本当はこわい。過食症と過食嘔吐

センターの相談を受けた方に過去の体験を綴ってもらいました。専門スタッフによる「過食が止まる無料相談」も行っています。

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カテゴリ : 20代

私の過食嘔吐、チューイング暦

5990 私の過食嘔吐、チューイング暦 2005/05/27 07:06
女性 無職 26歳 O型 香川県
18歳 友達から、過食したら嘔吐するということを知る。それから食べ過ぎてすごく苦しい時だけ、ごくたまに嘔吐。
22歳 父が会社を退職し、もともと会社勤めと実家の農業とを両立していた、お仕事マシンのような父は精神的なストレスから母に当たりだす。リビングの真上の私の部屋は、話し合いをしようとがんばっている、諭すような、すがりつくような母の声と父の怒鳴り声が、毎日二階の私の部屋にまできこえてきていた。
    

このころから、過食嘔吐が日常になってくる。

私も、会社を退職し、プチアルバイト&引き篭もりの日々が続く。
その後、半年間、職業訓練学校に通う。
このころから、不眠症がはじまり、生理もストップ。

23歳 過食嘔吐の悪化と、家庭のゴタゴタから抜け出したい。
このままでは、いけないと思い独り暮らしを始める。
しかし、人目を気にせず過食嘔吐できてしまうこと、再就職先の社長が機嫌の悪い時、大声で怒鳴り散らすことが、父と重なり1月半位で、実家に戻る。
同時に会社も退職。

24歳 1,2ヶ月家に引き篭もる。
その後、徳島の母方の実家にお世話になる。
喫茶店で半年ほどアルバイト。
過食嘔吐は少しマシになるが、水道費が異常に高いこと、トイレが詰まったことで嘔吐が治っていないことが、祖母にばれる。
厳しく注意を受ける。
このころから、チューイングが同時に始まる。
その後、総合病院で派遣社員として就職する。
いつの間にか過食嘔吐より、チューイングのほうが大半になってくる。
会社では派遣社員同士の派閥といじめ、家庭では超生真面目な祖母という環境でストレスは相変わらず。
チューイングが日常となり嘔吐回数も少し増える。

26歳 父母の離婚後1年経ち、実家も落ち着いたようで、周りの勧めもあり、実家に帰る。
同時に、近くの病院に就職。
しかし、人間関係のストレスから、ひどい不眠症なり、退職。
現在に至る。
現在はチューイングが大半で時間がある限りほぼ常時。
過食嘔吐は3、4日に一度くらい。

私の過食暦

女性 会社員 28歳 A型 山口県
私の過食暦を書きます。
私が過食嘔吐したのは高校三年生でした。
私はその頃好きな人がいて、はっきり言って、勉強より部活よりダイエットが趣味とばかりに痩せて綺麗になりたかったんです。
痩せたらその人と両思いになれる、告白できる勇気が出るって思ってました。
りんごダイエット、蜂蜜ダイエット、トコロテンダイエット、水のみダイエット、鈴木式ダイエット、もういっぱいやりました。
でも結局リバウンドしては元通りで…。
そのときにはいっぱいダイエットの知識があって、過食症の事も知ってました。
でも私はそんなに意志の弱い人間じゃないと思って関係なく過食症の記事とか読んでました。
ダイエットをしてた時、外食しなくてはならなくて、日ごろよりカロリーの高いドリアを食べてしました。
太りたくなくてどうしようと悩んでたら過食症の記事に載っていた『吐く』という事を思い出しました。
その時は1回だけだからと思いトイレで戻しました。
手を使うわけでもなく簡単に吐くこと出来ました。
そして、そのとき『これで太らなくてすむ』と喜びました。
それから過食嘔吐はなく、次は社会人になってからです。
職場に食べたら戻すという先輩がいました。
その人は普通に食べたら戻すのが日常だといって明るく過ごしていましたね。
わたしは初めての職場でストレスでご飯がホントに食べれなくなって痩せてしまいました。
夜くらいしかまともにご飯が食べれなくなってました。
1年位して今度は反動からか、休みの日に過食が始まりました。
その時はパンを3個とかお弁当を2個とかを食べて戻すのが1日に1回位。
その後仕事をやめて新しい職場に変わりその頃は人間関係になじめず、過食は1週間に3~4回。
すべて過食嘔吐です。
仕事が変わるたびになじめない自分から逃げるように毎日毎食となり、休みの日には1日中と
いう次第になりました。
量も段々増えていき、一気にご飯4合に食パン1斤とかを食べて吐く。
しかも吐きやすい食べ物とかを経験で覚えて、吐くために炭酸の飲み物を一気に飲み一気に戻すというやり方になりました。
よだれと涙が混じってぼろぼろになりながら吐くために食べるのか、食べたいから吐くのわからなくなりながらトイレで途方にくれていく毎日。
でも体を鞭打って仕事にバイトに行きました。
ほんとに辛くてどうしようもない毎日でした。
でも今は先生からの『するべき事』を頑張ってやってます。
お母さんに、単身赴任の父に報告し、母親と過食症についてご飯を食べながら話してます。
これから改善して行くためにも電話相談、書き込み頑張ります。

