本当はこわい。過食症と過食嘔吐

センターの相談を受けた方に過去の体験を綴ってもらいました。専門スタッフによる「過食が止まる無料相談」も行っています。

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タグ : 万引き

どんなに幸せでも止まらない過食嘔吐

女性 主婦 28歳 O型 千葉県

摂食障害の過食嘔吐を患って、9年になります。
大学2年生の時に初めて症状が出ました。

授業がない時間の枠は、コンビニのパンを紙袋一杯盗んで食べてひたすら吐いて過ごしていました。
過食嘔吐の後の睡魔でまともに、授業は受けられませんでした。

食費を稼ぐために、アルバイトはコンビニ。
廃棄のものを袋いっぱいもらって家に持ち帰って隠れて過食嘔吐。
それだけでは足らず、夜のアルバイトをして、はじめはガールズバー、次にキャバクラ、スナックで働き、アルバイト代はほとんど夜のアルバイト用の服と食費で消えました。

万引きもしてしまい、大学時代に4回万引きGメンにつかまったことがあります。警察を呼ばれました。チョコレート、袋いっぱいの菓子パンを、盗みました
母は4回目には、警察官に、娘を捕まえてくださいと泣きながらお願いしました。そうでもしないと、この子は万引きする癖が治らないと。もう親にも見離されたと絶望しました。それからいかに楽に自殺できるかということしか考えられない日々を過ごしました。

大学卒業後なんとか一社ありつけて就職して、飲食業界で接客をしました。
お店の賄いは必ず過食嘔吐。
仕事が終わっても、独り暮らしの家の近くのコンビニで大量に買って過食嘔吐。
次第に新入社員のためお金が足りず、また食べ物を万引きし、2回警察に捕まり、指紋を録られました。
初めて就職した会社も過食嘔吐で身体がボロボロで疲れきって、精神的に追い詰められて、全身顔まで蕁麻疹がでるようになり、辞めました。また夜のアルバイトに戻りました。

妊娠がわかり、好きな人と結婚しましたが、幸せなはずなのに何故か過食嘔吐は治りませんでした。
妊娠したため辞職させられたので、1日中過食嘔吐と睡眠しかしなかったです。
食費が足りず、でも結婚して万引きして警察に捕まりたくなかったので、小麦粉を大量に買って、ピザみたいなのをひたすら作って吐いていました。

出産して娘が産まれても、幸せなのに、過食嘔吐は止まりませんでした。

娘が大きくなって飲食業でアルバイトを始めて、娘が保育園にいくようになって、そこであったパパ友とお酒の勢いで不倫したり、娘をお姑さんが預かってくれる日は夜の待ちに繰り出し、お酒のせいで意識をいつも失って、朝起きたら知らない人とベッドにいたことが何回もあり、それで旦那とも離婚の話を一年ぐらい続けていました。
知らない人と知らない間に性交して性病にもかかりました。

旦那も私も精神的に、身体的にボロボロでした。

それで寝れなくて肩凝りも酷くて、自殺しか考えられなくて、
旦那に心療内科にいけときつく言われ、行くと、鬱病の中等症と診断され、
毎日飲んでいたお酒は断酒し、坑うつ剤と副作用止めの薬と精神安定剤と睡眠導入剤と睡眠薬というたくさんの薬漬けの毎日が始まりました。

でも過食嘔吐は治らず、自殺願望は止まず苦しみました。

たまたま挙式が当たり、憧れていた挙式ができると決まっても、自殺願望が止まらず、
過食嘔吐はなぜなったのだろうと興味をもち、本を読み漁りました。
読み漁れば読み漁るほど、私の両親を恨むようになり、
鬱病の薬も飲んでも効き目を感じないので飲むのを勝手に止め、
また、お酒を飲んで両親を電話で泣きながら私を産んだことを、家庭環境を責めるようになりました。
そして、家庭内暴力をしていた父の母親(祖母)にも電話をして責めました。
死にたくて死にたくて、本当にくるしい日々でした。

本を読めば家族を責めたい、死んで復讐したい気持ちがでて、気分が落ち込むので、
藁をもすがる気持ちでネットでこの相談を見つけ、
いま無料カウンセリングをさせていただいています。

極度の過食嘔吐患者ですが、治ってきている兆候があります!
毎度絶対治したい!という熱意が高まるし、
治れば明るい未来がある、と希望がぐんぐんわいてきて、

今日、なんと、始めて、過食嘔吐してません!
ますます、希望がわいてきています!!!
本ではまだ書かれていない過食嘔吐の病気の理解が進み、
自己否定感しかなかったのに、
自分を責めないでいられる新しい自分に出会えています。

私は、必ず、治ります!!
楽しみです!!!!

