本当はこわい。過食症と過食嘔吐

センターの相談を受けた方に過去の体験を綴ってもらいました。専門スタッフによる「過食が止まる無料相談」も行っています。

*

タグ : チューイング

食べたくないのに食べたい、過食衝動に縛られる苦しさ

女性 自由業 25歳 O型 神奈川県

糖質制限と筋トレを合わせたダイエットをして、1ヶ月で6kg以上落としていました。友達との食事会で1度タガが外れ、それから反動のようにひどい過食衝動が出始めました。そしてそれからは毎日ひどい腹痛と吐き気を催しながら胃と口にものをつめこんでいました。
苦しくて食べたくないのに食べたい、食べないと不安という葛藤と、食べても食べてもなくならない過食衝動が四六時中あり、本来の生活が食べ物のことで埋めつくされていました。
もちろん食べたあとは自己嫌悪に襲われましたが、その中でもまだ衝動がおさまらず、胃に物が入らないため、せめて口の中に何か入れようとチューイングが始まってしまいました。さすがに何かがおかしいと思いながらも私は嘔吐をしていなかったため、このときは過食の自覚はありませんでした。
ネットで食欲や満腹中枢などについて調べていたときに過食のチェックリストにたどりつき、軽い気持ちで試しにやってみたら自分にあてはまっていて、ここでやっと「もしかして」と思い始めました。

それからいろいろ思い返してみると、私の過食は恐らく10年くらい前から始まっていたのではないかと思います。もともと家族が不仲で問題が多く、中学生頃からそのストレスを無意識に食べもので発散していました。食べている間は嫌なことは忘れていられました。嘔吐をしなかった私の体重は急増していき、この頃身長はもう伸びていなかったのに年に7,8kgの体重増加がありました。

それでも過食の自覚はずっとありませんでした。「過食」は病的な食べ吐きで私のはただの大食い、くらいの認識でした。
そしてそれがどんどん過食を悪化させていたのだと今はつくづく感じます。
体型がコンプレックスでダイエットをし、反動とストレスでさらに食べる、でもそれが嫌で今度は食べないように試みる、そして前にも増して食べる…。

精神的にも身体的にも辛かったです。私は友達とルームシェアをしているので、その子がいない時間にとにかく食べられるだけ食べ、不審に思われてしまう大量のゴミはバッグに入れて翌日外出した際にゴミ箱を探して捨てていました。
その子がいる間は怪しまれないように自炊したものを少量食べるなど偽装をしていましたが、内心では過食ができないことにイライラしていました。そのため外に出てコンビニでお菓子やパンなどを買いこみ歩きながら道で食べたことも何度かあります。
雨に濡れようがバイトで疲れていようが、食べることが最優先でした。
そして胃が食べ物でいっぱいになると私は何をしているんだろうと我に返り、そんなことをしている自分が恥ずかしく情けなくなり、ご飯すら普通に食べられないことに惨めな気持ちになることもありました。いつも過食がバレることを恐れていて、その緊張感もまたストレスでした。そしてこの間、食費は以前の7~8倍にまで膨れあがっていました。
過食はたくさん食べてしまうというだけの単純な病気ではない、こんな風に精神的・身体的・経済的に追いつめられてどんどん身動きが取れなくなる、根性論や希望的観測ではどうにもならない難病なのだと、きちんと自覚することが回復への大きな1歩なのだと今は思っています。

10年経ってもチューイングと過食嘔吐は止まらない

女性 会社員 26歳 O型 福岡県

私が摂食障害になったのは、高校生の頃。部活で3ヶ月で10キロ落とすようにと言われたことがきっかけ。
最初は運動と食事制限で落とした。元から部活では食べ物の制限があり、油物や洋菓子やパンは食べてはダメという決まりがあった為、どんどんストレスがたまってきた。
そんな時にテレビで見た摂食障害。嘔吐して痩せてる人をみて、食べても吐けばいいんだと思ってしまい、嘔吐をするようになった。その頃は通常食を吐いていただけだった。初めの頃に親にバレて怒られたけど止められなくて、目を盗んでは嘔吐していた。ある日、嘔吐を止めようとおもい、そこから始まったのがチューイング。その頃の私はチューイングが摂食障害だとは思っていなくて、やっているのは私だけだと思っていた。チューイングと、嘔吐で体重はへっていったけど、部活はボロボロ。なんの為に部活を頑張っていたのかわからないくらい、食のせいで落ちこぼれていった。摂食障害を止められないまま部活を引退して、社会人になった。周りからは大食いで通っていたけど、本当は違う。吐いてる。細いねって言われるのが嬉しくて止められなかった。でもガリガリではないから、自分では納得できなくて、太ったり痩せたりを繰り返していた。何度も止めようと思ったけど止められなかった。気づけば摂食障害になってから10年。痩せている時でさえ顔はパンパンで醜かった。今は本当に太って醜い。一般的にデブではないけど、周りからも太ったっていじられて辛い。。。そんななかで太ったのは過食とチューイングのせいだってわかってるのに止められない。チューイングしたって顔が浮腫んで太るのに、止められなくなってしまう。
仕事中もお菓子をチューイングしてコップにバレないように吐いている。バレているかもしれない。最低だ、汚い。友達と楽しく食事しているのに吐くことを考えてしまったりするし、さよならした後もすぐにコンビニにいって過食をしてしまう自分がもう嫌だ。半額という言葉に怖いくらい反応してしまうし、食べ物のことが頭から離れなくて、食べたくないものも安くなっていたら買ってしまう。
普通の食事、生活がしたい。
今は、高校時代の無理な減量からの摂食障害で生理不順で病院にいっている。普通の人なら生理不順を気にしないのかもしれないけど、私は生理不順の原因が摂食障害だって分かっているから怖くて病院に行っている。例え排卵誘発剤の薬を飲んでいても、チューイングをしながらたまに嘔吐もする。なにやってるんだろうと自分をせめるのに止められない。子供がいつかほしいのに止められない。
去年母が癌になった。いつまで一緒にいれるかわからない。母が食べれなくて辛そうなのに嘔吐している自分が嫌で仕方なくなった。本当に治さなくてはって何度も思っているのに、止められなかった。そんな時にセンターに出会った。私のように悩んでる人がこんなにもいるのかと、ホッとしたけれど、簡単に治るものではないんだなって怖くなった。ブログを読めば読むほど絶対治したいと思った。
頭のなかで、今症状が治まってるのは疑似停止。いつかインナーチャイルドが出て来る、このままいくと将来子供に会えないし、会えても辛い思いをさせるって言い聞かせて頑張っている。
絶対絶対今回は負けない。普通の人間になる。

