本当は怖い。過食症と過食嘔吐ブログ

過食症の体験談がまとめられたブログです。

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カテゴリ : 20代

環境悪化で症状も悪化

女性 学生 23歳 B型 北海道
私が過食になったのは18歳のころかな…兆候はそのころからあったと思う。
その頃バイトを始めてお金を持っていた私は、お菓子やジュースを買っては食べるようになって、体重が48キロから53キロくらいまで太った。
このころはまだ吐いてなかったんだ。過食だけだった。
両親は別居して私は母親と生活していたんだけど、次の春から九州への進学が決まっていた私は、もう帰って来れる実家はないんだなって思っていた。
イライラする私をよそに父親はせわしく通っては母親の機嫌を取り、母親は嬉しそうに笑うようになってった。
私の気持ちは整理されないまま、父と母は別居を解消し、一緒に住むと言い出した。もうどうでもよかった。
私は九州に行くことになったんだけど、生活環境の変化、全寮制の生活にストレスを感じ、拒食症になってしまった。
体重は夏休みまでには37キロになっていた。
その後夏休み実家に帰ってくるとたくさん食べることになり、今度は何が満腹で空腹かもわからず、吐き出してしまう、また食べるの繰り返し。
始めは2週間に一回、1週間に一回、3日に一回…どんどん増えていった。
夏休みがあけて九州に帰っても過食はひどく、友達とも距離を置くようになり、相談すら誰にもできなく、どんどん苦しく、孤独になっていった。
冬休み2月前くらい、もうどうしようもなくなった私は姉に打ち明け、もう帰りたい、
とりあえずこれを治さないと何も考えられないと訴えた。自分でももう抱えきれなく、どうしていいかわからなかった。
両親の反対を押し切り、1月冬休み明けてすぐに私は北海道に帰った。
そして結局退学。
母親に精神科に連れて行かれ、カウンセリングを受けたけど、もうどうしようもなく泣くだけだった。情けなくて悲しくて。
バイトを始めたけど過食はひどくて、バイト以外はずっと過食嘔吐。
しまいには孤独感からよくわからない男の人に告白され付き合い、家にはあまり帰らなくなった。
親との関係は悪化し、自分でも何がなんだかよくわからない…
付き合った男の人には顔が大好きと言われ、太っちゃいけないってずっと思ってて…
その人とは3年くらい付き合った。でも過食を隠して、つらかったな…
今も過食はひどいです。
三食のご飯の後に吐く、学校でも吐く、休みの日には一人の時間になると食べて吐くの繰り返し…
この先これ以上増えたら私は生きていけないと思う。
万引きして捕まったこともあるし、両親の財布からお金抜いたり…
こうやってどんどん増えていった過食は今治さないともう先が見えません。

強くなる依存心

女性 会社員 27歳 O型 神奈川県
18歳の頃は、1ヶ月に1回程度、過食のみだったのが、吐くようになってから回数が増え、20歳の頃には週に5回ほどするようになる。
21歳から22歳にかけては絶食数日→過食嘔吐1日に4-5回(過食嘔吐費が一日に10000円以上になることも)が、2~3日続くというような日を送る。
23歳頃は環境がかわり、「普通の食事」も週に1度か2度は摂れるようになって来て、過食嘔吐は週に1回から3回くらいに落ち着いてくる。
24歳から26歳、結婚前提とした同棲をする。
相当まともな食生活になってくるが、過食嘔吐は一番落ち着いていても週に1回か月2回はあった。彼氏には一度も言わなかった。
27歳、いろいろの理由で別れまた一人暮らしになったあと、週に3~8回と再びひどくなってくる。
週末は2回か3回という日もあり、連休は怖いです。
過食するものはいつも同じ。長くても1時間半で完了。
いつも同じもの、が安心するので。

