本当は怖い。過食症と過食嘔吐ブログ

過食症の体験談がまとめられたブログです。

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タグ : 過食のみ

止まっていた過食が再発

女性 主婦 31歳 B型 神奈川県

高校1年の時何気なく始めたカロリー制限ダイエットがキッカケでした。
体重が減ると周りから、特に異性からとてもモテる様になりました。体重が目に見えて減るという達成感もあったんだと思います。それからはもうカロリーが気になって気になって常にネットでも調べてしまう毎日が15年続いてます。

専門学生になると忙しく睡眠時間もとれず、常に課題のストレスがあり一気に過食で20Kg近く太ってしまいました。その頃から過食が酷くなり、暇を見つけては何か買って食べてました。電車の中でも、自転車に乗っている時も、外を歩いて移動している時も常にです。

専門学生の時100万もローンを組んでエステにも通っていました。
しかし過食があるので結局は数キロ減量しただけで、莫大なローンだけが残りました。
更には寂しさや虚しさからか誰かにすぐ頼りたくなり、異性とも健全ではない上っ面の関係になってしまいました。

この頃、もともと良くなかった家族関係も悪化、私母妹対、父となり、いつも暴力まではいかないにしても、そういう危機迫ったいざこざで揉めていました。家では全く安らぐ事が出来ませんでした。

就職後、少しは過食が落ち着いたものの、上司のキツさと新社会人としてのストレスで、休憩中トイレで一人過食していた事もあります。

就職してから1年後、今の主人と付き合う様になって、少しだけ過食の頻度は減ったと思います。
その後結婚し仕事をやめ長女出産、ママ友も沢山でき、毎日遊んで過食は時間的にもする余裕もないし、そういう過食を考える暇もないくらい楽しく過ごしていました。

しかし去年引越し、知らない土地へ…
今1年経ち、引越し先で二人目を出産。産後3カ月たちますが、一人目の時と違い、思うように産後の体重が落ちないのと、慣れない二児の育児から過食に走ってしまう日が少し増えてきてしまいました。
今はとにかく産後の体重が落ちない事に焦り、数百g増えては自暴自棄になり過食に走ってしまう毎日です。
起伏の激しさに伴い過食してしまう事に疲れてしまいました。

ただ普通の生活が欲しいだけ

女性 自由業 41歳 O型 埼玉県

体重が増え続けることに落ち込んでしまい、無気力になった
痩せればうそのように心も軽くなって活動的になれるのに、体重増加の事実を知った瞬間から活動スイッチがOFFになってしまう やせ願望が無ければただの大食いで笑って入られたのに…

やせたいのに食べたい願望に思考をハイジャックされ続けてもうかれこれ20年以上。
休日ゆっくり家にいたり、掃除したり衣類を片付けたり、それすら出来なくなった。
別にすごいことをしたいわけじゃない ただ普通 の衣食住が欲しい。

約30~40キロの増減を何度も繰り返してしまう

女性 公務員 27歳 A型 長野県

27才、過食15年目。彼氏、家族にはカミングアウト済み。
身長161センチ、体重110キロです。最近まで120キロありました。

今日は私の過去と、相談するまでの経緯を書き込みたいと思います。
以下、長文失礼します。

私はそもそも2.3才までは食が細く、病気がちで親も心配していた程だったのですが、なぜか3才以降、食べることが好きで量も多くなり、小さな頃から周りの子と比べて体が大きくなりました。
10才位からは、親に言われ、ダイエットが始まりました。
もう食べるなとか言われたり、夕飯がお茶漬けになったり、一緒に筋トレをしていました。

しかし、外食時や、祖母の家に行ったときなどは、好きなだけ食べられ、周りの残った分まで全部食べてしまっていました。
そうこうしている内に、中学二年となったときには、体重が90キロ手前まできていて、親、祖母から、このままじゃマズい。本気で痩せろと言われて、今まで散々食べてきたのに、パタリと食べるのを止めました。今思うと何故辞められたのか不思議ですが。ほぼほぼ、絶食に近い形、時折マイクロダイエットも飲みながら、一年間弱で体重が50キロ前半まで落ちました。
実はダイエットしてた頃、中学校で、クラス全員から無視をされていたり、授業は寝てても怒られなかったので、本当に自分の体重のみのことを考え、ふらつき、めまいがあっても続けられた部分がありました。

