本当はこわい。過食症と過食嘔吐

センターの相談を受けた方に過去の体験を綴ってもらいました。専門スタッフによる「過食が止まる無料相談」も行っています。

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タグ : エステ

発症して28年。子供にも気になる兆候が

女性 会社員 44歳 A型 東京都

はじめて過食嘔吐したのは16歳の時だったと思います。
食べることが大好きだったわたしは、よくお小遣いでおやつを買って全部使ってしまうことも。。

子供時代から人間関係が苦手でいつも悩みが尽きなかったので、甘いものを食べることで自分を慰めていました。
ある時食べ過ぎてしまって、胃が苦しくなった時に吐いてしまえば気持ち悪いのが治るかも・・・という軽い気持ちで吐きました。
それからは時々気晴らしに嘔吐するようになりました。

たまにトイレを長時間使用することが難しそうな場合は、お風呂で吐いたこともあります。
マンションの排水管清掃の後、母に「うちが一番汚れていた、と業者さんに言われたよ!」と言われたので、母も知っていたのかもしれません。

過食嘔吐がピタッと止まる時があります。
それは真剣な恋愛をした時です。
アドレナリンがでるのか、その時は食べなくても平気になりました。
結婚後も一度好きな人ができ、不倫関係になってしまいました。
このときは、主人より、子供より、食べることより、夢中になってしまい、破局を迎えてからあっという間に12キロ太りました。

ダイエットも何度も何度も試しては失敗しています。
いったい いくら使ったのか・・・。
高校生の頃からサプリメントを飲んだり、マイクロダイエット、耳つぼ、精神科への通院、カウンセリング、スポーツジム、ダイエット講座、エステ・・・。
全てある程度結果が出てくると途中で「今日だけ食べて吐こう。そしてまた明日から頑張ろう」と思って一気に過食。
そしてコントロールできるはずもなく、また毎日過食嘔吐の日々でした。

どうして自分はこんなに意思が弱いんだろう、最後までやりきれない自分はダメだ・・・と、ダイエットを繰り返すたびに失敗するのでどんどん自分の評価を下げています。
もともと自己肯定感が低かったのに、さらに低くなっていきました。

今は、思春期の子供たちへの対応で苦労しています。
高校生の子供は、毎日のように体調が悪い、と言っています。
学校は休むわけではないので、本当に具合が悪いのかはわかりません。
万引きしていることもわかりました。
表向き進学校に通っていて、明るく人間関係も良好な子です。
中学生の子供は、何に対してもやる気がなく、世の中を斜めから見ているようなところがあり、まったく前向きなところがありません。

わたしは本当の子供のことをわかっていなかったのです。
わたしのせいでこんな子供たちに育ってしまったのか、と後悔でいっぱいです。
小さなころもっとかまってあげればよかった、向き合えばよかった、と本気で思います。

今から間に合うかはわかりませんが、努力して信頼を取り戻したいです。

もう自分を下げることはやめたい。
自分の心も体も大切にしたい。
そういう気持ちです。

どこに行っても過食嘔吐からは逃げられない

女性 無職 43歳 AB型 神奈川県

20歳頃に食べた物を吐いてみたらどんどん痩せて、キレイだねと言われるのが嬉しかったです。

とにかく太りたくなくて、無理なダイエットをしては、過食に戻り、嘔吐するの繰り返しだったと思います。

友達の家に泊まりに行っても、ご飯を食べると、ダメだと思っても吐かずにはいられず、こっそりトイレで吐いてました。
一緒に旅行に行ってもそう。

ちらっと聞かれたことがあって、それからはその子と会うのが怖くなっていき、そうやって、友達が減っていきました。

20代の頃は、過食嘔吐の怖さよりも太ることの方が怖かったです。

過食嘔吐は仕事や恋愛が上手くいけば治まるのではないかと思って、占いにはまってました。

エステにも80万円くらいの契約をしたのに、過食のことがバレたりしたら嫌だと思って、結局通わず無駄にしました。

家を離れてみようと思って、北海道の牧場に住み込みでバイトに行ってみたりもしました。
最初のうちは治まってましたが、やはり食べたい衝動が起き、朝と午後の仕事の合間に食料を買い込み部屋で食べ、牛舎の下水に吐いてました。

30歳の頃、見てもらった占い師に、仕事が合ってない、家を出た方がいいといわれ、一人暮らしを始め、仕事も事務から営業職にし、朝から晩まで働きました。
時間がなくなれば過食もしなくなるかもと思ってましたが、そんなことはなく、睡眠時間を削ってでも過食嘔吐しました。
なので、毎日睡眠不足で、朝のテンションは低く、周りにも感じ悪かったです。
夕方になると元気になるねと言われてました。
この頃は毎日顔もむくんでました。
過食嘔吐しても痩せれず太っていくばかりです。
仕事と食べること以外何もやる気がしなく、疲れ切っていたので、部屋も散らかって酷い状態でした。

