本当は怖い。過食症と過食嘔吐

過食症の体験談がまとめられたブログです。

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カテゴリ : 過食症での人生歴

食べること、痩せることで埋め尽くされた

女性 会社員 30歳 B型 長野県

きっかけは22歳の頃好きだった人にフラれて、見返そうと1食ゼリー飲料ダイエットを始めた事だったと思います。

続けていって40㎏くらいまで痩せて、それ以降その食事から離れられなくなりました。
それでも食べたい欲は抑えられなくなり、時々過食を起こしました。
1週間で10㎏太ったこともあり、恐怖で嘔吐するようになりました。

あまりに太ったり痩せたりするので、その彼とは1回付き合いましたが、「病気の母を見ているようで怖い」と結局別れました。

それでも食生活を変えられず、ある時は仕事のストレスで37㎏まで痩せたり、45㎏くらいで嘔吐をしていたり。
でも嘔吐しても1日1回ほどで現在までひどくはありませんでした。

環境を変えて実家に帰ってきて、食事は食べられるようになった時期もありました。
しかし家にあった毎日の過剰なステッパー運動がやめられなくなり、体重は37㎏前後。野菜ばかり食べる癖もついてしまいました。

寂しさやストレスで急に過食嘔吐が進行し、ここ8カ月は毎日2~3回の嘔吐が普通。32㎏まで痩せてしまいました。本当にみすぼらしい体になってしまった。

こんな事をくり返しているから生理もまともに長いこと来た事がありません。
子宮が委縮していると言われました。

友達といても食べることばかりで心から楽しめず、
吐くために「早く帰りたい」と思ってしまう事もしばしば。

人との時間を楽しめないのがすごく悔しいです。
本当ならもっと色んな所に行けるのに!
色んな事が出来るのに!

人生を無駄にしています。たくさんのものを失いました。
こんな不器用な自分に悔しさでいっぱいです。

絶対治して人と楽しめる人生を過ごしたいです。

痩せる快感で失った楽しいはずの生活

女性 自由業 27歳 O型 京都府

初めは高校2年生のときです。家庭の問題や学校の人間関係の悩みで急にごはんが食べれなくなりました。小さいパンだけでも吐き気がしていました。
どんどん落ちる体重に、私は痩せていく快感が嬉しくてそのまま痩せていきました。

でも痩せていくうちに、痩せる=愛されると勘違いして、今度は太るのがすごくすごく恐くなっていきました。
どんどん食べれなくなって同時、身長158㎝、55㎏あった体重は2ヶ月ちょっとで42㎏まで落ちました。Dカップあった胸はAカップもないぐらいまで胸がなくなって胸板の骨が出て本当に貧相でみすぼらしい体になりました。(今その余韻が残っていて標準体重になっても胸板だけが不気味にガリガリです。)
それから生理は1年間止まり、生理不順になりました。

でも自分の身体がガリガリで細過ぎるっていうことに気付いていませんでした。
鶏ガラのような足もまわりの人たちが気味悪がっていたのに、それが分からず、この細い足が愛されると思い込んでいました。

本当に痩せていくうちに一般的な理想の体型の常識が完全に麻痺していきました。

本格的に拒食症になった私は腰やお尻に肉がないので寝ると骨が直接薄い皮膚に当たって痛くて寝れないんです。
過って転んだときの骨に当たる衝撃もすごくて、身体中に響いてひどい傷みでした。

自分がガリガリでおかしいと気付いたのは体育の授業のときです。バレーボールをしてボールを打ち返したとき、その一瞬で親指が複雑骨折になりました。
拒食症になって身体も骨もスカスカでボロボロになっていました。

こんな危機的な状態まで痩せても、ガリガリの自分の姿に慣れてしまい、また痩せないといけないという強迫概念で痩せる事が止まらなくなっていました。

現実の危機的な姿や、ほんとは心も身体も苦しいのにそれに気づかなくなって、痩せることだけが生きる全て、愛される全てと思い込んで、ずっと自分の体を知らず知らずの間にすごく痛めつけていました。
摂食障害になって10年目ですが、私の青春や、せっかくの若くて元気ハツラツした日々は摂食障害で台無しになりました。ほんとに恐ろしい病気です。

「普通」に食べることができなくなった

女性 会社員 28歳 B型 北海道

私は20歳の時に始めたダイエットがきっかけとして発症しました。
食べないダイエットによってみるみると体重は減っていきました。

しかし、突然の食べたという衝動があり、食べてしまった。
食べた後の後悔と恐怖感から、吐くという行為を初めてしました。
そこから過食嘔吐が始まり、吐くと体重が減っていく安堵感があった。
だけど、こんなことはよくないから明日はやめよう。明日はやめよう。普通に食事しよう。と思ってもやめられなくなった。