その、中学二年のダイエット中の後半から、私の過食嘔吐は始まりました。
家族が寝静まってから、台所に行って、食べられるもの、食べても怒られなさそうな物を手当たり次第に食べ、嘔吐していました。
私には弟が2人いて、食料が減っても、弟のどちらかが食べたのだと、親もあまり気にしていませんでした。

過食嘔吐はその中学の時から続き、何も体に入れたくないと、拒食と過食を繰り返しながら、成人しました。
その間に、体重は約30~40キロの増減を少なくとも五回以上繰り返していました。

そしてずっと仕事もしていますが、今まで長くても2年までしか1つのところで続いていません。オドオドびくびくする姿勢もよくなかったのかも、他にも至らない所が沢山あったとおもうのですが、本当に職場でうまくやっていけませんでした。
仕事が出来ず、今までの職場の方には申し訳ない気持ちと、どうしたらよかったのか、そして正直にいえば、なんで私だけ、と辛いのに気持ちもありました。
とにかく人の視線が気になり、視線恐怖症に近いものもあったかもしれません。
人の目を気にしすぎて、気を使いすぎてしまう部分が自分にはあるかもしれないです。
転職を繰り返し、ようやく今の職場では、そのようなこともなく、安心して働けているのですが、過食、過食嘔吐は止まりません。

しかし最近は、嘔吐時に、血が混ざるようになってきてしまい、癌などが怖くて、嘔吐は最小限にしています。今までは長年、咳と痰だけだったのですが。

なので、今過食だけとなり、どんどん太ります。
一回に、物にもよりますが、2~3キロぐらい食べてしまって、食べる時間も早く、1.5キロは15分くらいで食べてしまいます。
お金もないのに、食べ物に使ってしまって、食べると、心身ともに経済的にも辛いのに、食べたい!となると、我慢することが出来ません。

服も下着もボロボロで、店に行った際は、食い物はいいから、服を買えよと思われていそうです。最近は支払いの滞納はないのですが、よく、お金がなくなって滞納してしまっていました。彼氏、カミングアウト済みですが、三年前から一緒に住んでいて、その分のお金ももらってるのに、時折生活必需品も買えなくなってしまうので、私が過食さえしなければ買えたのに、と申し訳なくなります。
ローンの支払いもあり、大変です。貯金は全く出来ていなくて、少しづつでもしたいです。

そして、最近ありがたいことに、結婚の話が出ているのですが、親から、そんな姿では、恥ずかしくて、周りに見せられないと、ダイエットするようにと、頑張れ、頑張れ、と言ってくれるのですが、どうしても過食が止められなくて、本当にどうしたらいいか悩んでいました。頑張れって言われるのが苦痛です。親にも過食症だとカミングアウトしましたが、精神論の問題だと、話を全く聞いてくれません。
クリニックにも行きましたが、全く効果がなく、お金も厳しく、行くのを止めました。

そこで、本当に本当にどうしたらよいか困り、どうしてもこの過食を止めたくて、藁をも掴む思いで、ここに相談をしました。
そして、まだ、相談し始めて数日ですが、担当の方に優しく話して頂き、少しづつですが、食べる量が減ったのが本当に嬉しいです。
過食がなくなるのを目指し、相談していきたいです。

下半身の脂肪吸引、海外への渡航、それでも過食は止まらない

女性 会社員 35歳 A型 海外

私の過食衝動の始まりは14歳中学二年生の時でした。信頼していた友人たちからある日突然イジメをうけたことが恐らくきっかけだと思います。登校拒否が始まり、その頃から食べる事が始まりました。

暫く経って登校を始めましたが、そこに待っていたのは同級生達からの太った私に対する心無い言葉たちでした。太ったな、デブ、別人、などです。

そこからは太っている私がいけない、太っている人間に価値はない、とにかく嫌われないように、日に日に自分を抑えて生活するようになりました。そして、そのストレスを埋める為に過食を繰り返しました。

高校へ進学してからも一向に良くなる気配はなく、むしろひどくなっていくばかりでした、
下剤の服用は毎日になり市販の下剤は麻痺して効かなくなり、病院の下剤なども処方してもらい飲み続けるようになりました、体重も今までで最高で70キロを超えました。

私の場合は大体8キロから10キロを行ったりきたりします、
食べては太り 服が着られなくなったり鏡に映る自分の体型が醜すぎて、しばらく絶食と毎日3~4時間の運動(水泳、縄跳び、走る)をして、無理やり落とします。

