本当は怖い。過食症と過食嘔吐ブログ

過食症の体験談がまとめられたブログです。

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カテゴリ : 過食症の怖さ

過食をコントロールできると思う幻想

女性 会社員 27歳 AB型 愛媛県

コントロール幻想の話は、とても実感する。
私も、大学生になったらダイエットして痩せよう、働き始めたら痩せよう、と何度も決意しダイエットに成功したり挫折したりしてきた。

一人暮らしを始めたら家に食べ物が置いてないから過食が止まって痩せるはずだと1年前、一人暮らしを始めた。
最初の1か月は過食しなかった。食事を自分で自由に決められたから、気持ちが楽だった。食べる量はコントロールできた。4kgくらい痩せられた。

でも、やっぱり長くは続かなくて、過食衝動が起こったときコンビニで菓子パンをひとつ買ってしまった日がきっかけで、買って家で食べる習慣がついてしまった。
1度食べ始めるとその習慣がついてしまって食べる。一人暮らしは親にも見られないから、余計外でケーキやドーナツを大量に買ってきて食べた。過食した次の日は絶食して体重をコントロールできた。でも、過食一人暮らしの生活は無理だった。

発症前には戻れない。過食で失ったもの

女性 会社員 28歳 A型 大阪府

摂食障害になってたくさんのものを失いました。
時間、信頼、自信、、それ以外にも沢山です。
どうしてダイエットを始めてしまったんだろう、あのときやめていれば、と何度も後悔します。

過食衝動がくればコンビニやスーパーによく走りました。
いてもたってもいられなくなりお菓子やパンやアイスなど食材を胃に詰め込みます。
お金も使いたくないことに沢山浪費します。
過食が終わると心も身体も疲れ果てていて出かける気にもなれないし何をする気にもなれません。
だから友達との約束も何度もキャンセルしました。そうやって失った信頼関係も多いです。
信頼関係を失うと自分は計画通りに行動できない人間だと思い自分自身の自信もきえていきます。
とても辛いです。
少しでも早く治せるよう今できることをするだけだと思います。
前を向いて治していこうと今は思えるので行動します。

自分はゴミ程の価値としか思えなくなる

女性 会社員 27歳 A型 東京都

摂食障害になって、失った中で一番大きいのは、健康な心です。

悪口を言えない私は、弱音が吐けません。
だから代わりに食べ物を詰め込んで吐くことを覚えました。

誰かのせいしたって前に進まないんだから、私が人一倍やればいい、と誰よりもやろうとします。
いつもいつも不安、目標に届かない自分を許せない、
目標が高いせいかいつの間にか、自分のことについては何にも許せなくなりました。自分の価値がゴミのように思えてしまうことが多々あります。

逃げるくらいなら死ぬ覚悟で、いつも仕事に立ち向かっているのに。
頑張ってる自分を認めて、許せるようになりたいです。

過食嘔吐、治らないなら死を選んでしまいそう

女性 会社員 36歳 O型 東京都

摂食障害であることで失ったこと、ものはあげだしたらきりがない。

中学、高校から始まった病気のせいで周りの子みたいにデートだとか付き合うとかできなかったし、友達同士で遊びに行くとかできなかったし、そもそも学校に行けなかった。キラキラした青春時代は私にはなかった。

食べ吐きのせいで仕事なんてきちんとできなくで就職もできないから、お金もないし家族ともうまくいかないし。食べ物のためにバイトする毎日。掛け持ちでバイトしても足りない過食費用。しまいに倒れて頭蓋骨にヒビ、内部出血して大手術。運よく後遺症もなく、でも過食嘔吐がやめられず、入院中の病院でも過食嘔吐…

親の手前通った精神科では自助グループを勧められて参加するけど形だけ。なんだか馴染めなかった。
そんな状態で10年以上過ごすうちに借金が返しきれず自己破産。食べ物を買うお金が無くなって盗る行為が始まって、何度も窃盗で逮捕されあっという間に刑務所行き。刑務所にいる間は過食嘔吐なんてできないからしなかった。出てきたらもう止めれるなんてのは大間違いですぐに再発して、また再び刑務所に行くのはあっという間だった。

