ったのは束の間、ガリガリで、もう少し身体に肉をつけなきゃと思っても、もう、怖くて食べられない状態になっていた。

体重20.5kgになった時、病気を認めた。
初めて精神病院に行き、そこで出会った先生の一言で、自分が認められたような気持ちになり、一時的に過食嘔吐は止まった。
先生の提案で、学校を休学して実家に戻った。
休学したため、資格を取ることはできず、追試と追レポートで、どうにか卒業だけする形となった。

実家に戻り、最初は両親とも優しかった。
けれど、1週間ほどでまた過食嘔吐は始まり、三度の食事の後は、冷蔵庫をあさり手当たり次第に食べ、日中は親がくれたお小遣いでスーパーに食べ物を買いに行き、それを部屋で更に食べて、吐いていた。

ガリガリなのに、大量の食べ物を食べ、トイレに行く私に、父は「アジアの難民はな…」と諭そうとしたり、トイレの前で仁王立ちをして吐くことを阻止しようとした。また、過食をしている私の部屋に入ってきて「お前の部屋は豚箱か‼」と怒鳴ったりもした。
母は、料理に使う油や砂糖にいちいち目くじらをたてる私にノイローゼ気味になり、ある時は、部屋で過食をする私に、「コソコソやらないで堂々とやりなさい!」と、茶の間で過食をさせ、トイレに行こうとする私に「これだけ食べたら太れるよ
。(吐くのを)我慢しなさい」と言ってきたりもした。

家族中が、地獄だった。

23歳の時に、酒と摂食障害で精神病院に入院したが、どちらも全く止められなかった。

施設を転々とし、酒は止められるようになったが、過食嘔吐は一向に止められなかった。

酒を止めてから、欠点も自分の一部として受け入れ始め、心から信頼できる友達とも出会え、今の旦那とも三年前から付き合い結婚した。

人間関係は、とても恵まれている。けれど、いつも私には、夜の過食嘔吐がついてまわり、それは、友達同士で旅行する話が出た時にはかなりのストレスとプレッシャーだった。

旦那は、私の病気を全面的に受け入れてくれているが、
今、私のお腹には、そんな旦那との間にできた赤ちゃんがいるのに、私の過食嘔吐は毎晩続いている。

旦那もあまり口には出さないが、色々な面でストレスや心配をしていることは感じる。

その旦那の心配、ストレスをさて置いても、私は毎晩過食嘔吐をしているのだ。

お腹には、5か月になる赤ちゃんがいるのに、毎晩、過食をし、吐いているのだ。

まさか、この歳になって、妊娠しても尚、過食嘔吐を続けているとは昔は思いもしなかった。

今、与えられた相談の時間と提案で、自分にできることを精一杯やり、子供が生まれるまでには、なんとしても過食嘔吐を止められる自分になっていきたい。

過食嘔吐と精神的な辛さで何度も死のうと思った

女性 会社員 36歳 A型 東京都

摂食障害になって22年目です。
私は小さい頃からずっといろいろな場面でいじめられ続けてきました。

母方の家系的に太りやすく、小さい頃太めで、姉からチビ、デブ、ブスといつも言われ続け、言われる度に泣いていました。それをみた母親が私と姉を怒り、その後、さらに姉が私をいじめる、その繰り返しでした。小学校でも、中学校でも同級生からいじめられ、中学2年生から過食嘔吐が始まりました。高校でもいじめられました。過食嘔吐は止まらず、体重は54キロから42キロくらいまで落ちました。

大学に進学し、一人暮らしを始めたころから酷くなりました。一番ひどかったのは大学卒業後くらいです。
就職難で就活が上手くいかず、バイトをして暮らしていましたが、現実を受け入れられずストレスがすごかった気がします。
毎日のように、何度も食べては吐くの繰り返しでした。
それから一時期、実家に戻って少し過食嘔吐が止まった時期がありました。少し回復したと思っていました。
でも、仕事が決まりまた一人暮らしを始めると、過食嘔吐が増えました。止まりません。

大学卒業後よりは少ないけど、我慢が全然できません。
歯がボロボロになり、肌もくすみ、かみも抜け、お金もほとんど食べ物に費やして無駄なことばかりしてしまうと自分を責め続け、何度も死のうと思いました。泣いてばかりでした。
仕事は忙しいし、嫌がらせもたくさんあるし、何でこんなことばかり起こるのか、生まれたことを恨みました。どこかいつも孤独で辛かった。
それでも、死ねませんでした。生きたいし、幸せになりたいと思いました。
悲惨な人生だけど、絶対に回復してやり直したい。相談を続けて行きたいです。