本当はこわい。過食症と過食嘔吐

センターの相談を受けた方に過去の体験を綴ってもらいました。専門スタッフによる「過食が止まる無料相談」も行っています。

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カテゴリ : 過食症での人生歴

過食の原因について

女性 会社員 29歳 B型 山口県
大学3年の頃から過食嘔吐が始まりました。

当時ドーナツ屋さんでアルバイトしていた彼氏にしょっちゅう
たくさんのドーナツをもらって食べたのがきっかけです。

ドーナツは嬉しかったけれど、結局その彼は別に彼女を作って
別れました。
スリムなかわいい彼女でした。

私は、ドーナツで太ったりしなければ、かわいいままだったし、
別れなくてもすんだのに。

そう思いました。
彼に会いたくてドーナツ屋さんに行ったり
しましたが、食べたドーナツはなんとかしなくちゃ、と
食べても吐くようになりました。

次第にドーナツだけではなくて、ご飯も吐くようになりました。

だんだんひどくなり、学食もみんなでご飯を食べに行っても吐くようになり、
大学4年生の頃は、卒業研究も忙しく就職活動もしなくてはならないストレスで
何もかもどうでも良くなり、忙しさと就職活動のストレスで
食べては吐き、の繰り返しでした。

卒業して環境が変わりましたが、夕食が出されるところで
食べたいメニューを選ぶことができず、人付き合いでなかば
強制的にご飯を食べなくてはならなかったため、過食嘔吐は
もっとひどくなりました。

1人暮らしで周囲には知り合いも友人もおらず、職場のみの人間関係と
孤独で死にたいと思ったこともしばしばでした。

過食費がかさみ、いつもお金がありませんでした。

職場のおやつを1人で食べたりして、周りに不審に思われたり、
バイキングにしょっちゅう出かけて、お店の人に「もう来るな」と
言われて傷つき、
もうどうにもだめだと思ったので、実家に帰る決心をしました。

実家に帰ると、両親も友人もいて優しくしてくれましたが、
母の作る夕食はいつも量が多くて(おかずがいつも7,8品あります)肉や揚げ物が多く、
残すととても心配したり、せっかく作ったのに、と小言を言いだすので、
母が心配しないように残さず食べては、こっそり吐いていました。

そのうち過食嘔吐がばれて、説教されたりいったい何が不満なのか、と聞かれたりしました。

母なりに色々本も読んだようで、過食嘔吐は母親に原因があると書いてあったと言い、
私のせいか?と何度も聞かれました。

一緒に暮らすうち、何でも私の決めることに干渉されるのが嫌で、
決めた物事を応援してくれたり、肯定してくれることがないことがいつも嫌でした。

好きな仕事をも批判して、そうするうち過食嘔吐はひどくなりました。

私の過食嘔吐、チューイング暦

5990 私の過食嘔吐、チューイング暦 2005/05/27 07:06
女性 無職 26歳 O型 香川県
18歳 友達から、過食したら嘔吐するということを知る。それから食べ過ぎてすごく苦しい時だけ、ごくたまに嘔吐。
22歳 父が会社を退職し、もともと会社勤めと実家の農業とを両立していた、お仕事マシンのような父は精神的なストレスから母に当たりだす。リビングの真上の私の部屋は、話し合いをしようとがんばっている、諭すような、すがりつくような母の声と父の怒鳴り声が、毎日二階の私の部屋にまできこえてきていた。
    

このころから、過食嘔吐が日常になってくる。

私も、会社を退職し、プチアルバイト&引き篭もりの日々が続く。
その後、半年間、職業訓練学校に通う。
このころから、不眠症がはじまり、生理もストップ。

23歳 過食嘔吐の悪化と、家庭のゴタゴタから抜け出したい。
このままでは、いけないと思い独り暮らしを始める。
しかし、人目を気にせず過食嘔吐できてしまうこと、再就職先の社長が機嫌の悪い時、大声で怒鳴り散らすことが、父と重なり1月半位で、実家に戻る。
同時に会社も退職。

24歳 1,2ヶ月家に引き篭もる。
その後、徳島の母方の実家にお世話になる。
喫茶店で半年ほどアルバイト。
過食嘔吐は少しマシになるが、水道費が異常に高いこと、トイレが詰まったことで嘔吐が治っていないことが、祖母にばれる。
厳しく注意を受ける。
このころから、チューイングが同時に始まる。
その後、総合病院で派遣社員として就職する。
いつの間にか過食嘔吐より、チューイングのほうが大半になってくる。
会社では派遣社員同士の派閥といじめ、家庭では超生真面目な祖母という環境でストレスは相変わらず。
チューイングが日常となり嘔吐回数も少し増える。

