本当は怖い。過食症と過食嘔吐

過食症の体験談がまとめられたブログです。

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タグ : アルコール

過食嘔吐の大き過ぎる代償

女性 無職 31歳 O型 石川県

13年間、隠れて過食。隠れて嘔吐。
部屋で吐き、部屋に嘔吐物をためた。嘔吐物臭かった。
お風呂で吐き、トイレに毎日顔をつっこんで吐いた。

お母さんに見つからないように。
お父さんに見つからないように。
彼氏に見つからないように。
大量に買い物する姿を知り合いに見つからないように。
見つからないように、ビクビクするようになった。

最初は菓子パンで満足できたのが、それじゃ満足できなくなった。
美味しいお肉が食べたくなって、あたたかい料理が食べたくなって、自分で大量に作って食べるようになった。
ごはんを我慢してたから、ごはんを食べたくなった。
6合炊いて、カレーを作って、肉を焼いて、シチューも鍋に一杯作って、ケーキを買って、和菓子屋さんで季節のお菓子を買って、食べて吐いて食べて吐いて、最初はおいしい。
そのうち食べたいのか美味しいのかどうでも良くて、ただ、口に入れた。
毎晩、お腹は生まれる寸前の妊婦さんのように丸くふくらんだ。

太るのが怖くて、必死で吐いた。
吐けない日もたくさんあった。
どれだけ指を入れても吐けない。
お腹にはいってるのに、ちっとも吐けない。
怖くて、怖くて、泣いた。

毎日私はむくんでた。
毎朝、二重が、一重になった。

すごい後悔が襲っても、夕方にはスーパーへ自転車を走らせる毎日。

万引きをするようになった。
毎日万引きするようになった。
食料品ばかり。

万引きが見つかった。
五千円くらい、肉団子やお惣菜、お弁当、お菓子、菓子パンなんかを万引きしようとした日だった。
警察に連れていかれた。
実家に電話させられた。
お母さんに泣きながら、謝った。
北海道で一人暮らししていた私は、迎えにきてくれる知り合いがいなくて、アパートの大家さんが迎えにきてくれた。
大家さんとふたり、万引きした袋一杯の荷物を持って、警察からアパートまで歩いた。
その日も、わたしは、その万引きしたものを過食した。

後日、警察署で、しもんをとられた。
しもんをコンピューターに記録させられて、思った。
私は犯罪者だ。

情けなかった。

たくさん、ウソをついた。
過食している途中に電話がくると、電話に出なかった。
気付かなかったと、ウソをついた。
遊びにくるという友達や先輩や彼氏、すきな人に、いつもウソをついた。
誘ってくれる友達に、いつもウソをついた。

太っている人をみて、見下していた。

過食の為にお金が必要だった。

私は、ヘルスで働いた。
実感がなかった。
自分の堕落っぷりが「ドラマみたい」と笑えた。

デリヘルでも働いた。
お金をもらい、その足でコンビニでたくさん惣菜とお菓子を買って、食べて、デリヘルの待合室に使ってたマンションのトイレで吐いた。
デリヘルでは、優しくしてくれる男性をみつけた。
もちろん不倫だった。
優しくしてくれる、可愛いといってくれる、痩せてて完璧だねって褒めてくれる人に甘えて、「好きになった」とウソをついた。

優しくしてくれる人、可愛いといってくれる人なら、誰でも良かった。
いとんな男の人とBARで出会って、寝て、別れた。

さみしかった。

好きになっても、求めるばかりで、相手を束縛して、そのうちすぐにダメになった。
男性に依存している。

アルコールにも依存している。

過食嘔吐に依存している。

食べること、酒を呑むこと意外に時間を使えない。

趣味がない。

食べることしか考えてない。

会社で、人の顔色ばかり気にしていた。
女の先輩に嫌われるようになった。
頑張って笑った。
毎日の過食1万円を超えるようになり、生活は破綻した。
うつ病になった。
会社へ行かなくなった。

実家に強制送還になり、ひきこもりになった。
父親には、「こうなったのは、あんたのせいだ」とののしった。
毎日泣いた。
手首を切った。
ウイスキーに焼酎を入れて飲むようになった。
毎日泣いた。

誰かに優しくしてもらいたくて、がんばって、むちゃなダイエット。
絶食に加えて、毎日プールで3キロ泳いだ。
プールでは、毎日足がつった。足がつっても、サポーターをして、毎日3時間泳いだ。
20日ほどで、15キロは平気で落ちた。
やせて、男と寝た。

