本当はこわい。過食症と過食嘔吐

センターの相談を受けた方に過去の体験を綴ってもらいました。専門スタッフによる「過食が止まる無料相談」も行っています。

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タグ : 歯

胃が焼けるように痛いのは辛かった

女性 会社員 30歳 B型 東京都

ご飯屋さんをはしごしてごはんを食べる、
コンビニで菓子パンを買い込んでたべる、
そして吐く生活でした。

どれくらいの金額や時間を使っているかは怖くて考えないようにしていました。

特に辛かったのは妊娠中で、胃が上に上がったためか食道が焼けるように熱かった時期がありました。
嘔吐による合併症を意識し出したのはこのころからです。
痛みで夜は寝られませんでした。
めまいも多くてビタミン剤を飲むようになりました。

虫歯はずっと多くて、今行っている歯科医で嘔吐を指摘されました。
自分のことを客観視するのがとてもこわくなりました。

子供を産んでからは気付かれないようにトイレでかくれて吐きました。
でもトイレまでハイハイしてやってきたりして、辛かったです。

嘔吐のあとは頭痛もするし嫌なことばかり

女性 学生 18歳 B型 茨城県

私は今は高校3年生です。
最初は中学3年生のときのダイエットが今考えてみると拒食の発端でした。
たしか、プールの授業が始まるから痩せたいと思って炭水化物を抜くようになって、朝と夜はほとんど野菜と白滝でした。
給食はたべてないと友達から心配されるので、少なめにもってもらってちょっと食べて、特に揚げ物は男子にあけてました。
そんな感じで52kgから45kgくらいになり中学を卒業しました。

その時から無月経になりました。
今考えてみるとネガティブ思考や自傷行為などの原因は無理なダイエットだと思います。

高校に入学してすぐ部活に入ったので忙しさと高校生活に慣れないストレスが重なりピークで41kgにまで減りました。
でもモデルさんもそんな感じだし大丈夫でしょ。
と思ってて男子の先輩からも好かれたりして、
『大丈夫?』
って親とかに心配されても、やっぱり痩せている自分が好きでした。
(もともと中学の時いじめでテニス部を止めて美術部に入ったことで、また太っていくことで劣等感を抱いていました。)

高校は中学と違い、休み時間いつでもお菓子などを食べることができます。
それまで全くお菓子を食べませんでしたが友達から貰って、個包装してあるものは家に持って帰っていましたが手渡しで貰うものは流石に食べないと悪いなと思って食べるようになりました。
お返しをするのに自分でもお菓子を買うようになりました。
そしたら今まで我慢していたお菓子を食べて、すごく美味しいし私も普通に食べていいんだって思って、そこから普通にお菓子を食べるようになりました。
その後だんだん食欲が増えて行き、友達や親も
『もっと食べろーもっと太っても平気だよー』
という感じでしたので、そっかー食べていいんだ!
って思ってどんどん太っていきました。
それで50kgくらいになってやばいと思い出しました。

初めて嘔吐したのは、食べ放題で食べ過ぎて気持ち悪くなって吐いたことです。
それから
『あ、吐けばいいのか』
と思いついてしまい太りたくないので食べ過ぎた時は吐くというようになりました。
最初は週1かもっと少なかったです。

お菓子とかいっぱいもらった時腐っちゃうし勿体無いから、申し訳ないけど味わないで捨てるよりはいいと自分に言い聞かせ吐いてました。

それが最近では週に3回くらい、だいたい1日置のペースになってしまいました。
吐いたあとは頭痛するし罪悪感でいっぱいだし、何もしたくなくなるし、お腹痛いし、食べ物が怖くなるし、嫌なことばかりです。
今考えると胃の痛み、虫歯が増えたこと、生理不順、ネガティブ、体重増加、頭痛、浮腫み、など私の全ての悩みは摂食障害から始まったんだと思います。
早く治したいー!と思ってます。
ここでの皆さんの掲示板を見ると励まされます。
ありがとうございます。
自分も頑張ろうと思えます。