はじめまして

女性 無職 25歳 A型 千葉県
千葉県船橋市、25歳、無職です。
初めて書き込みします。

皆さん、よろしくお願いします。

文章が長くなってしまい、すみません。

「私の過食症暦」
私は中学1年ころから徐々に過食が始まりました。
母子家庭だったため、夜母が帰宅するまでは一人なので、こっそりお菓子を食べたりしていたのが、だんだん卵や納豆ご飯等の食事に変わっていきました。

それでも中学時代は人並みにやせていたのですが、高校生になる頃、過食はもう自分では止められなくなり、「食事は一人でするもの。
食べる姿は誰にも見られたくない」と考えている事にハッキリ気づいてから、自分が食べ物に対して異常に執着していることを知りました。

過食するために、学校が終わるとスーパーに行って万引きを毎日のようにしました。
でもそれだけじゃ足りなくて、母が帰宅するまで料理し続けて食べ続けました。
いつもいつも食べ物のことで頭がいっぱいで、母が家にいるときは、食料を手に持って玄関から入れないので、自分の部屋の下から窓に放り投げて、何もない顔をして家に入り、自分の部屋に行って無心で食べていました。

もう自分が人間じゃなくなった・・動物にでもなったかのような気がしていました。
人が残したもの、落ちているものも食べたし、高校や外出先ではトイレで食べました。
過食後、吐ければまだ救われるのにどうしても吐けない私は、自殺願望がどんどん強くなっていきました。

高校卒業後はフリーターをしています。
過食したいけど吐けないし、太りたくないので、「1週間過食・1週間絶食」することにしました。
現在も続けています。
下剤などは使っていません。

「過食症の原因について」
最初はちょっとした癖や習慣のような物だと思っていましたが、過食3年目ごろから生きがいになっていました。

きっかけは家に一人ぼっちだったので、暇だったからポリポリお菓子を食べていたのと、母が過食嘔吐してるのをずっと見ていたからだと思います。
(たぶん・・。違うかも?実はわからない)
過食がひどくなるにつれて、精神的に弱くなっっていった気がします。
学校や外でちょっと何かあると、めちゃめちゃ傷ついて、「早くお家に帰って過食したい」と思うようになり、食べ物に頼っていました。

原因をしっかり知らなきゃ治らないと先生に言われたので、これから探って行きたいです。

「自分自身のこと」
もともと自分にそういう傾向があったからだとお医者さんは言っていますが、母が去年再婚したとき「嫌だ」という気持ちをうまく表現できず、自殺しようとして未遂に終わりました。
精神のバランスを崩したらしく、現在も通院・服薬中です。

薬のせいで頭の回転が遅く、文章もわかりずらい事があると思いますが、がんばって、過食も精神科も卒業して、健康になりたい!!と思っていますので、どうぞよろしくお願いします。

過食の原因について

女性 会社員 29歳 B型 山口県
大学3年の頃から過食嘔吐が始まりました。

当時ドーナツ屋さんでアルバイトしていた彼氏にしょっちゅう
たくさんのドーナツをもらって食べたのがきっかけです。

ドーナツは嬉しかったけれど、結局その彼は別に彼女を作って
別れました。
スリムなかわいい彼女でした。

私は、ドーナツで太ったりしなければ、かわいいままだったし、
別れなくてもすんだのに。

そう思いました。
彼に会いたくてドーナツ屋さんに行ったり
しましたが、食べたドーナツはなんとかしなくちゃ、と
食べても吐くようになりました。

次第にドーナツだけではなくて、ご飯も吐くようになりました。

だんだんひどくなり、学食もみんなでご飯を食べに行っても吐くようになり、
大学4年生の頃は、卒業研究も忙しく就職活動もしなくてはならないストレスで
何もかもどうでも良くなり、忙しさと就職活動のストレスで
食べては吐き、の繰り返しでした。

卒業して環境が変わりましたが、夕食が出されるところで
食べたいメニューを選ぶことができず、人付き合いでなかば
強制的にご飯を食べなくてはならなかったため、過食嘔吐は
もっとひどくなりました。

