本当はこわい。過食症と過食嘔吐

センターの相談を受けた方に過去の体験を綴ってもらいました。専門スタッフによる「過食が止まる無料相談」も行っています。

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カテゴリ : 経年増加

感覚も麻痺してしまう過食嘔吐

女性 無職 29歳 B型 埼玉県

16歳の時に拒食症になり、体重30kgになりました。
毎日フラフラで体育の授業もまともに受けられない状態でした。脂肪がないため常に寒くて、真冬は本当にしんどかったです。
その2年後に今まで抑えていた欲求が爆発し、過食嘔吐をするようになりました。
現在11年目ですが、年々悪化し、過食して吐いてまた過食して…の繰り返しで、今では1日1万円を使うことも少なくありません。
食べ物に関してだけはお金の感覚がおかしくなり、貯金もほとんど残っていないのに買うことを止められない…そんな日々が続いています。
むくみや倦怠感もひどく、人と会うことも極力避けるようになりました。
お金を払って不健康を買っている…そんな異常な日常から抜け出せず、毎日のように「辛い」「苦しい」と感じ、涙が止まらなくなることもあります。

いくら後悔しても、いくら「止めよう」と決心しても、止められない…
何のために生きているのか分からなくなることもよくあります。

このセンターと出会い、
この病気の本当の恐ろしさを知ることができ、
悩みを共有できる温かい仲間の存在を知ることができ、
「治したい」という思いが強くなりました。

この病気ときちんと向き合い、がんばって克服したいと思います。

吐くために食べるようになった

女性 会社員 44歳 O型 愛媛県

27歳の時、友人の結婚式のためダイエットをしようと思い、運動と食事制限を行った。
炭水化物やたんぱく質、脂肪を極端に減らしてカロリーの少ないものばかり食べていた。
途中で制御できない食欲に負け、我慢していたお菓子や菓子パンなどを大量に食べるようになり、誰に教わったのでもなかったが、そのうち吐くようになった。
それが過食嘔吐の始まりだった。

最初のころは、食べても吐けばリセットできると軽く考えていたが、そのうち吐くために食べるようになっていた。
満腹感もなくおいしいという味も感じない。
いったんスイッチが入ると、冷蔵庫や家の中の食糧庫の中をあさり、手あたり次第食べ吐いていた。

30代のころはほとんど毎日、ひどい時は1日2~3回していた。
これではいけないと吐かないように我慢しても、いただきもののお菓子や、食事会でのカロリーのある料理、揚げ物のおかずなど自分が食べては太ってしまうと思うものは食べたら吐いてしまう。

吐こうと思うと冷蔵庫などからいろいろなものをあさって食べてしまう。
仕事などでストレスがたまっているときにもスイッチが入ってしまう。
甘いもの(チョコレートやアイス、ケーキなど)への強い執着があり食べだしたら止まらない。

多量の下剤を服用した時期もあった。
無理なダイエットで筋肉が削げ落ち、30歳で腰椎間板ヘルニアを発症、手術もしたが経過が悪く2年ほどは入退院を繰り返し、ほとんど寝たきりの状態だった。
その頃は生理も止まっていた。

失業し、鬱症状、被害妄想から友達も離れていった。
その後も何度かやめようとしたがしばらくすると再発してしまった。
恥ずかしくて過食嘔吐のことは誰にも相談できなかった。

心療内科でうつ病と診断され投薬治療を受けるが、症状が改善することはなく年々悪くなっていった。

30代半ばから頭痛、めまい、体が重くて起きていられない、集中力の低下、考えがまとまらない、好きだった読書、映画鑑賞も頭に入っていかなくなった、極度の体の冷え、被害妄想、鬱症状、死にたいという願望、感情が制御できないなどの症状が出てきた。

現在は、胃潰瘍を発症しており嘔吐後のめまい、頭痛が特にひどい。
嘔吐時の痰に血が混じることもあり、嘔吐後数日は喉が詰まったような感じがして息が苦しく、頭痛、めまいのため起き上がれなくなる。

このままではいけないとセンターの無料相談を受け現在は2週間ほど嘔吐をしていない。
頭痛、めまいは軽減してきており、相談で気持ちも少しずつ軽くなっていると思う。

心配をかけた家族のためにもこの機会を生かして回復につなげたい。

過食嘔吐30年、娘は児童相談所へ

女性 自営業 45歳 A型 青森県

私が過食嘔吐を繰り返すようになって、30年が過ぎました。
最初は、中学三年生の頃で、それよりもずっと前、生まれる前から家庭が崩壊していました。

父はギャンブルと女性関係をずっと続けては、たまに帰ってきてケンカばかりでした。
父がいない間、母親はずっと機嫌がわるかったり、辛そうだったり、私に父がどんな酷い人間かをずっと話していました。
母親は、毎日私とたくさん食べては、後からビニール袋に吐いていました。
そのうち、母親と夜中にたくさん食べてストレスを解消した気分になり、でも太ることも恐怖になって嘔吐するようになりました。
食べてから、大量の水を飲んで簡単に吐けるようになり、吐いた後はスッキリした気分になっていました。