こうして私の中から「普通」という感覚が失われていったのだと思います。
友達と食事をしている時も食べたい衝動や吐きたい衝動、太るのではという恐怖感に駆られ、心から楽しめなかった。
世界には食事もできないで苦しんでいる人がいるのに、どうしてこんなことをしてしまうのか…吐いた時の後悔や罪悪感。
どうにかしようと躍起になればなるほどに過食嘔吐の回数は増えていく…

もはや自分で自分をコントロールできない感覚。何かにのみこまれていくような感覚すごく怖かった。
私は過食嘔吐によって失ったものが沢山あったと思います。
いつ何をしていても食事や体重に関することがどこか頭の片隅あって、
純粋に食事を楽しいと感じる心や「普通」という感覚やを失ってしまったように思います。

今は疑似停止の状態で症状は止まっていますが、またいつ衝動に駆られるかと思うと怖いです。しかし怖さや病気であることを認識し、今ある自分の課題に取り組み、失ってしまった感覚、楽しめる心を取り戻していきたいと思います。

どんなに幸せでも止まらない過食嘔吐

女性 主婦 28歳 O型 千葉県

摂食障害の過食嘔吐を患って、9年になります。
大学2年生の時に初めて症状が出ました。

授業がない時間の枠は、コンビニのパンを紙袋一杯盗んで食べてひたすら吐いて過ごしていました。
過食嘔吐の後の睡魔でまともに、授業は受けられませんでした。

食費を稼ぐために、アルバイトはコンビニ。
廃棄のものを袋いっぱいもらって家に持ち帰って隠れて過食嘔吐。
それだけでは足らず、夜のアルバイトをして、はじめはガールズバー、次にキャバクラ、スナックで働き、アルバイト代はほとんど夜のアルバイト用の服と食費で消えました。

万引きもしてしまい、大学時代に4回万引きGメンにつかまったことがあります。警察を呼ばれました。チョコレート、袋いっぱいの菓子パンを、盗みました
母は4回目には、警察官に、娘を捕まえてくださいと泣きながらお願いしました。そうでもしないと、この子は万引きする癖が治らないと。もう親にも見離されたと絶望しました。それからいかに楽に自殺できるかということしか考えられない日々を過ごしました。

大学卒業後なんとか一社ありつけて就職して、飲食業界で接客をしました。
お店の賄いは必ず過食嘔吐。
仕事が終わっても、独り暮らしの家の近くのコンビニで大量に買って過食嘔吐。
次第に新入社員のためお金が足りず、また食べ物を万引きし、2回警察に捕まり、指紋を録られました。
初めて就職した会社も過食嘔吐で身体がボロボロで疲れきって、精神的に追い詰められて、全身顔まで蕁麻疹がでるようになり、辞めました。また夜のアルバイトに戻りました。

妊娠がわかり、好きな人と結婚しましたが、幸せなはずなのに何故か過食嘔吐は治りませんでした。
妊娠したため辞職させられたので、1日中過食嘔吐と睡眠しかしなかったです。
食費が足りず、でも結婚して万引きして警察に捕まりたくなかったので、小麦粉を大量に買って、ピザみたいなのをひたすら作って吐いていました。

出産して娘が産まれても、幸せなのに、過食嘔吐は止まりませんでした。

娘が大きくなって飲食業でアルバイトを始めて、娘が保育園にいくようになって、そこであったパパ友とお酒の勢いで不倫したり、娘をお姑さんが預かってくれる日は夜の待ちに繰り出し、お酒のせいで意識をいつも失って、朝起きたら知らない人とベッドにいたことが何回もあり、それで旦那とも離婚の話を一年ぐらい続けていました。
知らない人と知らない間に性交して性病にもかかりました。

旦那も私も精神的に、身体的にボロボロでした。

それで寝れなくて肩凝りも酷くて、自殺しか考えられなくて、
旦那に心療内科にいけときつく言われ、行くと、鬱病の中等症と診断され、
毎日飲んでいたお酒は断酒し、坑うつ剤と副作用止めの薬と精神安定剤と睡眠導入剤と睡眠薬というたくさんの薬漬けの毎日が始まりました。

