本当は怖い。過食症と過食嘔吐ブログ

過食症の体験談がまとめられたブログです。

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カテゴリ : 治療の体験談

病院に相談すればするほど悪化したわたしの症状

女性 会社員 31歳 O型

何度か別の心療内科を転々としたが、正直ほとんど一度で終わってしまっている。

結局、みんなわかったような深刻そうなふりして、自分自身は体験したことないから
どこか見下したような小馬鹿にされているような印象を受けて仕方がなかったからだ。

何時間もまたされるのに診察時間は最長でも10分以下。

単に薬を出して、大量におかねをとられるだけ、帰りには毎回余計イライラしてもう帰り途中にとたんに過食!
何やってるんだかと余計に惨めな気持ちにさせられた。

摂食障害専門機関にも一度行ったが全身検査をしたあと、栄養が足りないんです。栄養が行き渡れば治るんですと
何十万もする数ヶ月分のサプリを売りつけられたが
半信半疑ながらなんとかしたい一心で真剣に取り組んだが
1日たりとも症状はおさまらず
むしろ嫌なものを無理やり頑張るのでひどくなった。

これは一度きりで二度目以降お金が続かないと思って途中ですぐやめた。

入院したら治る、しなきゃ治らないと何度も説得されたこともあるが、結局、金だけ取るんだというにおいが先生の言動から見え見えで
嫌気がさし、無視してしまった。

心療内科、専門家に相談するたびに、すればするほどに症状はわたしの場合ひどく悪化していった。

※摂食障害の患者さんは良い治療を受けてもマイナスな受け取りをする傾向があります。
あくまで参加者の感想であり、センターの立場とは一切関係ありません。

入退院を繰り返しても・・・オーバードーズ、万引き、止まらなかった過食嘔吐

女性 主婦 31歳 A型 茨城県

初めて、病院にかかったのは発症して三か月くらいたってからでした。

自分で、この食べ方はおかしいと思い、長崎市立病院の心療内科を受診しました。

正直、その時の診察内容は覚えてませんが、私の中の気持ちの変化は全くなかったと思います。

それから一年くらい経って、祖母のお金を盗んだことが発覚し、親から強制的に大村共立病院というところに入院させられました。

その病院は主に、思春期病棟というところがあり、思春期の子供たちが入院していて、病院というよりは寮という感じでした。

私は個室で、自分の部屋と変わりないぐらい悠々自適な生活ができました。

摂食障害ということで入院していたので、食事制限、買い物には制限がありましたが、悪知恵が働き、あの手この手を使い、過食嘔吐を続けてました。

その時の主治医は野口先生といい、とても優しく、よく話を聞いてくれました。
その先生には、わりとなんでも話し、そして依存していってしまいました。

一日一回、主治医とカウンセリング、毎食後に抗うつ剤を服用するなどの治療でした。

また、その病棟は色んな精神病をもった、そして歳も近い子がたくさんいて、楽しかったのですが、駄目なことに、そういったつながりで、万引きやオーバードーズを覚えてしまいました。

二十歳も超えていたこともあり、水族館にアルバイトとして病院から特別許可をもらい、病院から通っていました。

ときどき、宮田先生という摂食障害専門の先生の話もありましたが、全く響くことなく、逆に反発したくなったりしました。

三か月ほど入院したところ、主治医の野口先生が佐世保の愛恵病院に転勤することになり、私はどうしても野口先生がよかったので、追いかけることにしました。

共立病院の退院が決まり、なぜか興味本位で、はじめてのオーバードーズをしました。

その際、宮田先生は退院させるべきではないと言っていましたが、母はこれ以上この病院にいたら、ますます悪いことばかりを覚えてしまうと思い、押し切って退院しました。

長崎市から佐世保まで約二時間…月1のペースで診察を受けました。

診療時間は一時間~一時間半。
そしてルボックスなどの抗うつ剤を処方されました。

先生と話すことがなによりも楽しみだったので
往復四時間の移動も苦ではありませんでした。

そして、長崎市の保育園に就職。

しかし、仕事のきつさや、人間関係で症状は悪化…
オーバードーズをを繰り返したり、左足の足首から下をカッターなどの刃物できるなど、過食嘔吐以外のことまでするようになりました。