同じ摂食障害でも拒食症のように、痩せていけばみんなから心配もされるだろうし、太っているよりはマシ、過食でも、嘔吐できれば少なくとも太らずには済むのに、どうして私は吐けない過食なんだろうと、辛く、悲しく、虚しく、ただただ情けない、そんな感情が毎日毎日続きました。

24歳になった私は痩せ続けなければいけない場所にいればいいんだと無謀にもエステの会社に入社しました。同僚や先輩はみんな細い、また太っていては、お客様に説得力がない これで痩せられると思いました。
しかし、現実は厳しく始めの数ヶ月はダイエットに励んだもののストレスは日に日に大きくなり、でも太るわけにはいかない私は、とうとう休みの日に美容整形外科にきていました。下半身の脂肪吸引をする為です、

痩せなければ続けられないエステの仕事、でも過食は止められない 手術するしか方法がないと思いました。
半日の入院で帰宅できる、2~3日は筋肉痛のような痛みがでるが普通に生活はできると言われ、決意しました。
ローンを組んで140万くらいでした。

心の病や摂食障害はあるものの、体はいたって健康な自分でした初めての手術、初めての麻酔、しかも健康な体に自分で決意してメスをいれる。でもそこまでしてでも過食で太った自分が許せません。
手術台に乗った時涙が止まりませんでした、でもこれしか方法がありませんでした。

結果ほぼ寝たきりが2週間は続き、脂肪を取った下半身の腫れや激痛は1ヶ月続きました。会社は退職せざるをえませんでした。そこから1年は自宅でひきこもりました。

再就職した、脱毛やフェイシャルのエステの仕事の管理職を任されることになり
ストレスのはけ口がないこと、管理職になったプレッシャーと自尊心の低さ 2年経った30歳の頃、頭が再度パンクしました。躁鬱病になってしまい、退社。結婚を考えていた彼氏とも別れ 私には何もなくなりました。

鬱だけではなく躁の状態も続いた為、もうこのままでは自分で自分を殺してしまうと思い始めました。また家族も私の介護に付きっ切りの為 疲労がきているのは目で見ていてもわかりました。家族にもそろそろ愛想を尽かされ、こんな娘はいらないと夜中に刺しにくるんじゃないか、殺されるんじゃないかと思うようになりました。

それからODをまた2度ほどし、入退院を繰り返した頃、死にたいけど死ねない、でも居場所がないと思った私は躁状態のままチケットを購入し海外に逃げました。

結局場所や環境を変えてもそこに慣れてしまうとストレスや根本の自分を認められない、という部分は変えられないので過食が止まることはありませんでした。半年前勇気を出してストレスを減らそうと彼と別れを決意、しかしそこからの半年(現在)は埋められない部分をやはり過食で満たしています。

もう自分ではどうすることもできない、でもそれでも生きてかなくちゃならない、過食が止まれば痩せられればそれだけでも心のストレスは減らせる、少しなら自分に自信がつくかもしれない、そんな時ここのセンターを見つけました。20年と長い月日、もう生きている人生の半分以上を過食の苦しさで支配されてきました、また年齢が重なってきたことにより体にどんどん無理がきかなくなってきました。まだ体の動くうち、やり直しがきくうちに治したいです。やれるところまで試したいと思っています。

家族も巻き込む摂食障害

女性 会社員 46歳 O型 神奈川県

過食症になったのは、およそ16年程前の30歳の時?ハッキリいつからとはあまり覚えてないです。
小学生の頃は暗くてあまり喋る事も出来ず、いじめられていました。
短大は出たけど学力も無く、特技や資格も無いし、これといって将来の目標も無くて自分に自信が持てず、仕事に行っても毎日同じことの繰り返ししで、ただ何となく生きているだけでした。

20代の時に彼氏ができてダイエットに興味を持ち、食事制限したり運動したら痩せることができました。
周りからは「痩せたね」とか、「キレイになったね」と言われるようになり、生まれて初めて自信が持てるようになりました。
結婚したのは29歳の時で、夫と二人で暮らしてもダイエットしてはリバウンドの繰り返しで、年々痩せるのが難しくなってきました。
リバウンドする時も段々食べる量が増え、スーパーからお菓子を沢山買い置きして暇さえあるといつも食べていました。この時はまだ過食症という感じではなかったのですが、ある時炊いてあったお釜いっぱいのご飯を貪り食べたのです。その後胃がムカムカして吐き気が止まらなかったので病院に行きました。先生から「暴食した?」と聞かれ、ドキッとしてつい、「いいえ」と答えてしまいました。
今思えば、あれが過食症の始まりだったのかもしれません。

