過食症と過食嘔吐 心の声を聞いて

食べたいけど食べたくない。普通に食べられない。
過食症になってからのみなさんの体験談をまとめました。

子供の見ている前で過食嘔吐

子供の見ている前で過食嘔吐 女性 主婦 35歳 A型 福島県
 過食嘔吐暦18年。1日2~8回。結婚して9年。
もちろん、過食嘔吐は結婚する前から。
もちろん主人の前では過食嘔吐の「か」の字も触れずもちろん親も私が過食嘔吐していることすら知らない状態でした。
長女出産 現在8歳
次女出産 現在6歳
長男、次男双子を出産 もうすぐ4歳
過食嘔吐している私が4人の子を出産したのですから、今思うと本当に良くやったと感心します。
初めての出産のとき、過食嘔吐の人生に邪魔が入り込んだと思いました。
私は、食べて吐く時、左手で胃を圧迫します。
次第にお腹が大きくなるとそれが困難となり、結局はぎゅうぎゅうと大きなお腹を押さなければなりませんでした。
時々過食嘔吐の最中、お腹が張ってきたり。でも、そんなことお構いなし。私の頭の中は過食嘔吐だけ。
だから、子供はあまり大きくなく、体重も4キロ位しか増えず。
妊婦検診ではいつも尿淡白(2+)妊娠中毒症。
そりゃそうだ。食べ吐きしているから体の中の電解質はバラバラ。4人の子供すべてがそうでした。
特に双子の時は、子供が育たないのです。私の体から栄養なんか行き届くはずがないのです。
自分の体さえやっと生きている状態なのに。生まれてくる双子の子に申し訳ないと思いつつも止められない、過食嘔吐でした。
長女が生まれると、私は狂いました。だって、思うように食べ吐きが出来ないのです。
すぐに泣く。面倒くさい、とラックに縛り付けラックを足で揺らし、私は子供を寝せつける。寝せつける間中、食べる。
そして、寝たな。と思ったらトイレへ直行。
でも揺らさないと泣くので、吐いている最中に泣くともう集中して吐けず、イライライライライライライライライライライライライライライライライライラ。
泣いている長女の首に何度手をかけた事か。「この子さえいなければ」。
大きなダンボールに食事と子供をいれ、まるで子犬にえさを与えるかのように食べさせてた。散らからなくてすむ。
でも食べてくれない。とイラつく。
作った食事を子供の頭から「なんで食べないの」と、罵声を浴びせさせたこともあった。
子供の行動範囲は広がり、トイレに来るようになった。それも私が吐いている最中。私は異常なほどまでに子供を叱り付けた。
しばしば子供の目が怖かった。過食嘔吐している私を見られているようで。
それまで、過食嘔吐を隠し続けてきた私にとって、人間の目が恐怖だった。
子供は、いじめにあい、幼稚園では、給食が食べられず、いつも気持ち悪い。と神経過敏で。
なにかのプレッシャーに胃腸障害を起こすようになり、未だに、何か事あるごとに、食事の取れない子に育ってしまった。
そういえば出産してすぐに、おしりの傷が痛くても、帝王切開で傷がまだふさがらない状態でも、私は、傷を押さえて過食嘔吐していた。
過食するとお腹が膨れ、傷が痛い。吐くとき、傷に力が入り傷がいたい、でもそれを我慢してまでも、食べ吐きしていた。
今、その姿を想像するととんでもないスタイル。おしりを押さえながら吐くんだから。
ここと出会い、私は、子供を愛していることを感じることが出来た。
長女が生まれてからの8年。過食嘔吐していた時間より、これから20歳になるまでの12年間。
病気が治ったら必ず子供を幸せにできる。幸せにしてあげたい。今まで苦しめた分。病気が治ったら、必ず必ず。
この子供達4人を幸せにしてあげたい。そんな心を初めて感じている。こんな苦しみを味あわせてしまったんだもん。
お母さん、卒業って言われるまで。今度は、お母さんが、何が何でも、病気を治して、幸せにしてあげるから。
本当に今、ここに来て良かった。
まだまだ。子供の心を癒すだけの私ではないけれど、少しずつ、カメさんの様にゆっくりだけど頑張るからね。
皆、頑張ろうね。