55キロの体重は、一ヶ月の過食で平気で75キロになる。
ネットで知り合う男の人が好きになれば、無茶なダイエットをした。

そのくりかえし。

彼氏とはいつも長くは続かない。

生理がこなくて産婦人科へ行ったら、妊娠はしてなかった。
ついでに癌検診もしてくれた。
子宮に腫瘍が見つかった。
悪性ではなかったけど、検診はかかせない。

性病にもなってた。
クラミジアだった。

全部、過食症のせい。

青春と、お金と、人格を、過食症のせいで失っている。

鬱とアルコールと過食と

女性 自由業 45歳 静岡県

過食症になって18年、心と身体は段々移り変わって行きました。

初めの頃は場所、時間問わず過食したい衝動が襲ってきて逆らえずに過食(嘔吐なし)。
週に1度程度だったと思います。

それまでは特に悩み事などなく普通のOLでした。

大好きな人とお付き合いしていましたが、彼には奥さんがいて、それを知った時はもう別れられない程彼に夢中になってしまっていました。
自分を責めました、、、勿論いけない事をしている、でも別れられない。

人生で初めての挫折感みたいな気持でした。
どんなに頑張っても 自分の思うようにはならない事があるんだ~って。

ズルズルと月日が過ぎ鬱状態になってしまいました。
精神内科で安定剤と睡眠薬を処方してもらっていました。
アルコールにも依存していきました(元々好きでしたが)

段々と過食衝動が頻繁に襲ってくるようになり、嘔吐を覚え、トイレで自己嫌悪に陥り、症状はひどくなる一方でした。

一人でいると涙が止まらなくなり 自分では死ねないので 誰か私を殺して~って本気で思いました。

過食症の本を読みあさり 車で1時間位の所にある専門の病院へも行きましたが3度程行って止めました。

朝9時から午後5時位までかけて問診やテスト(ロールシャッハ?)みたいな事、脳下垂体、視床下部のMRI(これは異常なし)等、、、ここじゃあ治らないと思ったのと疲れてしまったから、、、
何もかも嫌になっていました。
発症してから3年位の間の事です。

嘔吐が出来るようになってから安易にも心は少し安定して行きました。
食べても吐いてしまえばチャラになる、、、正直な気持ちでした。

飲み友達とアッサリ結婚しました。
アルコールは夜の友達になってしまい、止めようとすると鬱が現れます。
鬱になるよりはアルコール依存の方がマシ、、、そんな生活をしているうちに肝機能障害で入院(黄疸、腹水)

退院してからも飲まないとテレビ見てても面白くなくプチ鬱みたいになってしまうので加減しながら飲んでます。

過食も夜1度に安定してから3年ほど経ちますが毎日の習慣になってます。
罪悪感は手放し、過食とうまく付き合っていくしかないな~って思っていましたが、年齢的にも1日1回でもキツイです。

今、人間関係上も仕事も悩みはないのに どうして過食してしまうのか?

朝食はちゃんと食べれます。
ランチもで出来るようになりました。
ですが、夜はダメです。

仕事上のお泊り研修会には一度も参加していません。
普通に夕食がとれたなら楽しいはずの研修会。

やっぱり ちゃんと自分と向き合って克服したいと思います。

※摂食障害の患者さんは良い治療を受けてもマイナスな受け取りをする傾向があります。
あくまで参加者の感想であり、センターの立場とは一切関係ありません。

治りたくない心

「自分の個性だから」「ストレス解消だから」
「太りたくないから」「食べるのが好きだから」etc…

こういった『治りたくない』言い訳をするのは、摂食障害特有の心理状態です。

このまま病気を続けていて、本当に幸福ですか?

(以下相談者の方の体験談です)
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女性 無職 34歳 富山県

摂食障害になって、12年になりました。
最初はダイエットによる拒食症になり、一年後に過食症に移行しました。

進学で上京し、22歳の頃に飲食店の店長をやってました。
休みは月に1~2回程度で、朝から深夜まで働き、寝に帰るだけの生活でした。
スタッフは自分以外、高校生か主婦のアルバイトで、家に帰っても独り。
抱えている孤独・虚しさ・辛さ・プレッシャーを誰かにわかって欲しくて、
わざとダイエットしました。
どんどんガリガリになって、ボロボロになった姿を心配してくれるのが嬉しかった。
完全に、インナーチャイルドの働きですね。