1人暮らしで周囲には知り合いも友人もおらず、職場のみの人間関係と
孤独で死にたいと思ったこともしばしばでした。

過食費がかさみ、いつもお金がありませんでした。

職場のおやつを1人で食べたりして、周りに不審に思われたり、
バイキングにしょっちゅう出かけて、お店の人に「もう来るな」と
言われて傷つき、
もうどうにもだめだと思ったので、実家に帰る決心をしました。

実家に帰ると、両親も友人もいて優しくしてくれましたが、
母の作る夕食はいつも量が多くて(おかずがいつも7,8品あります)肉や揚げ物が多く、
残すととても心配したり、せっかく作ったのに、と小言を言いだすので、
母が心配しないように残さず食べては、こっそり吐いていました。

そのうち過食嘔吐がばれて、説教されたりいったい何が不満なのか、と聞かれたりしました。

母なりに色々本も読んだようで、過食嘔吐は母親に原因があると書いてあったと言い、
私のせいか?と何度も聞かれました。

一緒に暮らすうち、何でも私の決めることに干渉されるのが嫌で、
決めた物事を応援してくれたり、肯定してくれることがないことがいつも嫌でした。

好きな仕事をも批判して、そうするうち過食嘔吐はひどくなりました。

私の過食嘔吐、チューイング暦

5990 私の過食嘔吐、チューイング暦 2005/05/27 07:06
女性 無職 26歳 O型 香川県
18歳 友達から、過食したら嘔吐するということを知る。それから食べ過ぎてすごく苦しい時だけ、ごくたまに嘔吐。
22歳 父が会社を退職し、もともと会社勤めと実家の農業とを両立していた、お仕事マシンのような父は精神的なストレスから母に当たりだす。リビングの真上の私の部屋は、話し合いをしようとがんばっている、諭すような、すがりつくような母の声と父の怒鳴り声が、毎日二階の私の部屋にまできこえてきていた。
    

このころから、過食嘔吐が日常になってくる。

私も、会社を退職し、プチアルバイト&引き篭もりの日々が続く。
その後、半年間、職業訓練学校に通う。
このころから、不眠症がはじまり、生理もストップ。

23歳 過食嘔吐の悪化と、家庭のゴタゴタから抜け出したい。
このままでは、いけないと思い独り暮らしを始める。
しかし、人目を気にせず過食嘔吐できてしまうこと、再就職先の社長が機嫌の悪い時、大声で怒鳴り散らすことが、父と重なり1月半位で、実家に戻る。
同時に会社も退職。

24歳 1,2ヶ月家に引き篭もる。
その後、徳島の母方の実家にお世話になる。
喫茶店で半年ほどアルバイト。
過食嘔吐は少しマシになるが、水道費が異常に高いこと、トイレが詰まったことで嘔吐が治っていないことが、祖母にばれる。
厳しく注意を受ける。
このころから、チューイングが同時に始まる。
その後、総合病院で派遣社員として就職する。
いつの間にか過食嘔吐より、チューイングのほうが大半になってくる。
会社では派遣社員同士の派閥といじめ、家庭では超生真面目な祖母という環境でストレスは相変わらず。
チューイングが日常となり嘔吐回数も少し増える。

26歳 父母の離婚後1年経ち、実家も落ち着いたようで、周りの勧めもあり、実家に帰る。
同時に、近くの病院に就職。
しかし、人間関係のストレスから、ひどい不眠症なり、退職。
現在に至る。
現在はチューイングが大半で時間がある限りほぼ常時。
過食嘔吐は3、4日に一度くらい。

