本当はこわい。過食症と過食嘔吐

センターの相談を受けた方に過去の体験を綴ってもらいました。専門スタッフによる「過食が止まる無料相談」も行っています。

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タグ : アルコール

20年で3倍に増えた過食

女性 自由業 40歳 O型
経年増加という言葉はここに来て初めて知りました。
私の場合を振り返ってみます。
発症(18歳)から3年間:週2~4回、平均3回くらい。過食費1回千円弱。
その後3年間(22歳~25歳):恋愛・研究に忙しく、しばらく止まる。
新婚時代(25歳~28歳頃):平均週1回。過食費1回千円弱。
(田舎に住んでいたので、過食用食材を買いにくかったため、というのが大きい)
妊娠中(29歳):平均週5回(夫が休みの土日以外毎日)。過食費1回千円弱。
(7kgまでしか増やしてはいけないといわれ、我慢できず食べて吐いていた)
出産後(30歳~34歳):平均週3回。過食費1回千円弱。
(不経済だと思い始める)
アルコール依存中(35歳~38歳):依存対象が代わったので、しばらく止まる。
アルコール離脱後しばらく(38歳~39歳):平均週4回。過食費1回千円強。
(アルコールを手放したので、また食べ物に依存するようになった)
相談直前まで(40歳):1日1~2回。平均週9回。過食費1回千円強。
(夫や子供にたいするイライラを過食嘔吐で解消?していた)
こうしてみると、約20年間で頻度は3倍に、費用は約1.5倍に増加しています。
あと20年間でもしも同様のペースで過食嘔吐が続いたら、
60歳:1日3~6回、平均週27回。過食費1回2千円強。
となります。
これは過去20年と同じペースでの増加を考えた計算ですから、楽観的な数字ですね。
さらなる経年増加で、実際にはもっと回数・費用が増えている可能性が高い。
・・・経年増加、怖いです。このことを直視したいと思います。

依存症

女性 自由業 40歳 O型 北海道

「治ったと思ったのに再発した」という体験について書かせてください。

18歳(一人暮らしの大学1年):発症。

22歳~25歳(大学4年~大学院修了まで):いったん止まる。
恋人(現在の夫とは別の人)に過食嘔吐のことを打ち明けることができ、それを受け入れてもらえた。
うつ病・パニック障害の症状が強く、そちらの治療で頭が一杯だった 

25歳~28歳(新婚時代):再発するが回数は週1回程度と少なかった。再発のきっかけは思い出せない。
当時田舎(というより、僻地)に住んでいたので、商店も少なく、過食用食材を買いにくい環境だったので回数が抑えられていたのだと思う。

29歳(妊娠中):本格的に再発する。
望んでの妊娠ではあったが、自分のキャリア形成の見通しがまだ立っておらず、出産後本当に仕事ができるか不安だった。
子供が邪魔に思えて虐待してしまったらどうしよう???と思っていた。
妊娠判明時の体重は63kg。
医師から「そんなにあるの!?」と驚かれ、「70kgまで(+7kg以内:1ヶ月につき1kg)に抑えること」と申し渡されるが、食欲に負けて食べてしまった→太ってはいけない!と嘔吐するようになった。
結果はぴったり7kg増で、ほめられた。

35歳~38歳:アルコールに依存したため、いったん過食嘔吐は止まる。

38歳:アルコールを絶ったら、依存対象が食べ物に戻ってしまい、再発。

このセンターのどこかのページに書いてありましたが、過食症・過食嘔吐って、アルコール依存や薬物依存と同じで、食べ物への依存なんですね。
合法だし、アルコールや覚せい剤みたいな薬理作用はないのでしょうが、同根のものだと思います。
アルコール依存症回復の自助グループの会合に出ると、「私は摂食障害ももっていて・・・」という仲間(女性)にしばしば出くわします。
私はどうしてこんなにも何かに依存しなければ生きてこられなかったのか、これからよくよく内省してみようと思います。