人生やり直そうと実家を離れて一人暮らしを始めたけれど、お金も余裕もない毎日…もう過食費用の心配をする毎日に疲れた。人生初めての彼氏ができたけど、こんなんじゃ結婚なんてできない。かといって1人で生きていくお金もチカラもない。
治らなかったらなんて考えると恐ろしすぎて、死を選んでしまいそう。

過食の苦しみの中、誰も聞いていないのに「助けて」と何度も言った。

女性 主婦 42歳 O型 千葉県

辛いこと悲しいこといっぱいで書ききれませんが、今思い出したことを。

過食で太った私。
外出先で鏡にうつった自分の姿を見て、その醜さに恥ずかしくなってすぐに家に帰った。

過食した翌日は
むくんだ体と荒れた胃による口臭を気にしつつ、むかむかする胃を抱えて仕事へ行くのが辛かった。

過食のためにスーパーへ行ったけれど
食べたいものが分からない。どれを選べば良いか分からない、本当に食べたいものはないが全部食べたい、と混乱するばかりだった。
ものすごく時間をかけて買い物をして、家に帰ってわずかな時間で体に詰め込んだ。
食べたかったはずなのに全く満たされない。
全然おいしくない。虚しい。
過食した後、胃のむかつきや痛みに苦しんで床に転がる。助けて、と何度も言った。誰も聞いていないのに。

時間もお金も健康も無駄にしました。
24年間もこんなことを繰り返してしまった。
過食していなければ、もっと楽しく有意義に過ごせたはずなのに。

朝起きてから夜眠るまで、ずっと食べ物のことばかり。治したい。

女性 会社員 22歳 A型 神奈川県

摂食障害になって色々変化しました。

まずは頭の中が食でいっぱいになったこと。
朝起きたら朝御飯は何を食べるか。
お弁当は何を入れていくか。
早く準備が終わったら、コンビニでパンを買おうか。

昼は夜御飯は何にしようか。
スーパーで何が値引きされているだろうか。

夜は何をおやつにして食べようか。

それが異常だとは全く思いませんでした。
休みの日は食べ放題に通い歩けなくなるまで食べました。
恥ずかしくても食べれるなら関係ありませんでした。
食費は倍になりました。

過食は普段夜に起こり、お弁当用に作ったおかずを全部食べてしまい、次の日冷凍したお米と味噌汁だけ食べる日もありました。
スーパーで買った値引き品を千円までなら大丈夫と買い、今まで美味しそうじゃないと見向きもしなかった食べ物を食べ、朝ゴミが散乱した部屋を見て落ち込みました。
なのにまたすぐ食べちゃうんですよね。
仕事場でもらったお菓子は人の分まで食べました。
盗んでトイレで食べたりもしました。

当然体重は増え、周りに太った?と言われる度泣きたくなりました。
増えた体重をサバ読みし、まだ大丈夫と思い込みました。
Tシャツが嫌いになりました。
水着も着れなくなりました。

ダイエット方法もたくさん試しました。
でも過食があるので体重が減ってもまだすぐ戻る。
一カ月続けるのがやっとでした。
また倍になって食欲がやってきました。

写真が嫌いになりました。
過去の写真を見てはため息をつく。
でも気づくと携帯片手に食べてる自分がいました。
矛盾してますね。

キャバ嬢にもなりました。
人格関係ないんですね。
夜中にタバコの匂いがこびりついた服を脱ぎながらもらったプレゼントの食べ物を食べながら、何をやってるのかとまた責めながら食べて洗面台で寝ることもありました。

このままの生活を続けるときっと大切な人が出来ても心から笑えないんだと思います。

子供が出来ても食べ物のことしか考えれなければ赤ちゃんに愛情を注げない。
1番の偏った愛は食欲になるから。

家族は理解を示しています。
実家に戻っておいでと言われました。
でもここで帰ったらもう1人では立てない気がするんです。
逃げ続け苦しむと思うんです。
だからわたしは負けたくない。
自分とやっと向き合えるんです。
病気だとわかっただけで嬉しかったんです。

未来は明るいんだと、証明したい。

頭は常にご飯と食欲で満たされ、お腹いっぱいが分からない。

女性 自由業 25歳 B型 大阪府

摂食障害と自覚したのは4日前です。
もしかしたらそうなのかもと思いながら、よく食べるだけ、疲れているから食べるんだと思っていました。
仕事、学校の両立が大変で、どちらもプライドで辞められませんでした。

