本当はこわい。過食症と過食嘔吐

センターの相談を受けた方に過去の体験を綴ってもらいました。専門スタッフによる「過食が止まる無料相談」も行っています。

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カテゴリ : 30代

本当に怖い過食症 

女性 会社員 32歳 B型 茨城県

この病気が発症したのは26歳だと思っていたけど、実際はもっと前からその芽はあった。

18歳の時、2ヶ月の短期留学中に5㌔太った。最初の1ヶ月は維持していたから、ホントは1ヶ月で5㌔。今思えば〝寂しさ〟を食べることで誤魔化していたってわかる。

そして依存という視点からすると、喫煙し始めたのは明らかに寂しさから。彼と離れている時淋しかったから、せめて同じ匂いを纏っていたかった。

本格的に過食症になったのは、生まれて初めて一人暮らしを始めてから。それまでは同棲していて、彼がお母さんのような存在だったから、3歳の私は解放されていた。それが急に頼る人が居なくなって、見捨てられた気がして、インナーチャイルドが行き場を失った。初めての本当に一人。大人の女性として、きちんと生活しなくちゃ!という考え。

でも過食症になる前に、身体が悲鳴をあげ始めた。明らかにストレスから来る肌荒れ。自分でもかわいそうに思うくらい。しかも気持ち悪い。人の目が気になる。出かけるたび『気持ち悪いって思われてる』という意識。

そして不眠。眠りたいのに、1時間くらい横になると目が覚めてしまう。寝かせて。明日も仕事なの。そう思えば思うほど、眠れない日々。毎日4時間も眠れていただろうか?それでも毎日出勤。行きたくないとか、休もうなんて考えも浮かばないほど、行くことが当たり前になって、感情を持たないロボットのようだった。それだけ感じないように生活してきたのに、気を許すと電車でも会社でも涙が止まらなかなった。そして、生理が止まった。

過食も最初は1週間に2、3日食べ過ぎていた程度だったけど、段々体重は増えてきて。その時、モデルがやっていると聞いていた方法、吐けばいいんだと思いついた。最初は食べた後、無理矢理指を突っ込んで。苦しさと自己嫌悪と罪悪感の入り混じった涙を流しながら。それでも食べ始めると止まらない。1週間に2、3回からすぐに5回くらいになって、半年も経たないうちに毎日。量も食べ過ぎた程度から、明らかに過食するための食材を買い込むようになった。8時前から食べ初めて、11時過ぎまで食べ続ける。そして嘔吐。その後お風呂に入ると、いつも1時、2時。

毎回症状の後は消えてしまいたかった。誰も私を必要としていない。こんな自分は居なくなったほうがいい。知っている人の記憶から消えてしまいたい。死にたい。でも死ぬ勇気もない。自殺は最大の親不孝だと考えていてから、それも出来ない。自分は鬼畜だと思いながらも、食べて吐くことは辞めれなかった。

そして突然の祖母の死。悲しくて泣きながら電車に乗って実家に行ったのに、お葬式の時も過食嘔吐は止まらなかった。「最低。こんな私だから、おばあちゃんも死んじゃったんだ。私の所為だ。」もう、限界。実家に帰れば両親が居る。誰かが居れば止まるかも。縋るような思いで実家に戻った。でも症状は止まるどころか酷くなった。

とりあえず始めたバイト。週1の休みで毎日昼くらいから夜まで。その頃が、回数的には一番多かった。朝、ごはん1/3杯とお味噌汁でも嘔吐。昼、厚切りのトースト1枚も嘔吐してしまう時も。帰宅は11時くらいで、そこから1時まで過食。お腹がはちきれそうになるまで。私の死因は胃炸裂じゃないかって毎日考えてた。そして、締めの嘔吐。少しだけ、最初に食べたものだけを残すような感覚でおしまい。

休みの前は2ラウンド目がある時も。休みの日は、食べ始めたら止まらない。家に居ると食べてしまうから出かけても、帰りには過食材を買い込んでくる。全て吐き切ってしまったときは、めまい、身体の痙攣。今考えると、恐ろしい。なんで動けていたんだろうって思う。でも、あと1㌔落としたくて。なぜだか43㌔にこだわり続けていた。