やりたいことも出来なくなる摂食障害

女性 会社員 36歳 A型 東京都
長くなるけど、摂食障害の始めまでさかのぼって書こうと思う。
16歳の拒食から摂食障害がスタートした。
受験勉強のため運動を休み少し体重が増加し、それが気になってダイエット。
食べないと親が心配してくれるのがうれしかった。
高校時代はずっと拒食。
食べないと頭が冴えて勉強がはかどり、親が心配してくれるのも心地よく常にテンション高め。
大学に入り、一人暮らしが始まる。
はじめは、ちゃんと食べようと3食自炊していた。
それが、だんだん食べても食べても止まらなくなり、あっという間に38kgだった体重が60kgに。
痩せたい一心で吐くことを覚え、よけいに食べたい衝動が強くなり、講義中も食べ物のことばかり考えて勉強どころではなくなって結局、中退。
実家に戻ってからは、ひきこもって一日中過食嘔吐。
過食費が欲しくてバイトをしたが、それでは足りず親の財布からお金を盗んだ。
絶対バレるような盗み方だったが何も言われなかった。
自分がイヤでリストカットもし、親のことも責めて暴れた。地獄だった。
何かしなきゃと思い自動車の教習所に通い始めたが、そのストレスかアルコールも飲みはじめ過食嘔吐とセットになった。
なんとか治したくて摂食障害についての本を読みあさった。
そして自助グループにつながり、自助グループに行くため上京したが結局、症状はと止まらなかった。
けれど気持ちは楽になり、自分を認められるようになった。
地元に戻り、地方版自助グループを開催。
あるときは、ダンスグループに参加し、症状をかかえながらも楽しくて久しぶりに人と深く関われた。
そのおかげか、だんだんと外にも出られるようになり就職した。
それでも症状は毎日、深夜まで過食嘔吐して仕事にいく日々だった。
ダンスグループの2回目の公演に向けての稽古途中、急に吐き気がして自然に吐いてしまった。
それから2~3日寝込み、症状のない生活を送った。
親が作ってくれたうどんを食べようと思ったら顎がガクガクして噛むこともままならなかった。
それまで、吐くことしかしていなかった顎が反応を起こしたのだろう。
そのとき、もういいやって思った。
それから過食嘔吐のない生活が続いた。
でも今から思うと、食べることは普通にはできていなかった。
カロリーを気にして、水分を大量に飲み、お腹いっぱいにしたりしていた。
それでも、だんだんと食べられる量は増えていった。
もともと料理が好きだったから、家族の料理の支度をして一緒に食べて幸せも感じた。
外食も多少はカロリーを気にするけど普通にできるようになっていた。
それがあるとき、ふと過食嘔吐をしたくなり、単なる気晴らしとして週末だけ楽しんでするようになった。
きっかけは何だったんだろう・・・不倫のせいかな。
会社内で二人と不倫してた。いい子いい子してくれるのがうれしくて。
そんな自分がイヤだったのかな。わかんないや。
あっという間に週末だけの楽しみもそれでは終わらず、平日仕事終わりに車の中で過食しながら過食嘔吐のための買い物。平日2~3回だったのが、ほぼ毎日になった。
2~3か月そんな生活が続いた時に友達の誘いで劇団に入り、そこで知り合った人と結婚。
知り合って3か月くらいのスピード婚。気が付けば、症状は止まっていた。アルコールも一切止めた。
結婚生活の間、数回過食嘔吐の衝動はあったが、すぐに立て直すことができたから再発だとは認めていなかった。
いろいろあって3年で離婚。そのときは好きな料理教室に通ったり充実していたので、自由にできると思って離婚がうれしかった。
好きな料理のことをしたくて上京。夢いっぱいだった。
それが・・・あなたなら料理の道で成功するよ、という周りからの期待、優等生と見られている自分の立場、生活への不安、付き合いのため始めてしまったアルコール、そんなことが重なって過食嘔吐が再発。
はじめは飲み会のときだけだったのが、週1回それが週2~3回、ついには毎日になった。
半年間でのことだった。
引っ越しで少なくなっていた貯金があっという間にギリギリに。
過食嘔吐するお金が必要で実家に置いてきた車を売った。
過食嘔吐のために愛車を手放した。
やらなくてはいけないことがいっぱいあるのに…好きな料理のこともできなくなった。
これを最後に止めようと何度思ったか。
年末年始で帰省した時も、これを機会に止めようと思った。
それなのに、親に隠れてこっそり過食嘔吐し、もうダメだと思った。
車を手放したのも大きな罪悪感として重くのしかかっていて、辛くて辛くて。
そんなときここにたどり着いた。
今度こそ疑似停止ではなく完治したい。
普通に食べて、おいしいねって笑いたい。