私の過食暦

女性 会社員 28歳 A型 山口県
私の過食暦を書きます。
私が過食嘔吐したのは高校三年生でした。
私はその頃好きな人がいて、はっきり言って、勉強より部活よりダイエットが趣味とばかりに痩せて綺麗になりたかったんです。
痩せたらその人と両思いになれる、告白できる勇気が出るって思ってました。
りんごダイエット、蜂蜜ダイエット、トコロテンダイエット、水のみダイエット、鈴木式ダイエット、もういっぱいやりました。
でも結局リバウンドしては元通りで…。
そのときにはいっぱいダイエットの知識があって、過食症の事も知ってました。
でも私はそんなに意志の弱い人間じゃないと思って関係なく過食症の記事とか読んでました。
ダイエットをしてた時、外食しなくてはならなくて、日ごろよりカロリーの高いドリアを食べてしました。
太りたくなくてどうしようと悩んでたら過食症の記事に載っていた『吐く』という事を思い出しました。
その時は1回だけだからと思いトイレで戻しました。
手を使うわけでもなく簡単に吐くこと出来ました。
そして、そのとき『これで太らなくてすむ』と喜びました。
それから過食嘔吐はなく、次は社会人になってからです。
職場に食べたら戻すという先輩がいました。
その人は普通に食べたら戻すのが日常だといって明るく過ごしていましたね。
わたしは初めての職場でストレスでご飯がホントに食べれなくなって痩せてしまいました。
夜くらいしかまともにご飯が食べれなくなってました。
1年位して今度は反動からか、休みの日に過食が始まりました。
その時はパンを3個とかお弁当を2個とかを食べて戻すのが1日に1回位。
その後仕事をやめて新しい職場に変わりその頃は人間関係になじめず、過食は1週間に3~4回。
すべて過食嘔吐です。
仕事が変わるたびになじめない自分から逃げるように毎日毎食となり、休みの日には1日中と
いう次第になりました。
量も段々増えていき、一気にご飯4合に食パン1斤とかを食べて吐く。
しかも吐きやすい食べ物とかを経験で覚えて、吐くために炭酸の飲み物を一気に飲み一気に戻すというやり方になりました。
よだれと涙が混じってぼろぼろになりながら吐くために食べるのか、食べたいから吐くのわからなくなりながらトイレで途方にくれていく毎日。
でも体を鞭打って仕事にバイトに行きました。
ほんとに辛くてどうしようもない毎日でした。
でも今は先生からの『するべき事』を頑張ってやってます。
お母さんに、単身赴任の父に報告し、母親と過食症についてご飯を食べながら話してます。
これから改善して行くためにも電話相談、書き込み頑張ります。

怖い過食症人生

女性 学生 20歳 O型 神奈川県
おはようございます。

わたしの過食は、今考えてみると中学生頃から始まっていたと思います。
わたしは中学受験をし、中高一貫の進学校に入学しました。
当時、バスケットボール部に所属しながらも あまり部活には出ず 家に帰って 誰もいないときには必ず何か食べていました。
そんな私はみるみる太っていき、中学校入学当初より8キロも体重が増えたのです。
これはマズイ!!と思った時に【下剤】に出会いました。
下剤は食べたものを全て流してくれると思っていました。
それから、わたしは食べては、下剤を飲むというのが習慣になっていました。

高校生になっても8キロ太ったときと大して変わらない自分が大嫌いで、わたしはダイエットを始めました。
1日2食をダイエットフフードに変えるというダイエットでした。
そのダイエットを始めてから、わたしは1日1食しか食べれない【普通の食事】のことで頭がいっぱいになっていました。
そして、だんだんその【普通の食事】は普通ではなくなっていきました。

結局そのダイエットは失敗し、逆に過食は酷くなって家族に隠れて夜中に色々なものを食べるようになりました。
パン、アイス、お菓子、夕飯の残りのシチューetc.. いくら食べても満たされることはなくて 食べつづけました。
 そして、食べたあと10錠~20錠くらい下剤を飲み、現実逃避するかのように寝ました。

わたしの体重は減ることはなく、また5キロ増えました。

過食をした翌日の気分は最悪でした。

死にたいと、ほんとう毎日考えていました。
朝リストカットをして、何もなかったような顔をして学校に行く。
けれど、わたしは毎日、今日帰り何処で死のう・・とか考えていました。
世界が灰色に見えていました。

