本当は怖い。過食症と過食嘔吐ブログ

過食症の体験談がまとめられたブログです。

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カテゴリ : 30代

太っている私は相手にされない

女性 会社員 33歳 A型 兵庫県

摂食障害の初めは拒食症でした。
小さい時からポッチャリしてて…家族みんなで食卓を囲むような環境ではなかった為か、楽しさ、美味しさを感じなかったし好きな食べ物も特になかったですね。食に興味はなかったけど…きっと過食ぎみだったと思います。

太ってた私は、痩せてるね、可愛いね、チヤホヤされたい…
太ってるから私は相手にされない。醜い。だから学校生活が楽しいとも思っていなくて早く大人になりたい、家を出たいと思ってました。

家に居ても兄からデブだのブタなど言われて、母が対処してくれていたらこれ程の痩せの執着はなかったと思いますが…高校2年のクラブを初めてから極度に体重が減り生理が止まり、寒がりになり、体力が落ちました。
だけど痩せた事で自信がつき世界が変わった様に明るい私になりました、痩せれば自分らしくいられる気がしてた。
でもそれは、勘違いです拒食症は歪んだ考えになって行きます。あるキッカケで過食が始まり…今まで食べた事のない量、抑えようのない欲求に恐くなり吐き出す行為をしてしまいました。

私は過食という期間はありません、痩せてる自分が私だと決めつけては、痩せてなければ私でいられなかった。
体重が増えるのを見ると死にたくなる程の恐怖感になるんです。
これまで何度涙を流したか、お金と楽しいはずの時間、嘘をつき、好きな人に優しくする事も出来なかった、自分の歪んだ考えは大切な人達を傷つけてきた、そして自分自身さえも荒んだ心にしていく。
生きる為の食事に今だに拒み続けてしまう、摂食障害が根づいてる以上、私は幸せになれないんだ。
。今更、戻れない取り戻せない…なら先を見るしかない将来を幸せに過ごす為に治したい、心から笑っていたい、大切な人達をも幸せにしてあげたい。

夫よりも過食が優先

女性 主婦 34歳 B型 千葉県

もともとスタイルよくて綺麗な人に憧れがあった!!いい人に見られたい親からもいい子に思われたいそんな子だった。
12年くらい前にダイエットきっかけに拒食症になり…38㎏
それでも普通に働き生活はしてたけど親からも心配され病院へ。
カウンセリング…でも一度でなぜか行かなくなった。
今の夫はスタイルがいい方が好きで年下好き。それもあり太らないように気にしてた。それが過食嘔吐の始まりかも知れない。

結婚して赤ちゃん欲しくても生理がこなくて不妊治療…ゃっとできたのに過食嘔吐は止まらずにぉ腹に負担かけずに嘔吐する毎日…だからか出血し入院…また退院しては過食嘔吐し出血…その繰り返し。
原因が過食嘔吐だとは話せないしそうなのかも分からなかったけど今となればそう思える。

育児しながらの過食はサイトのように子が寝てる時、旦那が夜勤や留守のときが幸せすら思えた…コンビニに行き買っては食べてを繰り返す。今までいくら使ったのだろう…今、思えば恐ろしい。
日曜も過食したくて夫に出かけてきてほしく…行かせて子達は暇になり自分は相手せずにひたすら食べてる、そんな事すら何も考えずしてきた。
2人目、3人目の妊娠のときも思ってたこと…それは赤ちゃんに異常がないか。
結果、こども病院へ通ったり、リハビリ、言葉の教室、低体重児これは全て自分のせいかも。

こんな恐ろしい自分に子達は似てほしくない。ほんとに10年以上、自分がしてきた過食嘔吐の生活が見苦しい。
でも、まだ食べたくなったり止まらなくなったり食の興味が止まらない気がする。夜ご飯の残ったおかずを捨てずに食べてしまうなどの行動治るのだろうか…
肺炎になり色々あり救急車で運ばれて始めてそれをきっかけに前向きに過食を治したいと話し、心療内科の紹介状も書いてもらってある、今は薬で治療中もあり行ってないしこちらの相談で自分の過食嘔吐を改善したいと思っています。

