本当はこわい。過食症と過食嘔吐

センターの相談を受けた方に過去の体験を綴ってもらいました。専門スタッフによる「過食が止まる無料相談」も行っています。

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カテゴリ : 過食症での人生歴

発症9カ月…普通だった10カ月前に戻りたい。

女性 会社員 25歳 A型 千葉県

失恋がきっかけで食事量が極端に減り、1週間で6kg体重が減ったことがありました。
それから新しい恋愛をしてから、しばらくは普通の食生活をできていたのに週1,2回程度過食するように。
当時の彼から太った、前はスタイルがよかった、と言われるようになり、痩せないといけないのにどうすればいいかわからず過食もとめられませんでした。太ったことがすべての原因ではありませんが、その人には振られました。

それから、一時的に体重は減りましたが、転じてそれまでとは比較にならない程過食量が増えました。

転職して間もないのに、帰宅してすぐ過食。
体重はこの1ヶ月で5kg増え、体は重いし服は入らない、身体を動かすと今まで感じなかった肉を感じ、苦しいです。
食べ過ぎで口の中が痛くなる日もあります。
たくさん食べ物を買って、食べてる途中はお腹いっぱい、こんなにいらなかったと思うのに食べ物が少なくなると不安になります。

過食に時間を取られて家事や勉強が一切出来ず、夜更かしもしていつも睡眠不足で身体が辛いです。
学生の頃や、10ヶ月前は特に食事や体重は意識したことなかったのに痩せていて、あの時のことばかり思い出します。思い出したって過食を止められない自分が悪いのに…と自分を責めながら、どこかで甘えや逃げの気持ちもあります。
私は過食をやめて、痩せて、スタイルが良くなって、これからの人生明るく生きたいのに。先が見えません。

20キロ台になっても、自分が病気だと認めることはできなかった。

女性 主婦 38歳 B型 北海道

19歳の頃、摂食障害になった。
地元の田舎町から、専門学校に行くために上京し、姉と二人暮らしをしたが、上京してすぐにダイエットのために食事制限をしたことをきっかけに、拒食が始まる。
アルコール依存も同時発症。酒は空腹を感じないようにしてくれ、拒食に拍車をかけた。

みるみる体重が落ち、最初は、着たかった洋服を着れたり、痩せた自分が太っているよりずっと綺麗になれたように感じた。
姉は、食べなくなる私を心配して、色々な言葉をかけてくれた。でも、私にとってはプレッシャーとストレスでしかなく、姉が作ってくれた物も、食べているフリをして口から出していた。
夏休みに帰省した時、母親が私の姿にビックリし、帰省中の食事のおかしさにショックを受けて、私に精神病院に行こうと言ってきた。その言葉に私は逆上した。
“おかしい者”扱いされたと思った。
絶対に行くもんか!と思った。

専門学校の友達も、お弁当の時間にサラダやところてんしか食べない私に、最初は色々と心配して言葉をかけてくれていたが、私は聞かず(この頃既にところてんすら食べることが怖くなっていた)、体重は20kg代になっていた。

25kgをきる頃、私は学校のスポーツの時間で走ることもできなくなっていたし、強風が吹くとよろめく程になっていたが、やはり周りの心配を物ともせず、炭酸でお腹を膨らまし、夕方から酒を飲み続ける生活を送っていた。
友達は、どんどん私から離れていった。
学校に行っても、仲の良かった友達も、話をしてくれなくなった。
私以外の友達同士で手紙が回り、露骨に避けられた。

中学時代にいじめに遭った記憶とリンクし、人が、生きるのが、怖くなった。
学校に行かなくなり、過食嘔吐は更に更に酷くなった。
親の仕送りと、同時していたアルバイト代は、過食代に消えた。
洋服は何を着てもガボガボでみすぼらしく、顔も身体も骸骨のようだった。
ある日、ファーストフード店に過食の食べ物を買いに行くと、全く知らない女子高生が私を見て、「何あれ、キモチワルイ!」と言った。ショックだった。。
痩せて、綺麗になったと思ったのは束の間、ガリガリで、もう少し身体に肉をつけなきゃと思っても、もう、怖くて食べられない状態になっていた。

