本当は怖い。過食症と過食嘔吐ブログ

過食症の体験談がまとめられたブログです。

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カテゴリ : 過食症での人生歴

11歳から。今こそ

女性 公務員 29歳 O型 東京都

私は11歳という早い段階で拒食症となりました。
入院するまでには至らなかったものの、情報が少ない時代であったこともあり、放置した時間の方が長かったと思います。
ただただ痩せていたい、食べるのが怖い、カロリーばかり気になる、そんな毎日でした。

高校生になり、周りの女の子達が「太っちゃう」と言いながらも、お菓子を食べたり、学校帰りに食べに行ったりしてるのが羨ましかった。どうして私には出来ないんだろうとずっと疑問に思っていました。人と食事をすること、自分のルールで食べれないのが何よりものストレス。だから友達の誘いも断ってばかりで、友達もなかなか出来なかった。

過食症になってからは、最初の頃は吐いていたけど徐々に吐くことが辛くなって、吐くのを止めたらもちろん太りだし、職場でも「やけ食いしたのか?」と笑われる日々。意を決してエステに通いました。すぐに痩せましたが、今度はまた体重計とにらめっこする日が始まりました。どうしてこんなに痩せていたいのか分からない、だけど痩せていないと自分の価値、取り柄がないような気がして焦る。

お腹がすいたらご飯を食べる、そんな単純なことがどうして出来ないのかと自分を責める日々。
摂食障害という病になっていなかったら、もっと楽しい学生時代があったはず。摂食障害になって犠牲にしてきたものは本当に大きいと思います。過去は振り返っても仕方ないけど、未来は変えられるから食べ物のことで悩まない生活がくることを祈って、病気の向き合っていきます。

ただ普通の生活が欲しいだけ

女性 自由業 41歳 O型 埼玉県

体重が増え続けることに落ち込んでしまい、無気力になった
痩せればうそのように心も軽くなって活動的になれるのに、体重増加の事実を知った瞬間から活動スイッチがOFFになってしまう やせ願望が無ければただの大食いで笑って入られたのに…

やせたいのに食べたい願望に思考をハイジャックされ続けてもうかれこれ20年以上。
休日ゆっくり家にいたり、掃除したり衣類を片付けたり、それすら出来なくなった。
別にすごいことをしたいわけじゃない ただ普通 の衣食住が欲しい。

過食最優先の生活

女性 公務員 39歳 A型 愛知県

常に食べ物のことが頭から離れず,毎日の生活が過食最優先になってしまいます。
頭が過食でいっぱいで正常に働かなくなります。仕事も家事もまともにできません。
何度も入院し,何度も休職しています。それでもいまだに治っていません。

他人と食事することができません。いつも一人食事です。
職場で一人ぽつんとたべる虚しさ。トイレで食べたこともあります。
ランチや宴会なども楽しみたいのに過食したいからできないのです。
家族や友達・恋人と食事を共有しておいしいねっていうことができないのです。周りからも,距離をおかれてしまいます。

主人にも何度も怒られ,家を出されたこともあります。
妊娠中もとめられず,赤ちゃんの成長がとまってしまいました。
過食にかかる経費も1か月万単位でかかります。このままでは破産してしまいます。
職場で他人のお菓子を勝手にとって食べてしまうこともありました。試食コーナーを食べまわってしまうこともありました。明らかに正常な判断とはいえません。

毎日過食に多くの時間をさかれ,家事や子供の世話,仕事が回っていきません。過食の時間を趣味の時間に費やせたらいいのにと思います。

過食嘔吐するとものすごくしんどくて,もう二度とやらないとおもうのに繰り返してしまいます。
過食嘔吐の影響でやせすぎで脳が委縮し,痙攣的発作がおき,救急車で運ばれたこともあります。