そんな生活をつづけながら、わたしは高校2年生になりました。
わたしは、精神的にも辛すぎて どうしてわたしはこんなに辛い気持ちになるんだろうと考えていました。
精神科の本を読んだりして自分なりに勉強しました。
そのときに、わたしは【過食症】だと気づきました。
このときの気持ちは、ショックと言うより自分が辛かった原因が分かって安心したことを覚えています。

高校2年生が終るころ、わたしに彼が出来ました。
同じ学校の同じ学年の男の子です。
こんな醜いわたしを好きになってくれる人はいないと思っていたので、とても驚きました。
彼はとても優しい人で、たくさんの愛情をわたしにくれました。
すると、わたしの過食は少しづつなくなっていき、体重もみるみる落ちてきました。
周りからも痩せたねと言われて、とても嬉しかったです。

そして受験期を向かえました。
受験で体力を消耗したせいか、わたしの体重は中学入学当初と同じか、少し少ないくらいまで落ちました。
しかし受験の結果は、彼だけ大学生になり、わたしは予備校に通うことななったのです。

予備校に入って2ヶ月ほど、私は彼の近くに行きたくて勉強を頑張りました。
しかし、彼との別れが来ました。
それから、わたしの過食はまたはじまり、体重は7キロ増えました。

そして、また受験期。
わたしの体重は7キロ落ちて元に戻りました。

晴れて大学生になり、ひとり暮らしが始まりました。
それから、わたしの過食がまた始まりました。

今月の2日に、身体測定がありました。
去年の4月から6キロ増えてました。
体重を量ってくれる人が、「普段からこの体重ですか?」と聞いたほどです。

2日の夕方、わたしはまた過食をしてしまいました。
その後に、このセンターの存在を知りました。
センターにメールをし、相談をしてから もうすぐ2週間になります。
一昨日、以前より少ない量ですが過食をしてしまい、下剤を10錠飲んでしまいました。

しかし、過食する間隔が明らかに開いてきています。
以前は週に2、3回程度でしたが、今は2週間に1回の間隔になりつつあります。
このまま良くなっていきたいです。

長くてごめんなさい↓

怖い過食症人生

女性 会社員 27歳 B型 長野県

過食嘔吐になったのは今から5年ほど前だったかな。
学生から社会人になり、男勝りな仕草と、姐御肌な性格で
男らしさ持ち味(?)だった為、
特に化粧とか服装とかで、女らしい事もせずにきました。
社会人になり、さすがに何処へでもGパンで行く訳にも行かず、
化粧をするようになり、スカートやスーツも着なくちゃならない
場面にも出るようになり、逞しかった体型も社会人の
時間規則の中で、徐々に徐々に10㌔位痩せてきました。
それでも普通よりだいぶ逞しいですけど。(笑)
それでも、着れる服のバリエーションが増えたり、
女らしい格好をしても不似合いじゃなくなってきたのは
やっぱり嬉しかった。

