本当はこわい。過食症と過食嘔吐

センターの相談を受けた方に過去の体験を綴ってもらいました。専門スタッフによる「過食が止まる無料相談」も行っています。

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タグ : 過食嘔吐

過食嘔吐、治らないなら死を選んでしまいそう

女性 会社員 36歳 O型 東京都

摂食障害であることで失ったこと、ものはあげだしたらきりがない。

中学、高校から始まった病気のせいで周りの子みたいにデートだとか付き合うとかできなかったし、友達同士で遊びに行くとかできなかったし、そもそも学校に行けなかった。キラキラした青春時代は私にはなかった。

食べ吐きのせいで仕事なんてきちんとできなくで就職もできないから、お金もないし家族ともうまくいかないし。食べ物のためにバイトする毎日。掛け持ちでバイトしても足りない過食費用。しまいに倒れて頭蓋骨にヒビ、内部出血して大手術。運よく後遺症もなく、でも過食嘔吐がやめられず、入院中の病院でも過食嘔吐…

親の手前通った精神科では自助グループを勧められて参加するけど形だけ。なんだか馴染めなかった。
そんな状態で10年以上過ごすうちに借金が返しきれず自己破産。食べ物を買うお金が無くなって盗る行為が始まって、何度も窃盗で逮捕されあっという間に刑務所行き。刑務所にいる間は過食嘔吐なんてできないからしなかった。出てきたらもう止めれるなんてのは大間違いですぐに再発して、また再び刑務所に行くのはあっという間だった。

人生やり直そうと実家を離れて一人暮らしを始めたけれど、お金も余裕もない毎日…もう過食費用の心配をする毎日に疲れた。人生初めての彼氏ができたけど、こんなんじゃ結婚なんてできない。かといって1人で生きていくお金もチカラもない。
治らなかったらなんて考えると恐ろしすぎて、死を選んでしまいそう。

過食症の影響だと思うこと

女性 会社員 28歳 A型 東京都

辛かったこと、嫌だったこと、悲しかったこと
・外に出るのが嫌になった
・お金がかかった
・彼氏と会いたくなくなり、けんかになった
・自分をどんどん嫌いになった、みじめな気分になった
・顔や手足がむくんだ
・死ぬことを考え、ずっと暗い気分だった
・会社に行くことも嫌になった、普通の生活ができなくなった

治さなければどれだけ大変な人生を送ることになるか。
・人との食事やおでかけを楽しめない
・隠してばかりの人生で、自信をもてない
・卑屈になり、人と衝突する
・自分のことを受け入れてあげられない、毎日が億劫
・居場所や存在価値を見出すために、わざと自分や他人を傷つけるようになる

20キロ台になっても、自分が病気だと認めることはできなかった。

女性 主婦 38歳 B型 北海道

19歳の頃、摂食障害になった。
地元の田舎町から、専門学校に行くために上京し、姉と二人暮らしをしたが、上京してすぐにダイエットのために食事制限をしたことをきっかけに、拒食が始まる。
アルコール依存も同時発症。酒は空腹を感じないようにしてくれ、拒食に拍車をかけた。

みるみる体重が落ち、最初は、着たかった洋服を着れたり、痩せた自分が太っているよりずっと綺麗になれたように感じた。
姉は、食べなくなる私を心配して、色々な言葉をかけてくれた。でも、私にとってはプレッシャーとストレスでしかなく、姉が作ってくれた物も、食べているフリをして口から出していた。
夏休みに帰省した時、母親が私の姿にビックリし、帰省中の食事のおかしさにショックを受けて、私に精神病院に行こうと言ってきた。その言葉に私は逆上した。
“おかしい者”扱いされたと思った。
絶対に行くもんか!と思った。

専門学校の友達も、お弁当の時間にサラダやところてんしか食べない私に、最初は色々と心配して言葉をかけてくれていたが、私は聞かず(この頃既にところてんすら食べることが怖くなっていた)、体重は20kg代になっていた。

