本当は怖い。過食症と過食嘔吐

過食症の体験談がまとめられたブログです。

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タグ : 吐きダコ

悪循環の3年半

女性 会社員 30歳 大阪府
私が、過食嘔吐の症状が出だしたのは、約3年半前くらい。昔から、痩せる事にもの凄く執着があっていつも、カロリーを気にして食事をしてた。でも、ストレスが溜まったり、嫌な事があると凄く食べたい衝動にかられ、食べてしまった。始めは、吐く事は無かったし月に一回あるくらいだった。
それが、3年前に結婚をして他県で暮らす事になった。不安で一杯だったけど頑張れって自分に言い聞かせてた。でも、地獄の始まりだった。旦那の、暴力が始まった。そして働かなくなりギャンブル、浮気ばかりする旦那だった…誰にも言えず一人で耐えた。
精神が不安定になり、食べている時が何もかも忘れられた。でも、働かないと生活出来ないから、自分を押し殺して働いた。
そんな悪循環な生活で、パニック障害や、過呼吸、躁鬱になり、過食嘔吐に拍車がかかった。夕方になると症状が出て過食嘔吐していた。
自殺も考えて試みたけど…私の中にまだ正常な気持ちがあって、育てくれていつも、心配して気にかけてくれるおばあちゃんの顔が浮かび出来なかった。
泣いて、あざだらけで、苦しんで暮らした。
でも、私の、精神異常やアザあざからこれい以上結婚生活は無理と父が怒り、離婚する事が出来た。自分では、どうする事も出来なかった。
又、戻って今度は一人で暮らす事が出来るようになった。これで、煩い事がなくなったから、過食嘔吐が止まると思ってたけど、そうではなかった。
酷い時は、毎日過食嘔吐していた。自分でも、なんでこんな衝動が起こるかわからず、でもいつか止まると思いながら毎日、毎日。
日を増すごとに、量は確実に増えて、始まった頃よりも倍以上たべないと、満腹感は内視鏡、吐けなくなった。自然と吐く事も上手くなりすぐに吐ける様になった。吐きダコも両手に出来て、手を見られたくなくて隠すようになった。
自分の心に、凄い空虚感や、寂しい気持ちが常にある。嘔吐した後の罪悪感、脱力感はたまらなく嫌だった…涙は、自然と流れる。そんな悪循環で、いつの間に3年半も経ってしまった。
私は、又結婚したいし、子供もほしい。自分が、複雑な家庭で育ち、辛かった分、幸せな家庭を作りたいと思ってる。おばあちゃんにも、安心させてあげたい。だから、まずは自分と向き合い、治さないと何も変わらないし幸せはやって来ないと思って相談をした。
相談をして、今日で5日だたけど、全く症状が出ないし我慢しているわけじゃない。めっちゃポカポカな気持ち。
今は、疑似停止状態だけど完治に向けて頑張りたい。ここには、みんながいるから、一人じゃないから強くなれる。
ありがとう。

「こころ」が無くなる病気。

過食・嘔吐したり、下剤をたくさん飲んだりすることは、お金を掛けながら体をボロボロにしていくようなもの。

息をして、体は生きているけど、こころが死んでしまう。

過食症は怖い病気。
本当に、怖い病気です。

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女性 自由業 33歳 北海道
過食症になって、10年くらいです。
11年かな。
ミレニアムの辺りから始まったから、そのくらい。
お金は、多分、この10年近くで、2000万くらい、失ってます。
全部、食べて吐いたお金です。

そんなお金持ちでもないのに、一体どうやって捻出できたのかさっぱりわかりません。
顔はむくんで、むくみっぱなしだし、食べる=噛む、だから、右側でばっかりかんでると顔の形、変わったんじゃないだろうか、と思ったりもする。

太ったり痩せたりして、皮膚も荒れる。
肌荒れとかじゃなくて、アトピーが悪化した。
髪も弱って、多分細くて育たなくてとかは、身体の抵抗力がなくなったからだと思う。
そして、吐くのに口に指突っ込んでたら、左手に吐きだこできた。
これ、治るんだろうか。
吐かなくなったら、時間経ったら治るといいな。

ついでに、のどが傷だらけになってると思う。
どんどん、音域が狭くなってると思う。
もともとの声も、低くなってるのかもしれない。
ふさぎがちになるし、マイナス思考になっちゃうし、被害妄想気味にもなったし、
鬱っぽくもなった。

