本当はこわい。過食症と過食嘔吐

センターの相談を受けた方に過去の体験を綴ってもらいました。専門スタッフによる「過食が止まる無料相談」も行っています。

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タグ : 合併症

普通の食事を大切な家族と、友人と、笑いながら食べること。私にはもうそれが出来ません。

女性 会社員 27歳 B型 広島県

もともと太っていてそれがコンプレックス。自己流の糖質制限で10キロ痩せましたが26の時に摂食障害を発症。この頃にやっと自分の食べ方、食への異常なこだわりをおかしいと思うようになっただけなので、発症自体はもっと以前かもしれません。

私は毎日必ずチューイング、週3日の過食嘔吐、さらに週2日の休日は空いた時間があれば必ず過食嘔吐しています。
ここ最近は楽に吐ける方法を仕事中ネットで探し、沢山食べても吐けば良いと開き直っている自分すらいました。
おかげで中指の真下と人差し指の下に吐きダコ。皮膚も硬化してしまい、見る人が見れば過食嘔吐だと分かるほど。
友人や家族にも、その手どうしたの、と言われますがぶつけただとかあり得ない嘘をついていました。
食べては吐いて食べては吐いて、身体は筋肉も落ちて細くなって、友人に恵まれない子供みたいだと言われたこともあります。
でも自分では痩せているとは思えず、太りたくない気持ちと食べたい気持ちが戦って、嘔吐という代償行為をするようになりました。上半身はがりがりなのに過食嘔吐とチューイングで唾液腺が腫れて顔はいつもまんまる。バランスの悪い体型。

摂食障害で失ったものは沢山あります。普通の食事を大切な家族と、友人と、笑いながら食べること。私にはもうそれが出来ません。外食に行こうものならば徹底的に美味しいお店を調べ上げます。そしていざ食事をしようものならば話しかけてくる友人や家族の言葉を煩わしいとすら思います。
普通の量では満足もできず、人一倍ごはんを食べる。そしてあとになって罪悪感がきてすべて吐き出す。ショッピングモールのトイレに30分閉じこもって嘔吐して、、、友人を一人にしていたこともあります。

よくお客様から差し入れやお菓子を頂くのですが、他のスタッフはその場でそれを美味しそうに食べているのに、私は今食べたら太るからと一旦ストック。しかし、仕事でストレスがたまるとこっそりお菓子を持ちだして永遠とチューイング。トイレだけではなく運転しながらチューイングをしたり、最悪嘔吐まで。
高いカロリーのものはもう、自然とチューイングする癖が付いていて、罪悪感もありません。

この病気になってしまった当初は自分のでいつでも止めることができる、治せると思っていました。
しかし、気付けば過食嘔吐の頻度は昔とは比べものにならない。喉も弱めてしまったのかカラオケに行っても一曲で喉はだめになります。接客業なので声が出なくなるともう、仕事はできず。2週間声が出なくて仕事のメンバーに迷惑をかけたこともあります。

摂食障害を患い、家族にずっとうしろめたさを感じています。母は、私の体調、行動に違和感を感じてか身を案じて声をかけてくれます。しかし、ちゃんと食べてる?もっと、食べなよ、これ買ってきたよ、美味しいよ、という言葉すらもう、私を苦しめるのです。今付き合っている人がいるのですが、彼は私が細いのにごはんを沢山食べること、食へのこだわりが強いところが可愛いと言ってくれます。すべて摂食障害のせい、食べて太ると嫌われるから、沢山たべてあとで吐いてしまう。私は大切な人達皆に嘘をついています。

このまま過食を続けてしまえば、金銭面でも精神面でも私は周囲に迷惑をかけるのだと思います。
この無料相談のあとから過食嘔吐やチューイングへの衝動はぱたっと止まりました。久々に摂食障害と少し距離を置くことができています。昨日友人と食事をし、沢山食べてはしまったものの吐きたいとは思わず、友人といっしょの時間に食事を終えることができました。これはきっと当たり前のこと。でも、その当たり前が私には本当に久々で幸せを噛み締めています。これからもずっと、普通に食事をして眠ることができる幸せを感じたい。ただそれだけです。