体重20.5kgになった時、病気を認めた。
初めて精神病院に行き、そこで出会った先生の一言で、自分が認められたような気持ちになり、一時的に過食嘔吐は止まった。
先生の提案で、学校を休学して実家に戻った。
休学したため、資格を取ることはできず、追試と追レポートで、どうにか卒業だけする形となった。

実家に戻り、最初は両親とも優しかった。
けれど、1週間ほどでまた過食嘔吐は始まり、三度の食事の後は、冷蔵庫をあさり手当たり次第に食べ、日中は親がくれたお小遣いでスーパーに食べ物を買いに行き、それを部屋で更に食べて、吐いていた。

ガリガリなのに、大量の食べ物を食べ、トイレに行く私に、父は「アジアの難民はな…」と諭そうとしたり、トイレの前で仁王立ちをして吐くことを阻止しようとした。また、過食をしている私の部屋に入ってきて「お前の部屋は豚箱か‼」と怒鳴ったりもした。
母は、料理に使う油や砂糖にいちいち目くじらをたてる私にノイローゼ気味になり、ある時は、部屋で過食をする私に、「コソコソやらないで堂々とやりなさい!」と、茶の間で過食をさせ、トイレに行こうとする私に「これだけ食べたら太れるよ
。(吐くのを)我慢しなさい」と言ってきたりもした。

家族中が、地獄だった。

23歳の時に、酒と摂食障害で精神病院に入院したが、どちらも全く止められなかった。

施設を転々とし、酒は止められるようになったが、過食嘔吐は一向に止められなかった。

酒を止めてから、欠点も自分の一部として受け入れ始め、心から信頼できる友達とも出会え、今の旦那とも三年前から付き合い結婚した。

人間関係は、とても恵まれている。けれど、いつも私には、夜の過食嘔吐がついてまわり、それは、友達同士で旅行する話が出た時にはかなりのストレスとプレッシャーだった。

旦那は、私の病気を全面的に受け入れてくれているが、
今、私のお腹には、そんな旦那との間にできた赤ちゃんがいるのに、私の過食嘔吐は毎晩続いている。

旦那もあまり口には出さないが、色々な面でストレスや心配をしていることは感じる。

その旦那の心配、ストレスをさて置いても、私は毎晩過食嘔吐をしているのだ。

お腹には、5か月になる赤ちゃんがいるのに、毎晩、過食をし、吐いているのだ。

まさか、この歳になって、妊娠しても尚、過食嘔吐を続けているとは昔は思いもしなかった。

今、与えられた相談の時間と提案で、自分にできることを精一杯やり、子供が生まれるまでには、なんとしても過食嘔吐を止められる自分になっていきたい。

過食嘔吐と精神的な辛さで何度も死のうと思った

女性 会社員 36歳 A型 東京都

摂食障害になって22年目です。
私は小さい頃からずっといろいろな場面でいじめられ続けてきました。

母方の家系的に太りやすく、小さい頃太めで、姉からチビ、デブ、ブスといつも言われ続け、言われる度に泣いていました。それをみた母親が私と姉を怒り、その後、さらに姉が私をいじめる、その繰り返しでした。小学校でも、中学校でも同級生からいじめられ、中学2年生から過食嘔吐が始まりました。高校でもいじめられました。過食嘔吐は止まらず、体重は54キロから42キロくらいまで落ちました。

大学に進学し、一人暮らしを始めたころから酷くなりました。一番ひどかったのは大学卒業後くらいです。
就職難で就活が上手くいかず、バイトをして暮らしていましたが、現実を受け入れられずストレスがすごかった気がします。
毎日のように、何度も食べては吐くの繰り返しでした。
それから一時期、実家に戻って少し過食嘔吐が止まった時期がありました。少し回復したと思っていました。
でも、仕事が決まりまた一人暮らしを始めると、過食嘔吐が増えました。止まりません。

大学卒業後よりは少ないけど、我慢が全然できません。
歯がボロボロになり、肌もくすみ、かみも抜け、お金もほとんど食べ物に費やして無駄なことばかりしてしまうと自分を責め続け、何度も死のうと思いました。泣いてばかりでした。
仕事は忙しいし、嫌がらせもたくさんあるし、何でこんなことばかり起こるのか、生まれたことを恨みました。どこかいつも孤独で辛かった。
それでも、死ねませんでした。生きたいし、幸せになりたいと思いました。
悲惨な人生だけど、絶対に回復してやり直したい。相談を続けて行きたいです。