高校受験の前日、私は父が転がり込んでいた女性の自宅に、1人で行きました。
「これからどうするの?」
という質問に、父は
「もう帰らないと思う。」
と答えました。その時、私はホッとしました。
もうこれ以上、発狂したような母親を見たくなかったから。
次の日の受験を頑張ろうと思いました。

無事、高校に合格し、入学して間も無く、学校から帰宅すると父が帰ってきていました。
あんなに離婚すると言っていた母親が、また父を受け入れることに嫌悪感を感じ、本当に家に居たくなくて、その頃リストカットをして病院に運ばれて傷を6針縫いました。
もう人生を終わらせたいと思っていました。
でも、父は何ごともなかったように家族旅行を計画しました。
幼い頃から、修羅場のようなケンカの後は必ずドライブや旅行に連れて行かれました。
ずっとずっと、楽しそうなフリをしてきました。
母親の為です。
そのリストカットの後は、この家を出たいと、受験勉強を頑張ろうと思っていましたが、毎晩過食嘔吐を続けて、家にある余ったごはん、パン、お菓子、なんでも食べて吐くを繰り返して毎日疲れていました。
受験の直前は、東京で予備校の直前講習を受けていたのですが、ほんの1、2か月は過食嘔吐が止まり、実家を離れてストレスが減って治ったのだと思いました。

けれども、大学に合格して1、2か月過ぎた頃から、大量に食べることが楽しくなり、また嘔吐する日々が始まりました。
彼が出来ても、余りにたくさん食べるので、おかしいと思われていたと思います。

そのような日々を過ごし、就職する時期になり、大手企業に就職が決まって、新たな気持ちで生活しようとしましたが、毎晩の過食嘔吐は全く治らず、それどころか、外でお昼を食べても吐くようになり、だるく、疲れやすく、そのうち会社に行くのがおっくうになり、とうとう辞表を出して退職しました。
その頃は、貯金を切り崩しながら一日中過食嘔吐を繰り返して、途中喘息発作で入院しました。
その後は、アルバイトを転々とし、知り合った人と結婚し、相手がうちの家業を継ぐと希望した為に、実家に帰ることになりました。

でも、私が高校生の頃と全く現状は変わらず、そのうち妊娠したのですが、つわりが酷く、人のかすかな体臭にも吐き気がし、吐いていました。
旦那は、私が嫌っていると思い、暴力をふるうようになり、身体中アザだらけになり、切迫流産で入院することになりました。
入院中、自宅に戻ることが恐怖になり、大きなお腹の中の子供を守りたいと思って、離婚を決意したのです。
その頃は、つわりが治り、過食嘔吐もしばらく出産まではなかったです。
どちらかというと、拒食に近く、赤ちゃんの為に無理やりほんの少し食べている状態でした。
出産してすぐに、東京に日帰りで調停を行い、2回で離婚が成立しました。

それから、実家を出てアパートで子育てと仕事をして生活してきました。
その間も、子供が寝てから、過食嘔吐を毎晩繰り返していました。
娘が高校受験の時、今迄余り感じなかった感情が湧いてきたのを覚えています。
私も、娘のように応援されたり、心配されながら受験の日を迎えたかったと、いろいろな感情が浮かびました。
その後も、過食嘔吐は続き、高校に入学した途端、娘の成績が音を立てて崩れるように落ちていき、2年生に上がる頃は最下位になりました。
べつに非行に走ったわけでも、すごく反抗したわけでもなく、ただ、勉強が出来なくなっているようでした。
私は、娘が良くない方向へと向かって落ちて行ってると思い込み、暴力をふるうようになりました。
常に先が不安で、酷いことをたくさん言って叩きました。
その頃、過食嘔吐は一日中になっていました。
そして、本人の希望で、学校から児童相談所の一時保護所に保護されました。
私に殺されるかもしれないと思ったそうです。
児童相談所から、娘が精神病院で診察を受けるので、娘に会わずに私も病院で面談を受けることになりました。
娘の診察が終わり、私が診察室に入ると精神科のお医者さんは、
「長く摂食障害で苦しかったね。娘さんが、治療して欲しいって望んでいますよ。」
とおっしゃいました。

保護されてから一度も娘に会っていませんが、娘は自分が生まれてからずっと、私が過食嘔吐を繰り返して毎日を過ごしてきたことに、心を痛め、私が暴言や叩いたり酷いことをしても、病気なのだと思っているということに初めて気づきました。

娘は、兄夫婦の住む東京へ、今日旅立ちます。
私が過食嘔吐を克服できるまで、私は彼女の母親ではありません。
どんなことがあっても、過食嘔吐を治したいと思って、こちらの相談センターの方のご指導を受けながら、頑張ろうと思っています。