本当はこわい。過食症と過食嘔吐

センターの相談を受けた方に過去の体験を綴ってもらいました。専門スタッフによる「過食が止まる無料相談」も行っています。

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タグ : チューイング

過食症になって

42384 過食症になって 2007/03/14 11:52
女性 主婦 30歳 A型 北海道

私の過食嘔吐がはじまったのは、20歳の時でした。
原因はダイエットなのか?家族なのか?恋愛だったのか?
痩せたい=チューイングで簡単に痩せられると安易に思ったのが
地獄への入口でした。46kgだった体重はまたたく間に36kg。
もう、食べる行為が恐怖になってました。拒食症状態です。

その頃の彼氏と別れた途端、過食が襲ってきました。食べていい
はずなのに、満腹感はないし、食べたい食べたいの欲求。
せっかく痩せたのにこんなに食べたら激太りしちゃう。吐くことなんて簡単だから吐けばいい。
太りたくないのに毎日、頭の中は食べ物のことでいっぱいです。
人と接することも嫌になり、会社に行くことも困難になり休みがちになりました。

両親には「アンタがワガママだから」「頭がおかしい」「手におえない」
と言われ、会社を辞め、母に精神病院に連れて行かれました。
母と何度かカウセリングに行きましたが、家に帰れば、父が母に
「こいつがこうなったのはお前のせいだ!」と責め、その鬱憤で母が私に
「なんでもかんでも私のせいにしないでよ!自分が悪いんじゃないか!!」
と言い、カウセリングに行くのも悪循環でした。
両親と接する事が、嫌になりました。両親にはなるべく治ったふりで
接しようと思い仕事も始めました。家にはいたくないけれど、
お金がないと過食嘔吐ができない。
昼間の仕事だけでも大変なのに、私は水商売に足を踏み入れました。
アルコールのせいで過食は悪化。もう体はボロボロです。
経済感覚もおかしくなってます。
自分は何で生きているんだろう?こんなに責められてるのに、
過食嘔吐は止まらないし、出口はどこ??
この家から出たら治るんじゃないか??
結婚したら治るんじゃないか??と、また安易な考えです。

25歳で両親には
「治った、彼は過食嘔吐してた事を知っている」と嘘を言い、
結婚しました。結婚しても何も変わりません。
やっぱり隠れて過食嘔吐を繰り返すのです。
実家にいた頃より、最悪です。過食嘔吐に自己嫌悪をするものの、
過食嘔吐がすっきりするようになりました。
キッチンドリンカーにも足を踏み入れてしまいました。
毎晩大量のアルコール、過食嘔吐。顔と足はパンパンにむくみ、体はダルい。
両親を、主人を裏切っている自分を情けなく思いながら、止まらない。
こんな感じであっという間に10年も過食嘔吐に費やしてしまいました。
楽しむはずの20歳代は最悪な形で過ぎ去っていきました。

これからの私の人生を楽しいものにする為に、
そして主人や両親を裏切らないためにも、絶対完治しなくてはならないのです。
ここに出会ってちょっと勇気がわいてきました。
過食嘔吐も減ってますが、禁酒もできています。
少しずつ頑張ろうと思います。

長々と書き込んですみません。
読んでくれたみんな大好き。ありがとう。

怖い過食症人生

女性 自由業 33歳 B型 栃木県

18歳後半、食べることが止められない、母は再婚した父を嫌う(でも心の中ではとても必要としていた)私のために、父と別れることを真剣に考え、父に相談していた。
ずっと部屋に閉じこもりきりの生活。
薬屋になんどか通い、思い切り眠くなる頭痛薬を買ってきて、一気に20錠飲み、うつらうつらとしてくるが1時間くらいして気持ち悪くなり部屋から這い出してきた。
「助けてー、見捨てないで。」と、朦朧とした中で言った記憶。
血のつながらない父が抱きかかえてくれた。胃袋が爆発しそう、気持ち悪い気持ち悪い。
傍で母が「この子をもうどうしてよいか分からない、手に負えない」
「馬鹿!なに言ってるんだ。自分で産んだ娘だろう、今まで一生懸命にやってきた娘だろう」
という会話が少し聞こえたことは覚えている。
父の腕の中でたくさん吐いた。母はかかりつけの医者に電話していたような。
この頃、夜中2時に家を出て、近くのスーパーのゴミ捨て場、残り物のお惣菜が捨ててあるのを毎晩拾ってくるのが日課。
チューイングをするが物足りない、ならちょっとだけ吐いてみようか、食べ吐きが始まる。

19歳のころ、浪人生活、予備校はほとんど行かず、毎日家で食べて吐く生活。
一度吐きすぎて貧血で意識がなくなりかけるがそのまま続ける。
20歳のころ、このままではいけないのかな、とふと思うようになり、何気なく専門学校の広告を見つけ、通うことにする。
21歳のころ、埼玉の専門学校に通うため、一人暮らし。毎日学校にまじめに通うが、夜は過食嘔吐、時間的に1回しかできなかったが、習慣になっている。
土曜日だけ「解禁の日」をつくった。好きなものを自分が安心して食べられるものから少しずつ食べ、おなかいっぱい食べても吐かない日。
酒を大量にのみ、そのまま眠る。夜中に起きたときは気持ち悪く、顔は倍くらいにむくんでいる。日曜の夜までうつらうつら眠り夜は過食嘔吐、土曜の夜に食べたものがまだ胃にのこっていて、気持ち悪いものまで吐き出していた。
そのうち、解禁の日も、普通の過食嘔吐になり、土日はずっと過食嘔吐をする日となる。
ある夏休みのある日、母と電話で口論になり、大量にアルコールをのみ久々の「解禁の日」を実行。急性アルコール中毒になりかける。
電話のやりとりを心配していた母が3時間かけて向かっており、アパートで倒れ掛かっていた私を発見し、事なきを得る。

そのまま学校を卒業、実家のほうにもどり、就職するが、やはり過食嘔吐を両親に気兼ねなく思う存分するために実家をでて、一人暮らしをする。

この頃、過食嘔吐、毎晩1~2回、休みの日はずっと。
途中、仕事を辞めたり資格を取ったりするあいだ、休みの日の過食嘔吐は減ったり増えたり。
ただ、今まで一日も休むことなく、毎晩の日課となる。

ここまで書いて、そのときの気持ちってあまりない。
ただ、25歳のときカウンセリングを受けたりして、私の中のインナーチャイルドが叫んでいる、ってことは分かった。

ガメラの卵みたいな中に入っているインナーチャイルドが出てこれなくて中でうずくまっている。ぶるぶる震えていて、怖いよ怖いよっていっている。

催眠療法、ワークなどもやったけど、途中で体が動かなくなり中断。

過食嘔吐が癖になっているところもあってタバコのように止められればと思うが難しい。

ダンナは11歳も上のひと、父親をかぶせているのかな。ダンナと付き合うとき、なんでも話を聞いてくれて「甘えられる人だ」って心が満たされた感じがあったこと、覚えている。
でも、結局男の人は甘えんぼ、私は甘えられず、過食嘔吐は続いている。

5万が10万、30万。

女性 主婦 38歳 A型 愛知県
12年前は過食のみ 嘔吐を始めるも食べ過ぎた時だけ 
それからどんどん進み 
3~4年前からは 過食チューイング嘔吐になり
1年前からは毎日3回チューニング お酒を飲みすぎた時は嘔吐
始めは5万が10万
そのうち15万があたりまえになり
終いには月に30万円になりました。
電話相談後 朝は半分食べれます 嫌な事があると過食をしたくなります