万引きで捕まっても過食嘔吐は止められない

女性 会社員 33歳 岡山県

たぶん二十歳。ケーキ屋でバイトしてた時。

体育会系の大学に通って毎日体を動かし食欲旺盛。
デブじゃないけど太ってた?156センチで53キロくらい。
痩せなきゃって感覚が普通の女の子なみにあった。

バイト先のケーキが食べたい。でも。。。
始めはチューイングだったように思う。
それが気付いたら吐けるようになってた。
でも初めて吐いた時の事を思い出せない。

それからは夕食後に吐けるようにお腹一杯食べるようになった。
パンなどを準備しておいたのだ。
トイレに吐き続けるが汲み取りなので親にばれそうになり、
大きなゴミ箱とビニール袋を用意して部で屋吐き、
親が寝静まったのを見計らって川に流した。

水かさが無くばれるのが嫌で嘔吐物を横に寝る日々もあった。
一度嘔吐物のはいっているゴミ箱を見つけられてしまったが何にも私はふれなかった。
親がそのゴミ箱の上に「どうしたの?よかったら話して下さい。」と手紙をくれたのに。
未だに伝えてない。

就職しても続いた。
ハードな仕事だから過食嘔吐しながらはかなり辛かった。
でも止められない。
原因不明の背中の痛みにも襲われた。

高熱がでても。
食中毒で入院までしても過食が頭を離れない。
あまりのお腹の痛さで過呼吸にもなった。
しばらく過呼吸でくるしめられ救急車で数回運ばれた。

27歳で奇跡的にも結婚出来た。
止められると思った。
止められない。

1人目妊娠。
止められない。
つわりか過食嘔吐かわけがわからない。

産後一年ほどストップ。

二人目妊娠時のつわりで再発。
8ヶ月で早産。1200グラム。
失明するかもしれないと告げられた。
幸い視野が狭くなるだけですんだ。
それでも止められない。

産後もずっと続く。
産休中で収入が自分になく、主人が働いた大切なお金を使うのに申し訳なく思い
偶然払い忘れた買い物がきっかけで万引きにはまる。

毎日毎日食べ吐き続ける。ずっと。1日に二千円はのぼる。
万引きで捕まる。
さすがに止める。一年8ヶ月止めることができた。

その間に三人目妊娠。
つわりにも敗けず過食嘔吐ストップ。
しかし臨月あまりのお腹の苦しさに過食嘔吐再開。
あっという間にぶりがつき8ヶ月がたった。
今にいたる。

毎日1日中。1日千円から二千円。
お米を五合炊き、それにカレールーを入れて混ぜて食べる。
安いしお腹にたまる。
または半額パンをスーパーをはしごして買いまくる。

小麦粉500グラムボールに入れて砂糖ベーキングパウダーをいれて
即席ドーナツやパンケーキを作って食べる。

何しろ三人子供を抱える主婦忙しい。
子供にもイライラが絶えない。
授乳中は片手で食べやすい柿ピーを七百グラムたべつくす。

とにかく子供が保育園にいってる時がチャンス食べまくる。
とにかく今しかないと言う思いが過食嘔吐に拍車をかけ家事の間中ずっと。

そう。
毎日ヘトヘト。
さらに産休中だから収入なし。
主人の収入のみ。罪悪感はひどい。
ゴミ人間にしか思えない。
なら、やめろよ。止められない。

むしろこのストレスから逃れたいために過食嘔吐はエスカレートする。

十キロの米も二週間ほどでなくなる。
過食費は二千円くらいだろう。
レシートが溢れかえり家計簿をつけたくない。

今回は偶然に割引シールが手元で離れたんでラッキーと思い肉に張り替えレジを通った。
その前日までは一杯食べれて太らないしストレスからも逃げられるから
上手く付き合っていこうとしていたが、
さすがに犯罪まで犯したらもんだから理性がフィードバック!