仕事が変わって、規則正しい生活になっても症状は減らなかった。回数は平日2~3回に落ち着いていたけど、明らかに量が増えていた。病気という認識は無かったけど、こんな癖を治したい一心でネットで検索。

発症から4年目、このセンターに出会った。そして先生と初めての電話で言われたこと。「入院しなければいけない状態です。放っておけば4年後には1日8回になるでしょう。」ぞっとした。1日8回?それでも私は生きているの?普通の生活は出来ない。じゃ、38歳、独身、親もあてに出来ない私は、どうなってるの?死ぬ勇気の無い私は、それでも生きているだろう。生き地獄とは私の未来のことだ。

私は恐らく、一気にマグマに相応しい分の症状が出たんだと思います。毎日になるまで半年もかからなかったから。それからは症状も量も減ることなんて無かった。海外旅行で気分は解放されているはずの時も症状は出てました。だから環境を変えただけでは、症状が一時的に止まることはあっても無くなることは無いって断言できます。

初期停止は、病気の種を封じ込めているだけ。その種は、地下で根を伸ばし続けていて、後々成長した芽のごとく、症状は悪化して表面に出てくるということを肝に銘じてください。そんなに甘くは無いです。この病気。

怖い過食症 

女性 自由業 34歳 A型 東京都

過食症が始まってから、もう16年経ちます。
過食症は治さないとこれだけの時間を浪費することになります。
私の人生のほぽ半分が過食だったということです。
もともと食べ物に好き嫌いが多くて、小食でした。
体もすごく痩せていました。
でも母が、糖尿病の危険があるとかで、ダイエットを始めた時にそのダイエットに付き合うことになりました。
高校1年生でした。
ご飯を減らして、毎日のウォーキング。
もともと46キロしかなかったのに、さらに3キロ痩せました。
その時の「ご飯は太るもの」「運動は毎日」という固定観念が今もなかなか抜けません。
その後に受験のストレスから、過食が始まりました。
最初はクッキー一箱。
(マクビティーのダイジェスティブビスケットにクリームの挟まったやつでした)その時のことはよく覚えています。
食べた後に「あ、全部たべちゃった」って思ったのも覚えてます。
それから、デッサンの研究所の帰りに母に見つからない様に、お菓子を食べてました。

それから、どんどん過食の量は増えました。
お菓子一箱なんかでは済みません。
仕事を始めてからは、ほぼ毎日、仕事帰りにお貸しやパンを買って、実家の時は家で過食できないので、外で過食してから帰宅するような始末。

ひとり暮らしを始めたら、自宅で仕事が終わってから、仕事場で残ったパンを沢山もらってきて、本当に何個も食べました。
私は嘔吐がないので、体重もあっというまに

60キロ近くまで増えました。
これは経年増加です。
過食の量は減る事はなく確実に量が増え続けます。
外食で過食することも増えました。
お昼ご飯に2軒3軒と廻ることもありました。
お金もとてもかかっていたと思います。
それから、過食が、例えば仕事場の移動、引っ越しなんかがあると軽い初期停止みたいな感じで何ヶ月も止まることも何回かありました。
でも必ず、再発。

一番長く止まったのは、妊娠中の時でした。
一度も出ませんでした。
でも産まれてからはまたすぐ始まって、その時も体重は60キロ近くになったと思います。

過食は本当にきちんと治さないと、こうして再発を繰り返します。
そして、病気ときちんと認識しないと人生の半分もの時間をこうして、無駄に浪費して心をすり減らしていくことになって、そして食べ物のことしか考えられなくなって、楽しい幸せな生活からどんどん遠くなって行きます。

過食の次の日は、必ず顔とか体がむくんだりします。
偏った種類の食べ物を沢山摂取する事は本当に体によくないって頭でわかっていても、コントロールできないのが、この病気です。