25kgをきる頃、私は学校のスポーツの時間で走ることもできなくなっていたし、強風が吹くとよろめく程になっていたが、やはり周りの心配を物ともせず、炭酸でお腹を膨らまし、夕方から酒を飲み続ける生活を送っていた。
友達は、どんどん私から離れていった。
学校に行っても、仲の良かった友達も、話をしてくれなくなった。
私以外の友達同士で手紙が回り、露骨に避けられた。

中学時代にいじめに遭った記憶とリンクし、人が、生きるのが、怖くなった。
学校に行かなくなり、過食嘔吐は更に更に酷くなった。
親の仕送りと、同時していたアルバイト代は、過食代に消えた。
洋服は何を着てもガボガボでみすぼらしく、顔も身体も骸骨のようだった。
ある日、ファーストフード店に過食の食べ物を買いに行くと、全く知らない女子高生が私を見て、「何あれ、キモチワルイ!」と言った。ショックだった。。
痩せて、綺麗になったと思ったのは束の間、ガリガリで、もう少し身体に肉をつけなきゃと思っても、もう、怖くて食べられない状態になっていた。

体重20.5kgになった時、病気を認めた。
初めて精神病院に行き、そこで出会った先生の一言で、自分が認められたような気持ちになり、一時的に過食嘔吐は止まった。
先生の提案で、学校を休学して実家に戻った。
休学したため、資格を取ることはできず、追試と追レポートで、どうにか卒業だけする形となった。

実家に戻り、最初は両親とも優しかった。
けれど、1週間ほどでまた過食嘔吐は始まり、三度の食事の後は、冷蔵庫をあさり手当たり次第に食べ、日中は親がくれたお小遣いでスーパーに食べ物を買いに行き、それを部屋で更に食べて、吐いていた。

ガリガリなのに、大量の食べ物を食べ、トイレに行く私に、父は「アジアの難民はな…」と諭そうとしたり、トイレの前で仁王立ちをして吐くことを阻止しようとした。また、過食をしている私の部屋に入ってきて「お前の部屋は豚箱か‼」と怒鳴ったりもした。
母は、料理に使う油や砂糖にいちいち目くじらをたてる私にノイローゼ気味になり、ある時は、部屋で過食をする私に、「コソコソやらないで堂々とやりなさい!」と、茶の間で過食をさせ、トイレに行こうとする私に「これだけ食べたら太れるよ
。(吐くのを)我慢しなさい」と言ってきたりもした。

家族中が、地獄だった。

23歳の時に、酒と摂食障害で精神病院に入院したが、どちらも全く止められなかった。

施設を転々とし、酒は止められるようになったが、過食嘔吐は一向に止められなかった。

酒を止めてから、欠点も自分の一部として受け入れ始め、心から信頼できる友達とも出会え、今の旦那とも三年前から付き合い結婚した。

人間関係は、とても恵まれている。けれど、いつも私には、夜の過食嘔吐がついてまわり、それは、友達同士で旅行する話が出た時にはかなりのストレスとプレッシャーだった。

旦那は、私の病気を全面的に受け入れてくれているが、
今、私のお腹には、そんな旦那との間にできた赤ちゃんがいるのに、私の過食嘔吐は毎晩続いている。

旦那もあまり口には出さないが、色々な面でストレスや心配をしていることは感じる。

その旦那の心配、ストレスをさて置いても、私は毎晩過食嘔吐をしているのだ。

お腹には、5か月になる赤ちゃんがいるのに、毎晩、過食をし、吐いているのだ。

まさか、この歳になって、妊娠しても尚、過食嘔吐を続けているとは昔は思いもしなかった。

今、与えられた相談の時間と提案で、自分にできることを精一杯やり、子供が生まれるまでには、なんとしても過食嘔吐を止められる自分になっていきたい。