倒れて実家に帰省しましたが、太りたくない、戻りたくない一心で、
一年間は普通の食事ができませんでした。

心療内科に行って、薬を飲んだりカウンセリングをしたりしたけど、
何の変化もありませんでした。
心は、拒食を抜け出したいと願っていませんでした。

そんなある日、ふと食べたアイスが止まらなくなり、
その日から過食が始まりました。
食べても食べても満足しない、ブラックホールのようになっていきました。

家族が寝静まった夜になると、コンビニを幾つもはしごし、
運転しながら食べ続けました。
ハンドルがベトベトでもお構いなしでした。
お金も気にせず、カゴにバンバン食べ物を入れて行く姿は、
餓鬼に取り憑かれてる様でした。

幼い頃から嘔吐恐怖症だったので、吐くことができません。
気やすめに胃薬と下剤を乱用し、浣腸まで乱用しました。
もちろん太っていきました。
どんどん太り、体を見るのが嫌でお風呂も入れず、
一年間は家に引きこもりました。

母親は全部知っていたので、辛い時はよく当たっていました。
泣き叫んだり、死にたいと言って家を飛び出したり。
申し訳ない気持ちで一杯です。

長くなるので、その後の生活サイクルは…
必死にダイエットをし、拒食で痩せてくる→普通に仕事もできて友達とも会える→反動で過食が酷くなる→仕事もできなくなり、誰とも会えなくなる→
これを何度も繰り返して、いつの間にか34歳になってました。
20代後半からは、アルコール依存症も併発しました。

この生き方にピリオドを打ちます。
いい縁をして幸せな家庭も持ちたいし、
生理も復活させないと子供も無理でしょう。
やりたい夢もあります。
いろんな理想の未来が、今の私にかかっています。
この書き込みをして良かったです。
完治の未来のイメージを、必ず実現していきます。

過食嘔吐を止めれば健康になれるって解っていたのに

女性 主婦 31歳 大阪府

まだ過食嘔吐になって間もない時でした。

自分が過食症だなんて思いもしていまかった時。
急にお腹が痛くなった。
すぐに近くの内科へ行ったが異常がなく、『生理前だったんぢゃないか』と済まされた。

でも痛みは続いていたので 総合病院へ母と行った。

内科で血液検査などをしてもらったが やっぱり異常無し。
『精神的なものかも知れないから』と精神科へ行くように言われた。

精神科へ行ったら色々聞かれた。
・親の事・学校の事・姉兄の事・生い立ち・趣味まで。

でも 過食嘔吐してるなんて言えなかった。
言う気もなかった。

『うつ病かな。薬出しますね』と数日分の薬をもらった。
朝と夜1日二回飲む薬。
その薬を飲むと怠くて眠たくて家から出れなくなった。

飲むのを勝手に止めた。
病院にもそれっきり行っていない。

成人になり お酒があまり飲める訳でもなかったが、ある日誘われて行った居酒屋の食事がすごく美味しかった。

いつもは外食ではあまり食べないようにしていたけど
(過食嘔吐の症状が怖くて)その日は
『今日は普通に食べよう。
太ってもいい。
吐かないで沢山食べたい』そう思った。

食べて飲んで、食べて飲んで、いったいどれだけ食べたのか
飲んだのかわからない。

急激な吐き気に トイレへかけこんで吐いた。
指を入れてないのにすごい量が出てすっきりした。

席へ戻ると『大丈夫?吐いてきた?吐いたら楽になるよ』と言われて
ハッとした。

そうだ、酔って普通に吐いてる人たくさんいる。
アルコール飲んだら指を入れなくても吐けるんだと知った。

それが癖になり 外食する時はアルコールと一緒に沢山食べた。

『吐きそう』っと言ってもみんな『飲み過ぎだよ、吐いてき』と言っていた。

いつの間にかアルコールでなくても、指を使わなくて吐けるようになった。
沢山の水分を一緒に飲むと楽に吐けた。

過食嘔吐が始まって10年はすぎた頃、普通の量の食事でも吐き気が来るときがあった。

逆蠕動の症状が始まった。

妊娠中、尿蛋白が出たのも、血液検査でコレステロール値が高かったのも、過食嘔吐初期の頃にお腹が痛くなったのも、逆蠕動の症状が出たのも
よく胃が痛んだのも、過食嘔吐の合併症です。

はじめからわかっていた。

病院なんか行かなくても 過食嘔吐を止めれば健康になれるって事。
わかっていたのに止めれなかった。

色んな怖さを教えてもらったいた今、私はこの病気を克服します。
完治します!
読んでくれた人、ありがとうございました(●^ー^●)

