過食症と過食嘔吐 心の声を聞いて

食べたいけど食べたくない。普通に食べられない。
過食症になってからのみなさんの体験談をまとめました。

カテゴリ : 育児と子供への影響

くり返す過食ストップと再発。出産後も止まらないチューイング

女性 主婦 37歳 A型 海外

私の結婚生活は、端から見ても順調な方だと思います。
1歳年下の夫は優しく誠実。結婚して4年後には、2人で待ち望んでいた元気な娘を授かり、夫や義父母に助けてもらいながら育児に奮闘する毎日。それなのに、過食衝動にかられ、チューイングを止められずにいます。

そもそもチューイングは、14年も前に無理なダイエットの穴埋め手段として思いついたものでした。
その時は、すぐに止めたこともあり、摂食障害の症状だなんて思ってもいませんでした。

私のチューイングが最も深刻だったのは、夫に出会う前のことです。

失恋がきっかけでチューイングをするようになり、気がつくと、毎日1000円ぐらいのお菓子や職場の厨房からもらった余った料理をチューイングし、トイレに流し続けて下水管を詰まらせたこともありました。

家族が寝静まった後、テレビの前でバケツを抱え朝方までチューイングし、早起きの母が起きてくる頃にベッドに行くという生活でした。気分障害の投薬治療もしていましたが、全く改善しませんでした。それどころか、オーバードーズなどの問題行動を起こし、家族に迷惑をかけていました。

そんな症状が、元々興味のあった分野の専門学校に通うことになりピタリと止まりました。
以来、毎日好きな勉強に打ち込む日々で、過食衝動を感じることもありませんでした。気分障害の症状も収まり、充実した毎日。自己判断で薬も辞めました。

それから4年後、チューイングが再発しました。また失恋が原因でした。
その頃実家暮らしで勤めており、毎日勤め先からの帰り道にコンビニやスーパーで大量の菓子パンやお菓子を買い込み、トイレにこもってチューイングをしました。精神疾患の症状も出て、リストカット、急性アルコール中毒、自殺未遂も起こしていました。そのように家では廃人同然の生活をしつつ、なんとか仕事を続けていました。仕事だけが心の支えでした。
それでも服用していた抗鬱剤のために仕事に遅刻したり、ミスしたりということが続き、やがて契約を打ち切られました。
その後、夫に出会いました。

結婚する前に、夫に自分の精神疾患の経歴や自殺未遂のことを話しました。
非常に勇気の要ることでしたが、夫は優しく受け止めてくれました。それでもチューイングのことは話すことはできませんでした。どんな精神疾患のエピソードよりも恥ずかしく感じたのです。それにチューイングは失恋がきっかけで起こっており、生涯の伴侶を得た今、再発することはないという確信がありました。

国際結婚をして夫の母国に暮らすことになり、ビザを申請中の結婚当初は専業主婦として生活しました。
何のストレスもない幸せな日々。それにもかかわらず、徐々に鬱の症状が出てきて、怠惰に過ごしてしまう自分を責めるようになっていました。その時から、どうしようもなく食べたい衝動に襲われました。
怠惰な生活で、ただでさえ体重が増えていたので、チューイングに走りました。食品アレルギーのある夫のためにお菓子を手作りしていたのですが、その材料や焼く前の生地、焼き上がったものまで噛み吐きしました。夫が家にいる時はひたすら我慢して、1人になるとこっそりしていました。

結婚前のような深刻な状態に陥る前にビザが下り、幸運にも今までのスキルを活かせる仕事が見つかりました。仕事と家事を両立する毎日が始まると忙しくて、気が付いたら食べたい衝動も止まっていました。

それから3年後、待望の娘を妊娠。この国では妊娠期の体重増加は注意されず、体重測定もありません。
悪阻もなく、健康そのもののマタニティライフを過ごしました。ところが産休に入る直前、職場から人員削減のため職場に復帰できる可能性が低いことを告げられました。大好きな仕事だっただけに相当のショックでした。
臨月にもかかわらず、鬱状態になりました。それでもチューイングに走ることはありませんでした。

娘を出産すると生活が一変。仕事に復帰できないことがあれ程悲しかったのに、可愛い娘を見ていると、どうでも良いことに思えてきました。
ところが仕事の契約が切れる12月を3ヶ月前に控えた9月辺りから、どうしようもない不安に襲われるようになりました。このままずっと娘と2人、家にこもりきりになるのではないか。

時間がたっぷりあるはずなのに、娘の服を作ったり記念日をお祝いしたり、母らしいことができていない。
これからだって怠惰で不器用な自分にできそうもない。鬱々とするうちに、食べ物のことが頭を離れなくなりました。
きっと授乳のためにお腹が空くのだから食べれば良いと思う自分と、これ以上ダラダラ食べ続ければ体重がどんどん増えると恐怖に怯える自分が絶えず葛藤していました。

やがて過食衝動はイライラするほど強烈になり、食品をストックした棚のドアを開けて乱暴に閉めることを繰り返したり、炭酸水を異常な勢いでがぶ飲みしたりしていました。イライラの矛先は娘にも向けられるようになり、ついにはチューイングに走りました。最初は娘が寝ている間に。

やがて娘が起きている間は抱っこ紐で娘を抱きながら、食材を噛んではビニール袋に吐き戻すように。
食べカスをかぶった娘を見たとき、涙が出ました。

しかし怖いもので、それも段々当たり前のようになっていき、今はおんぶでキッチンに立ち、チューイングを続ける有様です。

今回無料相談を受けることにしたのは、娘の前でもチューイングをしてしまう自分を今のうちに何とかしたかったためです。
相談を受けるうちに、摂食障害の重篤度は過去最悪の時期が基準となることを知りました。

つまり私の場合、家庭を持った今になっても、12年前や7年前のような廃人同然の頃と同じマグマを潜在的に抱えているということになります。ゾッとしました。

そして世代間連鎖のことも知りました。可愛い娘に、生きていくことが辛いという思いを味合わせたくはありません。
放っておけば蓄積され続けていく過食衝動のマグマ。発症して14年になる今、真剣に向き合って小さくしていこうと思います。