全く持って、ろくなことがない。
・・・治りたいです。

吐きだこから血が出た

女性 会社員 26歳 埼玉県
私が過食嘔吐するようになった原因は高校時代に遡ります。
中学の時は運動部だったのですが、高校では文化部に
入ったため食べる量を抑えないと、と思ったのが今と
なればきっかけのように思います。
体重が減り、皆に細いねーと言われるのが快感でした。
その頃は161?42?でした。
軽い拒食のような状態で人前で食べるのが嫌でしたが、
いつも食物の事を考えていました。
その状態で大学を卒業、就職し一人暮らしを始めました。
仕事のストレスやもっと細くなりたいという願望が
エスカレートし、ほとんど食べず40?まで落としました。
その頃職場で出会った人と結婚しましたが、
ここからが過食嘔吐の始まりでした。
旦那は、自分が見ていない所で私が他人と会っているのが
我慢ならない人で、束縛が異常なまでに激しい人でした。
次第になんやかんや理不尽な理由で暴力を振るうようになり、
毎日のように激しい喧嘩をしていました。
時には夜から朝までしていました。
今まで成績も良く我が儘も言わずいい子で育ってきている
自分は親にも相談できないでいました。
どういう流れかは分かりませんが、いつの頃からか今度は
息もするのも大変な位食べ、手を喉に突っ込んで全部
吐き出すようになっていました。
多い時で一日2、3回右手にははきだこができ血が
でました。
黒くあざになったのでコンシーラーで隠していました。
毎日ランニングをし、しまいには38?にまで
体重をおとしていました。
でももっと痩せたいという気持ちは収まりませんでした。
その後何とか離婚ができ体重も46?に増え、
一人暮らし、会社員になりましたが過食嘔吐は
続いていました。
そんな時、ここをたまたま見つけ相談をしてから
一週間になりますが、その間何とか症状は抑えられて
います。
でも正直食べたいという気持ちはやはり起きます。
何だか脈絡がない話になってしまいましたが、
読んでくれてありがとうございました。
皆と一緒に頑張って治したいと思います。

1ヶ月で20万使った

女性 学生 19歳 埼玉県
中3 受験勉強で運動不足とストレスて゛太る。
きっかけはなにか分からないけど、塾からかえって
夜食としてお惣菜、チョコ色々食べてはきだしてた。
でも下手だったから、少ししか出せなくて結局太った。
高校1・2
太って怖くなり、拒食症ぎみ。
毎日食べないくせに、3キロくらいかならす゛走って、
反抗期だったのもあって親と喧嘩する度家を出てはしってた。
この頃から友人関係を築くのがへたで、対人恐怖症ぎみ。
必要事項は話せるけど、その他ははなせない。
毎日怖くて、家にも学校にも居場所がない気がした。
高校3年
きっかけは分からないけど、過食嘔吐が始まった。
口に手を入れないとはけなかった。
そのせいではきだこができて、授業に集中できなくて、
その上人が怖くて、どうしようもなかった。
成績はさがって、第1志望には結局行けなかった。
この頃からおこづかいを食べ物に当てることを考え、
実行。
妹のお弁当、朝に食べる予定のパンを食べたりして
怒られる。
家族も私の過食嘔吐に気づき、妹には学校でゆう
いじめのようなことをされ、学校でもいじめられ、
本当に過食嘔吐でしかストレスを発散できなかった。
大学
1人暮らしをはじめて、家族とのなかももどり、
友達はあんまりいないけど、高校よりかなり楽しい
生活をしてた。
でも過食嘔吐がなぜか再発し、月20まん使ってしまった
りして、親の信頼を踏みにじった気がして、
情けなかった。
時間に余裕がなければやめられると思ってはじめた
バイトも、ストレスがたまるばで、
ためたお金も全部過食嘔吐につかった。
それではいけないとおもい、短期でバイトを始めた。
バイトは楽しくて、友達も出来て、すっかりおさまった。
最近また過食嘔吐が再発。テストが近くて、
そして去年を思い出して…。
明日からは絶対にしない。