26歳 父母の離婚後1年経ち、実家も落ち着いたようで、周りの勧めもあり、実家に帰る。
同時に、近くの病院に就職。
しかし、人間関係のストレスから、ひどい不眠症なり、退職。
現在に至る。
現在はチューイングが大半で時間がある限りほぼ常時。
過食嘔吐は3、4日に一度くらい。

私の過食歴

女性 会社員 31歳 A型 東京都
もう少し詳しく書くように先生からご指導を受けました。

中学生まで…ヤセ気味。

高校生になり食に目覚める!(家系も大食い体質カモ)
高校二年・・・膝を痛めたの(手術1回目)を機に10㌔太る
大学時代・・・ダイエットとリバウンドの繰り返しで最終的に65㌔↑くらいまで増えた。
この頃は、あまり吐いたりすることはなかった(というか出来なかった)
大学三年・・・何度目かのダイエット失敗と人間不信からプチ引籠り(一週間くらい)自殺しようと遺書を用意し、市販の精神安定剤を買いためていた。
寸での所で母親に止められ、心の思いもぶちまける事が出来て復活。

大学四年・・・就職活動をしていたら少し体重が減ってきた。
精神的に安定し彼も出来たのを機にダイエットし、最終的には48㌔まで落ちる。
この頃から維持をしようと嘔吐が始まる。

25歳くらいまで・・・仕事を続けながら、過食嘔吐をくりかえす毎日。
時にはお店(職場)の食品を盗んで過食することもあった。
嘔吐が原因で実家にも辛くなり、家出状態。
そんなある日膝をまた痛めて近くの病院で再手術。
(2回目)
25歳のとき・・・・交際相手が変わり、彼の家で暮らす様になったこともあり病状が安定。

26歳のとき・・・・スロットにはまり、過食嘔吐は全くなくなる。

29歳のころ・・・・転勤先の上司と合わず、大学卒業から続けていた会社を辞める。
ネットゲームにはまる、この頃は過食嘔吐は過去の出来事と思っていた。
下剤も1週間に1度飲む程度。
  
1年半前・・・・ネットゲームで知り合った今の彼と付き合い始める。
田舎から上京し東京で同棲を始めるが喧嘩ばかり、時には暴力も受けた→適応障害、パニック障害気味。
喧嘩が始まると、自分を守ろうと包丁を持ったりするようになるが、過食嘔吐はまだ収まっていた・・・

1年前・・・・・東京で派遣社員として勤めを始める。
対人ストレス増加。
入社一ヶ月後に、不注意から膝の古傷を痛める。
仕事始めたばかりで、また手術となると困るので、辛かったが病院にも行かず痛みを堪え仕事を続けた。
しかし古傷再発のショック+職場のストレス+彼と性格の不一致など、私の我慢もついに限界に達し、過食嘔吐がまた始まる。

去年の6月・・心療内科で過食症の相談をする。
彼も1度付き添いをしてくれた。
5.6回通った。
ルボックス、デパス、リタリンなど処方されるが、最初こそ効いた気がしたものの、やはり治まらなかった。
自殺願望も強くなる。
最終的に先生に「あなたは元々ガマンの器が小さいから…根本的治療は薬では難しい…」のような事を言われた。

去年の8月・・病院も当てにならない。
と思ったら薬に頼るのもなくなり安定剤全く飲まなくなる。
お盆やすみ実家に一度帰る。
(気分転換)一人暮らしをはじめる為に貯金をしようと、仕事の休みの日もアルバイトを始める。
このとき最低体重は45.8㌔ 過食嘔吐は数日ガマンしてまた再発。。とか

      
去年の11月・・悪循環を続ける日々、また膝を痛めてアルバイトができなくなる。
今回は病院に行った。
絶望的になって、ありったけの薬を手当たり次第飲んだり自殺未遂ぽい事もした

     
今年1月・・・・一人暮らしをはじめる。
彼と別居することで安心できる時間を得る事はできた。
しかしその自由な時間があるからこそ、誰の目を気にせずに過食できてしまう環境となり、買い食い+嘔吐がひどくなる一方。

今年2月・・・・下剤の乱用+食中毒で救急車に運ばれる。

一昨日まで・・・毎日3000円くらい買い込みをして、大食い選手並みに過食→嘔吐。
十二指腸まで詰まるほど食べるため、全て吐けず太り始める。
現在50㌔くらいかなぁ。
このままでは破産すると思い、毎日死ぬ事ばかりを考える・・・センターに出会う