過食で太った時に、周りから「たくましくなったね。
」上司からは「デブ」と言われたこともあります。
だから、周りから褒められる様に仕事を本当に頑張りました。
自分自身の体がそうして評価されないのであれば、仕事で評価してもらうしかなかったからです。
5年間、月に3回や4回の休みでほとんど働き続けました。
立ち仕事と若いのに年上の人を使う仕事だったので、精神的にはもうぎりぎりでした。
そして仕事を辞めると決めて、結婚した後、重度の鬱になったのです。
頑張る事で自分をなんとか保てるこの病気の私には、鬱になるのは地獄です。
やりたいと思っても体が動かない、朝起きられず掃除も洗濯もできない、ご飯も作れない、当然働きたくたって働けない。
そんな体なのに、アルバイトの面接に行ったことだってありました。
それで、どんどん鬱はひどくなって行きました。
寝た生活は2年続きました。
その間、電車も乗れない自分に、「死にたい」と思って溜めていた抗鬱剤を沢山飲んだりしたこともありました。
鬱の間ももちろん過食です。
こうなるともう二重苦です。
過食症になると鬱を併発することが、本当に多いようです。
精神科の先生もそうおっしゃっています。

<編集後記>

鬱と過食を併発した時本当に生きることの意味なんてあるのだろうかと、思いました。
だから、病気を完治させて、本当に生きるということを私は味わってみたいと思う。
自分の為に生きるっていうこと。
自分の人生は一回しかありません。
そしてみんな致死率100%です。
その中に、「過食の完治の為の最大限の努力」の時間がほんの少しあっても私はいいなって思いました。
だから、今、 大好きなみんなといます。
そしてここに来るみんなと一緒に病気を完治させたいと強く思います。
そして、過食症はれっきとした心の病であること、死に至る(それは体の病気での死ということだけでなく、精神的な死、心が死ぬという意味も含めて)病気であることを、はじめましてのお友達たちにも認識して欲しいと思います。

過食嘔吐がどれだけ残酷な病気か 

女性 主婦 39歳 O型 京都府

私がどれだけ過食嘔吐で苦しんできたかを知ってください。
私は今、39歳、小学生の娘2人をもつ母親で、夫も入れて4人の核家族です。
7月中に仕事は辞めますが、今はまだ働いています。

私がダイエットを始めたのは高校2年生のころです。
小さいときからぽっちゃりしていて、体型に軽いコンプレックスがありましたが、高2の時に一念発起して、ダイエットを始めました。
体重はみるみるへり、165センチなのに50キロを切るところまでいきました。

ところが高3になって受験期になると、関心事がダイエットから勉強に移りました。
また親の希望(医学部)に沿わない進路を選んだため「医学部に行かないなら○○大ぐらい入ってもらわないと困る」と言われ、それがものすごい重圧となり、食べて勉強し、食べて勉強しで、あっという間に10キロ太りました。

精神的には親のロボット、いや奴隷であった私は、とりあえず親の指定した大学に進学したものの、心は空虚でした。
しかし小さいときから「他人よりいい成績である」ことに最大の価値を置く母親、それから常に父親の顔色をうかがう生活、親が気に入らないことがあれば、さとすよりまず殴る・たたく、そんな家庭から離れて下宿を始めたときには本当にせいせいして嬉しかったです。
一人暮らしがさみしいという友人が信じられませんでした。
今でも親のことは嫌いです。

下宿を始めてとりあえず再びダイエットをして5キロぐらいやせたものの、その後にはすぐ過食し、嘔吐するようになりました。
嘔吐することをどうやって知ったのかは覚えていません。
多分やってみたらすぐ吐けたのかな?最初は1週間に2回ぐらいだったし、「食べ過ぎちゃったなー」ぐらいで、まさかこれが長く苦しい過食嘔吐の入口だとは思っていませんでした。

3年生になると、過食嘔吐を1日に最低1回はするようになりました。
友達が誘ってくれても、なんだかんだと理由をつけて断り、頭の中は今日の食べ物はどこで買うか、ということでいっぱいでした。