後悔の30年間

女性 自由業 46歳 海外
私は、過食になってから30年経ちます
とても、長い年月です
30年、捨ててしまった様に感じます
最初は、16歳の時、もともと両親とも、かなり肥満で自分も太りやすい体質でした
姉が最初に過食になりました
父が、浪費家で、夫婦中がうまくいかないことから別居し、
私達は、小さい時は、祖父母のところにいました
寂しさや、空虚感は昔からずーとありましたが過食が
子供の頃と関連しているのはあまり考えた事は、ありませんでした
初めは、姉をまねて過食したときに、その分だけ吐けば便利だと思い、
ほんの少量はいてみると以外に簡単に吐け、
頭の中では、何か間違ってるって本能的に感じたんだけど、
これで太らずにすむ、とおもうと嬉しかった
でも、すぐに満腹感が無くなり
あとは、どんどん量が増し、やせていきました
20歳前半は、40kgをきりそうな時もあって、
自分のことが嫌いでしょうがなくなってました
少しでも、気が楽になる方法として手っ取り早くアルコールに依存しました
食べ物と同じで、アルコールもどんどん量が増え
22才の時は、極端に体力がおちていたせいから結核になり、半年ほど入院してます
結核病棟に、入る時はお見舞いの人はマスクをかけなくてはいけない決まりです
入院した日、荷物を持ってきた母が、置くとすぐに出て行ってしまったことが、
何で、そんなにいそいでいっちゃうのかな?
と不思議に思われたのですが
今、思うとやせたわが子が、隔離病棟に入り
それを、マスクをかぶってみてることが
きっと、耐えられなかったんだろうと思います
去年、長い認知症を患った結果、母は、他界しました
私は、30年の間この病気をひきずり
どれだけ、母を悲しませたか、
16歳から、母の意識がはっきりしなくなるまでずっと、私は、吐いていました
来る日も、来る日も、吐いてました
時には、トイレが溢れそうになるまで、吐いてました
最悪の娘です、あんなに愛してもらったのに
母には、なにもしてあげられなかった、、、
ここに来てくれる皆はホントにみんな優しいなと思う
だから、私の歳になった時、悲しんで欲しくないです
優しい人には、しあわせになってほしいです
私は、まだ過食と、アルコールがつずいてます
でも、ここで、皆に会えて、
もういちどちゃんとやってみようと思います。
これ以上、大事な人を傷つけたくないから、、、、
(主人は、私の病気が,原因で、ストレスから精神科にかよってます)
自分のことを、肯定できるようになりたいから、、
母が、私を、産んでくれたから。

再発の後・・・

女性 自営業 39歳 愛知県
前夫と別居後、子供の取り合いで2年の裁判をした。
精神的にひどく疲れていた。
不安をアルコールでごまかした。
精神科には軽度の鬱とアルコール依存と診断され、弱い安定剤をもらう。
この頃、自傷的なことをよくしたと思う。
体が悪くなりそうな食べ方や飲み方をして、体型は維持したいから吐いた。
これが再発かな?
体力も30歳を超えて落ちてきたのか、気力のみで仕事をがむしゃらにした。
離婚成立後、水商売だったので、睡眠時間は少なく、毎日二日酔い、
おまけにお客さんからは毎日食事に誘われるので、その度吐いた。
食事の後は用事があるといって、急いで自宅のトイレにかけこみ嘔吐。
すごい疲労感で家事もだんだんおろそかになってきた。
いつもむくんでいたので、源氏名がむくみちゃんと呼ばれるくらい。
すこしの事で(コップ洗ったくらいで)皮膚は青く血が死んでしまって、
指などはとても痛かった。
吐き過ぎ、飲み過ぎでのどが痛い。
血が混ざる事もしばしば。
記憶がなくなってしまっている時期もこの頃にある。
今も思い出せない。
人ごみにもいられなくなる。
めまい、たちくらみ、急に泣いたり、だるくて仕方ない。
パニックの症状も出始めてきた(合併症だね)
カーテンもあけず、部屋もかたずけず、一日横になって過ごす日も増えてきた。
仕事以外は廃人の様。。
子供にもイライラしてあたるようになる。
そして自己嫌悪→逃げるために飲む食べる→吐くの回数も頻繁になってきていた。
これが私が一番酷かった頃かな?
約5年この状態が続きました。
これが、30でなく、40代になっちゃったら。。。
もう、体力もないし、廃人みたくなっちゃうよね?
あ~、いやだから病気と戦うぞ!