子供をだっこしながら

女性 主婦 31歳 AB型 北海道

相談を受けるまで病気だという認識はなかったが、思い返すと発症したのは12年前。
忙しい仕事のストレスと自分の外見へのコンプレックス、痩せたいけど食べるのが好き、甘いものへの執着から深夜毎晩、家族が寝静まってから甘いものを気持ち悪くなるまで食べていた。

途中やめたいのに歯止めがきかなくなり、口に入れたばかりの飴をすぐにゴミ箱に吐き出してはまた新しい飴を放り込み、また吐き出すなんてことも。泣きながら食べる、甘いものがなくなり気持ちが収まらないときは、夕飯の残りのおかずを鍋から素手でつかんで口に放り込む。お腹がはちきれそうになるまで、スイッチが切れるまで食べていました。

つねに体がだるく、気分も落ち込みがち。着たい服も着られずにいつも同じような服ばかり。やせたい!やせなきゃ!と思えば思うほど、普通の食事を減らし、反動で甘いものを過食してしまうという行動をとってしまい、結局太っていくばかり。
意を決して体重計に乗ってみた時は59キロというみた事ない数字にまでなり、今度は無理なダイエット。

その後好きな人が出来たこと、就職して充実していたことで過食はだいぶおさまっていた。
たまにやってしまう時もあったけど、病気だとは思っていなかった。自分の意志が弱いだけだと思っていた。

結婚して退職し、妊娠、出産。
身体や環境が大きく変わり、専業主婦のため外に出ることが少なくなり、孤独感、虚しさ。
私の生きがいってなんだろう。生きてるのが面倒。なんのために今私はここにいるの?また過食が徐々に再発していった。

夫が帰るまでにお菓子、菓子パンを過食し、夫が帰ってきた時にはだるくてソファに横になって夕飯も作っていない。
夫のためにかった食べ物や、夫が自分で食べようと買っていたお菓子、頂き物のお菓子を一人で全部食べてしまい驚かれることもしばしば。自分が怖い。優しい夫に心配され、自分が情けないと涙を流す。そんなことがなんどもあったような気がする。

出産してからは子供が寝ている隙に、我慢できない時はだっこしながら。
買ってきたお菓子を少し楽しむとかじゃなく、全部食べきってしまわないと気が済まない。
母乳のために甘いものは控えなきゃと分かっているのにやめられない。どうしよう、どうしたらいいのか。気力がなくなり、笑顔のない私に、夫は元気になって欲しいと…

こんなふうになっても病気だとは本当に思ってなく、でも自分でコントロールできなくて。
子供のためにこんな母親じゃだめだ、この先すっとこのままだったらと思うと…どうにかしなきゃ。
ネットで調べ、この無料相談に勇気を出してかけてみました。
今書いていて客観的に見るとほんとに異常。でも気づいていなかった、認めたくなかった。そこが怖い。

閉鎖病棟での治療体験

女性 会社員 35歳 O型 埼玉県

心療内科、精神科。地元の病院はもちろん、良いと言われる病院にあちこち足を運びました。
過食が原因で救急車で運ばれる事が続くと、受け入れを断られる事もありました。
どこへ行っても軽視か軽蔑か…薬を処方されて効いた試しはありません。
意識が朦朧としたり吐き気がしたり、眠くなったり。薬の量ばかりが増えていきました。

私が入院施設に入ったのは、家族や親戚からも見放され、行く場所がなくなった時でした。
鉄格子、オートロック。夜には奇声を上げる声が聞こえました。
ただ朝ごはんを食べて、昼ご飯を食べ、夕飯を食べて寝る。
何のために生きているのか…という生活が数日続きました。

過食衝動が止まることはなく、人の残したものを書かれて拾い食いしました。
温かいお茶を飲んで、たくさん飲んでお腹を満たそうとしました。
それでも足りず、鉄格子の中から通りかかる人に声を掛け、何か買ってきてもらおうとさえしていました。
そしてとうとう…私は夜中に冷蔵庫にあった他人の食べ物に手を出してしまいました。
少しならバレないかな、そんな甘い考えでした。