今までは似合わないからと、諦めてただけで、
やっぱりあたしも女の子なんだな~って思い始めた頃・・・。
会社でやっぱり仲良くなりたいのにいじめか??って云う
先輩の態度にストレスを感じてたのかな~。
その先輩の態度に対して、
「負けてたまるか!」ってしおれる事もせず笑顔で
「休んでたまるか!」って会社も休まず
「どうしてかな~?私は仲良くしたいのに」と
恨む事も怒る事もしないでなんとか弱気にならない様に
元気な自分である事が何より大事だった。
今思うと、そんな事で凹む自分ではありたくなかったし、
そんな自分を母は喜ばないだろうって思ってた気がする。
いつもいつも前向きに、負けずに、力強く生きる私であって
欲しいと云う、多大な期待にいつも応えたかったんだな。
でも、現実は会社でもその職場に入る時から呼吸が浅くなり
何かの特別な気合が必要で、その気合によってなんとか
平常な、強気な私を演じられていた感じだった。(無意識)
そんな会社での時間が楽しい訳も無く、とにかくもう、
「帰宅したらお腹一杯味を付けたご飯を食べよう!」って
なんだかその言葉で自分の機嫌をとって定時まで居た気がする。
で、帰宅したら大盛り3人前位のチャーハンをたいらげて、
ふぅ・・・って落ち着くの。ちょっと幸せな気分になって。
その後、え、せっかく痩せてきた10㌔が戻っちゃたらどぉしよう
って、もうすでにお腹いっぱいの胃袋に、水を流し込んで
指を入れて無理やり吐き出したのがキッカケ。
後は、元々食べることが大好きだったし、
食べてもぶくぶく太らずに済むって思えば、
甘いものとか、油っぽいものとか気にせず食べれた。
人間関係で衝突して、真剣に切れ掛かってても
時の感情で人やモノに当たらない性格である事が
正しい生き方だと思い込んできた私は、笑顔ですまし
自分の車へ戻ると、泣く事も怒る事も全てを、
食べ物を食べているその幸せな快感で押し流した。
食べ物で、その荒れ狂った感情が薄れていくのが自覚できた。
吐きダコができ、そのもっと奥へ入れなきゃ吐けなくなり
もう一個吐きダコができ、口の脇がいつも引っ張られて切れた。
母親には、その手が汚い、吐きダコなんてみっともない。
トイレがが汚れる、掃除しろ。
定番ですが・・・もったいない、意志が弱い、吐くほど食べるな。
そんなん言われても、こんな手になっても、こんな口になっても
痛くても苦しくても辛くてもやめられないのがもっと辛いって、
母親に微妙にアピールしてた。
解る筈もなかったので、案の定悪化しましたが。(笑)
夕飯をお腹いっぱい食べた後、車に乗って見切り品ツアー。
吐くのもいつしか上手になって、胃を押せば出るし
吐きダコは消え、口も切れなくなった。
見た目にはアピールする傷は消えたけど、
簡単になっただけ、気軽にいつでもできる様になった。
要は悪化進行したって事なんだね。
私の過食嘔吐は、痩せる為ではなく、
胃が破裂する勢いで食べ過ぎたものでの体重増加阻止の為。
だから、通常の生活は支障が無い。
痩せたら尚結構って思ってるけど、
通常の生活や運動ができなくなるのは、困る。
私は病気の症状まで、母親に気を使ってるんだなー・・・。
母親が好きな娘を演じる為の、平常心を維持する行為なんだ。
お手伝いをよくして、
人に気遣いができて、
明るく元気で前向きで、
何があっても負けないで、
優しく思いやりがあって、
何を頼まれても嫌な顔もせずやりこなし、
・・・こんな娘で居るには、
吐いた30分後にヒ汗とめまいで倒れてる訳にはいかない。
また、吐いていることを知っていても、
目の前で食べてすぐトイレとか
何を思われるか、申し訳無くて行けれない。
私ね、母親に気を使わずに病気になってしまいたかった。
いっそ壊れてしまいたかった。
普通の一般社会人もできない位、潰れてしまいたかった。
なんで、病気の加減まで、人の顔色伺っているんだろうって。
それすら、できなかった。