約30~40キロの増減を何度も繰り返してしまう

女性 公務員 27歳 A型 長野県

27才、過食15年目。彼氏、家族にはカミングアウト済み。
身長161センチ、体重110キロです。最近まで120キロありました。

今日は私の過去と、相談するまでの経緯を書き込みたいと思います。
以下、長文失礼します。

私はそもそも2.3才までは食が細く、病気がちで親も心配していた程だったのですが、なぜか3才以降、食べることが好きで量も多くなり、小さな頃から周りの子と比べて体が大きくなりました。
10才位からは、親に言われ、ダイエットが始まりました。
もう食べるなとか言われたり、夕飯がお茶漬けになったり、一緒に筋トレをしていました。

しかし、外食時や、祖母の家に行ったときなどは、好きなだけ食べられ、周りの残った分まで全部食べてしまっていました。
そうこうしている内に、中学二年となったときには、体重が90キロ手前まできていて、親、祖母から、このままじゃマズい。本気で痩せろと言われて、今まで散々食べてきたのに、パタリと食べるのを止めました。今思うと何故辞められたのか不思議ですが。ほぼほぼ、絶食に近い形、時折マイクロダイエットも飲みながら、一年間弱で体重が50キロ前半まで落ちました。
実はダイエットしてた頃、中学校で、クラス全員から無視をされていたり、授業は寝てても怒られなかったので、本当に自分の体重のみのことを考え、ふらつき、めまいがあっても続けられた部分がありました。

その、中学二年のダイエット中の後半から、私の過食嘔吐は始まりました。
家族が寝静まってから、台所に行って、食べられるもの、食べても怒られなさそうな物を手当たり次第に食べ、嘔吐していました。
私には弟が2人いて、食料が減っても、弟のどちらかが食べたのだと、親もあまり気にしていませんでした。

過食嘔吐はその中学の時から続き、何も体に入れたくないと、拒食と過食を繰り返しながら、成人しました。
その間に、体重は約30~40キロの増減を少なくとも五回以上繰り返していました。

そしてずっと仕事もしていますが、今まで長くても2年までしか1つのところで続いていません。オドオドびくびくする姿勢もよくなかったのかも、他にも至らない所が沢山あったとおもうのですが、本当に職場でうまくやっていけませんでした。
仕事が出来ず、今までの職場の方には申し訳ない気持ちと、どうしたらよかったのか、そして正直にいえば、なんで私だけ、と辛いのに気持ちもありました。
とにかく人の視線が気になり、視線恐怖症に近いものもあったかもしれません。
人の目を気にしすぎて、気を使いすぎてしまう部分が自分にはあるかもしれないです。
転職を繰り返し、ようやく今の職場では、そのようなこともなく、安心して働けているのですが、過食、過食嘔吐は止まりません。

しかし最近は、嘔吐時に、血が混ざるようになってきてしまい、癌などが怖くて、嘔吐は最小限にしています。今までは長年、咳と痰だけだったのですが。

なので、今過食だけとなり、どんどん太ります。
一回に、物にもよりますが、2~3キロぐらい食べてしまって、食べる時間も早く、1.5キロは15分くらいで食べてしまいます。
お金もないのに、食べ物に使ってしまって、食べると、心身ともに経済的にも辛いのに、食べたい!となると、我慢することが出来ません。

服も下着もボロボロで、店に行った際は、食い物はいいから、服を買えよと思われていそうです。最近は支払いの滞納はないのですが、よく、お金がなくなって滞納してしまっていました。彼氏、カミングアウト済みですが、三年前から一緒に住んでいて、その分のお金ももらってるのに、時折生活必需品も買えなくなってしまうので、私が過食さえしなければ買えたのに、と申し訳なくなります。
ローンの支払いもあり、大変です。貯金は全く出来ていなくて、少しづつでもしたいです。

そして、最近ありがたいことに、結婚の話が出ているのですが、親から、そんな姿では、恥ずかしくて、周りに見せられないと、ダイエットするようにと、頑張れ、頑張れ、と言ってくれるのですが、どうしても過食が止められなくて、本当にどうしたらいいか悩んでいました。頑張れって言われるのが苦痛です。親にも過食症だとカミングアウトしましたが、精神論の問題だと、話を全く聞いてくれません。
クリニックにも行きましたが、全く効果がなく、お金も厳しく、行くのを止めました。