翌日、医者との面談がありました。その事について問われ、気が動転しました。
両親には言わないで欲しいと必死で頼みました。お医者様の計らいもあり、警察沙汰にはならずに済みましたが、その日で強制退院と言うことになりました。
行き場を失った私は、知人の男性宅に身を寄せるしかありませんでした。
入院してもダメなんだ…一体どうすれば私の病気は治るの?そこから私の諦めが始まった気がします。

※摂食障害の患者さんは良い治療を受けてもマイナスな受け取りをする傾向があります。
あくまで参加者の感想であり、センターの立場とは一切関係ありません。

「食」に支配されてばかり

女性 会社員 38歳 A型 愛知県

摂食障害になって、全てが、変わった。
時計を見て、あと何分あるから、過食嘔吐できる…
とか、
今日は、これを食べよう
とか、
結局、全てが、食に結びつく。

食費もかさむし、自分で料理するのもすきだったから、料理もがんばる。
でも、食に関わること…

栄養のバランスを取らせたい。
と、料理をして、自分が食べれないときは、子どもが食べているのを見る。

時間の使い方が、食ばかり。

子どもと向き合えず、1度は、子どもの心も離れていった…

過去の私は、食ばかり…
食が、全て…

辛さを忘れるための過食

女性 会社員 34歳 AB型 三重県

私は15歳から摂食障害になり、大切な青春時代を失いました。
楽しいことをしようとか考えることもなく、ただただ自分自身と自分の運命を呪って生きていました。
食べることで、生きていく辛さを少しでも感じなくしようとしてきました。
10代、20代、とてもキラキラしているはずの時期に、ただ食べ物を詰め込んで、まるで死ぬまでの生きている時間を忘れようとするかのようでした。

本来なら、オシャレして遊びに行ったり、コンサート行ったり、楽しいことして人生を楽しむのが生きる楽しみだと思うのですが、私には生きる楽しみを感じるよりも、生きているつらさを忘れることの方が重要でした。そうしなければ生きていけない気がしていました。
20代からは心と向き合うことに一生懸命になり、カウンセリング、自助グループミーティング、ワークショップ、心理セラピーの民間スクールなど、いろいろ行きました。

これからは、自分をもっと好きになって自分と仲良くなって、生きていることをめいっぱい楽しんで生きていきたいです。

止まっていた過食が再発

女性 主婦 31歳 B型 神奈川県

高校1年の時何気なく始めたカロリー制限ダイエットがキッカケでした。
体重が減ると周りから、特に異性からとてもモテる様になりました。体重が目に見えて減るという達成感もあったんだと思います。それからはもうカロリーが気になって気になって常にネットでも調べてしまう毎日が15年続いてます。

専門学生になると忙しく睡眠時間もとれず、常に課題のストレスがあり一気に過食で20Kg近く太ってしまいました。その頃から過食が酷くなり、暇を見つけては何か買って食べてました。電車の中でも、自転車に乗っている時も、外を歩いて移動している時も常にです。

専門学生の時100万もローンを組んでエステにも通っていました。
しかし過食があるので結局は数キロ減量しただけで、莫大なローンだけが残りました。
更には寂しさや虚しさからか誰かにすぐ頼りたくなり、異性とも健全ではない上っ面の関係になってしまいました。

この頃、もともと良くなかった家族関係も悪化、私母妹対、父となり、いつも暴力まではいかないにしても、そういう危機迫ったいざこざで揉めていました。家では全く安らぐ事が出来ませんでした。

就職後、少しは過食が落ち着いたものの、上司のキツさと新社会人としてのストレスで、休憩中トイレで一人過食していた事もあります。

就職してから1年後、今の主人と付き合う様になって、少しだけ過食の頻度は減ったと思います。
その後結婚し仕事をやめ長女出産、ママ友も沢山でき、毎日遊んで過食は時間的にもする余裕もないし、そういう過食を考える暇もないくらい楽しく過ごしていました。

しかし去年引越し、知らない土地へ…
今1年経ち、引越し先で二人目を出産。産後3カ月たちますが、一人目の時と違い、思うように産後の体重が落ちないのと、慣れない二児の育児から過食に走ってしまう日が少し増えてきてしまいました。
今はとにかく産後の体重が落ちない事に焦り、数百g増えては自暴自棄になり過食に走ってしまう毎日です。
起伏の激しさに伴い過食してしまう事に疲れてしまいました。