彼が出来て同棲し始めると、一時は治まりましたが、やはり衝動が起きました。
彼が先に家に帰ってる時は、ファーストフードをハシゴしたり、コンビニで買って、駅のトイレとかで食べて吐いてました。
だんだんと彼が家にいて過食出来ないことにイライラするようになり、何時に帰ってくるのか気になり、連絡が取れないとキレてました。
自分も一秒でも早く家に帰りたいので、終業間際の職場でのイライラは異常だったと思います。

嘔吐の時は胃の中が空っぽにならないと気が済まないので、外ではペットボトルの水を買って、飲んでは吐くを繰り返しました。

家でも同じです。水を飲んで吐く、最後に胃液が出ないと気が済みません。
喉が切れて、血が混ざることもしばしばあります。
歯もボロボロで、差し歯や銀歯だらけです。

イライラが抑えられないことも多くなっていき、心も狭くなっていきました。
どんな時でも食べ物のことはがり考えるようになってしまいます。

最初はいい顔をしていられるのですが、だんだん我慢が出来なくなり、人間関係が煩わしくなって、仕事も3~5年で転職を繰り返すという感じです。

何度もリセットしてる感じなので、積み上げてきたものがないという虚しさだけが残ります。
本当に心から話せる友達もいません。
結婚や子供がいて幸せに暮らしている人が羨ましいです。
親にも、こんな娘になってしまって申し訳ない、期待通りになれなくて…と思います。

でも何も言わない親に対して、本音を言ってよと言いたいですが、なんだか分かり合えそうにないと諦めてもいます。

貯金もありません。2千万以上、過食に費やしてきてしまいました。
マンションが買えてる金額です。

本当に何の為に生きているのかと悲しいです。
私が描いていた理想とかけ離れすぎてしまいました。

もう私には時間がない~片っ端からやっても止まらない過食

女性 自由業 37歳 B型 神奈川県

15歳で拒食症になった。

中学の保健室経由で聖マリアンナ医科歯科大の診療内科を受診した。
食事指導、カウンセリング、抗精神薬物治療。
体重生命危機、不眠にて閉鎖病棟入院となる。
反動で即過食状態に陥る。

強い抗精神薬物で意思を伝えることも難しかった。

体重減少が生命危機的なこともあり食べ方がおかしいと訴えるも、処方薬が増え、伝える意欲も麻痺し、体重は戻ったと退院させられ、そのまま50キロ増していった。

そのまま過食、囚われの食事制限を繰り返し、嘔吐を試みる結果となった。

その後も短期的に大学病院、精神科、心療内科、開業クリニックを梯子するが、鬱、パーソナリティ障害、双極性鬱、適応障害、統合失調などなど
あらゆる病名と大量の薬を出されるだけだった。

母も私も食事の問題はおいておいても、病院処方薬での私の感情鈍麻の不信感と危機感を感じ、副作用がでないよう少しずつ薬物は最低限にやめた。

PCなどはまだメジャーではなかった時代、私はクリアになった頭で、ひたすら精神医学、精神薬物、カウンセリング、摂食障害についての書物を読みあさった。

実費でしか受けられない高額なカウンセリング、催眠療法、エステ、針、気功、整体、漢方、親もどうしていいのかわからなく、良いと言われるものは片っ端からやらせてくれた。

でもどれも根本の摂食障害の症状や衝動、反動は解決できなかった。

自助グループや嗜癖の問題を取り扱う場所は私を孤独からは救ってくれたが、家庭環境や、親子間の家族機能不全とされるのは、一緒に情報を探し、お金を切り崩し、家族会勉強会に出席して
必死になって支えてくれた母ばかりが責められているのがとても辛かった。
仲間同士のパワーゲーム、共依存、不幸自慢にうんざりしてしまった。

2年前、最新医療保険適用外の光トポグラフィを受けた。
もはや自分の病が何なのかわからなくなってた。
脳波は鬱部分、燥鬱部分、全く正常部分があり断定はでき兼ねると言われた。

現在も精神科に通っている。

確かに長年の過食嘔吐生活で鬱や引きこもり、感情コントロール不能はある。
でも根深いところにいつでも食べ物が在るし、精神科医は、摂食障害の方が附属だと思ってる。

もし精神疾患が発症してたとしてもそれは摂食障害からの副産物だと私は思っている。
それを主張し続ける気力も意欲も体力もなくなりかけた今ここに辿り着けた。

もう私には時間がない。

※摂食障害の患者さんは良い治療を受けてもマイナスな受け取りをする傾向があります。
あくまで参加者の感想であり、センターの立場とは一切関係ありません。