本当はこわい。過食症と過食嘔吐

センターの相談を受けた方に過去の体験を綴ってもらいました。専門スタッフによる「過食が止まる無料相談」も行っています。

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カテゴリ : 50代~

ずっと続いてきた過食

女性 自営業 50歳 AB型 長崎県

過食嘔吐が発症したのは、18歳。
就職した先でなれない環境、人目が気になり食堂でご飯が食べれず拒食状態、仕事は肉体的にハードで58キロの体重が半年で47キロになりました。
でも体は食べ物を要求し、寮で誕生会かなにかで食べたときにお酒ものんでとても気持ち悪く楽に吐いてしまってから、過食嘔吐が始まりました。

19歳で結婚。
寮をでてからも主人に隠れて食べては吐いていました。
初めての妊娠が5ヶ月でだめになり自分のせいと思いつつやめられず、2度目の妊娠中もこわごわ続けてしまいました。
でも子供の事を第一に考えることが出来ず食べ物を買うためキャッシングにまで手を出す始末。いけないと思っても出かけてはゲームセンターで遊び惣菜やファストフードを買って帰りたべていました。

娘が生まれてからも、主人は仕事柄夜勤が多く、いつも母子家庭のようで寂しかったです。
子供のころからいつも寂しくて胸にぽっかり穴が開いていてそのせいで食べちゃうのかなと思っていました。娘が1年生になったころ、アダルトチルドレンの本を見つけ、自分はロストチャイルドであることを知り、それから、ずっとなぜ自分はこんなに生き辛いのか、理由を探していました。
いつも死にたい、自分が生きているために経済的にも環境的にも負担をかけて、良い妻にも母にもなれず、自分がゴミのように思えました。

30代になって家計が破綻しそうになっても食べることをやめられない、主人に話して何度もお母さんに助けてもらいました。でもまだやめられない。
40代になっても。仕事も半年ぐらいで転々と変わり、ご近所付き合いとか親戚付き合いとかがまったく出来なくなって、うつ状態になっていました。
友達と呼べる人もいない、自分のやりたいことでさえ続けられないこの病気さえなければもっと違う本当の自分を生きられるのに、と思うようになっていました。

25年、過食症だったんだ

女性 主婦 53歳 愛知県
短大卒業後すぐ20歳で結婚。
大好きな人と結婚できるから、なんでもできるって飛び込んだ結婚生活。
それまでは父と母と兄たちに愛され、甘やかされ、何不自由なく暮らしてた。
舅・姑・義弟が自営で小さな工場をやっていた。
広い家と庭の掃除。
工場の手伝い。
3度の食事におやつに夜食。
そして子供たちが3人生まれた。
自分の美容院、買い物はもちろん、病院に通うことさえ制限され、怒鳴られ・・。
自由なんてまったくなかった。
夫が見かねて連れ出してくれても、帰りが遅くなろうものなら、私にだけ怒る。
何度、土下座して謝ったか。
お金も自由にはならなかった。
生活費もすぐ滞るし、それなのに自分たちは贅沢三昧。
家にいても、工場の機械音が絶えず聞こえ、その音で気が狂うかと思えるほどの嫌悪感が走った。
つねに「やせてやつれて病気になりたい」って考えていた。
健康だから、大丈夫と気づかれない。
ふっくらしているから夫は気づいてくれないと。
拒食から過食に移行したのはすぐ。
食べると一時的に救われた。
けれど太ることが恐ろしかった。
醜くなるようで恐ろしかった。
だんだんエスカレートして、贈答用に買った箱入りのお菓子を食べつくしたことも何度かある。
ちゃんと渡すんだと思っても、それを食べつくす。
その繰り返し・・・。
隠れて食べて、隠れて吐く。
地獄だと思った。
それでも吐ける時は良かった。
吐けなくなると、気が狂うほどに錯乱する。
子どもたちをどんなふうに育てたのか記憶がない。
子どもたちは「お母さんは忙しかったから」と笑って言ってくれるが。
私の頭の中は、食べること、そしていかに吐くかばかりを考えていた。
25年前は過食症という言葉も知らなかった。
何かの本でブリミアという症状を知ったとき、「これだ!」と思った。
しかし回復にはつながらかった。
一度その当時の新聞の人生相談に投稿した。
人生相談の答えに、きちんと字数を考えた内容に「あなたの頭のいいところ」とあった。
結婚してから初めてだった。
自分が誉められたこと。
嬉しかった。
でも、回復にはつながらない・・・。
そして25年もの歳月・・・。