そこで、本当に本当にどうしたらよいか困り、どうしてもこの過食を止めたくて、藁をも掴む思いで、ここに相談をしました。
そして、まだ、相談し始めて数日ですが、担当の方に優しく話して頂き、少しづつですが、食べる量が減ったのが本当に嬉しいです。
過食がなくなるのを目指し、相談していきたいです。

普通の食事を大切な家族と、友人と、笑いながら食べること。私にはもうそれが出来ません。

女性 会社員 27歳 B型 広島県

もともと太っていてそれがコンプレックス。自己流の糖質制限で10キロ痩せましたが26の時に摂食障害を発症。この頃にやっと自分の食べ方、食への異常なこだわりをおかしいと思うようになっただけなので、発症自体はもっと以前かもしれません。

私は毎日必ずチューイング、週3日の過食嘔吐、さらに週2日の休日は空いた時間があれば必ず過食嘔吐しています。
ここ最近は楽に吐ける方法を仕事中ネットで探し、沢山食べても吐けば良いと開き直っている自分すらいました。
おかげで中指の真下と人差し指の下に吐きダコ。皮膚も硬化してしまい、見る人が見れば過食嘔吐だと分かるほど。
友人や家族にも、その手どうしたの、と言われますがぶつけただとかあり得ない嘘をついていました。
食べては吐いて食べては吐いて、身体は筋肉も落ちて細くなって、友人に恵まれない子供みたいだと言われたこともあります。
でも自分では痩せているとは思えず、太りたくない気持ちと食べたい気持ちが戦って、嘔吐という代償行為をするようになりました。上半身はがりがりなのに過食嘔吐とチューイングで唾液腺が腫れて顔はいつもまんまる。バランスの悪い体型。

摂食障害で失ったものは沢山あります。普通の食事を大切な家族と、友人と、笑いながら食べること。私にはもうそれが出来ません。外食に行こうものならば徹底的に美味しいお店を調べ上げます。そしていざ食事をしようものならば話しかけてくる友人や家族の言葉を煩わしいとすら思います。
普通の量では満足もできず、人一倍ごはんを食べる。そしてあとになって罪悪感がきてすべて吐き出す。ショッピングモールのトイレに30分閉じこもって嘔吐して、、、友人を一人にしていたこともあります。

よくお客様から差し入れやお菓子を頂くのですが、他のスタッフはその場でそれを美味しそうに食べているのに、私は今食べたら太るからと一旦ストック。しかし、仕事でストレスがたまるとこっそりお菓子を持ちだして永遠とチューイング。トイレだけではなく運転しながらチューイングをしたり、最悪嘔吐まで。
高いカロリーのものはもう、自然とチューイングする癖が付いていて、罪悪感もありません。

この病気になってしまった当初は自分のでいつでも止めることができる、治せると思っていました。
しかし、気付けば過食嘔吐の頻度は昔とは比べものにならない。喉も弱めてしまったのかカラオケに行っても一曲で喉はだめになります。接客業なので声が出なくなるともう、仕事はできず。2週間声が出なくて仕事のメンバーに迷惑をかけたこともあります。

摂食障害を患い、家族にずっとうしろめたさを感じています。母は、私の体調、行動に違和感を感じてか身を案じて声をかけてくれます。しかし、ちゃんと食べてる?もっと、食べなよ、これ買ってきたよ、美味しいよ、という言葉すらもう、私を苦しめるのです。今付き合っている人がいるのですが、彼は私が細いのにごはんを沢山食べること、食へのこだわりが強いところが可愛いと言ってくれます。すべて摂食障害のせい、食べて太ると嫌われるから、沢山たべてあとで吐いてしまう。私は大切な人達皆に嘘をついています。