色々あって5年後に離婚し実家に戻りました。
36歳の時に外国人と再婚しました。夫との2人暮らしは、そこでもやはりダイエットしながら過食していました。
夫は優しく、夫の分のパンやお昼のお弁当のために作ったおかずを食べてもあまり怒りませんでした。そんな夫に甘えていたのでしょう。過食して気分が落ち込むと、何か注意されてイライラして喧嘩になってしまうのです。そんな生活が7年間続き、夫が私に見兼ねてついに別居を言い渡されてしまいました。

そしてまた実家に戻り、ショックと寂しさから、母の目を盗んではお菓子やおかず、パンなどを母の分まで食べていました。母はパン教室を開いていて、パン作りに使う材料としてクルミやアーモンド、チョコチップがあるのですが、食べるものが無くなると、材料にまで手を出し初めて無くなるまで食べてしまうのです。

パン教室で使う材料が無い、とひどく怒られました。いつも申し訳ない気持ち、後悔、母に対する後ろめたさがあるのに、過食には歯止めが効かず、太っていく一方でストレスになり、夜も眠れませんでした。そして夜中の2時、3時頃起きて家中の食べ物を貪り食べるようになり、母に気付かれて起きてしまうのではないかとビクビクしていました。

それからは、ある程度台所で食べてから、自分の部屋に持ち込んで食べるようになりました。
布団の上で隠れるようにコソコソと、およそ普通の人が食べるとは思えないようなものを。
パンの材料の業務用の餡子1kg、アーモンドプードル、胡麻やレーズンなど全て袋ごと、あるいは冷凍したパンをそのままかじったり。
そんな私を見て母はとても悲しそうでした。

過食の頻度は3日に一度程度でしたが、翌日は胃もたれがひどく、むくみで顔がパンパンに膨れ上がり、だるくてとにかく辛い。かといって会社を休むわけにはいかず、辛い身体を引きずって会社に行く日がしばしばありました。このまま太るのは嫌で、一日一食にしたり、何日か断食したこともありました。
自分の中では「痩せてる人でなきゃいけない、少しでも太ったら会社にも行かれない」という思い込みがあり、過食しては断食の繰り返しでした。

一番過食がひどかったのは今から4年前、断食の反動でほぼ毎日会社帰りに外食してお腹いっぱいにも関わらず、お店を3、4件はしごして苦しくなるまで食べ続けていました。
貯金も全く出来ませんでした。
心療内科に行きましたが、あまり効果がありませんでした。
カウンセリングを受けて、先生に過食出来ない環境作りを教えてもらい、母に協力してもらって食べ物を隠したり、台所のドアに鍵を付けたり、台所へ行かれないように塀を作った時には、半年程過食が治まっていました。
三食食べるようにして、それからは以前程ひどくはないが、また過食するようにはなっていきました。

今年の4月に離婚し、マンションを購入して一人暮らしを始めました。お菓子は本当は大好きだけれども一切買わず、食事も作り置きはしません。今は家には調理しないと食べられない材料が少しあるだけです。それでも土日や平日の夜中に起きて電子レンジで加熱して食べてしまいます。

人生の半分以上を過食症で。

女性 会社員 40歳 O型 埼玉県

過食症になって、22年経ちました。
数字にして表すと、人生の半分は過食に苦しみ続けてきたことに気づき、愕然としています。

心療内科などを受診しようと思ったこともありますが、自分の意思が強ければ治せる、人より少し大食いなだけかもしれないと、病気とは認めたくない自分がいました。
もともと人づきあいが苦手で、友達も少ない私でしたが、過食の症状がひどくなるのに比例して、ますます人と接するのが嫌になりました。イライラすることが増え、当時付き合っていた彼に当たり散らし、最終的には振られてしまいました。とても理解のある、優しい彼だったのに、ひどいことをしてしまいました。