その日に過食症相談センターの方に電話。現在にいたる。
まだストップして2日だけど幸せのために!がんばる。

私がしたことだから自分が苦しいのはしかたない。
でも愛する人を苦しめてはいけん。
こんな私でも私を必要とし嘆いてくれる人も沢山いる。
子供からは愛を無償でうけている。
だから止める。

病気だろうがなかろうか、完治しようがしまいが止める。
愛する人に迷惑がかかるよりずっとましだ。
幸せが壊れるよりずっとましだ。
過食嘔吐したい気持ちより絶対的にこっちの方がおっきい。

贅沢病だ、わがまま病と言われたって止まらない過食

女性 主婦 32歳 O型 神奈川県

摂食障害だと気付いてから1年くらい経ちます。
今思えば食に対する歪んだ行動は20年近く経ちます。

私は摂食障害とは骨と皮しかないような身体の人か、極度の肥満体型の人を指すと思っていたため、まさか自分が摂食障害とは思っていませんでした。

私の食行動は変な癖というか、困った性格のせいだと思っていました。
なので今思えばっていう行動がいくつもあります。

1日1食で過ごせると気分が良かったり、1日5食でも満足出来ない時もあったり、食べている姿を見られたくなくて友達と食事が出来なかったり、体型が気になって外出出来なくなったり、食べ物を買う姿を人に見られないように帽子にメガネにマスクをしたり、食べる時は見つからないようにコソコソと急いで食べ、気づけば日に何度も台所にいたり、と常に食べ物と格闘していました。
面白いですね。
食べ物と格闘するだなんて。
食べ物は格闘するものではなく、栄養とエネルギーを補給するもの。
そして楽しく美味しく頂くものなのに。

徐々に悪化したのはパートに行くようになった6年くらい前からだと思います。
お昼過ぎに帰ってきて、お昼ご飯を食べます。
どうもそれがスイッチになっているようで、夕方まで食べ続けています。

でも、おかしいとは思っていませんでした。
何故か夕方になると胸焼け、胃もたれ、微熱が毎日あるなと不思議に思っていましたが、それが過食のせいだとは思っていませんでした。
ネットなどでいろいろ調べていくうちに、過食のせいだと知りました。
それを受け入れるのに時間がかかりました。

精神科、心療内科、カウンセリングにも行きました。
ある精神科の初診で「食べなきゃいいんじゃない?」と言われ、2回目の診察で「もういいでしょ。次来てもまた同じ事の繰り返しなんだから」と吐き捨てられました。
ショックでした。
精神科医だからといって理解があるわけではないんだと知りました。

どこの病院でも機械と話しているようで、マニュアル通りの事しか言わないなと、患者の心を開かせるための心理術でも使っているのかな?と思う言葉しかなく、真剣に話を聞いてくれていると思えず通うのをやめてしまいました。

昨年かなり歳上の知人に話の流れでついポロッと話してしまったことがあります。
その時に
「ずいぶん(過食するお金や時間に)余裕のある生活しているね」
「自分は子供の頃(戦後)電気も水道もなくすごく苦労した。親から愛されていないと思っていた。でも世の中にはもっと劣悪な環境で生きている人達がいることを知って、自分の苦労は大したことじゃないと知った」
「だからあなたの行動は贅沢病だ、わがまま病だ」
と言われました。

確かにそうだと思います。
発展途上国には過食症はいないですもんね。
国民全体が乏しかった時代にもいなかったでしょうね。
お金も食べ物も時間も沢山あるから過食できるんだ。
お金がなくて万引きまでして過食する人もいるけど、万引き出来るほど沢山の食べ物があふれているから過食が出来るんだ。

でもそんな話聞いたって過食がやめられるわけじゃない。
そんな簡単なことじゃない。
他人の苦労話を聞いてやめられたらとっくにやめてる。
そう言いたかったけど、言えませんでした。
2度と人に話すもんかと思いました。
たぶん、心のどこかに¨もしかしたら助けてもらえるかも¨と淡い期待があったんだと思います。
そんなことあるわけない。
相手は無知の素人。
話した私がバカでした。

自分が摂食障害だと自覚してからは嫌と言うほど自分について考えました。
でもまだまだ分かっていない所が沢山ありそうです。

心にフタをして布でくるんで紐でグルグルに縛って、掘った穴に埋めて土をかぶせ、その上から頑丈な建物を建てたかのようです。

これを壊して掘り起こして紐をほどいて…大変ですね。
今は自分に心底呆れていますが、気長に向き合っていくしかないですね。