オーバードーズををするたびに、母や姉は泣き、救急車で運ばれ、胃洗浄、一日入院などしました。

足を切るときはわりと深く切るので、外科に行き何度も縫う羽目になり、そこの看護師さんが泣きながら、もうしちゃ駄目だよ。と何回も言われました。

それでも治ることはありませんでした。

そして、ついに職場に迷惑をかけれないということで、仕事を辞め、愛恵病院に入院することにしました。

ところが、その愛恵病院は重度の精神病の患者がたくさんいて、共立病院と比べると恐ろしいくらいに違い、奇声をあげたり、文句をつけてくる患者もいて、私の精神もすっかりおかしくなりました。

そして、オーバードーズをしました。

ところが、その薬が体に合わなかったのと、発見が遅れたことで、意識が混濁し軽い昏睡状態におちいりました。

その時初めて、死を感じたと思います。

そのオーバードーズのおかげ?で
オーバードーズ、足を切る行為は全くしなくなくなり、過食嘔吐もパタリとやみました。

愛恵病院を退院し、新しい職場に母のコネで働けるようになりました。
そこはこじんまりとした幼稚園ではありましたが、人間関係も良く、仕事も母がフォローしてくれたのもあり、とても働きやすかったです。

でも次第に過食嘔吐の誘惑に負けてしまい、再発…。

それまで週1で愛恵病院に行っていたのですが、このまま依存してはいけないと思い、長崎市の三和中央病院へ転院することにしました。

その時の先生が松本先生と言い、言い方はざっくばらんとした感じではありましたが、印象は良く、通院することにしました。
診察時間は10分程度でしたが、話した後はすこしだけ心が晴れました。

それから、過食嘔吐が日常化したある日、お金に困った私は、食料を万引きし、警察に捕まりました。

初犯であったことや、両親が近くにいたこともあり、職場に知らされることはありませんでしたが、あの時の母の顔が忘れられず、それは今でも私の心の中に焼き付いて離れません。

それでも過食嘔吐をやめることができなかったので、両親はもう二度と万引きさせないように、過食費を出してくれました。
それに甘え、毎日夕飯、夕飯後に3回過食嘔吐をしていきました。

昼は園児がいるので小さいお弁当を作りそれはどうにか食べていました。

しかし、体重が極端に落ち、春休み、冬休みをつかい三和中央病院に入院することになりました。

そこでは、体重増加が目的であったので、過食嘔吐は自由にできました。

新学期が始まると退院し、また通院の日々でした。
特に症状が変わることなく、10分程度のカウンセリング、抗うつ剤の処方…

それが三年ほど続いたのですが、一向に良くならないので、次第に通院から足が遠のき、行かなくなりました。

薬がなくても過食嘔吐ができれば、精神は安定していました。

過食嘔吐以外はすべて順調で私自身、過食嘔吐が当たり前のせいかつになっていました。

そして現在、やはり一人では何も解決できないとわかり、この無料相談に相談することにしました。

※摂食障害の患者さんは良い治療を受けてもマイナスな受け取りをする傾向があります。
あくまで参加者の感想であり、センターの立場とは一切関係ありません。

ストレスだった病院治療

女性 学生 16歳 AB型 愛知県

私は拒食症から過食症になりました。

私は全く食べない拒食症ではなく
野菜や海藻、きのこなどの低カロリーなものならいくらでも食べ、炭水化物や甘いものはほとんど食べない、食べ放題も大好きという変わった拒食症でした。

でも今考えてみると学校から拒食症ではと言われる前まで
私はレコーディングダイエットでカロリー摂取を抑え、日常的に運動をし、時には食べ放題に行ったり
友達と学校帰りにスイーツを食べに行ったりする
ダイエットをしているごく普通の女子学生でした。

学校から月に一回、病院に通わせるように
体育の参加など学校生活に制限をされる指導受けてからの
母、家族の反応が一種のストレスとなり
私を摂食障害にしてしまったのではないかと今になって思います。