アルコールで気が大きくなり過食嘔吐も悪化。

女性 主婦 40歳 A型 沖縄県

高校3年生の夏休み最後の日。塾から帰宅後無性に食べたくなった。
その日以来、食べ物のことが頭から離れない。朝から晩まで食べ物で頭の中はいっぱい。登校する自転車を運転しながら食べていた。
3ヵ月で体重が8kg増えていた。そのうち嘔吐することを覚えた。

高校卒業後から親元を離れた。仕送り、バイト代全て食べ物に消えていった。
20代殆ど過食嘔吐とお酒に注ぎ込んだ。お金も時間も。

20代後半から30代は結婚、出産、育児で二人の子供を育てることになる。常に食べる時間の確保の心配。子供の小さいうちは隠れて食べ吐きしたり、早く寝かせてお酒を飲めたが、徐々に出来なくたってきた。

34歳頃に、毎日飲酒が欠かせないことに気がついた。恐らくもっと前からだろう。
今では毎日夕方からお酒を飲む。その姿をみて子供が嫌な顔をする。お酒を飲むと気が大きくなり、過食嘔吐することをためらう気持ちが無くなり、また隠れて吐く。本当に悪い連鎖ばかりが続く。

今年、初期の乳癌がみつかり入院手術。
心身ボロボロ。でも依存症行動は抑えられない。
23年もの日々が、身体が、心が、摂食障害に奪われた。

最近、こちらのセンターに巡り合えた。
もうこれ以上、自分も家族も傷つけたくない。
依存症に苦しんでいる人みんな一緒に開放されたい。
もう誰も依存症の犠牲になって欲しくない。

前向きに取り組んでいこうと思っています。

湧いてくる自殺願望。それでも生きたい。

女性 無職 30歳 A型 東京都

16歳から過食嘔吐をするようになって、14年になりました。当時芸事をしていて、先生に痩せなさいと毎日怒られていました。あと、3キロが痩せられず、吐くようになりました。

無事にその芸事を仕事にできたものの、過食嘔吐は止まるどころか、徐々に酷くなっていきました。20歳のころ、コントロールがきかなくなり、毎日2回の過食と嘔吐が止められませんでした。喉から血を出しながら手を突っ込んで吐いていました。上手く吐けないこともあり、体重は、どんどん増えていきました。
それなりに綺麗にしていなきゃいけないのに、顔は浮腫んで、目はうまく開かず、そんな日に写真を撮らなければならず、絶望しました。写真撮影の直後からは、記憶が曖昧です。仕事場に行けなくなり、休職。それでも家では過食嘔吐。
死にたくて海外のダイエット薬をボトルひとつ分飲んだけれど、心臓がバクバクとしてから意識が朦朧としただけで、死ぬことなんてできませんでした。

実家に戻り療養していましたが、復職は出来ずに辞めました。
心配してくれていた友達とは、私から繋がりを絶ってしまいました。

整形手術もしています。18歳で鼻、20歳の時に脂肪吸引、26歳で鼻を元に戻して、30歳で顔面の骨を切りました。理性なんてありませんでした。醜いのが辛すぎて、やらずにはいられませんでした。
波のある過食嘔吐は1日1~2回、連続一週間の時が、私の場合一番危険です。自殺願望が湧いてくるからです。衝動的に自殺するかもと感じています。

28歳のころに自殺願望がもっとも強く、和室の鴨居に首を吊って死ぬところを毎晩シミュレーションしていました。
愚か者ですが、イメージしていると出来るような気がしてくるんです。紐も自分で編んで、荷物は整理してアルバムも処分しました。
過食嘔吐をしているときはまるで自分じゃなく、もう一人の違う自分がいるように感じるので、その人が100%自殺を実行しないとは言い切れません。しかし、今の私はこれからの困難を覚悟して生きていくつもりですので、自殺は絶対にしません。

なぜ存在しているのか、なぜ生まれて苦しんでいろんな経験をして死んでいくのか、これからどう生きていったらいいのか、なんとなくわかった今、過食嘔吐の症状を根絶することが今一番にやることです。そうして、もっと情熱的に人生を生きたいです。