過食症にさえならなければ・・・

女性 会社員 25歳 東京都
長くなってしまいましたが、私の過食遍歴です。
本当に摂食障害は恐ろしい病気で、明るい未来を自分の手で
ずいぶんと握りつぶしてしまったことに後悔しています。
摂食障害が始まったのは高3くらいだったと思います。
最初のころは極端なダイエットで(今思えば拒食症)体重が減ったこともあり、
生理がこなくなってしまいました。
けれどそのころは、その原因を考えることもなく、
「つらい生理がなくなってラッキー」としか思っていませんでした。
やがて、不眠や記憶力・判断力の低下が起きました。
眠気のためか、物事に集中できなくなり、次第に無気力になってきました。
ホントに糖分を摂らないと頭が回らなくなるもんだなぁ、と思いながらも、
来る日も来る日もやせることばかり考えてました。
なるべく便通のよくなるものをとったり、下剤を乱用していたので、
常にお腹が痛い状態でした。
お腹がゴロゴロなるのがはずかしくて、よく授業をサボっていました。
友達との約束も、トイレから出られなくてキャンセルしたこともあります。
トイレ事情で青春を楽しめなかったなんて、今思えばすごく情けないです。
社会人になって、会社の健康診断で、異常に低い血圧であることが分かりました。
看護婦さんから「よく立っていられたね」と、びっくりされました。
夏場は普通の水やお茶を飲むと体の中の塩分濃度が低下し、クラクラするので、
水分補給にも気を使いました。
低血圧だけでなく、低体温でもあり、夏場でも長袖でした。
周囲からは「暑そう」って思われてたとおもいます。
けれど、長袖は、体温を守ってくれると同時に、ガリガリになった私の腕を
好奇の目からおおってくれました。
それから2年後くらいでしょうか、
私は新しい彼氏ができました。
けれど私はその人を心から愛してはいなかった。。。
束縛が強い人で、私には自由がない、といつも感じてました。
私はそれから、我慢してたことが一気に炸裂したのか、
胃が引きちぎれそうなほど、過食をするようになりました。
過食をしているときの私は、
なにかに取り付かれているような気分になります。
自分の意思で止めることなど不可能です。
ただ、いやなことを押し込めるかのように食べ続けてました。
気がつくとあっという間に10キロ増えてしまい、とても憂鬱になりました。
もともと、自分に自信がなく、やせていることだけがとりえだと考えていたので、
体重が増えるということは、私の価値がなくなるように感じていました。
その人とは別れ、今度はちゃんと心から「スキ」と思える人と
付き合うようになりました。
極端な過食は減りました。
ところがある日、久々に度を越した食べ過ぎをしてしまい、
尋常じゃないほど気持ち悪くなってしまいました。
とにかく苦しくて、雑誌やテレビで、嘔吐の方法を思い出し、実践してみました。
すると、意外にも簡単に吐き出すことができ、さっきまでの気持ち悪さと、
太ることへの恐怖感から開放され、ホッと安心しました。
それがきっかけで過食嘔吐が始まり、それからというもの、
まともな食生活が送れなくなりました。
仕事に遅刻しそうになっても嘔吐を続ける私。
情けなくてたまりません。
髪はボサボサでセットする時間を削ってまで、やせたいと願い、吐き続ける私。
嘔吐のせいで、むくみや肌荒れ、手には吐きダコができて、
どんどん醜くなるだけなのに…
吐くことで体がびっくりしているのか、最近では耳鳴りのような頭痛や、
激しい胸の痛みに悩まされることが多くなりました。
仕事中、そのような症状が現れてしまい、
頭がうまくまわらず、迷惑をかけてしまってます。
職場ではいい「笑い者」です。
もし摂食障害なんかになってなければ…と何度考えたことか。
悔しくて悔しくてたまりません。
そんな苛立ちの中、また今夜も眠れず、
思い切って、私の「過食症暦」を書き込みました。