過食嘔吐の悲惨な人生

女性 会社員 37歳 A型 広島県

今回は摂食障害になってからの経過を書かせていただきます。
うまく要約できず文章が長くなりすみません。

17歳の頃のダイエットから拒食となり、過食嘔吐に移行するまで1年かかりませんでした。
体重が戻っても筋力は戻らず、中学生の頃の速さでは走れなくなりました。

18歳から県外に一人暮らしし、過食嘔吐は加速しました。
バイト代は過食代に消えました。

友達と遊びに出掛けることもほとんどなく、お洒落もお化粧もせず、授業が済んだら自転車で近所のスーパーマーケットをはしごします。
安い食材を買い込んで夜くたびれるまで過食嘔吐の繰り返し。
一体何をしているんだろうと自問自答しながら毎日するのです。

スーパーマーケットの店員さんに顔を覚えられ
「こんなに何に使うの」
と聞かれると、その店には二度と行けずに、自転車で1時間かけて遠方の店まで買いに行っていました。

夜は資格勉強のテキストに食べ物のかすを落としながら、トイレと机を何百回もいったり来たりしました。

友達からの食事のお誘いや飲み会も心から楽しめたことはありません。
食べすぎれば吐きたくなるに違いなかったからです。

寒いある晩、突然今まで経験したことのない激しい腹痛と吐き気におそわれました。
おそらく、過食したものがあたったのでしょう。
冷や汗が出て下痢もしました。
実家に過食を隠して食あたりしたと電話しました。
電話にでた実母の話は
「救急車をよびなさい。今は夜で行けない、明日も用事があって行けない」
という内容でした。
もちろん救急車は呼びませんでした。
友達にも助けを求められませんでした。
過食嘔吐したことを知られたくなかったからです。
翌日は発熱し一人で寝ていました。
起き上がれるようになったのは、翌日の夕方でした。
このときの経験が怖くて、健康に気を付けるようになりましたが、過食嘔吐は続けていました。
本当はこれが健康を蝕んでいたにも関わらず。

県外で就職してからも、自宅ではテレビの前とキッチンとトイレを寝るまで巡回しています。
飲み会は帰ってから過食したくなり、くたびれて翌日の仕事がつらくなるので、極力参加しませんでした。
上司には付き合いの悪いやつだと思われましたし、同僚の輪から浮いていました。

学生時代より、自由に過食できるお金は増えましたが心は空虚でした。
こんな人生は止めたいと毎日思いましたが、何をするでもなく毎日淡々と仕事に出ていました。

過食嘔吐は思考と感情を麻痺させます。
その頃には歯は虫歯だらけでしたが、嘔吐を指摘されるのが怖くて通っていませんでした。

ある日、前歯が痛くなりました。
気のせいだと自分に言い聞かせて仕事が終わってから近所の歯科を受診すると、歯の神経の部分まで腐っているとわかりました。
歯に穴を開けると溜まっていた臭いガスをぷしゅっと吹き出てきました。
その歯は神経を抜きました。

ある土曜の夜には、過食して噛んでいると、ばりっと音がして奥歯が割れました。かかりつけの歯科は休みで休日開いている歯科に飛び込んで治してもらいましたが、へんてこな大きな銀歯の被せものをされました。
いまでもどこの歯科に行っても、なぜそんなへんな被せものをしたの?と聞かれます。私はそれに答えられません。

30歳を過ぎて今の人生を変えることを諦めて数年後、見合い結婚し子どもを授かりました。

出産での入院からひとつきあまり、人生で初めて過食嘔吐が止まった時期がありました。
このまま続いてほしいと思いましたが、無理でした。
慣れない育児の中、過食嘔吐を止めたままでは苦しくて、まず噛み吐きから始まりました。
すぐに過食嘔吐になり、時間の許す限り続けました。
第一子はよく泣く子で起きている間は抱っこにおんぶで過ごしました。
子どもが寝たら過食しようとベッドに置いて、何度も起きられては腹をたてて奇声をあげたことか。

この子は私が振る舞ったままの子どもに成長しました。
イライラするとすぐに奇声をあげてねっ転がります。

寝起きは悪く、1時間以上ぎゃーぎゃーと泣き続けます。
もともとそういう性質の子なんだと思っていました。
そういう子の対応の本を読んだりしました。

無料相談を受けて世代間連鎖を知り、まるで検討違いなことをしていたとわかりました。
私の過食嘔吐が、私の病気が原因だったなんて、情けなさすぎます。
誰にも迷惑をかけないストレス解消方法だと甘えていたのが、よりにもよって子どもが被害を被っていたのですから。