過食最優先の生活

女性 公務員 39歳 A型 愛知県

常に食べ物のことが頭から離れず,毎日の生活が過食最優先になってしまいます。
頭が過食でいっぱいで正常に働かなくなります。仕事も家事もまともにできません。
何度も入院し,何度も休職しています。それでもいまだに治っていません。

他人と食事することができません。いつも一人食事です。
職場で一人ぽつんとたべる虚しさ。トイレで食べたこともあります。
ランチや宴会なども楽しみたいのに過食したいからできないのです。
家族や友達・恋人と食事を共有しておいしいねっていうことができないのです。周りからも,距離をおかれてしまいます。

主人にも何度も怒られ,家を出されたこともあります。
妊娠中もとめられず,赤ちゃんの成長がとまってしまいました。
過食にかかる経費も1か月万単位でかかります。このままでは破産してしまいます。
職場で他人のお菓子を勝手にとって食べてしまうこともありました。試食コーナーを食べまわってしまうこともありました。明らかに正常な判断とはいえません。

毎日過食に多くの時間をさかれ,家事や子供の世話,仕事が回っていきません。過食の時間を趣味の時間に費やせたらいいのにと思います。

過食嘔吐するとものすごくしんどくて,もう二度とやらないとおもうのに繰り返してしまいます。
過食嘔吐の影響でやせすぎで脳が委縮し,痙攣的発作がおき,救急車で運ばれたこともあります。

下半身の脂肪吸引、海外への渡航、それでも過食は止まらない

女性 会社員 35歳 A型 海外

私の過食衝動の始まりは14歳中学二年生の時でした。信頼していた友人たちからある日突然イジメをうけたことが恐らくきっかけだと思います。登校拒否が始まり、その頃から食べる事が始まりました。

暫く経って登校を始めましたが、そこに待っていたのは同級生達からの太った私に対する心無い言葉たちでした。太ったな、デブ、別人、などです。

そこからは太っている私がいけない、太っている人間に価値はない、とにかく嫌われないように、日に日に自分を抑えて生活するようになりました。そして、そのストレスを埋める為に過食を繰り返しました。

高校へ進学してからも一向に良くなる気配はなく、むしろひどくなっていくばかりでした、
下剤の服用は毎日になり市販の下剤は麻痺して効かなくなり、病院の下剤なども処方してもらい飲み続けるようになりました、体重も今までで最高で70キロを超えました。

私の場合は大体8キロから10キロを行ったりきたりします、
食べては太り 服が着られなくなったり鏡に映る自分の体型が醜すぎて、しばらく絶食と毎日3~4時間の運動(水泳、縄跳び、走る)をして、無理やり落とします。

同じ摂食障害でも拒食症のように、痩せていけばみんなから心配もされるだろうし、太っているよりはマシ、過食でも、嘔吐できれば少なくとも太らずには済むのに、どうして私は吐けない過食なんだろうと、辛く、悲しく、虚しく、ただただ情けない、そんな感情が毎日毎日続きました。

24歳になった私は痩せ続けなければいけない場所にいればいいんだと無謀にもエステの会社に入社しました。同僚や先輩はみんな細い、また太っていては、お客様に説得力がない これで痩せられると思いました。
しかし、現実は厳しく始めの数ヶ月はダイエットに励んだもののストレスは日に日に大きくなり、でも太るわけにはいかない私は、とうとう休みの日に美容整形外科にきていました。下半身の脂肪吸引をする為です、

痩せなければ続けられないエステの仕事、でも過食は止められない 手術するしか方法がないと思いました。
半日の入院で帰宅できる、2~3日は筋肉痛のような痛みがでるが普通に生活はできると言われ、決意しました。
ローンを組んで140万くらいでした。

心の病や摂食障害はあるものの、体はいたって健康な自分でした初めての手術、初めての麻酔、しかも健康な体に自分で決意してメスをいれる。でもそこまでしてでも過食で太った自分が許せません。
手術台に乗った時涙が止まりませんでした、でもこれしか方法がありませんでした。