また、私は長時間ダラダラと過食してしまうので、何か趣味を楽しんだりすることがありませんでした。
食べることが何よりも好きで、それを超えるほどの趣味があるとは思えませんでした。
休みの日は前日の夜から過食して、翌朝後悔するのに、その夜にはまた過食して、自己嫌悪に陥る…。この繰り返しです。
私の場合は過食のみなので、みるみるうちに太り、周りの人に太ったと言われるのが本当に辛かったです。

思えば、過食症発症のきっかけは、軽い気持ちで始めたダイエットだったと思います。
その時は絶食に近い状態だったので、かなり体重を落とせました。でも、すぐにリバウンドしました。

それから、あらゆるダイエットに挑戦しては失敗し、過食症もひどくなっていったように思います。
今までエステに二回通い、総額100万近くは使いました。
でも結局リバウンドしてるので、このお金はすべてムダになりました。

そして現在、一番症状がひどかった22年前の自分に戻りつつあります。健康診断では腎機能の低下と、高コレステロールが判明し、何としても過食症を完治させたいと思っています。もう、大切な人やお金、時間を失いたくありません。

家族の協力があっても、隙間を見つけて出てくる過食衝動。

女性 会社員 46歳 O型 神奈川県

以前、母が過食出来ないように色々と協力してくれました。
すぐに食べられるお菓子やパンを箱に入れて毎晩母の寝室に置いたり、台所のドアに鍵を付けたり、台所に行くまでの通路に突っ張り棒を何本も張って行けなくしたり。毎日毎日寝る前に箱に詰めたり突っ張り棒を張る作業を行っていました。
半年間続き、その間は過食が嘘のようにピタリと止まっていました。

もちろん台所には行かれないし、食べるものにも手が出せないという安心感もありますが、一番の理由は、母が協力してくれたことが嬉しかったからだと思います。
母の「助けてやりたい」という気持ちが伝わり、勇気が出て、前向きな気持ちになれました。
その時自分は、「もう大丈夫。過食は治ったんだ。」とか「これからも毎日これを続けていけば過食しなくて済む」と思い込んでいました。

ところが半年を過ぎた頃、治ったと思っていた過食症が再発したのです。
お正月実家に姉夫婦が来た時のことです。
おせち、その他のおかず、お菓子など久しぶりに見る色とりどりのご馳走が並べられ、それを食べている時何かが音を立てて崩れ始めました。頭の中で「こんなに美味しいのすごく久しぶり!たまにだから、今日ぐらいいいか。」という思いがよぎりました。

姉達がいる前では皆と同じくらいの量しか食べませんでした。
夜中は台所に鍵を掛け、突っ張り棒も張って過食はしなかったのですが、朝は母が太極拳に行く為その間に冷蔵庫を開けてお正月料理の残り物を物色していました。ちょっとぐらいならいいかなと、お皿に少し乗せて食べてしまいました。

そして美味しくて2つ、3つ・・・と止められなくなり、全部食べたらマズいので残ったお菓子にも手を出し始めてしまいました。そろそろ母が太極拳から帰って来る頃なので、お菓子は部屋に持って行って食べました。

お正月休みの期間と土日の休みの朝は、母のいない間に食べてしまうということが続きました。
治ったと思っていたのにどうして?!とショックで目の前が真っ暗になりました。

半年間過食が止まっていた時は、根本から治っていたわけではなく、過食の元となるエネルギーがまだある状態にも関わらず、過食のスイッチが一時的にOFFになっているだけでした。

そして過食が治ったんだという思い込みをし、このまま自力で止められるという大きな勘違いをしていました。
根本が治っていなかった為に、お正月で気が大きくなり、再発を免れなかったのです。
その後はもう治す手立てを失いどうすることもできず、半ば諦めていました。もう過食症を治すことは出来ないんだ・・・と。

食べたくないのに食べたい、過食衝動に縛られる苦しさ

女性 自由業 25歳 O型 神奈川県

糖質制限と筋トレを合わせたダイエットをして、1ヶ月で6kg以上落としていました。友達との食事会で1度タガが外れ、それから反動のようにひどい過食衝動が出始めました。そしてそれからは毎日ひどい腹痛と吐き気を催しながら胃と口にものをつめこんでいました。
苦しくて食べたくないのに食べたい、食べないと不安という葛藤と、食べても食べてもなくならない過食衝動が四六時中あり、本来の生活が食べ物のことで埋めつくされていました。
もちろん食べたあとは自己嫌悪に襲われましたが、その中でもまだ衝動がおさまらず、胃に物が入らないため、せめて口の中に何か入れようとチューイングが始まってしまいました。さすがに何かがおかしいと思いながらも私は嘔吐をしていなかったため、このときは過食の自覚はありませんでした。
ネットで食欲や満腹中枢などについて調べていたときに過食のチェックリストにたどりつき、軽い気持ちで試しにやってみたら自分にあてはまっていて、ここでやっと「もしかして」と思い始めました。