病院では心電図検査などをし、摂食障害がひどくなったら入院治療も受けなければならなくなる…だから食べろ…というような一種の圧力をかけられる治療でした。

摂食障害は精神病で治療法はありません。
拒食症は周りからの圧力で
無理に食べるようにするしか病院では出来ないのだと思います。

過食症も拒食症と同じ自分の精神状態が病気を左右します。

過食症に負けずに頑張って治していきましょう

※摂食障害の患者さんは良い治療を受けてもマイナスな受け取りをする傾向があります。
あくまで参加者の感想であり、センターの立場とは一切関係ありません。

病院、断食、催眠療法、耳つぼ、それでも止まらなかった過食。

女性 会社員 37歳 O型 兵庫県

過食嘔吐の治療体験

断食道場:
1週間の施設宿泊、栄養ドリンク、最終日は軽食。復帰したらすぐ元の過食に戻った。

心療内科:
1軒目、医師は「吐かないで」「普通の食事をして」と当たり前の事しか言わず、     過食嘔吐を嫌悪しているかのような反応。

2軒目、医師は流れ作業のように軽く話しを聞いて薬を出すだけ。

3軒目、本当にどうでもよさそう。

総合病院の神経科:
過食嘔吐は治らなかったが併発していた睡眠障害は改善された。

催眠療法(ピプノテラピー):
考え方の改善やストレス軽減には役立ったが過食嘔吐には一切効かない。

耳つぼダイエット:
3年前、緊急で体重を落とすため3ヶ月集中的に通った。
食事指導。サプリメント、ノートにレコーディングしないといけないので
お金もかなり払っていたのでこの時は完全に過食は止まり体重も9キロ減った

しかし終わってから3ヶ月後に再発した。

結局、医師や心理的な療法、つまり人の手を頼っては
この難病は治せない事を痛感しており、現在はどこにも通っていない。

あの衝動が襲ってこない方法は、いまだに見つかっていない。

※摂食障害の患者さんは良い治療を受けてもマイナスな受け取りをする傾向があります。
あくまで参加者の感想であり、センターの立場とは一切関係ありません。

しんどくなっていった通院

会社員 25歳 A型 大阪府

大阪府の地元にある個人病院の心療内科に
少しだけ通っていた事があります。

最初は話をしていくだけで、自分の症状や気持ちを話したりしていました。

ですがあまり具体的に話も進まず、いつも同じ事しか言われずで、だんだん通っているのがしんどくなってしまい辞めてしまったんです。

その後も何件か心療内科に通いましが一向によくはならずでした。

たまたまかもしれませんが、どこの先生もあまり良いアドバイスなどもしてくれずで悪化していく一方でした。

その後エステにも行った事があります。

過食も止まって痩せられるのではないかと思ってしまってたんですが
高額なお金しか要求してされず信用が出来なかったので通うのはやめました。

私は心療内科など、病院に通う事は違うなと思います。
あくまで私はの一個人の感想です。

※摂食障害の患者さんは良い治療を受けてもマイナスな受け取りをする傾向があります。
あくまで参加者の感想であり、センターの立場とは一切関係ありません。

肩書きの立派な名医であっても

女性 会社員 26歳 B型 群馬県

群馬県前橋市の総合病院の心療内科に通院経験があります。

わたしの場合は最初は抗うつ症状、情緒不安定を主とした内容で通院していたので
それだからなのかもしれませんが。。。

過食症状、故意に嘔吐していまっている状況を伝えても
軽い感じで流されてしまいました。

担当医師は、肩書も立派で有名な先生でした。

「今は情緒不安てなだけだから、心が防衛反応で食べ物を欲しているだけ
食べたいものを食べたいだけ食べて 吐きたかったら吐いていいよ。
あ~、食べすぎちゃった、吐いちゃった、くらいな楽観的な感じでいいから。」

いつもそういわれてました。

発症して5年が経ち通院していますが、何度言ってもこんな感じでした。

なので私も最初はそう思っていたし、今はストレスがたまってるだけ、情緒不安定なだけって
そう言い聞かせてました。

だけど、症状はひどくなるばかりだし、嘔吐したあとのこの脱力感、罪悪感、焦燥感、体調の悪さはただごとじゃないと思えてきました。

自分が摂食障害だと自覚するようになり思ったことは
今ではうつ病やパニック障害などはだいぶ理解されるようになり
精神科やクリニックの数も急激に増えたと思います。

ですが、これは難病です。

いくら有名な病院、名医であったとしても
摂食障害を専門としている先生、もしくはきちんとした理解や経験がない先生でないと
適確な治療・判断を下せないのだと思いました。