結果ほぼ寝たきりが2週間は続き、脂肪を取った下半身の腫れや激痛は1ヶ月続きました。会社は退職せざるをえませんでした。そこから1年は自宅でひきこもりました。

再就職した、脱毛やフェイシャルのエステの仕事の管理職を任されることになり
ストレスのはけ口がないこと、管理職になったプレッシャーと自尊心の低さ 2年経った30歳の頃、頭が再度パンクしました。躁鬱病になってしまい、退社。結婚を考えていた彼氏とも別れ 私には何もなくなりました。

鬱だけではなく躁の状態も続いた為、もうこのままでは自分で自分を殺してしまうと思い始めました。また家族も私の介護に付きっ切りの為 疲労がきているのは目で見ていてもわかりました。家族にもそろそろ愛想を尽かされ、こんな娘はいらないと夜中に刺しにくるんじゃないか、殺されるんじゃないかと思うようになりました。

それからODをまた2度ほどし、入退院を繰り返した頃、死にたいけど死ねない、でも居場所がないと思った私は躁状態のままチケットを購入し海外に逃げました。

結局場所や環境を変えてもそこに慣れてしまうとストレスや根本の自分を認められない、という部分は変えられないので過食が止まることはありませんでした。半年前勇気を出してストレスを減らそうと彼と別れを決意、しかしそこからの半年(現在)は埋められない部分をやはり過食で満たしています。

もう自分ではどうすることもできない、でもそれでも生きてかなくちゃならない、過食が止まれば痩せられればそれだけでも心のストレスは減らせる、少しなら自分に自信がつくかもしれない、そんな時ここのセンターを見つけました。20年と長い月日、もう生きている人生の半分以上を過食の苦しさで支配されてきました、また年齢が重なってきたことにより体にどんどん無理がきかなくなってきました。まだ体の動くうち、やり直しがきくうちに治したいです。やれるところまで試したいと思っています。

湧いてくる自殺願望。それでも生きたい。

女性 無職 30歳 A型 東京都

16歳から過食嘔吐をするようになって、14年になりました。当時芸事をしていて、先生に痩せなさいと毎日怒られていました。あと、3キロが痩せられず、吐くようになりました。

無事にその芸事を仕事にできたものの、過食嘔吐は止まるどころか、徐々に酷くなっていきました。20歳のころ、コントロールがきかなくなり、毎日2回の過食と嘔吐が止められませんでした。喉から血を出しながら手を突っ込んで吐いていました。上手く吐けないこともあり、体重は、どんどん増えていきました。
それなりに綺麗にしていなきゃいけないのに、顔は浮腫んで、目はうまく開かず、そんな日に写真を撮らなければならず、絶望しました。写真撮影の直後からは、記憶が曖昧です。仕事場に行けなくなり、休職。それでも家では過食嘔吐。
死にたくて海外のダイエット薬をボトルひとつ分飲んだけれど、心臓がバクバクとしてから意識が朦朧としただけで、死ぬことなんてできませんでした。

実家に戻り療養していましたが、復職は出来ずに辞めました。
心配してくれていた友達とは、私から繋がりを絶ってしまいました。

整形手術もしています。18歳で鼻、20歳の時に脂肪吸引、26歳で鼻を元に戻して、30歳で顔面の骨を切りました。理性なんてありませんでした。醜いのが辛すぎて、やらずにはいられませんでした。
波のある過食嘔吐は1日1~2回、連続一週間の時が、私の場合一番危険です。自殺願望が湧いてくるからです。衝動的に自殺するかもと感じています。

28歳のころに自殺願望がもっとも強く、和室の鴨居に首を吊って死ぬところを毎晩シミュレーションしていました。
愚か者ですが、イメージしていると出来るような気がしてくるんです。紐も自分で編んで、荷物は整理してアルバムも処分しました。
過食嘔吐をしているときはまるで自分じゃなく、もう一人の違う自分がいるように感じるので、その人が100%自殺を実行しないとは言い切れません。しかし、今の私はこれからの困難を覚悟して生きていくつもりですので、自殺は絶対にしません。

なぜ存在しているのか、なぜ生まれて苦しんでいろんな経験をして死んでいくのか、これからどう生きていったらいいのか、なんとなくわかった今、過食嘔吐の症状を根絶することが今一番にやることです。そうして、もっと情熱的に人生を生きたいです。