吐きだこだけが残った

女性 無職 26歳 A型 愛知県
私は、まず中学2年くらいから、
軽い気持ちで始めたダイエットから拒食症になったのが最初。
ちょっと太りだしたかな?と思い、
はじめはお菓子をヘルシーなものにしたり、減らしたり・・
もともと料理が好きだったから、ヘルシー料理を作ったりしてた。
初めてのダイエットで体重はみるみる減っていった。
それがうれしくて、ご飯も「食欲がない」とか「
お菓子食べた」とか嘘ついて減らして、
中3~高1くらいになったら何も食べれなくなっちゃって、
体重は最低で37kgくらいになったかな?
ガリガリなのに、自分は痩せてるのがうれしくて、
太ることが嫌でしょうがなかった。
あんなに細くてテニス部にまで入って体無理に動かして・・
ほんとに気持ち悪かった。
そりゃ友達もできないよね。
生理が1年近くとまったこともあって、
親は私を婦人科へ連れていき、
毎週ホルモン注射、メンタルクリニックに通いだした。
そのかいなのか、高2からドスンと過食になって
数ヶ月で58kgにまでリバウンド。
おこづかいはほぼなかったので、
うちにあるものかたっぱしから食べて、そのまま就寝を毎日してた。
大学に入った頃は55kgくらいだったかな?
サークルにも入ったので大学生活は忙しく、人目も気になる年頃。
少しずつ食欲も普通に戻ってきたので
ちょっぴり太目な女の子くらいでした。
1年の後半からバイトを始め、
帰りが遅くなることが毎日になってからは
ダイエットをかねて夕飯はなし、
朝はいつもあまり食べなかったのでまたもみるみる体重は減っていく。
2年目で一人暮らしをはじめたらさらに減って43kgくらいに。
スリムになってすごくうれしくて、友達も彼氏もいたし、
服は好きなの着れるし、みんなうらやましがるし、
しばらくは食が細めの女の子で過ごすことができました。
初めて食べてはいたのは就職活動を始めた3年の後半。
面接に行くたびなんだかいらいらしちゃって、
たまたまストレスで食べ過ぎたときに「吐きたい」と思ったら
すんなり吐けたのがきっかけ。
ちょうどこのころよく食べるようになってて太り始めてたから、
「これはいいかも」って食べ過ぎちゃったときは吐いてた。
それでも月に数回だったのに、4年になったら週に1~2回に増えてた。
たまにうまく吐けないときもあったから、
気をつけて食べ過ぎて吐くってことをしないようにしてた。
習慣になったのは社会人になってから。
理由は仕事が心身ともにきつかったからだと思ってたけど、
今はそれはただの言い訳かも。
好きなものをたくさん食べて、太りたくないから吐く。
でスッキリ。
これが楽しくなってきたんだと思う。
社会人になって実家暮らしになったので、
一人暮らしと違うんだから
ばれたらまずいと思っていても、やめられなかった。
それどころか回数はどんどん増えて、
会社をさぼってまで過食嘔吐するようになって、会社を辞めた。
今も職を転々としながら過食嘔吐中。
会社を辞めたら、
習い事をしたら、
ジムに通ったら、
辞められると思いながらここまできてしまいました。
今までで身についたのは吐きだこくらい。

私の見た過食症患者

女性 会社員 25歳 A型 神奈川県

昨日、初めて知ったのですが今私の職場に過食症の患者さんがいます。
彼女は年齢は私とほとんど変わらなくて見た目じゃやはり全然過食症なんてわからない。
彼女は過食症とアルコール中毒を併発しているそうです。
多量のアルコールが原因で太ももの骨が壊死してしまい
歩けなくなり、今回壊死をした骨を切る手術をしました。
若いけど骨がもろくてスカスカだから長期間のベットの寝たきりの安静期間が必要となります。
もちろんトイレも差込の便器でベットの上。
食事も寝ながらだし、着替えだって一人じゃできない。
だけど精神科から処方されている薬を1日30粒以上飲んでいて
呂律は回らないし失禁してしまうこともある。
手はひどい吐きだこがあった。。

私と彼女。
ただ、今は立場が逆なだけで本質は一緒なのだと思うと本当に
過食症は怖いと思いました。
自分だってこうなる可能性があるんだと思うとやっぱりちゃんと
治療していかないとならないということを実感しました。

怖い過食症人生

女性 会社員 27歳 B型 長野県

過食嘔吐になったのは今から5年ほど前だったかな。
学生から社会人になり、男勝りな仕草と、姐御肌な性格で
男らしさ持ち味(?)だった為、
特に化粧とか服装とかで、女らしい事もせずにきました。
社会人になり、さすがに何処へでもGパンで行く訳にも行かず、
化粧をするようになり、スカートやスーツも着なくちゃならない
場面にも出るようになり、逞しかった体型も社会人の
時間規則の中で、徐々に徐々に10㌔位痩せてきました。
それでも普通よりだいぶ逞しいですけど。(笑)
それでも、着れる服のバリエーションが増えたり、
女らしい格好をしても不似合いじゃなくなってきたのは
やっぱり嬉しかった。