4年生になると、卒論を書くことが主な作業となり、時間に融通がきくようになったこともあり、過食嘔吐はエスカレート。
1日に3回、4回と過食嘔吐を繰り返し、食べ物がなければ卵とバターと小麦粉を混ぜてあっという間にクッキーのようなものをオーブントースターで焼いて食べるようにさえなりました。
当然勉強は進まず。
集中力も低下。
ものを口に詰めこみながら、無意味に本やノートを机に広げ、夜明けまでただただぼんやり眺めていただけの日も数知れず。
「ヘーゼルさんの論はおんなじところを回っているばかりで全然進んでいない」と指導教官にも怒られ、ものすごく焦りは覚えたものの、下宿に帰ればやっぱり過食嘔吐の連続で、「助けて、私はどうなるの」と半狂人のように感じていました。

それでも何とか卒業し、過食嘔吐も誰にも知られず、会社に就職しました。
その部署で初の女性総合職として採用され、気持ちだけは「私が頑張らないと後が続かない」「やらなくちゃ、やらなくちゃ」というものでしたが、やはり寮に帰れば過食嘔吐、休日も同僚の目を盗んでトイレで嘔吐、という悲惨な毎日で、仕事中も集中力が続きませんでした。

23歳の時今の夫に出合い、24歳で結婚しました。
夫がすぐに海外に赴任したため、新婚生活は海外で始まりました。
生活が激変したこと、また実家の戸籍からも名を抜き、完全に法的に親から離れたことで、ぴたりと過食嘔吐が止まりました。
海外からは1年少々で帰国したのですが、結婚後11年間、全く症状が出ませんでした。
この間妊娠・出産で2人の娘を授かりましたが、その間も平穏に過ごすことができ、「あの苦しい過食嘔吐の時代は何だったのだろう」と思うくらいでした。

ところが何と11年もたってから再発。
スポーツを始めて少しやせたところ、「この体重をキープしたい」と思い始めたのがきっかけです。
我ながら本当に信じられませんでした。
どうしてまたこの病気が出てきてしまったんだろう。
まるで壁に塗り込められた死体から怨霊が抜け出し、私の血の中を巡り始めた、そんな恐怖をおぼえました。

「どうしよう、どうしよう」と思っているうちに、それまで晩ご飯の後にしか過食嘔吐していなかったのが、ある休日午前11時ごろからしてしまったのです。
これはまったく、学生のころ、たどったのと同じ経過です。
ということは、一日に3回、4回と過食嘔吐し、食べ物のこと以外は何も考えられない日が再び来るのか…この考えが頭の中をよぎったとき、すでに経年増加の経験が一度ある私が感じた恐怖心は並大抵のものではありません。
嘔吐したとたん、次の食べ物のことを考える…、目の前にやらないといけないことはたまっているのに、食べることばかり考えて動けない…、すべてのことが面倒になり、まるで引きこもり状態で食べ続ける…、なんと恐ろしいことか。
人間であって人間でない。
そう、覚せい剤の常用者と同じです。
ボール玉になって、その坂を転がり始めた自分が自覚できました。
そしてすがるような思いでセンターにやってきました。

11年間も止まっていたのはなんだったのだろう…。
結局、環境の変化でマグマを封じ込めていただけなんですね。
母は私を肉体的・精神的に追いつめ、私は過食嘔吐、では私の宝物である二人の娘はどうなるのか!? それを考えると、絶対に完治しなければならないと思います。

私には男の人に走るとか、借金をしてまで食べ物を買う、とかの経験はありません。
だからちょっとインパクトに欠けるかもしれないけど、この病気の恐ろしさはまさに「心とからだをむしばむ」という一言に尽きると思います。

最近掲示板に来られたお友達、初期停止しても、多分また再発します。
この病気は一度は自分の心に深く深く向き合わなければ絶対に治りません。
11年の停止を経験した私が保証します。
(保証などされたくないですけどネ!)一度しかない人生を無駄にしないよう、いっしょに完治をめざしましょう。