それからいろいろ思い返してみると、私の過食は恐らく10年くらい前から始まっていたのではないかと思います。もともと家族が不仲で問題が多く、中学生頃からそのストレスを無意識に食べもので発散していました。食べている間は嫌なことは忘れていられました。嘔吐をしなかった私の体重は急増していき、この頃身長はもう伸びていなかったのに年に7,8kgの体重増加がありました。

それでも過食の自覚はずっとありませんでした。「過食」は病的な食べ吐きで私のはただの大食い、くらいの認識でした。
そしてそれがどんどん過食を悪化させていたのだと今はつくづく感じます。
体型がコンプレックスでダイエットをし、反動とストレスでさらに食べる、でもそれが嫌で今度は食べないように試みる、そして前にも増して食べる…。

精神的にも身体的にも辛かったです。私は友達とルームシェアをしているので、その子がいない時間にとにかく食べられるだけ食べ、不審に思われてしまう大量のゴミはバッグに入れて翌日外出した際にゴミ箱を探して捨てていました。
その子がいる間は怪しまれないように自炊したものを少量食べるなど偽装をしていましたが、内心では過食ができないことにイライラしていました。そのため外に出てコンビニでお菓子やパンなどを買いこみ歩きながら道で食べたことも何度かあります。
雨に濡れようがバイトで疲れていようが、食べることが最優先でした。
そして胃が食べ物でいっぱいになると私は何をしているんだろうと我に返り、そんなことをしている自分が恥ずかしく情けなくなり、ご飯すら普通に食べられないことに惨めな気持ちになることもありました。いつも過食がバレることを恐れていて、その緊張感もまたストレスでした。そしてこの間、食費は以前の7~8倍にまで膨れあがっていました。
過食はたくさん食べてしまうというだけの単純な病気ではない、こんな風に精神的・身体的・経済的に追いつめられてどんどん身動きが取れなくなる、根性論や希望的観測ではどうにもならない難病なのだと、きちんと自覚することが回復への大きな1歩なのだと今は思っています。

食べるという行為が恐怖

女性 会社員 33歳 A型 静岡県

自分の食べ方が異常になってしまい、食べては落ち込み、食べてしまうことに自分を責める。
食べるという行為にどう向き合えばいいのかまだ分からず、このままいけばいろんなところに悪影響が出るという恐怖で自分と戦っています。

体重や食べ物に振り回され、絶望を生きる毎日

女性 自由業 41歳 A型 東京都

毎日毎日、デブになりたくない。デブは醜い。
どんなに何を装っても本性は結局だらしない。雑。適当。汚い。臭い。嫌だ嫌だ。自分にも人にもそう感じる。見たくない。近寄りたくもない。こんな状態でいる自分が我慢できない。許せない。本来の姿になりたい。痩せたい。綺麗な時に戻りたい。
そうやってずっとムチを打ち続け、吐いて、辛い下剤を飲んで、痩せて。
でも、自然体には戻れない。自然に健やかな元気で明るい美人にはなれない。チヤホヤしてくる人は見た目が好きだから来てるだけだとつまらなく思っているので話は決まり切った展開だけ。勇敢で健全な人には何話してイイか判らない。そのままコミュニケーションが判らない不完全な大人になってしまった。
家を建て貯金して子育てしている安定した穏やかな家族が別世界の人達の様だ。毎日ダイエットできないのを焦り食べ物我慢しているので、失恋や環境の変化が怖い。ストレスを感じた瞬間食べずにはいられないだろうから。
友達や人と食べると食べた気がしないから、一人でいる。さみしい時は、食べ物とダイエットを考えたら吹っ飛んでしまうので安心だ。そうなると人といることすらもストレスになっていった。食べないで生きていけることばかり考えてそういう本を読む。食べ物にとらわれてるから自然になんて続かない。絶望を生きる。常に絶望の潜む毎日。