本当は怖い。過食症と過食嘔吐

過食症の体験談がまとめられたブログです。

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家族も巻き込む摂食障害

女性 会社員 46歳 O型 神奈川県

過食症になったのは、およそ16年程前の30歳の時?ハッキリいつからとはあまり覚えてないです。
小学生の頃は暗くてあまり喋る事も出来ず、いじめられていました。
短大は出たけど学力も無く、特技や資格も無いし、これといって将来の目標も無くて自分に自信が持てず、仕事に行っても毎日同じことの繰り返ししで、ただ何となく生きているだけでした。

20代の時に彼氏ができてダイエットに興味を持ち、食事制限したり運動したら痩せることができました。
周りからは「痩せたね」とか、「キレイになったね」と言われるようになり、生まれて初めて自信が持てるようになりました。
結婚したのは29歳の時で、夫と二人で暮らしてもダイエットしてはリバウンドの繰り返しで、年々痩せるのが難しくなってきました。
リバウンドする時も段々食べる量が増え、スーパーからお菓子を沢山買い置きして暇さえあるといつも食べていました。この時はまだ過食症という感じではなかったのですが、ある時炊いてあったお釜いっぱいのご飯を貪り食べたのです。その後胃がムカムカして吐き気が止まらなかったので病院に行きました。先生から「暴食した?」と聞かれ、ドキッとしてつい、「いいえ」と答えてしまいました。
今思えば、あれが過食症の始まりだったのかもしれません。

色々あって5年後に離婚し実家に戻りました。
36歳の時に外国人と再婚しました。夫との2人暮らしは、そこでもやはりダイエットしながら過食していました。
夫は優しく、夫の分のパンやお昼のお弁当のために作ったおかずを食べてもあまり怒りませんでした。そんな夫に甘えていたのでしょう。過食して気分が落ち込むと、何か注意されてイライラして喧嘩になってしまうのです。そんな生活が7年間続き、夫が私に見兼ねてついに別居を言い渡されてしまいました。

そしてまた実家に戻り、ショックと寂しさから、母の目を盗んではお菓子やおかず、パンなどを母の分まで食べていました。母はパン教室を開いていて、パン作りに使う材料としてクルミやアーモンド、チョコチップがあるのですが、食べるものが無くなると、材料にまで手を出し初めて無くなるまで食べてしまうのです。

パン教室で使う材料が無い、とひどく怒られました。いつも申し訳ない気持ち、後悔、母に対する後ろめたさがあるのに、過食には歯止めが効かず、太っていく一方でストレスになり、夜も眠れませんでした。そして夜中の2時、3時頃起きて家中の食べ物を貪り食べるようになり、母に気付かれて起きてしまうのではないかとビクビクしていました。

それからは、ある程度台所で食べてから、自分の部屋に持ち込んで食べるようになりました。
布団の上で隠れるようにコソコソと、およそ普通の人が食べるとは思えないようなものを。
パンの材料の業務用の餡子1kg、アーモンドプードル、胡麻やレーズンなど全て袋ごと、あるいは冷凍したパンをそのままかじったり。
そんな私を見て母はとても悲しそうでした。

過食の頻度は3日に一度程度でしたが、翌日は胃もたれがひどく、むくみで顔がパンパンに膨れ上がり、だるくてとにかく辛い。かといって会社を休むわけにはいかず、辛い身体を引きずって会社に行く日がしばしばありました。このまま太るのは嫌で、一日一食にしたり、何日か断食したこともありました。
自分の中では「痩せてる人でなきゃいけない、少しでも太ったら会社にも行かれない」という思い込みがあり、過食しては断食の繰り返しでした。

一番過食がひどかったのは今から4年前、断食の反動でほぼ毎日会社帰りに外食してお腹いっぱいにも関わらず、お店を3、4件はしごして苦しくなるまで食べ続けていました。
貯金も全く出来ませんでした。
心療内科に行きましたが、あまり効果がありませんでした。
カウンセリングを受けて、先生に過食出来ない環境作りを教えてもらい、母に協力してもらって食べ物を隠したり、台所のドアに鍵を付けたり、台所へ行かれないように塀を作った時には、半年程過食が治まっていました。
三食食べるようにして、それからは以前程ひどくはないが、また過食するようにはなっていきました。

今年の4月に離婚し、マンションを購入して一人暮らしを始めました。お菓子は本当は大好きだけれども一切買わず、食事も作り置きはしません。今は家には調理しないと食べられない材料が少しあるだけです。それでも土日や平日の夜中に起きて電子レンジで加熱して食べてしまいます。