怖い過食症

女性 無職 26歳 O型 宮城県

こんばんは。

皆様、今日も一日、お疲れ様です。
今回は、私の、過食の状態について、ちょこっと書かせてやって下さい。。。

ええと。
過食が始まったのは、去年の一月でした。
それは何の前触れもなく、突然、過食という症状としてやってきました。
それまでは拒食でした。
何と言いますか、、、一日で、拒食が過食へと変わったのです。
理由は解りません。
全く急な出来事でした。
それからは、毎日、過食と過食嘔吐が続きました。
初めは動揺しましたが、日に日に減っていく体重が少し嬉しくもあり、又、「生きてるから大丈夫」と思って、特別気にしませんでした。
そんな毎日が続くと自然、吐けなくなる日がやって来ます。
体重の増加。
止まらない過食。
増え続けるゴミ。
底をつく預金残高。
不安定な健康状態により、働き口を見つけることも容易ではありません。
食事を外で摂れない(吐くから。食べだしたら止まらないから。)ので、外出もままならなくなります。
自分への嫌悪がここから始まります。
と言いますか、自分を好きになったことはありません。
ですが、ますます嫌いになりました。
自分がここで死んでも誰にも気付かれずに腐った死体になるんだろうな。。。
そのくらい、家族とは関係が薄くて、平気で一ヶ月以上会わなかったりします。
(告知してからは違いますけど。)太った自分が許せない、吐いてる自分が許せない、こんな自分は許しちゃいけない、死にたい死なせていっそ殺して!!!  そんな想いで毎日を過ごしていました。
過食が何を意味するのかよりも、自分の生きる意味についてばかりに気をとられて、「自分に生きる力が無いからこんな変な状態になってるんだ。
だったら自分は不適格者なのだから抹消されて然るべきだ」という想いに縛られていました。
そんなふうに過食と過食嘔吐を続けて、、、でも、生きていました。
何故か、生きているのでした。
結局、生きたかったのでしょう。
ずるいんだな、私。
自分のことばっかり考えて、自分の好きなようにして、それでいて家族に気にしてもらいたかったのかな。。。
そう、思います。
すいませんワケ解らなくなってきたのでいったん切ります。
続きはまた今度、書かせてやってください。
それでは、また。
お身体、心も、ご自愛ください。

過食嘔吐について

女性 学生 21歳 A型 東京都

退院(中3の10月)してから、お母さんは大量の朝食を作って食べさせられたり、ぶくぶく太っていくんじゃないかと怖くなって、拒食気味でした。
突発的に食べ始めたらお皿が空になるまで止まらなくなることがあって、その時は喉に指を入れて吐こうとしました。
すごい苦しくて、食べ物を粗末にして、罪悪感で一杯だった。
本当に私は死んだ方がいい、死ねって頭の中に響いて浅く手首を切ったり、引っ掻いたり、とにかく自分が許せなかった。
いつからか記憶がないのだけど、高1になってからかな。中二,三と親しい友達と離れて、
一応グループに入って入ってはいたけど全然馴染めなくて、頑張って付き合っていた。
でも高1になって、すごい氣の合う新しい友達ができた。それから食べるようになってきて、ある日過食してしまった時、
お腹はパンパンで、太るのが怖くてトイレに駆け込み吐こうとしたら、お腹を押しただけで吐けてしまった。
指を使うのとは違って、自然に戻した。痛くもないし、苦くもない、あと罪悪感が殆どなかった。麻痺したのかな。
それからは過食症へと転じて行った。高校の時はお小遣いも少なかったから、一日1~2回で量も今の半分くらい。
菓子パン4個とか、クッキー一箱とか。吐くのが簡単だから少しでもお腹が膨れたら、すぐ吐いた。
開き直って、吐いた物に対して何も考えないようにした。食べて、吐いて、忘れて何もなかったように振舞う。
大学に入って、自分の自由になるお金が増えて、すごく忙しくなったら(勉強、バイト、部活)、過食嘔吐も加速度的に増えていった。
私の過食嘔吐がなかなか治らないのは簡単に吐けるから。
ストレスがかかると、責める声や雑音が大きくなるからそれを消すためにも過食が使われる。食べている間は何も聞こえない。
だけどお腹が張ってくると、落ち着かなくなって、空っぽにしたくなる。空腹の状態が安心する。
でも今本当に酷くて、予定や約束、授業とか過食をしちゃって遅れたり、行けなくなる。
過食しながらじゃないと何もできない状態が多くて、家にいることが多くなった。
図書館とか電車乗って買い物へ行ったりしたいけど。今はぎりぎり大学生活をこなしている感じだから、どこにも行けない。