でも過食嘔吐は治らず、自殺願望は止まず苦しみました。

たまたま挙式が当たり、憧れていた挙式ができると決まっても、自殺願望が止まらず、
過食嘔吐はなぜなったのだろうと興味をもち、本を読み漁りました。
読み漁れば読み漁るほど、私の両親を恨むようになり、
鬱病の薬も飲んでも効き目を感じないので飲むのを勝手に止め、
また、お酒を飲んで両親を電話で泣きながら私を産んだことを、家庭環境を責めるようになりました。
そして、家庭内暴力をしていた父の母親(祖母)にも電話をして責めました。
死にたくて死にたくて、本当にくるしい日々でした。

本を読めば家族を責めたい、死んで復讐したい気持ちがでて、気分が落ち込むので、
藁をもすがる気持ちでネットでこの相談を見つけ、
いま無料カウンセリングをさせていただいています。

極度の過食嘔吐患者ですが、治ってきている兆候があります!
毎度絶対治したい!という熱意が高まるし、
治れば明るい未来がある、と希望がぐんぐんわいてきて、

今日、なんと、始めて、過食嘔吐してません!
ますます、希望がわいてきています!!!
本ではまだ書かれていない過食嘔吐の病気の理解が進み、
自己否定感しかなかったのに、
自分を責めないでいられる新しい自分に出会えています。

私は、必ず、治ります!!
楽しみです!!!!

毎日過食嘔吐との戦い

女性 主婦 38歳 O型 埼玉県

摂食障害になって、10年。
2~3年経った頃から、恐怖を感じた。
一生治らないのではという恐怖。

また治そうと努力もした。

カウンセリングを受けたり、
病院にも行ったり、
お薬も飲んだし、
長期旅行に行って、自然にも触れてみた。
けれど、どれも一時的なもので、
再発するのに、時間はかからなかった。

誰にも言えず、過食嘔吐するための嘘が上手くなった。

助けて、助けて!

心の中でそう叫んでも、誰にも伝わりません。
毎日、一人で過食嘔吐との戦いです。

犠牲となるのは、かわいい我が子です。

痛い、苦しい!
そう叫んでも、誰も助けてはくれない。

生きている辛さが、誰にもわかってはもらえない。

ただ、幸せになりたかっただけなのに。

ただ、愛されたかっただけなのに。

人として、生きている恥ずかしさ。
それを必死に隠そうとする自分。
心も体も、ボロボロでした。

摂食障害が難病だと知ったのは、相談を受けてからです。
難病?
とても自分には、あてはまらない
言葉でした。
難病?
私ではないよね?
そう疑って、信じたくはなかった。

そっか、難病なのか。
その言葉を受け入れたら、自分がかわいそうだと思えてきました。
見た目では、全くわからず、誰にも理解されない、摂食障害。

そっか、難病だったのか。

だから、心の中で、
助けて、助けて!ってあんなに言ってたんだね。

難病だから、自分の力ではどうすることも出来なかったんだね。

ごめんね、自分。
痛かったよね、自分。
私が気付いてあげなかったら、誰が気付いてあげただろう。

相談を受けて、なぜか、ストップしています。
なぜなのか、わからないけれど、
ソワソワ、過食したい気持ちが今のところありません。
なぜなのか、
一日しないだけで、
体がこんなにも楽だなんて。

心にも、時間も余裕が出来て、
痛くはありません。
寂しくはなったりもするけど、
過食したい衝動が起こらないのです。

なぜか、わからないけれど、
今は相談を続けていくことしか出来ません。

長文で失礼しました。

最後まで読んでくれて、
ありがとうございました(^-^)

息子の体に依存症の種を植えてしまったのでは…怖い

女性 会社員 34歳 O型 東京都
私にはアルコール依存の父親がいます。
私はお酒を飲んでる父の姿が
いやでいやでたまらなかった。
今は、私が過食嘔吐して、食べて吐いている姿を
旦那さんや息子たちが感じているとおもうと
やっぱり同じことをしてしまっている。
あんな嫌な思いを、子どもたちにさせてしまっているんだ。
どれだけ嫌か、私がよくわかっているはずなのに。
私は14才の息子がいたから
今まで頑張ってこれた。
苦しいながらも生きてきた。
だけど、私が生きてこれただけで
息子には何も残せていない。
過食からくるのかイライラずっとしてた。
吐くためにトイレに入った私の後を追って
心配してくれる息子になんとか「だいじょうぶだから」というのが精一杯だった。
精神的に不安定にさせたこともあった。
ちょっとした失敗で、あんなに金切り声をあげて怒鳴る必要なんてなかったのに
安心できる場所を作ってあげられなかった。
もっと手を繋いで歩きたかった。
大丈夫だよって抱きしめてあげればよかった。
絵本読んで笑って、お風呂入って遊んで、もっともっと笑いたかった。
この14年間は、もう絶対帰ってこない。
お金よりも何よりも
息子にこんな14年を与えてしまったことが苦しいです。
そして、息子の体にも私と同じ依存症の種を植えてしまったんじゃないかと
いつか息子も苦しむ日が来るんじゃないかと思うと
どうしていいかわかりません。
だから、キチンと話しを聞いて
治すための行動を選んでいきたいと思います。
やっと、とても怖い病気だと、思い始めた気がします。
こんなに自覚がないのも、この病気の怖さだと思いました。