疲れ切っても1日中過食嘔吐

女性 会社員 32歳 O型 福岡県
最初に吐いたのはほんの少しのシチュー。
ダイエット中でカロリーが気になって。
その時はよかった、これで太らないって、安易に思ってた。
それが、仕事でストレスが増える、プライベートで嫌な事があると、
大量に買い込むようになっていった。
症状が酷い時は1日3回位まで増えた。
それに最近では、アルコールまで加わる始末。最悪だった。
何度も同じスーパーやコンビニには恥ずかしいし、
病気と思われたら嫌で行けずに、遠い所まで買い出しに行く。
知人に町であった時食べ物とバレないように紙袋を用意して。
何の見栄だろう?
金銭的にもいつも余裕がない。
いざという時のお金がなくいつも不安だった。
電話相談を受け、今日は休みだったけれど、吐いてない。
あの一日中吐いては食べの生活が本当に嫌だ。
疲れきって、何も出来ないくらい衰弱しているのに、
神経だけは過敏で夜も眠れない。
過食嘔吐は病気なのだと自覚して、ちゃんと向き合って治していく。

病気を悪化させ続けた15年間

女性 会社員 33歳 B型 京都府
行きたくない高校に決まって16歳の私はほんとにつらかったよね。
いやな学校に通いながら毎日「ここじゃない」っておもいながら
楽しくない人たちにあわせてお菓子や甘いものを食べあさってたよね。
勉強もせずに。
体重も70キロくらいあったのに自分では太ってる意識がなかったね。
でも3年生の時に好きな人に「やせたらかわいいのに」っていわれてから人生はかわったよね。
食べてもすぐに吐いたらみるみるうちにやせて
かわいい子らと一緒にあるいても全然劣等感なくてさ。
それまではもてなかったのになんだかんだと声かけられるようになってね。
服もいっぱいおしゃれができたしね。
食べて吐く習慣がそれからついたよね。
それからは太ってた青春を取り戻すかのように遊んで出歩いて、
もてて勉強して全部自分の思うとおりになるって思ってた。
けど間違いは間違いだったんだよね。
過食嘔吐っていう「病気」をずっと背負ってごまかして悪化させていたんだよね。
30歳を超えてからは20代の若さを失って
嘔吐しても脂肪がついて見苦しくなっていく自分が受け入れられなくて。
どんどんエスカレートして食べ物にむさぼりついてはトイレに駆け込んでる毎日だった。
人を妬んで、羨んで、比べて。
愛・浪費・アルコール・習い事全てにおいて依存しまっくってた。
周りにはかっこいく素敵に生きているように見えているみたいだけど
「病気」だったんだよね。
病気なんだからどうどうとゆっくり治していこうね。

どうして食べたいの?

女性 自由業 22歳 O型 沖縄県
小4から不登校、引きこもり。2年半で15キロ太った。家族旅行写真の自分の醜い姿を見て愕然。チューニングを始め、そのうち食べなくなった。でも、親には無理矢理食べさせられる。ある日風邪で嘔吐。それから徐々に吐く事を覚えて、毎食吐くようになっていった。中学は相変わらず行っておらず、自力で塾探して勉強して受験。そして、定時制の夜間に通い始める。年齢バラバラで、友達もできて楽しかった。求めてた青春があった。不登校最後の方は、学校行きたくても行けなかったから。

バイトも始め、貯めたお金で原付や携帯も買った。でも、バイト先の弁当屋とコンビニの廃棄物は大好きな過食の大切な食料。授業サボって食べた。学校や公衆トイレ、草むら…何処ででも吐いた。
集中してもっと過食したい時は即帰宅。それが当たり前の日常。普通だった。でも、出会い系で知り合った近くの男子校の大好きだった彼氏に振られた。そこから落ちて行った。男あさり、援交、夜遊び、飲酒、家出…。それの合間に過食嘔吐。
その熱が冷めたら今度は引きこもり。外部と触れたくなかった。外に出たら足が震えて歩けない。パニック。完全なうつ病。逆転生活。夕飯時に起きて朝まで過食嘔吐。家中の食料を食べまくった。部屋は足の踏み場もない位散乱。ベットや両腕はリストカットで血だらけ。死にたかった。でも、死ねなかった。同級生で自殺した子が羨ましかった。過呼吸で息ができない。苦しかった。だから食べた。吐いた。何でも食べた。病気には意地でも行かなかった。行くなら死んだ方がマシだって思ってた。気力で治す!って変な負けず嫌い。