このまま過食を続けてしまえば、金銭面でも精神面でも私は周囲に迷惑をかけるのだと思います。
この無料相談のあとから過食嘔吐やチューイングへの衝動はぱたっと止まりました。久々に摂食障害と少し距離を置くことができています。昨日友人と食事をし、沢山食べてはしまったものの吐きたいとは思わず、友人といっしょの時間に食事を終えることができました。これはきっと当たり前のこと。でも、その当たり前が私には本当に久々で幸せを噛み締めています。これからもずっと、普通に食事をして眠ることができる幸せを感じたい。ただそれだけです。

下半身の脂肪吸引、海外への渡航、それでも過食は止まらない

女性 会社員 35歳 A型 海外

私の過食衝動の始まりは14歳中学二年生の時でした。信頼していた友人たちからある日突然イジメをうけたことが恐らくきっかけだと思います。登校拒否が始まり、その頃から食べる事が始まりました。

暫く経って登校を始めましたが、そこに待っていたのは同級生達からの太った私に対する心無い言葉たちでした。太ったな、デブ、別人、などです。

そこからは太っている私がいけない、太っている人間に価値はない、とにかく嫌われないように、日に日に自分を抑えて生活するようになりました。そして、そのストレスを埋める為に過食を繰り返しました。

高校へ進学してからも一向に良くなる気配はなく、むしろひどくなっていくばかりでした、
下剤の服用は毎日になり市販の下剤は麻痺して効かなくなり、病院の下剤なども処方してもらい飲み続けるようになりました、体重も今までで最高で70キロを超えました。

私の場合は大体8キロから10キロを行ったりきたりします、
食べては太り 服が着られなくなったり鏡に映る自分の体型が醜すぎて、しばらく絶食と毎日3~4時間の運動(水泳、縄跳び、走る)をして、無理やり落とします。

同じ摂食障害でも拒食症のように、痩せていけばみんなから心配もされるだろうし、太っているよりはマシ、過食でも、嘔吐できれば少なくとも太らずには済むのに、どうして私は吐けない過食なんだろうと、辛く、悲しく、虚しく、ただただ情けない、そんな感情が毎日毎日続きました。

24歳になった私は痩せ続けなければいけない場所にいればいいんだと無謀にもエステの会社に入社しました。同僚や先輩はみんな細い、また太っていては、お客様に説得力がない これで痩せられると思いました。
しかし、現実は厳しく始めの数ヶ月はダイエットに励んだもののストレスは日に日に大きくなり、でも太るわけにはいかない私は、とうとう休みの日に美容整形外科にきていました。下半身の脂肪吸引をする為です、

痩せなければ続けられないエステの仕事、でも過食は止められない 手術するしか方法がないと思いました。
半日の入院で帰宅できる、2~3日は筋肉痛のような痛みがでるが普通に生活はできると言われ、決意しました。
ローンを組んで140万くらいでした。

心の病や摂食障害はあるものの、体はいたって健康な自分でした初めての手術、初めての麻酔、しかも健康な体に自分で決意してメスをいれる。でもそこまでしてでも過食で太った自分が許せません。
手術台に乗った時涙が止まりませんでした、でもこれしか方法がありませんでした。

結果ほぼ寝たきりが2週間は続き、脂肪を取った下半身の腫れや激痛は1ヶ月続きました。会社は退職せざるをえませんでした。そこから1年は自宅でひきこもりました。

再就職した、脱毛やフェイシャルのエステの仕事の管理職を任されることになり
ストレスのはけ口がないこと、管理職になったプレッシャーと自尊心の低さ 2年経った30歳の頃、頭が再度パンクしました。躁鬱病になってしまい、退社。結婚を考えていた彼氏とも別れ 私には何もなくなりました。

鬱だけではなく躁の状態も続いた為、もうこのままでは自分で自分を殺してしまうと思い始めました。また家族も私の介護に付きっ切りの為 疲労がきているのは目で見ていてもわかりました。家族にもそろそろ愛想を尽かされ、こんな娘はいらないと夜中に刺しにくるんじゃないか、殺されるんじゃないかと思うようになりました。

