本当は怖い。過食症と過食嘔吐ブログ

過食症の体験談がまとめられたブログです。

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過食嘔吐の悲惨な人生

女性 会社員 37歳 A型 広島県

今回は摂食障害になってからの経過を書かせていただきます。
うまく要約できず文章が長くなりすみません。

17歳の頃のダイエットから拒食となり、過食嘔吐に移行するまで1年かかりませんでした。
体重が戻っても筋力は戻らず、中学生の頃の速さでは走れなくなりました。

18歳から県外に一人暮らしし、過食嘔吐は加速しました。
バイト代は過食代に消えました。

友達と遊びに出掛けることもほとんどなく、お洒落もお化粧もせず、授業が済んだら自転車で近所のスーパーマーケットをはしごします。
安い食材を買い込んで夜くたびれるまで過食嘔吐の繰り返し。
一体何をしているんだろうと自問自答しながら毎日するのです。

スーパーマーケットの店員さんに顔を覚えられ
「こんなに何に使うの」
と聞かれると、その店には二度と行けずに、自転車で1時間かけて遠方の店まで買いに行っていました。

夜は資格勉強のテキストに食べ物のかすを落としながら、トイレと机を何百回もいったり来たりしました。

友達からの食事のお誘いや飲み会も心から楽しめたことはありません。
食べすぎれば吐きたくなるに違いなかったからです。

寒いある晩、突然今まで経験したことのない激しい腹痛と吐き気におそわれました。
おそらく、過食したものがあたったのでしょう。
冷や汗が出て下痢もしました。
実家に過食を隠して食あたりしたと電話しました。
電話にでた実母の話は
「救急車をよびなさい。今は夜で行けない、明日も用事があって行けない」
という内容でした。
もちろん救急車は呼びませんでした。
友達にも助けを求められませんでした。
過食嘔吐したことを知られたくなかったからです。
翌日は発熱し一人で寝ていました。
起き上がれるようになったのは、翌日の夕方でした。
このときの経験が怖くて、健康に気を付けるようになりましたが、過食嘔吐は続けていました。
本当はこれが健康を蝕んでいたにも関わらず。

県外で就職してからも、自宅ではテレビの前とキッチンとトイレを寝るまで巡回しています。
飲み会は帰ってから過食したくなり、くたびれて翌日の仕事がつらくなるので、極力参加しませんでした。
上司には付き合いの悪いやつだと思われましたし、同僚の輪から浮いていました。

学生時代より、自由に過食できるお金は増えましたが心は空虚でした。
こんな人生は止めたいと毎日思いましたが、何をするでもなく毎日淡々と仕事に出ていました。

過食嘔吐は思考と感情を麻痺させます。
その頃には歯は虫歯だらけでしたが、嘔吐を指摘されるのが怖くて通っていませんでした。

ある日、前歯が痛くなりました。
気のせいだと自分に言い聞かせて仕事が終わってから近所の歯科を受診すると、歯の神経の部分まで腐っているとわかりました。
歯に穴を開けると溜まっていた臭いガスをぷしゅっと吹き出てきました。
その歯は神経を抜きました。

ある土曜の夜には、過食して噛んでいると、ばりっと音がして奥歯が割れました。かかりつけの歯科は休みで休日開いている歯科に飛び込んで治してもらいましたが、へんてこな大きな銀歯の被せものをされました。
いまでもどこの歯科に行っても、なぜそんなへんな被せものをしたの?と聞かれます。私はそれに答えられません。

30歳を過ぎて今の人生を変えることを諦めて数年後、見合い結婚し子どもを授かりました。

出産での入院からひとつきあまり、人生で初めて過食嘔吐が止まった時期がありました。
このまま続いてほしいと思いましたが、無理でした。
慣れない育児の中、過食嘔吐を止めたままでは苦しくて、まず噛み吐きから始まりました。
すぐに過食嘔吐になり、時間の許す限り続けました。
第一子はよく泣く子で起きている間は抱っこにおんぶで過ごしました。
子どもが寝たら過食しようとベッドに置いて、何度も起きられては腹をたてて奇声をあげたことか。

この子は私が振る舞ったままの子どもに成長しました。
イライラするとすぐに奇声をあげてねっ転がります。

寝起きは悪く、1時間以上ぎゃーぎゃーと泣き続けます。
もともとそういう性質の子なんだと思っていました。
そういう子の対応の本を読んだりしました。

無料相談を受けて世代間連鎖を知り、まるで検討違いなことをしていたとわかりました。
私の過食嘔吐が、私の病気が原因だったなんて、情けなさすぎます。
誰にも迷惑をかけないストレス解消方法だと甘えていたのが、よりにもよって子どもが被害を被っていたのですから。