怖い過食症人生

女性 学生 20歳 O型 神奈川県
おはようございます。

わたしの過食は、今考えてみると中学生頃から始まっていたと思います。
わたしは中学受験をし、中高一貫の進学校に入学しました。
当時、バスケットボール部に所属しながらも あまり部活には出ず 家に帰って 誰もいないときには必ず何か食べていました。
そんな私はみるみる太っていき、中学校入学当初より8キロも体重が増えたのです。
これはマズイ!!と思った時に【下剤】に出会いました。
下剤は食べたものを全て流してくれると思っていました。
それから、わたしは食べては、下剤を飲むというのが習慣になっていました。

高校生になっても8キロ太ったときと大して変わらない自分が大嫌いで、わたしはダイエットを始めました。
1日2食をダイエットフフードに変えるというダイエットでした。
そのダイエットを始めてから、わたしは1日1食しか食べれない【普通の食事】のことで頭がいっぱいになっていました。
そして、だんだんその【普通の食事】は普通ではなくなっていきました。

結局そのダイエットは失敗し、逆に過食は酷くなって家族に隠れて夜中に色々なものを食べるようになりました。
パン、アイス、お菓子、夕飯の残りのシチューetc.. いくら食べても満たされることはなくて 食べつづけました。
 そして、食べたあと10錠~20錠くらい下剤を飲み、現実逃避するかのように寝ました。

わたしの体重は減ることはなく、また5キロ増えました。

過食をした翌日の気分は最悪でした。

死にたいと、ほんとう毎日考えていました。
朝リストカットをして、何もなかったような顔をして学校に行く。
けれど、わたしは毎日、今日帰り何処で死のう・・とか考えていました。
世界が灰色に見えていました。

そんな生活をつづけながら、わたしは高校2年生になりました。
わたしは、精神的にも辛すぎて どうしてわたしはこんなに辛い気持ちになるんだろうと考えていました。
精神科の本を読んだりして自分なりに勉強しました。
そのときに、わたしは【過食症】だと気づきました。
このときの気持ちは、ショックと言うより自分が辛かった原因が分かって安心したことを覚えています。

高校2年生が終るころ、わたしに彼が出来ました。
同じ学校の同じ学年の男の子です。
こんな醜いわたしを好きになってくれる人はいないと思っていたので、とても驚きました。
彼はとても優しい人で、たくさんの愛情をわたしにくれました。
すると、わたしの過食は少しづつなくなっていき、体重もみるみる落ちてきました。
周りからも痩せたねと言われて、とても嬉しかったです。

そして受験期を向かえました。
受験で体力を消耗したせいか、わたしの体重は中学入学当初と同じか、少し少ないくらいまで落ちました。
しかし受験の結果は、彼だけ大学生になり、わたしは予備校に通うことななったのです。

予備校に入って2ヶ月ほど、私は彼の近くに行きたくて勉強を頑張りました。
しかし、彼との別れが来ました。
それから、わたしの過食はまたはじまり、体重は7キロ増えました。

そして、また受験期。
わたしの体重は7キロ落ちて元に戻りました。

晴れて大学生になり、ひとり暮らしが始まりました。
それから、わたしの過食がまた始まりました。

今月の2日に、身体測定がありました。
去年の4月から6キロ増えてました。
体重を量ってくれる人が、「普段からこの体重ですか?」と聞いたほどです。

2日の夕方、わたしはまた過食をしてしまいました。
その後に、このセンターの存在を知りました。
センターにメールをし、相談をしてから もうすぐ2週間になります。
一昨日、以前より少ない量ですが過食をしてしまい、下剤を10錠飲んでしまいました。

しかし、過食する間隔が明らかに開いてきています。
以前は週に2、3回程度でしたが、今は2週間に1回の間隔になりつつあります。
このまま良くなっていきたいです。

長くてごめんなさい↓