それからODをまた2度ほどし、入退院を繰り返した頃、死にたいけど死ねない、でも居場所がないと思った私は躁状態のままチケットを購入し海外に逃げました。

結局場所や環境を変えてもそこに慣れてしまうとストレスや根本の自分を認められない、という部分は変えられないので過食が止まることはありませんでした。半年前勇気を出してストレスを減らそうと彼と別れを決意、しかしそこからの半年(現在)は埋められない部分をやはり過食で満たしています。

もう自分ではどうすることもできない、でもそれでも生きてかなくちゃならない、過食が止まれば痩せられればそれだけでも心のストレスは減らせる、少しなら自分に自信がつくかもしれない、そんな時ここのセンターを見つけました。20年と長い月日、もう生きている人生の半分以上を過食の苦しさで支配されてきました、また年齢が重なってきたことにより体にどんどん無理がきかなくなってきました。まだ体の動くうち、やり直しがきくうちに治したいです。やれるところまで試したいと思っています。

バケツを横に置いていつでも嘔吐できるようにしていた

女性 無職 26歳 A型

過食嘔吐が始まってから7年になろうとしています。きっかけは、浮気した彼氏を見返してやろうと一念発起した食事制限ダイエット。
結局食事制限は持続できず、普通食嘔吐が日課に。

気が付けばダイエットにはまり、
毎日4,5回体重計に乗り、
100g増えただけで鏡に映る自分を罵倒し、暴れ、発狂するようになりました。
その後1年半ほどあまり記憶がありません。

覚えているのは、
毎日バケツを横に置いていつでも嘔吐できるようにしていたこと、
世間に自分の醜い体と顔を晒さないよう外出時は長袖・長ズボン・マスク・帽子で全身を覆い、肌の露出を異常に恐れていたこと、
一日中食べ物のことが頭から離れず仕事も勉強も一切手につかなくなっていたこと。

将来の目標や生きる意味を完全に失い、自分の存在価値に疑問を抱き、死にたいと何度も思いました。
しかし、自殺は出来ず、自分の存在価値は「女性として美しくいること」と意識転換し、さらにダイエットと美への執着が強まりました。

そして、見た目を褒めてくれて、自分を必要としてくれる人と触れられる環境を求めて、水商売、風俗の世界に身を置きました。
そして気づけば、お金に困っているわけでもないのに無意識のうちに万引きを繰り返すように。
盗んだもの自体には興味がなく、家に帰ってほぼ捨てていました。ある日、警察に捕まって初めて目が覚めました。

現在はOLを経て、実家で静かな生活を送っています。
家にいる時間はほとんど過食嘔吐しています。食事会もありますが、吐きたい衝動で会話に集中できません。また、顔がむくんでいることが嫌でドタキャンすることもあり、友人には迷惑をかけています。

摂食障害は本当に怖いです。
目の前の欲求にしか興味がなくなります。
一過性の欲望だけのために生きるので、何をしていたか一日を振り返る作業ができなくなり、気がつけば本来の自分の意思とは真逆のことを行っていたりします。
ふと我に返ったとき「こんなの自分じゃない」と一気に自己嫌悪に陥り、現実逃避のためにまた過食嘔吐を繰り返すのです。

とにかく、普通の生活が送りたいです。
本能と理性のジレンマから解放されたいです。
情緒を整えて、自分の本能中心の生活ではなく、人の幸せに寄り添えるような人間になりたいです。
どうか、この相談が改善への一歩になりますように。

家族も巻き込む摂食障害

女性 会社員 46歳 O型 神奈川県

過食症になったのは、およそ16年程前の30歳の時?ハッキリいつからとはあまり覚えてないです。
小学生の頃は暗くてあまり喋る事も出来ず、いじめられていました。
短大は出たけど学力も無く、特技や資格も無いし、これといって将来の目標も無くて自分に自信が持てず、仕事に行っても毎日同じことの繰り返ししで、ただ何となく生きているだけでした。

