本当はこわい。過食症と過食嘔吐

センターの相談を受けた方に過去の体験を綴ってもらいました。専門スタッフによる「過食が止まる無料相談」も行っています。

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タグ : 吐きダコ

吐きだこだけが残った

女性 無職 26歳 A型 愛知県
私は、まず中学2年くらいから、
軽い気持ちで始めたダイエットから拒食症になったのが最初。
ちょっと太りだしたかな?と思い、
はじめはお菓子をヘルシーなものにしたり、減らしたり・・
もともと料理が好きだったから、ヘルシー料理を作ったりしてた。
初めてのダイエットで体重はみるみる減っていった。
それがうれしくて、ご飯も「食欲がない」とか「
お菓子食べた」とか嘘ついて減らして、
中3~高1くらいになったら何も食べれなくなっちゃって、
体重は最低で37kgくらいになったかな?
ガリガリなのに、自分は痩せてるのがうれしくて、
太ることが嫌でしょうがなかった。
あんなに細くてテニス部にまで入って体無理に動かして・・
ほんとに気持ち悪かった。
そりゃ友達もできないよね。
生理が1年近くとまったこともあって、
親は私を婦人科へ連れていき、
毎週ホルモン注射、メンタルクリニックに通いだした。
そのかいなのか、高2からドスンと過食になって
数ヶ月で58kgにまでリバウンド。
おこづかいはほぼなかったので、
うちにあるものかたっぱしから食べて、そのまま就寝を毎日してた。
大学に入った頃は55kgくらいだったかな?
サークルにも入ったので大学生活は忙しく、人目も気になる年頃。
少しずつ食欲も普通に戻ってきたので
ちょっぴり太目な女の子くらいでした。
1年の後半からバイトを始め、
帰りが遅くなることが毎日になってからは
ダイエットをかねて夕飯はなし、
朝はいつもあまり食べなかったのでまたもみるみる体重は減っていく。
2年目で一人暮らしをはじめたらさらに減って43kgくらいに。
スリムになってすごくうれしくて、友達も彼氏もいたし、
服は好きなの着れるし、みんなうらやましがるし、
しばらくは食が細めの女の子で過ごすことができました。
初めて食べてはいたのは就職活動を始めた3年の後半。
面接に行くたびなんだかいらいらしちゃって、
たまたまストレスで食べ過ぎたときに「吐きたい」と思ったら
すんなり吐けたのがきっかけ。
ちょうどこのころよく食べるようになってて太り始めてたから、
「これはいいかも」って食べ過ぎちゃったときは吐いてた。
それでも月に数回だったのに、4年になったら週に1~2回に増えてた。
たまにうまく吐けないときもあったから、
気をつけて食べ過ぎて吐くってことをしないようにしてた。
習慣になったのは社会人になってから。
理由は仕事が心身ともにきつかったからだと思ってたけど、
今はそれはただの言い訳かも。
好きなものをたくさん食べて、太りたくないから吐く。
でスッキリ。
これが楽しくなってきたんだと思う。
社会人になって実家暮らしになったので、
一人暮らしと違うんだから
ばれたらまずいと思っていても、やめられなかった。
それどころか回数はどんどん増えて、
会社をさぼってまで過食嘔吐するようになって、会社を辞めた。
今も職を転々としながら過食嘔吐中。
会社を辞めたら、
習い事をしたら、
ジムに通ったら、
辞められると思いながらここまできてしまいました。
今までで身についたのは吐きだこくらい。

私の見た過食症患者

女性 会社員 25歳 A型 神奈川県

昨日、初めて知ったのですが今私の職場に過食症の患者さんがいます。
彼女は年齢は私とほとんど変わらなくて見た目じゃやはり全然過食症なんてわからない。
彼女は過食症とアルコール中毒を併発しているそうです。
多量のアルコールが原因で太ももの骨が壊死してしまい
歩けなくなり、今回壊死をした骨を切る手術をしました。
若いけど骨がもろくてスカスカだから長期間のベットの寝たきりの安静期間が必要となります。
もちろんトイレも差込の便器でベットの上。
食事も寝ながらだし、着替えだって一人じゃできない。
だけど精神科から処方されている薬を1日30粒以上飲んでいて
呂律は回らないし失禁してしまうこともある。
手はひどい吐きだこがあった。。

私と彼女。
ただ、今は立場が逆なだけで本質は一緒なのだと思うと本当に
過食症は怖いと思いました。
自分だってこうなる可能性があるんだと思うとやっぱりちゃんと
治療していかないとならないということを実感しました。