過食嘔吐の悲惨な人生

女性 会社員 37歳 A型 広島県

今回は摂食障害になってからの経過を書かせていただきます。
うまく要約できず文章が長くなりすみません。

17歳の頃のダイエットから拒食となり、過食嘔吐に移行するまで1年かかりませんでした。
体重が戻っても筋力は戻らず、中学生の頃の速さでは走れなくなりました。

18歳から県外に一人暮らしし、過食嘔吐は加速しました。
バイト代は過食代に消えました。

友達と遊びに出掛けることもほとんどなく、お洒落もお化粧もせず、授業が済んだら自転車で近所のスーパーマーケットをはしごします。
安い食材を買い込んで夜くたびれるまで過食嘔吐の繰り返し。
一体何をしているんだろうと自問自答しながら毎日するのです。

スーパーマーケットの店員さんに顔を覚えられ
「こんなに何に使うの」
と聞かれると、その店には二度と行けずに、自転車で1時間かけて遠方の店まで買いに行っていました。

夜は資格勉強のテキストに食べ物のかすを落としながら、トイレと机を何百回もいったり来たりしました。

友達からの食事のお誘いや飲み会も心から楽しめたことはありません。
食べすぎれば吐きたくなるに違いなかったからです。

寒いある晩、突然今まで経験したことのない激しい腹痛と吐き気におそわれました。
おそらく、過食したものがあたったのでしょう。
冷や汗が出て下痢もしました。
実家に過食を隠して食あたりしたと電話しました。
電話にでた実母の話は
「救急車をよびなさい。今は夜で行けない、明日も用事があって行けない」
という内容でした。
もちろん救急車は呼びませんでした。
友達にも助けを求められませんでした。
過食嘔吐したことを知られたくなかったからです。
翌日は発熱し一人で寝ていました。
起き上がれるようになったのは、翌日の夕方でした。
このときの経験が怖くて、健康に気を付けるようになりましたが、過食嘔吐は続けていました。
本当はこれが健康を蝕んでいたにも関わらず。

県外で就職してからも、自宅ではテレビの前とキッチンとトイレを寝るまで巡回しています。
飲み会は帰ってから過食したくなり、くたびれて翌日の仕事がつらくなるので、極力参加しませんでした。
上司には付き合いの悪いやつだと思われましたし、同僚の輪から浮いていました。

学生時代より、自由に過食できるお金は増えましたが心は空虚でした。
こんな人生は止めたいと毎日思いましたが、何をするでもなく毎日淡々と仕事に出ていました。

過食嘔吐は思考と感情を麻痺させます。
その頃には歯は虫歯だらけでしたが、嘔吐を指摘されるのが怖くて通っていませんでした。

ある日、前歯が痛くなりました。
気のせいだと自分に言い聞かせて仕事が終わってから近所の歯科を受診すると、歯の神経の部分まで腐っているとわかりました。
歯に穴を開けると溜まっていた臭いガスをぷしゅっと吹き出てきました。
その歯は神経を抜きました。

ある土曜の夜には、過食して噛んでいると、ばりっと音がして奥歯が割れました。かかりつけの歯科は休みで休日開いている歯科に飛び込んで治してもらいましたが、へんてこな大きな銀歯の被せものをされました。
いまでもどこの歯科に行っても、なぜそんなへんな被せものをしたの?と聞かれます。私はそれに答えられません。

30歳を過ぎて今の人生を変えることを諦めて数年後、見合い結婚し子どもを授かりました。

出産での入院からひとつきあまり、人生で初めて過食嘔吐が止まった時期がありました。
このまま続いてほしいと思いましたが、無理でした。
慣れない育児の中、過食嘔吐を止めたままでは苦しくて、まず噛み吐きから始まりました。
すぐに過食嘔吐になり、時間の許す限り続けました。
第一子はよく泣く子で起きている間は抱っこにおんぶで過ごしました。
子どもが寝たら過食しようとベッドに置いて、何度も起きられては腹をたてて奇声をあげたことか。

この子は私が振る舞ったままの子どもに成長しました。
イライラするとすぐに奇声をあげてねっ転がります。

寝起きは悪く、1時間以上ぎゃーぎゃーと泣き続けます。
もともとそういう性質の子なんだと思っていました。
そういう子の対応の本を読んだりしました。

無料相談を受けて世代間連鎖を知り、まるで検討違いなことをしていたとわかりました。
私の過食嘔吐が、私の病気が原因だったなんて、情けなさすぎます。
誰にも迷惑をかけないストレス解消方法だと甘えていたのが、よりにもよって子どもが被害を被っていたのですから。