本当はこわい。過食症と過食嘔吐

センターの相談を受けた方に過去の体験を綴ってもらいました。専門スタッフによる「過食が止まる無料相談」も行っています。

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カテゴリ : 過食症での人生歴

はじめまして

女性 無職 25歳 A型 千葉県
千葉県船橋市、25歳、無職です。
初めて書き込みします。

皆さん、よろしくお願いします。

文章が長くなってしまい、すみません。

「私の過食症暦」
私は中学1年ころから徐々に過食が始まりました。
母子家庭だったため、夜母が帰宅するまでは一人なので、こっそりお菓子を食べたりしていたのが、だんだん卵や納豆ご飯等の食事に変わっていきました。

それでも中学時代は人並みにやせていたのですが、高校生になる頃、過食はもう自分では止められなくなり、「食事は一人でするもの。
食べる姿は誰にも見られたくない」と考えている事にハッキリ気づいてから、自分が食べ物に対して異常に執着していることを知りました。

過食するために、学校が終わるとスーパーに行って万引きを毎日のようにしました。
でもそれだけじゃ足りなくて、母が帰宅するまで料理し続けて食べ続けました。
いつもいつも食べ物のことで頭がいっぱいで、母が家にいるときは、食料を手に持って玄関から入れないので、自分の部屋の下から窓に放り投げて、何もない顔をして家に入り、自分の部屋に行って無心で食べていました。

もう自分が人間じゃなくなった・・動物にでもなったかのような気がしていました。
人が残したもの、落ちているものも食べたし、高校や外出先ではトイレで食べました。
過食後、吐ければまだ救われるのにどうしても吐けない私は、自殺願望がどんどん強くなっていきました。

高校卒業後はフリーターをしています。
過食したいけど吐けないし、太りたくないので、「1週間過食・1週間絶食」することにしました。
現在も続けています。
下剤などは使っていません。

「過食症の原因について」
最初はちょっとした癖や習慣のような物だと思っていましたが、過食3年目ごろから生きがいになっていました。

きっかけは家に一人ぼっちだったので、暇だったからポリポリお菓子を食べていたのと、母が過食嘔吐してるのをずっと見ていたからだと思います。
(たぶん・・。違うかも?実はわからない)
過食がひどくなるにつれて、精神的に弱くなっっていった気がします。
学校や外でちょっと何かあると、めちゃめちゃ傷ついて、「早くお家に帰って過食したい」と思うようになり、食べ物に頼っていました。

原因をしっかり知らなきゃ治らないと先生に言われたので、これから探って行きたいです。

「自分自身のこと」
もともと自分にそういう傾向があったからだとお医者さんは言っていますが、母が去年再婚したとき「嫌だ」という気持ちをうまく表現できず、自殺しようとして未遂に終わりました。
精神のバランスを崩したらしく、現在も通院・服薬中です。

薬のせいで頭の回転が遅く、文章もわかりずらい事があると思いますが、がんばって、過食も精神科も卒業して、健康になりたい!!と思っていますので、どうぞよろしくお願いします。

過食の原因について

女性 会社員 29歳 B型 山口県
大学3年の頃から過食嘔吐が始まりました。

当時ドーナツ屋さんでアルバイトしていた彼氏にしょっちゅう
たくさんのドーナツをもらって食べたのがきっかけです。

ドーナツは嬉しかったけれど、結局その彼は別に彼女を作って
別れました。
スリムなかわいい彼女でした。

私は、ドーナツで太ったりしなければ、かわいいままだったし、
別れなくてもすんだのに。

そう思いました。
彼に会いたくてドーナツ屋さんに行ったり
しましたが、食べたドーナツはなんとかしなくちゃ、と
食べても吐くようになりました。

次第にドーナツだけではなくて、ご飯も吐くようになりました。

だんだんひどくなり、学食もみんなでご飯を食べに行っても吐くようになり、
大学4年生の頃は、卒業研究も忙しく就職活動もしなくてはならないストレスで
何もかもどうでも良くなり、忙しさと就職活動のストレスで
食べては吐き、の繰り返しでした。