20代の時に彼氏ができてダイエットに興味を持ち、食事制限したり運動したら痩せることができました。
周りからは「痩せたね」とか、「キレイになったね」と言われるようになり、生まれて初めて自信が持てるようになりました。
結婚したのは29歳の時で、夫と二人で暮らしてもダイエットしてはリバウンドの繰り返しで、年々痩せるのが難しくなってきました。
リバウンドする時も段々食べる量が増え、スーパーからお菓子を沢山買い置きして暇さえあるといつも食べていました。この時はまだ過食症という感じではなかったのですが、ある時炊いてあったお釜いっぱいのご飯を貪り食べたのです。その後胃がムカムカして吐き気が止まらなかったので病院に行きました。先生から「暴食した?」と聞かれ、ドキッとしてつい、「いいえ」と答えてしまいました。
今思えば、あれが過食症の始まりだったのかもしれません。

色々あって5年後に離婚し実家に戻りました。
36歳の時に外国人と再婚しました。夫との2人暮らしは、そこでもやはりダイエットしながら過食していました。
夫は優しく、夫の分のパンやお昼のお弁当のために作ったおかずを食べてもあまり怒りませんでした。そんな夫に甘えていたのでしょう。過食して気分が落ち込むと、何か注意されてイライラして喧嘩になってしまうのです。そんな生活が7年間続き、夫が私に見兼ねてついに別居を言い渡されてしまいました。

そしてまた実家に戻り、ショックと寂しさから、母の目を盗んではお菓子やおかず、パンなどを母の分まで食べていました。母はパン教室を開いていて、パン作りに使う材料としてクルミやアーモンド、チョコチップがあるのですが、食べるものが無くなると、材料にまで手を出し初めて無くなるまで食べてしまうのです。

パン教室で使う材料が無い、とひどく怒られました。いつも申し訳ない気持ち、後悔、母に対する後ろめたさがあるのに、過食には歯止めが効かず、太っていく一方でストレスになり、夜も眠れませんでした。そして夜中の2時、3時頃起きて家中の食べ物を貪り食べるようになり、母に気付かれて起きてしまうのではないかとビクビクしていました。

それからは、ある程度台所で食べてから、自分の部屋に持ち込んで食べるようになりました。
布団の上で隠れるようにコソコソと、およそ普通の人が食べるとは思えないようなものを。
パンの材料の業務用の餡子1kg、アーモンドプードル、胡麻やレーズンなど全て袋ごと、あるいは冷凍したパンをそのままかじったり。
そんな私を見て母はとても悲しそうでした。

過食の頻度は3日に一度程度でしたが、翌日は胃もたれがひどく、むくみで顔がパンパンに膨れ上がり、だるくてとにかく辛い。かといって会社を休むわけにはいかず、辛い身体を引きずって会社に行く日がしばしばありました。このまま太るのは嫌で、一日一食にしたり、何日か断食したこともありました。
自分の中では「痩せてる人でなきゃいけない、少しでも太ったら会社にも行かれない」という思い込みがあり、過食しては断食の繰り返しでした。

一番過食がひどかったのは今から4年前、断食の反動でほぼ毎日会社帰りに外食してお腹いっぱいにも関わらず、お店を3、4件はしごして苦しくなるまで食べ続けていました。
貯金も全く出来ませんでした。
心療内科に行きましたが、あまり効果がありませんでした。
カウンセリングを受けて、先生に過食出来ない環境作りを教えてもらい、母に協力してもらって食べ物を隠したり、台所のドアに鍵を付けたり、台所へ行かれないように塀を作った時には、半年程過食が治まっていました。
三食食べるようにして、それからは以前程ひどくはないが、また過食するようにはなっていきました。

今年の4月に離婚し、マンションを購入して一人暮らしを始めました。お菓子は本当は大好きだけれども一切買わず、食事も作り置きはしません。今は家には調理しないと食べられない材料が少しあるだけです。それでも土日や平日の夜中に起きて電子レンジで加熱して食べてしまいます。