今までは似合わないからと、諦めてただけで、
やっぱりあたしも女の子なんだな~って思い始めた頃・・・。
会社でやっぱり仲良くなりたいのにいじめか??って云う
先輩の態度にストレスを感じてたのかな~。
その先輩の態度に対して、
「負けてたまるか!」ってしおれる事もせず笑顔で
「休んでたまるか!」って会社も休まず
「どうしてかな~?私は仲良くしたいのに」と
恨む事も怒る事もしないでなんとか弱気にならない様に
元気な自分である事が何より大事だった。
今思うと、そんな事で凹む自分ではありたくなかったし、
そんな自分を母は喜ばないだろうって思ってた気がする。
いつもいつも前向きに、負けずに、力強く生きる私であって
欲しいと云う、多大な期待にいつも応えたかったんだな。
でも、現実は会社でもその職場に入る時から呼吸が浅くなり
何かの特別な気合が必要で、その気合によってなんとか
平常な、強気な私を演じられていた感じだった。(無意識)
そんな会社での時間が楽しい訳も無く、とにかくもう、
「帰宅したらお腹一杯味を付けたご飯を食べよう!」って
なんだかその言葉で自分の機嫌をとって定時まで居た気がする。
で、帰宅したら大盛り3人前位のチャーハンをたいらげて、
ふぅ・・・って落ち着くの。ちょっと幸せな気分になって。
その後、え、せっかく痩せてきた10㌔が戻っちゃたらどぉしよう
って、もうすでにお腹いっぱいの胃袋に、水を流し込んで
指を入れて無理やり吐き出したのがキッカケ。
後は、元々食べることが大好きだったし、
食べてもぶくぶく太らずに済むって思えば、
甘いものとか、油っぽいものとか気にせず食べれた。
人間関係で衝突して、真剣に切れ掛かってても
時の感情で人やモノに当たらない性格である事が
正しい生き方だと思い込んできた私は、笑顔ですまし
自分の車へ戻ると、泣く事も怒る事も全てを、
食べ物を食べているその幸せな快感で押し流した。
食べ物で、その荒れ狂った感情が薄れていくのが自覚できた。
吐きダコができ、そのもっと奥へ入れなきゃ吐けなくなり
もう一個吐きダコができ、口の脇がいつも引っ張られて切れた。
母親には、その手が汚い、吐きダコなんてみっともない。
トイレがが汚れる、掃除しろ。
定番ですが・・・もったいない、意志が弱い、吐くほど食べるな。
そんなん言われても、こんな手になっても、こんな口になっても
痛くても苦しくても辛くてもやめられないのがもっと辛いって、
母親に微妙にアピールしてた。
解る筈もなかったので、案の定悪化しましたが。(笑)
夕飯をお腹いっぱい食べた後、車に乗って見切り品ツアー。
吐くのもいつしか上手になって、胃を押せば出るし
吐きダコは消え、口も切れなくなった。
見た目にはアピールする傷は消えたけど、
簡単になっただけ、気軽にいつでもできる様になった。
要は悪化進行したって事なんだね。
私の過食嘔吐は、痩せる為ではなく、
胃が破裂する勢いで食べ過ぎたものでの体重増加阻止の為。
だから、通常の生活は支障が無い。
痩せたら尚結構って思ってるけど、
通常の生活や運動ができなくなるのは、困る。
私は病気の症状まで、母親に気を使ってるんだなー・・・。
母親が好きな娘を演じる為の、平常心を維持する行為なんだ。
お手伝いをよくして、
人に気遣いができて、
明るく元気で前向きで、
何があっても負けないで、
優しく思いやりがあって、
何を頼まれても嫌な顔もせずやりこなし、
・・・こんな娘で居るには、
吐いた30分後にヒ汗とめまいで倒れてる訳にはいかない。
また、吐いていることを知っていても、
目の前で食べてすぐトイレとか
何を思われるか、申し訳無くて行けれない。
私ね、母親に気を使わずに病気になってしまいたかった。
いっそ壊れてしまいたかった。
普通の一般社会人もできない位、潰れてしまいたかった。
なんで、病気の加減まで、人の顔色伺っているんだろうって。
それすら、できなかった。