卒業して環境が変わりましたが、夕食が出されるところで
食べたいメニューを選ぶことができず、人付き合いでなかば
強制的にご飯を食べなくてはならなかったため、過食嘔吐は
もっとひどくなりました。

1人暮らしで周囲には知り合いも友人もおらず、職場のみの人間関係と
孤独で死にたいと思ったこともしばしばでした。

過食費がかさみ、いつもお金がありませんでした。

職場のおやつを1人で食べたりして、周りに不審に思われたり、
バイキングにしょっちゅう出かけて、お店の人に「もう来るな」と
言われて傷つき、
もうどうにもだめだと思ったので、実家に帰る決心をしました。

実家に帰ると、両親も友人もいて優しくしてくれましたが、
母の作る夕食はいつも量が多くて(おかずがいつも7,8品あります)肉や揚げ物が多く、
残すととても心配したり、せっかく作ったのに、と小言を言いだすので、
母が心配しないように残さず食べては、こっそり吐いていました。

そのうち過食嘔吐がばれて、説教されたりいったい何が不満なのか、と聞かれたりしました。

母なりに色々本も読んだようで、過食嘔吐は母親に原因があると書いてあったと言い、
私のせいか?と何度も聞かれました。

一緒に暮らすうち、何でも私の決めることに干渉されるのが嫌で、
決めた物事を応援してくれたり、肯定してくれることがないことがいつも嫌でした。

好きな仕事をも批判して、そうするうち過食嘔吐はひどくなりました。

私の過食嘔吐、チューイング暦

5990 私の過食嘔吐、チューイング暦 2005/05/27 07:06
女性 無職 26歳 O型 香川県
18歳 友達から、過食したら嘔吐するということを知る。それから食べ過ぎてすごく苦しい時だけ、ごくたまに嘔吐。
22歳 父が会社を退職し、もともと会社勤めと実家の農業とを両立していた、お仕事マシンのような父は精神的なストレスから母に当たりだす。リビングの真上の私の部屋は、話し合いをしようとがんばっている、諭すような、すがりつくような母の声と父の怒鳴り声が、毎日二階の私の部屋にまできこえてきていた。
    

このころから、過食嘔吐が日常になってくる。

私も、会社を退職し、プチアルバイト&引き篭もりの日々が続く。
その後、半年間、職業訓練学校に通う。
このころから、不眠症がはじまり、生理もストップ。

23歳 過食嘔吐の悪化と、家庭のゴタゴタから抜け出したい。
このままでは、いけないと思い独り暮らしを始める。
しかし、人目を気にせず過食嘔吐できてしまうこと、再就職先の社長が機嫌の悪い時、大声で怒鳴り散らすことが、父と重なり1月半位で、実家に戻る。
同時に会社も退職。

24歳 1,2ヶ月家に引き篭もる。
その後、徳島の母方の実家にお世話になる。
喫茶店で半年ほどアルバイト。
過食嘔吐は少しマシになるが、水道費が異常に高いこと、トイレが詰まったことで嘔吐が治っていないことが、祖母にばれる。
厳しく注意を受ける。
このころから、チューイングが同時に始まる。
その後、総合病院で派遣社員として就職する。
いつの間にか過食嘔吐より、チューイングのほうが大半になってくる。
会社では派遣社員同士の派閥といじめ、家庭では超生真面目な祖母という環境でストレスは相変わらず。
チューイングが日常となり嘔吐回数も少し増える。

26歳 父母の離婚後1年経ち、実家も落ち着いたようで、周りの勧めもあり、実家に帰る。
同時に、近くの病院に就職。
しかし、人間関係のストレスから、ひどい不眠症なり、退職。
現在に至る。
現在はチューイングが大半で時間がある限りほぼ常時。
過食嘔吐は3、4日に一度くらい。