過食症と過食嘔吐 心の声を聞いて

食べたいけど食べたくない。普通に食べられない。
過食症になってからのみなさんの体験談をまとめました。

友達と楽しく食事がしたいから

女性 学生 20歳 東京都
専門学校に通うため東京での1人暮らしが始まってから半年が過ぎて摂食障害が始まった。
もともと普通だった体型だったが、太ももにコンプレックスを持っていた。
男の人=痩せている人が好きという固定概念があった。
太ったら嫌いになると思っていた。
また家族の中でも痩せているのが私で運動もしていたため
体型もあまり変わったこともなかった。
元カレが同じ東京ということでたびたび家にくることが多くなった。
元カレが私と戻りたいということで、太った自分だったら嫌いになるか試してみようという気持ちがあった。
もともと人よりも食べるほうであったため、
当時食べ物屋でバイトしていたため余ると持って帰ってきて夜遅くまで食べていた。
ちょっとずつ太っていった。
学校も専門学校のため忙しい上に元カレがくるため何かとストレスになりはじめ、過食へと走っていった。
始めゎ過食症だなんて気がつかなかった。
半年後、元カレとも縁がやっとで切れたときにゎ体重が10キロ増えていたが、頑張って運動して痩せようと考えていた。
専門学校1年の冬に家族に会うと太った私を見て、
『みっともない』などと冗談で言われてひどく傷ついた。
また食べ物を食べようとするだけで
『もう食べるのやめなさい』と言われ、家族のいないところで余計食べるようになっていった。
そのようなことを言われると突き放された気持ちになり
『私ゎ痩せてないと誰からも認めてもらえないんだ。』
と思うようになった。
東京に戻り、元カレへのストレスもなくなると同時に普通の食事に戻り元の体重へと戻っていった。
それからもっと痩せたいという気持ちが強くなっていった。
それから私ゎ一週間に五キロの増加ゎ当たり前で、吐くことで増やさないことも覚えていった。
このころから自分の異変に気がついた。
友達と食事をしても、友達よりも私のほうが食べてる。
もっと友達に食べさせないと。
と思ったり、友達と話していても食べ物のことしか考えていないようになった。
それが1年ほど続き、専門学校2年の1月~3月にかけて私ゎ学校が忙しいのも合わさり過食をし、疲れるまで食べ気持ち悪くなるほど食べた。
学校にいくことが私のプライドで小学校のころから皆勤賞だった私ゎどんなに食べても朝ゎきちんと起きて学校に通った。
しかし周りの目がどうしても怖かった。
太った私を見てみんなが笑ってる。
と強い被害妄想を持つようになる。
しかし金曜日ゎ私にとって幸せな日だった。
それゎ平日も過食をしているが、だいたい3千円分くらいの過食から朝から夜まで食べていられるということで一万円ほどの金額を使っていたのだ。
金曜日、土曜日まで過食をし、日曜日の過食ゎ次の日の学校があるから疲れて寝るために吐いていた。
それからこんな生活ゎいけないと思った。
しかし、過食ゎおさまらなかった。
死にたいと毎日思っていた。
誰も悲しまないと思っていたから。
このころママに摂食障害だと思うと言うとママゎ信じてゎくれなかった。
というよりも自分の大切な子供がそんなことになるとゎ思っていなかったのだと思う。
そして受け入れられなかったのだろう。
ママの友達が東京のアパートまで遊びにきてくれた。
人となるべく会わないようにしていたのに突然の訪問に会うしかなかった。
太った私を見たら嫌われると思っていた。
1月~3月の間に27キロも増えていたため驚かれると思った。
しかしママの友達ゎ私を強く抱きしめもう大丈夫だよと言ってくれた。
私ゎ涙が止まらなかった。
どうしてこんな私のためにしてくれるの?
死んだって誰も悲しまないのにと思った。
その出会いが私を変えた。
春休みを利用して摂食障害の人が集まる施設に二週間滞在した。
そこでの生活ゎグループで生活するため、過食がしたくてもできない環境が辛かった。
しかし、学んだことも多かった。
始めて同じ摂食障害の人に会って、私と同じ思いをしてる人がたくさんいることを知った。
そして、自らが摂食障害であることも認めることができたのだ。
10年も摂食障害に苦しんでいる人と友達になり話していると、その人ゎ今も辛いのに年下の私をかわいがってくれた。
『偉いよ。まだ20歳なのにこんなところにきて前向きに治そうとしてる。大丈夫だよ。私みたいになる前に早く治るといいね。治るよ。』と言ってくれた。
私ゎこんなにも人に愛されることができる人間なのだと知った。
そしてカウンセリングでゎ、過食嘔吐しても責めないで、今日の自分に明日ゎ負けないと思って、どうせ過食をするなら楽しみなさいと言われて気が楽になった。
20歳の誕生日をそこで迎えた私ゎもうここにゎ来たくないと思った。だから頑張ろうと思った。
東京に戻ってくるとスポーツジムに通い健康的に痩せていった。
しかし、過食のスイッチが入ると、前よりもひどい量を過食し吐いてることに気がついた。
しかし、これが私のストレス解消になっていて、止めることゎできなかった。
摂食障害と認められるようになってから、本当の友達にだけ伝えることで気持ちが楽になった。
また、ママもインターネットで調べたりと私のことを理解しようと頑張っていた。
そんな人たちのためにも頑張ろうと思った。
夏になると体重ゎ27キロ増えたときからマイナス20キロ減らすことができた。
嬉しかった。また家族も戻るといつもの私を見ている目に変化したことに気がついた。
その中で思ったことゎ痩せてないと認められないという勘違いだった。
今ゎ生きてる中で一番痩せているが、もっと痩せたいと思っている。
だから、ちょっとの量でも吐いている。
過食してるときゎ幸せ。
でも吐いた後ゎ辛くなるが胃の中に何もないことがうれしくて、体重計にのって、過食前よりも1グラムでも減らすまで吐いていた。
今ゎ何を悩んでるだろうって考えると、やっぱりガリガリになりたいって思っている。
もっと痩せて、人に『細いね』って言われることが快感なんだと思う。
それがないと自信がつかないって思ってると思う。
でもいくら痩せても自信につながらないことも知ってる。
体重が減って好きな服が似合うようになって、ストレスになる原因も自分で解決できるようになっている。
現在の1日5千円の過食嘔吐をしても心の安定がはかれている。
だから普通の人とストレス解消の方法ゎ違うかもしれないし、いくら喉を傷つけて血を吐いたとしても心の安定がとれているから過食嘔吐ゎ続く気がする。
でもやっぱり友達と楽しく食事がしたい。
また今年社会人になってまた新しい環境に行くことになる。
だから摂食障害が完治したいからこの相談センターで頑張っていきたい。
まとまらない文章ですいませんm(__)m
とにかく、認めることが大きな変化になったこと。
それまでゎ毎日死にたくてしかたなかった。
でも自傷行為をしなかったことゎ諦めたくなくて生きたくて、人生を楽しみたいって思ってたからだと思う。
これからも頑張りすぎず、完治を信じたいです。