周りの家族をも病気にさせる摂食障害

女性 会社員 35歳 O型 滋賀県

父は亭主関白で宗教依存、アルコール依存があったり、母親にあたりちらしたりしていました。
幼少期から、思春期にかけてです。

中学三年生受験の頃、拒食症になり70キロの体重が半年で40キロになりました。
両親ともに、私の学力が低い事で強くせめてきました。
その頃は過食嘔吐をしたていました。

高校一年を二回しましたが、中退しました。

母の進めで近所にある診療内科に通い、安定剤を服用しながら、アルバイトをしていました。

今の旦那さんと19歳で出会ってから、過食はおさまりました。

23歳で結婚し、現在五歳と七歳の子供がいます。

子育てで何年か家にいましたが、仕事復帰を32歳でしました。

仕事は、三年間で4回転職し、全部首同然で辞めています。

33歳頃から、たまに過食嘔吐がはじまったり、止まったりしています。
今年いっぱいで今の仕事を辞めると決まり、少し過食嘔吐は治まっています。

食に対するこだわりは、15歳からかわっていません。

家族、まわりの人たちにこれ以上迷惑をかけたくない。
人並みに生きないと、子供が可愛いそうで、悔しいです。

8年程前のに夫はギャンブル依存症になりました。

いたって心は健康な人だったのに、私からの連鎖?っと今は思います。
五歳の男の子は、食事中お菓子や好きな食べ物を見ると、嘔吐してから好きな食べ物を食べはじめます。

私は、自分が過食嘔吐をしている所を子供に見せた事はありません。
治したい
心から思います。

摂食障害の怖さ、大変さ、辛さ

女性 学生 19歳 A型 山口県

最初は高校1年生(15歳)のころ、普通食嘔吐から始まりました。

直接的な原因はわかりません。
でも、中学生のころから自分の体形が気になり始めていたことも、少なからず影響していたと今では思います。

その後、嘔吐が親に知られたこともあり、吐くのが嫌でだんだん食べる量が減少して拒食になりました。
全く食べないわけではありませんでしたが、身長152㎝で42㎏あった体重は32㎏まで減りました。拒食の間も、ときどき嘔吐はしていました。

高校生で、受験勉強が大変だったこともあり、心配してくれる母親や妹に八つ当たりばかりしていました。

母親との関係が悪くなったのと、勉強部屋が欲しかったこともあり、高校3年生から祖母の家で生活するようになりました。
その時も母親は毎朝お弁当を届けてくれたり、通院にも協力してくれました。
病院での治療、カウンセリングや祖母が作ってくれる健康的な食事のおかげで、食べる量は徐々に増えました。
しかし嘔吐はやめられず、だんだん過食嘔吐をするようになりました。

受験が終わって母親との関係も改善し、表面上は摂食障害は治ったということになりましたが、ときどき過食嘔吐をしていました。
大学に入学して一人暮らしを始めると、家族の目がないこともあって、徐々に過食嘔吐がひどくなって、今に至っています。(長文ごめんなさい)

摂食障害の怖さ、大変さ、辛さ
・家族との関係が悪くなったこと
・成長期に拒食になって身長が伸びなかったこと、初経が来ていないこと
・好きなことが満足にできなかったこと
・嘔吐で歯が脆くなったこと
・自分が嫌いになったこと
・友達が少ないこと
・過食費がかかること
・勉強に集中できない時があること
・嘔吐が怖くて部活のご飯に行けないこと
・将来医療従事者を目指している自分が摂食障害であることに矛盾や罪悪感を感じること
・ダイエットしたくてもできないこと、キレイになれないこと

摂食障害で心の健康を失くした

女性 無職 44歳 A型 京都府

孤独、不安、自己嫌悪、しか心にない状態になっていることに気づきました。
前向きな行動・考えができなくなり、卑屈にどんどんなっていく。
そして、孤独になっていくことに不安を感じ怖くなる。

そして、その本心を誰にも相談できないことが辛かったです。
相談はできないけど、一人で抱えられないって思って、冗談ぽく友達に
「私よく食べて飲むから、摂食障害だったりして」
と笑いながら言ったり・・・。

