過食症と過食嘔吐 心の声を聞いて

食べたいけど食べたくない。普通に食べられない。
過食症になってからのみなさんの体験談をまとめました。

カテゴリ : 30代

美味しいものを適量食べるという事がわからなくなった

女性 主婦 33歳 鹿児島県

過食症になって、美味しいものを適量食べるという事が分からなくなりました。美味しくてもおいしくなくてもとにかく詰め込んで、テレビで見たフォアグラを作るためのガチョウになった気持ちでした。吐きだこができないように気を付けながらトイレットペーパーを口に突っ込んでいました。だんだん慣れてきて吐けなくなると紙の量を増やし、詰まってしまったこともありました。そんな時でも冷静に対処できる自分もいました。一度か二度飲みこんで、あとから全部一緒に吐き出したこともあります。
高校生で嘔吐を始めたころは菓子パンひとつを食べたことが後ろめたくなる程度でした。帰宅途中に原付に乗りながら菓子パンを食べ、それがどんどん増えて30分の移動中ずっと食べるようになりました。
大学生活でも寂しさもあり、また親の目がないので自由になったこともあり過食の量はどんどん増えました。寮生活で食事もあったのに冷蔵庫の中の他人のものを食べたこともありました。留学中もどんどん体重が増え、クッキーを買うのが日課になっていましたが恥ずかしいので顔を隠し、急いで去っていました。大型スーパーで安いお菓子を大量に買って、一週間分の過食用にしようと思っても逆にある分ずっと過食してしまっていました。また、友達は多かった半面、こんな自分なんか友達を作る資格がないと自ら殻を作っていた気がします。
帰国後も人目を避けながら半額になった菓子パンや食パンを買って食べたりしていました。無料のダイエットモニターに応募してもインタビューに答える内容がちんぷんかんぷんで、「一週間で食べる食事以外の食べ物」を聞かれたときに「菓子パン1個」と答え、「自分はどれくらいが食べすぎなのかわからない」と思いました。
また、友人が一日の食べ物を記録していて、「みかん1つを食べたことを覚えているなんて信じられない」と驚いたことを覚えています。
主人と交際しているとき、まったく納得できないことで喧嘩になったり、八つ当たりをされても「病気の私は正常の人間じゃないから私が悪いんだろう」とどこかで思うようにしていました。ですが家族には気づいてほしくないのにわかってほしいという矛盾からか八つ当たりをしていました。
結婚してからは主人がお風呂に入るタイミングで吐けるように時間を調整していました。息子がおなかにいるとき、苦しいおなかを逆に利用して胃の中のものを吐き出すようにしていました。
過食嘔吐の症状が出ているときは常に食べ物のことが頭にあり、そわそわ、今日は1回だけにしようと思っても過食と嘔吐が終わった瞬間に次の過食が始まっていました。
トイレに向かって泣いていたこともありますが、最後らへんは食べるときも吐くときも効率のみを考えていました。アイスを食べると吐くときに楽だとか、パンばかりだと詰まりやすいとかそんなことを考えながら過食していました。
無駄な時間を過ごすのがいやなのに、本当に多くの時間を無駄にしていたと思います。