結婚しても止まらなかった過食嘔吐

女性 主婦 39歳 A型 埼玉県

摂食障害になって22年。初めは高校時代痩せ願望から始まりました。どれだけ食べても吐けば太らない。それどころか逆に痩せて行く。お腹いっぱい食べて痩せれる!なんて簡単なんだと思っていました。
20代になり周りから少し痩せ過ぎと言われたけど自分ではこれが普通だと思っていました。就職し会社の健康診断でいつも尿検査でひっかかり精密検査を受けて下さいと記載されてましたが気にもしませんでした。
働いたお金は全て過食嘔吐につぎ込み貯蓄は全くできず、家族からは何にそんなお金を使っているのか?不思議がられていました。

20代後半から摂食障害という病気を知り自分は病気なんだと自覚しました。
それでも毎日過食嘔吐は続き喉が切れ血を吐いて辛くても続け
30代からは異常な自分に生活し辛いと思い始め摂食障害について調べ病院をさがし通院しました。

母や夫にも話し病院へも同行してもらいました。母は一緒にカウンセリングを受け家族として出来る事を先生から指示されましたが心の病は自分の問題と先生からの指示は受け流し、さほど重く受け止めてくれませんでした。
この病気は母親との関係が影響しているようなのと、やはり最後に頼りたいのは母親と言うのもあり理解してもらえないのは悲しかったです。夫は腫れ物を触る感じで遠くから見守っている感じですが夫の稼ぎで過食しているのでこれ以上何も言えません。
カウンセリングは全16回、40分15000円これも夫の稼ぎからです。
結局自分で治すしかないと思いました。

30代後半、何とか少しでも過食嘔吐をしない日を作ろうと頑張り、1ヶ月は過食嘔吐せずに過ごしたことはありますが毎日カロリー計算をし、カロリーの低いものばかり同じメニューを食べていました。結局食べることに囚われ続かず過食嘔吐に戻ってしまいました。
長年の過食嘔吐で腎臓機能に問題もでてきて、記憶力や考える事が劣ってきている気もします。
22年もの間自分を大切にして来れなかった。残りの人生は大切にしてあげたいです。

人生の半分以上を過食症で。

女性 会社員 40歳 O型 埼玉県

過食症になって、22年経ちました。
数字にして表すと、人生の半分は過食に苦しみ続けてきたことに気づき、愕然としています。

心療内科などを受診しようと思ったこともありますが、自分の意思が強ければ治せる、人より少し大食いなだけかもしれないと、病気とは認めたくない自分がいました。
もともと人づきあいが苦手で、友達も少ない私でしたが、過食の症状がひどくなるのに比例して、ますます人と接するのが嫌になりました。イライラすることが増え、当時付き合っていた彼に当たり散らし、最終的には振られてしまいました。とても理解のある、優しい彼だったのに、ひどいことをしてしまいました。

また、私は長時間ダラダラと過食してしまうので、何か趣味を楽しんだりすることがありませんでした。
食べることが何よりも好きで、それを超えるほどの趣味があるとは思えませんでした。
休みの日は前日の夜から過食して、翌朝後悔するのに、その夜にはまた過食して、自己嫌悪に陥る…。この繰り返しです。
私の場合は過食のみなので、みるみるうちに太り、周りの人に太ったと言われるのが本当に辛かったです。

思えば、過食症発症のきっかけは、軽い気持ちで始めたダイエットだったと思います。
その時は絶食に近い状態だったので、かなり体重を落とせました。でも、すぐにリバウンドしました。

それから、あらゆるダイエットに挑戦しては失敗し、過食症もひどくなっていったように思います。
今までエステに二回通い、総額100万近くは使いました。
でも結局リバウンドしてるので、このお金はすべてムダになりました。

そして現在、一番症状がひどかった22年前の自分に戻りつつあります。健康診断では腎機能の低下と、高コレステロールが判明し、何としても過食症を完治させたいと思っています。もう、大切な人やお金、時間を失いたくありません。