安易な通院は逆効果なのかもしれません。

わたしのように症状を訴えても軽視されてしまったら、その人はずっとずっと摂食障害だと自覚できないまま、悪化の一途を辿りながら生きていかなくてはならないのですから。

あくまでも、わたし一個人の感想です。

※摂食障害の患者さんは良い治療を受けてもマイナスな受け取りをする傾向があります。
あくまで参加者の感想であり、センターの立場とは一切関係ありません。

病院に通うたびに傷ついたわたし

女性 会社員 29歳 A型 福岡県

私は19歳で過食嘔吐発症。

24歳の時初めて心療内科を受診し、二度の入院を経験しました。

2回とも拒食時の入院でしたが、過食嘔吐の事は言っていました。

最初に受診したときにあたしの状態はまだ片足を突っ込んでいる状態だから
まだ引き返せると先生に言われました。

摂食障害をどうしても治したい気持ちから入院を決めました。

しかし、行動制限療法に耐えられなかったことと
自傷行為をしていることに対して大勢の医者に囲まれた中で、
あなたより若い子で頑張っている子が沢山いるのに
その歳になって恥ずかしくないのか、甘えていると言われました。

主治医は助けてくれませんでした。

傷をえぐられた気持ちでした。

2度目の入院の時は摂食障害の治療ではなく
点滴等の治療を受けるためのものでしたが、
その病院の先生には

入院するのは勝手だけと摂食障害は診れない。結局は自分次第だから
と言われ続けました。

そして親に知られたくないことも平気で親に言われていました。

病院に通う度に傷つくような気がしてました。

いつしかカウンセリングでも本音で話すことをやめ、取り繕うようになり病院に通うのをやめました。

もう自力で治そうと思いました。

拒食後に口に食べ物を入れたことをきっかけに過食嘔吐に転向し、それから4年間毎日過食嘔吐。

食べること、吐くこと、痩せることに執着する日々。

もう後には引き返せず、自分ではどうにも出来ない状態になっていきました。

※摂食障害の患者さんは良い治療を受けてもマイナスな受け取りをする傾向があります。
あくまで参加者の感想であり、センターの立場とは一切関係ありません。

病院に行けばすべてが治ると思っていた

女性 会社員 29歳 A型 広島県

摂食障害になって、数年がたち、親元を離れて一人暮らしをするようになると、過食嘔吐の症状が、今までと比べ物にならないくらいひどくなりました。

そして、その状態のまま数年すごし、もう自分ではどうにもできないと思い、心療内科を訪れました。

その時自分が摂食障害であるということは自覚していたのですが、それと同時にうつの傾向も出ており、精神的にもとても不安定でした。

病院での診断はうつ病でした。

薬を処方され、服用を始めましたが、その時の担当の先生に信頼感を抱くことができず、少し経ってから、別の病院を再び訪れました。

その病院は心療内科と精神科の両方があり、その病院でもうつ病との診断をうけ、薬の処方をうけました。
そして摂食障害の事も相談しましたが、どちらかというと、うつ病の方に重点を置かれていたように思います。

私としては、うつ病からくる精神的に不安定な状態も辛かったのですが、それ以上に過食嘔吐の症状が全然なくならないことがつらかったです。

初めて病院に行く前も決断するのに、かなり勇気がいりましたが、病院に行ったらきっと過食嘔吐も治る、と思っていたので、症状が落ち着かないことに
不安とやっぱりだめだったか、という絶望感を覚えました。

その後、一人暮らしを続けるのが困難な状態になったので、親元に戻りました。

そして、母親の知りたいの方が紹介してくれた
神経科内科に通院し始めました。

そこでは担当医の診断を受けるとともに、並行して、カウンセラーの方からのカウンセリングも受けました。

うつ病の薬の服用と共に、カウンセリングで、自分の気持ちや考え、今までの経緯を話せたので、状態は徐々に良くなっていきました。

過食嘔吐の症状も一番ひどい時から比べると、頻度も回数も徐々に少なくなっていきました。

その後、仕事に復帰し、通院することが難しくなり、徐々に通院の間隔があいていきました。

相談センターでの摂食障害の治療ガイドラインの説明を受け、医療機関は過食衝動を止めることを主としていない、また、薬だけでなおることもない、というのを知り、
病院に行けばすべてが治ると思っていましたが、自分の知識や認識不足もあったと感じました。

そして、過食嘔吐のことを相談するのは
自分にとってとても勇気のいることなので、カウンセリングを受けているときも、自分の状態が安定すれば過食嘔吐の症状が落ち着くと思っていたので、過食嘔吐の事自体は、あまり言えませんでした。