そんなにお金がないのにも関わらず食費がかさみ、友人などとご飯に行ったときにみんなお腹いっぱいだと言っているのに私は全然満腹ではなく、これっておかしいのかな。と思いました。

ある日友人に凄く食べてしまう日の食べる量の話をしたときに、食べ過ぎだと言われました。何人かに同じ話をしたら、凄く驚いていたので、これっておかしいのかなと気がつくきっかけになりました。

体型維持が必須のお仕事をしているのにも関わらず、減量できないこと、甘えている自分が嫌で悔しくて、でも食べる手は止まらない…その連鎖にまた嫌気がさしていました。

本当は辛い厳しい状況だとしても、誰も自分を助けてはくれないので、自分で何とかこの状況に慣れて、対応していかなければならないんだと思いました。

普通にお腹がいっぱいという感覚はもう随分前からありません。
普段からご飯のこと、食欲で頭の中が満たされて、この思考が消えれば私は良くなるのに何でと思い続けてきました。

本当に直したいです。

20キロ台になっても、自分が病気だと認めることはできなかった。

女性 主婦 38歳 B型 北海道

19歳の頃、摂食障害になった。
地元の田舎町から、専門学校に行くために上京し、姉と二人暮らしをしたが、上京してすぐにダイエットのために食事制限をしたことをきっかけに、拒食が始まる。
アルコール依存も同時発症。酒は空腹を感じないようにしてくれ、拒食に拍車をかけた。

みるみる体重が落ち、最初は、着たかった洋服を着れたり、痩せた自分が太っているよりずっと綺麗になれたように感じた。
姉は、食べなくなる私を心配して、色々な言葉をかけてくれた。でも、私にとってはプレッシャーとストレスでしかなく、姉が作ってくれた物も、食べているフリをして口から出していた。
夏休みに帰省した時、母親が私の姿にビックリし、帰省中の食事のおかしさにショックを受けて、私に精神病院に行こうと言ってきた。その言葉に私は逆上した。
“おかしい者”扱いされたと思った。
絶対に行くもんか!と思った。

専門学校の友達も、お弁当の時間にサラダやところてんしか食べない私に、最初は色々と心配して言葉をかけてくれていたが、私は聞かず(この頃既にところてんすら食べることが怖くなっていた)、体重は20kg代になっていた。

25kgをきる頃、私は学校のスポーツの時間で走ることもできなくなっていたし、強風が吹くとよろめく程になっていたが、やはり周りの心配を物ともせず、炭酸でお腹を膨らまし、夕方から酒を飲み続ける生活を送っていた。
友達は、どんどん私から離れていった。
学校に行っても、仲の良かった友達も、話をしてくれなくなった。
私以外の友達同士で手紙が回り、露骨に避けられた。

中学時代にいじめに遭った記憶とリンクし、人が、生きるのが、怖くなった。
学校に行かなくなり、過食嘔吐は更に更に酷くなった。
親の仕送りと、同時していたアルバイト代は、過食代に消えた。
洋服は何を着てもガボガボでみすぼらしく、顔も身体も骸骨のようだった。
ある日、ファーストフード店に過食の食べ物を買いに行くと、全く知らない女子高生が私を見て、「何あれ、キモチワルイ!」と言った。ショックだった。。
痩せて、綺麗になったと思ったのは束の間、ガリガリで、もう少し身体に肉をつけなきゃと思っても、もう、怖くて食べられない状態になっていた。

体重20.5kgになった時、病気を認めた。
初めて精神病院に行き、そこで出会った先生の一言で、自分が認められたような気持ちになり、一時的に過食嘔吐は止まった。
先生の提案で、学校を休学して実家に戻った。
休学したため、資格を取ることはできず、追試と追レポートで、どうにか卒業だけする形となった。

実家に戻り、最初は両親とも優しかった。
けれど、1週間ほどでまた過食嘔吐は始まり、三度の食事の後は、冷蔵庫をあさり手当たり次第に食べ、日中は親がくれたお小遣いでスーパーに食べ物を買いに行き、それを部屋で更に食べて、吐いていた。