本当は、ものすごく不安で怖いのだけど誤魔化して明るく笑って。

そうやって誰かの前では、明るく振る舞い自分を誤魔化し、周りに嘘をついたりが増えていきました。

なぜかイライラして周りの人にきつくあたったり・・・。
なんでこんな態度とるんだろう?なんでこんな食べて飲むんだろう・・と自分を責めて自分を嫌いになる。
これがずっと・・・。

摂食障害になって、こういう思いがどんどん増えてきたんだろうと思います。
勿論出費もかなりになるので生活自体を圧迫していきますが。
私にとっては、お金より心の健全さが失われてしまったことが辛いです。

ずっと考えることが、食べようか、食べちゃだめ、これならいいか?等、食べ物関連のことばかり。
もっと大切なこともあるのに。
もっと有意義なことを考えたり感じたりできるはずなのに。

心の健康を失くすことがこれだけしんどいとは思いませんでした。

だけど、病気なのだと気づけた今ここから、少しずつでも絶対前に進んでいきます。

過食症の辛い日々

女性 学生 20歳 O型 東京都

私は過食症です。

昨年の4月から10月まではダイエットしていてやや拒食ぎみでした。
私が過食症を発症したのは昨年の11月でした。

私はひとり暮らしなのですが、祖母や叔母から食べ物(菓子、缶詰め、真空パック)の入った宅急便がちょくちょく送られてきていて、それまではずっと見ないようにしようと、しまい込んでいたのですが部屋に食べものがあることが許せなくて、
「もういいや、邪魔だから全部食べちゃえ」
と片付けるような気持ちで全部を食べてしまいました。
ここから過食行為が始まりました。

11月~1月にかけては過食しては絶食・運動でなんとか体型を維持していました。
2、3月は春休みで実家に帰省していました。
実家では毎日普通の量食べなきゃいけないし、激しい運動もできなくて、過食してないのに6キロ増えました。
それなのに私と同じ食生活をしていた母は全く太りませんでした。
(多分私はそれまでの絶食等によって栄養を吸収しやすい身体になっていたのかな?)

実家から東京に戻る新幹線に乗っている時の気分は最悪でとてもイライラしていました。
私をこんなに太らせた地元を恨みました。
でも東京に戻った翌日、私は過食しました。
(今日が最後であと学校が始まるまで1週間絶食と運動するからということにして)
増えた体重は2キロしか減りませんでした。

4月になり学校が始まりました。
太ってしまった身体で皆に会うのは本当に嫌でした。
それで、絶食して運動して、でも反動で過食してしまって…それを繰り返しているうちにどんどん太っていきました。
食べた後には罪悪感に押しつぶしされそうになりました。
でもその辛さを拭うことも過食でしかできませんでした。

太ってしまったことがネックでその辛さしか感じられず何にもする気になれない、痩せないと楽しんではいけないように思いました。

外を歩いている時は太っていることが恥ずかしくて裸で歩いているのと同じくらい恥ずかしかったです。
そう思う一方、過食はやめられませんでした。

授業中も何を過食するか考え、プリントに食品名を羅列していたりで全く集中できませんでした。

そのうち、学校に行っても授業をサボって校内の売店やコンビニで食べ物をいっぱい買って歩きながら食べたりするようになりました。

そして5月中旬からとうとう私は大学に完全に行かなくなりました。
太ったことがはずかしくて授業で皆に会うのが辛くなったのと過食で頭がいっぱいで集中出来なかったこと(過食したかった)が主な理由です。
それからは毎日毎日ただ過食するだけでどんどん量も増えてお金もバンバン使ってしまいました。

7月には体重が1番軽かった1月より13キロ増えました。
前期の授業は全部切ってしまったので全単位落としてしまいました。
4年で卒業できないかもしれません。

母とは過食になる前のように楽しく話しは出来ません。
話してると本当にイライラします。
母からメールが来るととても憂うつです。
過食の辛さを話しても
「病院行きなさい」
とか
「お金あっていいね」

「辛くて食べちゃうの?笑」
など茶化すようなことを言われるからです。
なので母と過食のことは話したくないのですが母から話題に出してきてとにかく嫌です。

食品を送ってくる祖母や叔母も憎いです。
食べ物の話をされるとイライラします。

私もみんなみたいに普通に美味しく食べれたらいいのにと思います。

痩せていたら堂々と生きられるのかなと思います。
どうして私はこんなに罰せられながら外を歩かなきゃいけないのかなと思います。
痩せていたらやりたいことがいっぱいあるのに。
痩せてる人は毎日幸せなんだろうな。

生理は最近来るようなりましたが極少量月1日。