でも、自分で自分を手に負えなくなり、ひとりじゃもう無理だと思い、勇気を出して、病院に行けたことは、自分の中で大きかったと思っています。

※摂食障害の患者さんは良い治療を受けてもマイナスな受け取りをする傾向があります。
あくまで参加者の感想であり、センターの立場とは一切関係ありません。

やめてしまった病院通い

女性 学生 18歳 O型 福島県

摂食障害と診断されたのは14歳の時、体重が20キロ代まで減り
母親に近くの総合病院の小児科に連れて行かれたのが始まりです。

このままでは危険なので、即入院ですと言われた時は
とうとう来たかとその場を逃げたい反面、あぁ病気だったんだな…と安心したのを覚えています。

だから入院するときのわたしは抵抗するわけでもなくとても冷静でした。

入院したら食べられるだろうと言うのが最初の気持ちでしたが、いざ目の前に食べ物がくると食べられませんでした。

こうしている間も点滴が太らせてると考えると
ベッドの上で無駄な動きを沢山し、1日に何度も病室と体重計とを往復していました。

今考えると有り得ません…。

結局、1週間ほどで退院しましたが、それからは心療内科に通院しながら
カウンセリング等の治療をしていくようになりました。

初めは箱庭という治療法をし、それからカウンセリング、診察の順でした。

症状が過食に移行してもそれらの治療は変わらず、過食が酷いんですと言っても回復期だからと流されてしまい、回復期から過食嘔吐に移行しても、どうしてくれるわけでもありませんでした。

薬も処方されましたが、体質に合わず飲むのを辞め、しまいには病院へ行くことさえも辞めてしまいました。

それから1年後、頼る場所が無くなったわたしは
また同じ病院に通院することになりました。
しかし症状は変わらず、ネットで見付けてここに連絡をしようと思いました。

無料相談では、病院では過食を止める方法がないこと、薬では治らないこと、過食を回避するために予定を沢山詰め込んでも良くならないことを聞き、あぁ、わたしの意志が弱いからじゃないんだなと、少し安心しました。

過食はすぐには良くなりませんが、気持ちの面では少しゆとりができたようで嬉しいです。

今回の無料相談をして今後の生活が少しずつ変わっていくことを願います。
この病気の恐ろしさをこれからも体験していくなんて絶対に嫌です。

治したい。

この気持ちを忘れないでがんばります。

※摂食障害の患者さんは良い治療を受けてもマイナスな受け取りをする傾向があります。
あくまで参加者の感想であり、センターの立場とは一切関係ありません。

病院を変えても続いた過食

男性 自営業 32歳 A型 千葉県

私は最初、大きなうつ症状が出て、千葉県鴨川市の亀田クリニック心療内科にかかりました。

この当初は拒食症になり食べ物をあまり受け付けず、体重が10kg程度あっという間に落ちました。

その後大きなうつ症状は一時的に治まったのですが、そのころから同時に過食症へと転じていきました。

この過食症について、心療内科の医者、またはカウンセラーに何度も何度も相談しました。

医者は私の症状を聞いて、食欲を抑える薬を何種類も出してくれましたが、過食は止まりませんでした。

またカウンセラーは「ガムを噛む」「食べたら一度箸を置く」などと、いろいろな指導を受けましたが
何せ過食衝動が出たときにはそのような指導など効果がなく、ひたすら食べ物を口に詰め込んでいました。

その病院でうつと過食の治療が何年も続いた後、私は自分が「発達障害」の可能性を考え、医者に相談します。

しかしそのようなことはない、と一蹴されてしまい、私は転院を決意しました。

大人の発達障害が診断可能である、東京都内のあるクリニック(申し訳ありませんがここは伏せさせていただきます)にたどり着きました。

ここで受けた心理検査などの結果「広汎性発達障害」であり、その二次障害として「うつ状態」であることがわかりました。

こちらの病院で処方された薬は
私の精神状態をはるかに快方へと向かわせました。
この点に関しては感謝しても感謝しきれません。

しかし、過食については「習慣からくるものだから」と取り合ってもらえず、その後も過食嘔吐は続いていました。

このままではいけない。

そう悩んで探した結果、こちらの電話相談にたどり着いた次第です。

こちらに相談してから私の過食は止まっています。
しかしこれは擬似停止に過ぎないということを強く認識しております。

過食を完全に止めるために、相談を毎日欠かさず続けていきたいと思います。

※摂食障害の患者さんは良い治療を受けてもマイナスな受け取りをする傾向があります。
あくまで参加者の感想であり、センターの立場とは一切関係ありません。