ガリガリなのに、大量の食べ物を食べ、トイレに行く私に、父は「アジアの難民はな…」と諭そうとしたり、トイレの前で仁王立ちをして吐くことを阻止しようとした。また、過食をしている私の部屋に入ってきて「お前の部屋は豚箱か‼」と怒鳴ったりもした。
母は、料理に使う油や砂糖にいちいち目くじらをたてる私にノイローゼ気味になり、ある時は、部屋で過食をする私に、「コソコソやらないで堂々とやりなさい!」と、茶の間で過食をさせ、トイレに行こうとする私に「これだけ食べたら太れるよ
。(吐くのを)我慢しなさい」と言ってきたりもした。

家族中が、地獄だった。

23歳の時に、酒と摂食障害で精神病院に入院したが、どちらも全く止められなかった。

施設を転々とし、酒は止められるようになったが、過食嘔吐は一向に止められなかった。

酒を止めてから、欠点も自分の一部として受け入れ始め、心から信頼できる友達とも出会え、今の旦那とも三年前から付き合い結婚した。

人間関係は、とても恵まれている。けれど、いつも私には、夜の過食嘔吐がついてまわり、それは、友達同士で旅行する話が出た時にはかなりのストレスとプレッシャーだった。

旦那は、私の病気を全面的に受け入れてくれているが、
今、私のお腹には、そんな旦那との間にできた赤ちゃんがいるのに、私の過食嘔吐は毎晩続いている。

旦那もあまり口には出さないが、色々な面でストレスや心配をしていることは感じる。

その旦那の心配、ストレスをさて置いても、私は毎晩過食嘔吐をしているのだ。

お腹には、5か月になる赤ちゃんがいるのに、毎晩、過食をし、吐いているのだ。

まさか、この歳になって、妊娠しても尚、過食嘔吐を続けているとは昔は思いもしなかった。

今、与えられた相談の時間と提案で、自分にできることを精一杯やり、子供が生まれるまでには、なんとしても過食嘔吐を止められる自分になっていきたい。

一番大切なもの「平凡な生活」を失ってしまった

女性 会社員 29歳 A型 兵庫県

摂食障害になり本当に色々なものを失いました。

お金、仕事、貴重な経験、そしてなりより普通の平凡な生活です。

摂食障害になる前の小学生時代に何度戻ってやり直したいと思ったかわかりません。

洋服やおしゃれにかけるお金も全部食費に費やし、将来約束されたような素晴らしい会社に入っても長期出張が苦痛で退職、留学に行った時も過食衝動がでて部屋から出ない等、本当にたくさんのものを失いました。

摂食障害は怖いです。
これまで失ったものは取り戻せませんが、今ある幸せを失わない為にもしっかり治療していきたいです

毎日の過食嘔吐で全ての歯が無くなり、総入れ歯、インプラントに。

女性 主婦 34歳 O型 長野県

私は17歳で過食嘔吐を発症し34歳の今まで17年間毎日過食嘔吐をし続けています。

止めたのは17年間の間で一週間のみです。

17歳から27歳くらいにかけては一日10回以上の過食嘔吐も当たり前でした。

その結果、今歯は全てなくなり、総入れ歯、インプラントを入れています。親にも誰にも言えていません。

過食嘔吐が酷かったときは頭に栄養がいかないせいか、うつ病にもなり、学校の勉強も疎かになり、進学も諦めました。

腎右炎や膀胱炎にもなり、今は逆流性食道炎をわずらっています。背中が原因不明で痒くて痒くてたまらないこともありましたが、こちらのブログを読み、それも過食嘔吐からきていることを知りました。
今までの病気の全ての原因が過食嘔吐だと知り驚いています。

いつか止めなくてはと思いながらも、なかなか止められませんでした。まさか、自分がこんなに長い間し続けるとは思ってもいませんでした。

過食嘔吐に酷いときは1ヶ月に30万以上使ったこともあります。
今まで過食嘔吐に使ったお金があれば、何が出来ただろうと思います。

長年続けているせいか、徐々に体に色々な症状が出始めました。
この相談センターのおかげで、過食嘔吐が難病であることも知りました。

いつかではなくて、今、このセンターに巡りあえた事をきっかけになんとかして過食嘔吐を止めたいです。