怖い過食症人生

女性 会社員 27歳 B型 長野県

過食嘔吐になったのは今から5年ほど前だったかな。
学生から社会人になり、男勝りな仕草と、姐御肌な性格で
男らしさ持ち味(?)だった為、
特に化粧とか服装とかで、女らしい事もせずにきました。
社会人になり、さすがに何処へでもGパンで行く訳にも行かず、
化粧をするようになり、スカートやスーツも着なくちゃならない
場面にも出るようになり、逞しかった体型も社会人の
時間規則の中で、徐々に徐々に10㌔位痩せてきました。
それでも普通よりだいぶ逞しいですけど。(笑)
それでも、着れる服のバリエーションが増えたり、
女らしい格好をしても不似合いじゃなくなってきたのは
やっぱり嬉しかった。

今までは似合わないからと、諦めてただけで、
やっぱりあたしも女の子なんだな~って思い始めた頃・・・。
会社でやっぱり仲良くなりたいのにいじめか??って云う
先輩の態度にストレスを感じてたのかな~。
その先輩の態度に対して、
「負けてたまるか!」ってしおれる事もせず笑顔で
「休んでたまるか!」って会社も休まず
「どうしてかな~?私は仲良くしたいのに」と
恨む事も怒る事もしないでなんとか弱気にならない様に
元気な自分である事が何より大事だった。
今思うと、そんな事で凹む自分ではありたくなかったし、
そんな自分を母は喜ばないだろうって思ってた気がする。
いつもいつも前向きに、負けずに、力強く生きる私であって
欲しいと云う、多大な期待にいつも応えたかったんだな。
でも、現実は会社でもその職場に入る時から呼吸が浅くなり
何かの特別な気合が必要で、その気合によってなんとか
平常な、強気な私を演じられていた感じだった。(無意識)
そんな会社での時間が楽しい訳も無く、とにかくもう、
「帰宅したらお腹一杯味を付けたご飯を食べよう!」って
なんだかその言葉で自分の機嫌をとって定時まで居た気がする。
で、帰宅したら大盛り3人前位のチャーハンをたいらげて、
ふぅ・・・って落ち着くの。ちょっと幸せな気分になって。
その後、え、せっかく痩せてきた10㌔が戻っちゃたらどぉしよう
って、もうすでにお腹いっぱいの胃袋に、水を流し込んで
指を入れて無理やり吐き出したのがキッカケ。
後は、元々食べることが大好きだったし、
食べてもぶくぶく太らずに済むって思えば、
甘いものとか、油っぽいものとか気にせず食べれた。
人間関係で衝突して、真剣に切れ掛かってても
時の感情で人やモノに当たらない性格である事が
正しい生き方だと思い込んできた私は、笑顔ですまし
自分の車へ戻ると、泣く事も怒る事も全てを、
食べ物を食べているその幸せな快感で押し流した。
食べ物で、その荒れ狂った感情が薄れていくのが自覚できた。
吐きダコができ、そのもっと奥へ入れなきゃ吐けなくなり
もう一個吐きダコができ、口の脇がいつも引っ張られて切れた。
母親には、その手が汚い、吐きダコなんてみっともない。
トイレがが汚れる、掃除しろ。
定番ですが・・・もったいない、意志が弱い、吐くほど食べるな。
そんなん言われても、こんな手になっても、こんな口になっても
痛くても苦しくても辛くてもやめられないのがもっと辛いって、
母親に微妙にアピールしてた。
解る筈もなかったので、案の定悪化しましたが。(笑)
夕飯をお腹いっぱい食べた後、車に乗って見切り品ツアー。
吐くのもいつしか上手になって、胃を押せば出るし
吐きダコは消え、口も切れなくなった。
見た目にはアピールする傷は消えたけど、
簡単になっただけ、気軽にいつでもできる様になった。
要は悪化進行したって事なんだね。
私の過食嘔吐は、痩せる為ではなく、
胃が破裂する勢いで食べ過ぎたものでの体重増加阻止の為。
だから、通常の生活は支障が無い。
痩せたら尚結構って思ってるけど、
通常の生活や運動ができなくなるのは、困る。
私は病気の症状まで、母親に気を使ってるんだなー・・・。
母親が好きな娘を演じる為の、平常心を維持する行為なんだ。
お手伝いをよくして、
人に気遣いができて、
明るく元気で前向きで、
何があっても負けないで、
優しく思いやりがあって、
何を頼まれても嫌な顔もせずやりこなし、
・・・こんな娘で居るには、
吐いた30分後にヒ汗とめまいで倒れてる訳にはいかない。
また、吐いていることを知っていても、
目の前で食べてすぐトイレとか
何を思われるか、申し訳無くて行けれない。
私ね、母親に気を使わずに病気になってしまいたかった。
いっそ壊れてしまいたかった。
普通の一般社会人もできない位、潰れてしまいたかった。
なんで、病気の加減まで、人の顔色伺っているんだろうって。
それすら、できなかった。