そんなある日、歩けない程食べて這ってトイレへ。でも…吐けない。…出ない!
疲れて涙流しながら部屋に帰り何とか寝ようとしても苦しくて眠れない。…そのうち段々激痛に変わってきた。耐えられない位痛かった。苦しかった。その間も何度も吐こうと試みた。でも出ない。
辛くて怖くて諦めてお母さんを起こしにいった。真夜中だったから救急車で病院に運ばれた。結果、即入院。診断は急性膵炎。4日間完全絶食。2週間入院。退院後も2ヶ月食事制限。でも…それも全て吐いてた。

その後、また高校に通い始めるも、もう戻れなかった。また夜遊びとバイト、飲酒に明け暮れ、2回程過食と酒で急性腸炎(急性アルコール中毒?)にかかり運ばれる…。お母さんとも2年間口きいてなくて、家にいるのがダメで苦しいならと、それからはお金を貯めて、旅に出るようになった。外の知らない世界、海外、異空間に出ると過食も情緒不安定も大分収まった。実家に帰ると甘えて過食に…。昔から過食費のために親の財布から抜いてた。嘘も過食のため。友達の約束も過食が優先。車借りて出掛けるのも過食のため。食べたら、場所選ばずトイレやビニールに吐いた。…運転しながら過食するのが一番好きだったなぁ。

…バカみたい。全て過食。もっと楽しい事もやりたい事も沢山あるのに。食べるの大好きなのに。こんな事のために大好きな友達も自分ももう裏切りたくない。もう十分だから。

過食暦20年

女性 無職 39歳 A型 大阪府

もう20年経ちました。

今思えば一番楽しかった20代をただただ過食嘔吐に苦しんだ10年間、そして残り一年弱で終わる30代のこの10年間はどうやって上手く過食嘔吐と付合って生きて行くかを日に日に体調が崩れて体力が無くなって行く中で考えさせられる10年だった気がします。
私の場合は20代の頃が過食嘔吐の一番ピークで
彼氏が出来ても食べたい気持ちが頭から離れず食べ物の事ばっかりで…
当然こんな醜い事をしてる自分に自信なんて持てるはずも無く
彼氏にも自分の意見や気持ちを言えず相手に合わせるだけで常に嫌われたらどうしようって不安と、それと逆に執着心との繰り返しで何度も辛い別れを経験しました。

仕事をしても集中力が無く食べる事で頭が一杯で続くはずもなく仕事も何度も変わりました。
そんな私を家族は駄目な弱い人間を見るような目で見てた気がして元々家族と向き合って話しをしたり相談したり孤立してたので余計家族の中で浮いてる状態で、とにかく早く家を出たかった…
30歳の時にメデタク結婚できました。
夫は初めて過食嘔吐を話せ
「何とか理解しようとしてくれる優しい人で結婚して2人の生活が始まれば過食嘔吐も治るだろう」
何て軽い気持ちになってたりもしたけど実際は幾ら過食嘔吐してる事を知ってる夫でも過食してる所を見られるのは辛くて毎日夫の目を盗んでは過食嘔吐していました。

そんな中で諦めていた子供を授かる事が出来た。
けどつわりで吐いていた延長で結局悪阻が治まっても過食嘔吐が続いて、、、
過食嘔吐のせいで何か障害があったらどうしよう・・・と妊娠中気持ちの休まる日が1日も無かったのを今でも覚えています。
それでも何事も無く出産…
その後、信用していた夫の借金や嘘が山の様に出てきて結婚生活は2年で終わってしまいました。

それからはお酒に逃げるようになり過食嘔吐+アルコールの生活になりました。
酔って吐いて寝るの毎日で当然毎日二日酔いの状態での子育てで子供には申し訳ない気持ちで一杯の毎日でした。
その後色んな事を何とか乗り越えながら現在に至りますが(20年を上手くまとめて語る事が出来ません。)
現在はこのサイトに出会えたものの、まだまだ20年という長い年月を越えられるほどの完治があるのかと不安だらけです。

20年は本当に長いです。
でも続けていればもっと長くなる…当たり前の事ですが今までの20年を取り戻したい。
子供に同じ思いをさせたくない。
希望と危機感とグチャグチャで苦しくなるけど20年経ってやっとここへ辿り着けた意味をもっともっと考えて行きたいと思います。